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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
猫天狗が光り舞う!~不惑の年のボーイ・ミーツ・ガール事件(海外版)
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(4)急展開~化け猫屋敷は右往左往

わずかに、時間をさかのぼる。昼食休憩の終わり頃。


「あんまり情報は出て無いわね」


図書館の読書室の中、リゼールは、ふうっと息をついた。ついで、うーんと伸びをする。


――『化け猫屋敷、ブルジョア夫人、浴室の惨劇』。


おどろおどろしい見出しだが、書かれている内容は余り無い。お金と暇を持て余した未亡人と、ハンサムなヒモとの、痴話喧嘩。合わせて発生していた、化け猫の鳴き声。


プラム夫人が喋っていた内容の方が、はるかに詳しい。ファンタジーな化け猫の件は、ともかく。


「ホント、エセルが言ってた通り、その辺の警官よりも、よほど優秀な警官だわね、彼女」


幾つか分かった事はある。


ひとつ、『ルカ・アルビオン』は偽名だったらしい。現実の戸籍には見付からなかった。成る程、妙にキラキラネームだと思った。


ふたつ、金持ちの未亡人を魅惑し、彼女のヒモになるくらいだっただけあって、相当にハンサムだったらしい。背は高く、モデル体型。浪費癖あり。


みっつ、金にだらしない割には非常に用心深い性質だったらしく、写真は残っていない。したがって似顔絵しかないが、黒に近い濃茶の髪で若く見える外見。見た目は20代から30代。


似顔絵をじっくりと眺める。


「ベルトランと似てなくも無いわね。ベルトランの方が『いい男』って感じだけど、その正体は銀行強盗だからね、ホント、モッタイナイ」


銀行強盗の捜査に関して、警察が想像以上に無能だった場合、どうやって、ベルトランを逮捕拘束させ、テキメンに罰を当てるか。頭の痛い問題だ。


リゼールは首を振り振りした後、読書室を出て、図書館の資料を元の位置に戻し始めた。几帳面に。


……妙な視線を感じる。


リゼールは用心深く、不審に思われない程度に図書館の中を見回した。


――居る。


心臓が大きく跳ね上がった。口から飛び出すかと思うくらい。


窓際に並ぶ閲覧テーブルのうちの、ひとつ。


コーヒー色の髪。目下の危険人物、オスカー・ベルトランだ。こっちを見ている。


リゼールは思わず、本棚の陰に引っ込む。


「あのー、いいですか」


別の男性の声が降って来た。


振り返ってみると、意外にギョッとするほど近い位置に、一人の男が佇んでいる。


「な、なんですか? どなた?」


「ああ、私は刑事のルイス・トラレスです。あの、通称『化け猫屋敷』のお宅のグラントさんですよね、お聞きしたい事が」


若干トーンの高い声音からすると、エセルと同じ年頃、20代半ばかと思われる。


刑事と言う割には、意外に甘いマスクの男だ。パステル系の茶色の髪も相まって、優し気な印象。


高級ブランド雑誌の特集ページから抜け出て来たような、お金のかかったお洒落な装い。


エセルがよく話していた、ナントカ言う『乙女ゲーム』に出て来る攻略対象、大富豪プリンスのイケメン・ヒーローが、リアル三次元化したかのような……


リゼールの中の乙女な部分が、思わずときめく。


……注意してみると、髪の毛が痛んでいる事に気付く。


髪を脱色したのかも知れない。可哀想に、余り腕の良くない理髪店だったらしい。


40歳、ベテラン会計士としてのリゼールの頭脳が、瞬時に、お洒落な装いにかかった金額を弾き出した。


……年若い刑事の収入の限界だろう、雀の涙ほどの予算しか当てられなかったに違いない、髪の毛のクオリティが、ひときわ残念だ。


急に乙女な気分が冷めてゆき、現実が戻って来る。


このパステル系の男、若さゆえなのか、自身の容姿に絶対的な自信を持っているのか、距離感が近い。もう少しで「ぶしつけ」と言える近さにまで顔を近付けて、ジロジロと人相を眺めて来ている。


リゼールは注意深く、適度な距離を取った。


「確かに私がリゼール・グラントですが。何か?」


「エセル・ハーバーを探してます。ロジャー・ハーバーの奥さんの。えぇと、ずっと旦那さんのロジャーさんの家には、帰って来ていないんですよね。ご近所の方より、彼女がお宅に、つまり通称『化け猫屋敷』の方に潜伏しているんでは無いかという話が来ていましてね。彼女に確かめたい事が色々あるものですから」


「エセルは、うちに来ていません」


「本当ですか?」


「ええ」


――居ないことにしないといけないんです。


それも、あなたの刑事仲間、オスカー・ベルトランの、裏の真っ黒な顔のせいでね!


「化け猫は居ますか? ――と言うか、化けて出て来ますか?」


「そもそも何で、化け猫が実在すると思うんですか? そんなもの、ただの迷信でしょう」


「……さすが、化け猫屋敷に住むだけの事はある。勇気がありますね、グラントさん」


パステル系の甘いマスクをした刑事ルイス・トラレスは、『乙女ゲーム』ヒーローさながらの、キラキラ・オーラに満ちた笑みを向けて来た。次に胸ポケットから名刺カードを取り出して来た。


「エセル・ハーバーがお宅に来たら、すぐに知らせてください。私の連絡先、こちらです」


「どうも」


……幸運なのかしら?


図書館を退館していくルイス・トラレス刑事の後ろ姿を、つくづくと眺めてしまう。


受け取った名刺には、個人の連絡先……私的な電話番号が印字されている。


ベルトランと警察のセット以外の、信頼できる連絡先を入手できたのは、大きな収穫かも知れない。


(希望が見えて来たかも)


とはいえ、警戒すべきベルトランの視線を感じる。すぐにでもエセルに連絡を入れたいが、この状態では難しい……


頂戴したばかりの名刺カードをボンヤリと眺めながら、つらつらと思案を巡らせていると。


突如。


魔女スーツ呼ばわりされている黒スーツのポケットの中で、リゼールの私用電話が震え出した。


――ギョッ?!


勤務時間帯に電話が入る事は想定していない。家族からの緊急連絡以外は。


リゼールはアワアワしながらも、図書館の中を飛び出し、通話可能エリアとされている外付けのアーケード廊下へと駆けこんだ。


「エセル? 急にどうしたの?」


『ヤバいわよ、超ヤバい! あの男が居たの! 銀行強盗犯イコール刑事の男!』


「はッ? あぁ! 居たけど、あのコーヒー色の髪の刑事が」


『でしょう、でしょう。あの男、絶対、お母さんを見て、何か嗅ぎつけたわ! あの家を襲撃して来るかも知れない! 私、ちょっとロジャーのとこ行って来るから! 家にはヘキサゴンしか居ないのよ、ヘキサゴンを何処かへ逃がしといて。すぐ戻って来るから死なないで、頑張って生きててね!』


電話が切れた。


エセルの声といっしょに聞こえて来ていたバックグラウンド音は、車のエンジン音だ。しかも、かなり回転数が上がっている状態の。


――まずは、我らが灰色の巨大ネコ「ヘキサゴン」の、身の安全だ。


今はまだ警察に発見される訳にはいかないし、ましてプラム夫妻に発見されたら、もっと長い説明をする羽目になるだろう。


リゼールは駐車場へと駆けつけ、夢見るようなピンク色のマイカーを発進させた。エセルの変装の一環で、車も交換してあった物である。


*****


「ヘキサゴン、ヘキサゴン!」


リゼールは家の前でピンク色の車から降りるなり、相棒の名前を呼んだ。


灰色の巨大ネコ「ヘキサゴン」は、ネコにしては妙なところがある。


人間の言葉をすっかり理解しているようだし、鍵の存在を無視しているかのように、あちらこちらへと、自由にフラフラと現れる。


フラットで預かっていた頃も、すべての鍵は閉まっていた筈なのに、いつの間にかお気に入りの毛布の中にフワフワ&モフモフで居たりして、ビックリさせられたものだ。


果たしてヘキサゴンは、階段の陰から駆け寄って来た。往年の名作の童話シリーズ『哲学する猫』に出て来る、意味深な哲学フェイスをした猫そのものの、妙な訳知り顔で。


「すぐに何処か隠れなきゃいけないわよ、ヘキサゴン」


「うにゃー」


やっぱり人間の言葉を理解している。


リゼールはヘキサゴンを家の中に押し込むと、鍵をかけた。


「隠れる場所、何処がいいかしら」


「にゃにゃにゃ」


灰色の巨大ネコは、不意にリゼールの足元に長いネコ尾を巻き付け、『こっちへ来て』と言うかのように、片方の前足をクイクイとやった。


――何だか、東洋の有名なラッキー・グッズ『招き猫』みたいじゃない?


リゼールは焦っていた。


一瞬は首を傾げたものの、呆然と、灰色の巨大ネコの後を付いてゆく羽目になっている。


長いネコ尾が素早くフルフルしていて、まるで六本の尾があるように見える……


やがて。


リゼールと灰色の巨大ネコは、ピタリと立ち止まった。


目の前には、サンルームと隣り合っている屋外物置スペース。そのドアとなっている仕切り扉。


この屋外の物置スペース、暖炉の燃料となる薪や石炭を保管したり、缶詰の山を蓄積しておいたりするなどの、災害備蓄用スペースだったらしい。先日、エセルが、ロジャーから預かったガスボンベを並べていた……


ヘキサゴンは、仕切り扉をジッと見つめている。


「仕切り扉がどうしたの?」


「にゃー」


リゼールは不思議に思いながらも、仕切り扉のロックを外し、手をかけた。


可動性180度。壁と90度の角度を作ったところで、サンルーム側と屋外物置スペース側を仕切る、ちょっとした目隠しの壁になる。半分くらいしか隠れないけど。


――スーッと動く。


全体が鋼鉄で出来ていて、この分厚さなのに、見かけによらず軽い……


灰色をした巨大ネコは、屋外物置に並ぶ物騒な可燃性ガスボンベの行列を無視し、ネコの手で仕切り扉を「テシテシ」叩き始める。


思わず息を呑む。


仕切り扉をコンコン叩く。ヘキサゴンが「テシテシ」やっていたように。


特徴的な反射音が返って来た。中が空洞になっているのだ。


黒縁メガネをかけ直し、何処かに有る筈の……裂け目のような……違和感のような、何かを探す。


――あった。


フラットや団地のような集団住宅ではお馴染みの、戸別の新聞やパンフレットを受け入れる『玄関ドア用ポスト』位置に、不自然な切れ込み。


知恵の輪のようなロック構造には、いささか手間取ったものの……いったん構造をつかめば、意外に簡単にロック解除できる。


カチリと、切れ込みの浮く音が響いた。


仕切り扉を覆っていたプレートが、内部空間に仕込まれていた蝶番の動きと共に、床へと引き下ろされる。


「……お金……!」


我知らず、リゼールは、あえいでいた。


キッチリ結索された札束。いずれも最高額の紙幣。しかも新札だ。


プレート面の上に、ピッチリと、分厚い仕切り扉と同じくらいの分厚さで固定されている!


浴槽の中でミンチにされて殺害されていたと聞く……今は亡きブライトン夫人の隠し金。


裕福な資産家であった故ブライトン氏と共に、こっそり扉を魔改造して仕込んだに違いない、ほぼ全財産。タンス預金。


仕切り扉の残りの空間には、素人目にも分かる程の高品質の宝石が、これでもかと詰め込まれていた。家宝レベルと思しき、アンティーク宝飾品も含まれている。


これだけで、いったい何億に……何十億に、あるいは何百億になるのか。


会計士としての経験が、確信を持って告げていた。一生、ぜいたくな暮らしをしていても、なお余裕で、目がくらむ程のお釣りが来る金額になる、と。


リゼールは恐怖に息を詰まらせながらも、パタリと、プレートを元の位置に戻した。カチリと言う仕込みロックの音が響いたところで、ようやくホッと息をつく。


次の一瞬。


『ピンポーン』


玄関のピンポンが音を立てた。誰かが来た!


ギョッとして飛び上がるリゼール。


――まさか、図書館に居た、コーヒー色の髪のオスカー・ベルトラン?! 気付いて、追って来た?!


しまった。家の前には、まだ、エセルのピンク色の車があった……!


素早く、玄関扉の陰に身を隠しながら、覗き窓を確かめる。


リゼールの足元では、ヘキサゴンが綺麗な三角をしたネコ耳を、ビシッと斜めに立てていた。背中が盛り上がり、灰色のネコ尾がブワッと膨れる。


今にも「シャーッ」と唸り始めそうだ。

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