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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
猫天狗が光り舞う!~不惑の年のボーイ・ミーツ・ガール事件(海外版)
20/31

(1)不惑の女、家を買う~君の居る町角

リゼール・グラントも、もう不惑の40歳。「こんな素敵な中古物件があるのよ!」という熱いプッシュがきっかけで、大きなネコと一緒に住める念願のマイホームをゲットする。いわくつきの物騒な訳あり物件、化け猫屋敷だと言うけれど、すでに過去の話のはず。だが、しかし。銀行強盗に、怪人の出現に、化け猫に、近所トラブルも転がり込んで来て…リゼールに穏やかな明日は来るのか!妖怪探偵な猫天狗、海外でも八面六「尾」の大活躍をする!

※長岡更紗様『第二回ワケあり不惑女の新恋』企画(2021/04/05~04/26)に触発されて制作した作品です■

「もう40歳、お母さんもイイ年じゃない。と言う訳で、思い切って、引っ越しするのよ!」


――と、フワフワ栗毛の可愛い娘が言った。


いや、正確には、リゼール本人のお腹から出て来た娘じゃないけど。


業務休憩の時間を使って、近くの公園で、約束どおり落ち合い。


休憩の一服に口を付けようとしていたリゼールは、そのままポカンと固まり……新婚ほやほやな娘エセルを、眺めるのみだった。


「おまえもそう思うわよね、ねえ、ヘキサゴン」


「にゃー」


エセルの足元で、灰色の巨大ネコが金色の目をピッカピカと光らせ、同意とばかりに鳴く。


灰色のネコ尾が素早く振れた。その残像、六尾。神々しい六角形ヘキサゴンが浮かんでいるようにも見え。


「エセルとロジャーのとこはペット禁止だし、フラットの方も、余裕で飼えるほどの広さじゃ無いしね……でも見つかるの? そんな、場所も価格も都合の良い物件」


「それが、見つかったんだな」


ババッと不動産屋のチラシを広げるエセル。


「善は急げ、よ!」


*****


「信じられない。ホントにあった訳ね」


会計スタッフ業務を午前中に切り上げ、エセルと共に目的の場所を訪れたリゼール。


目の前の中古物件を眺めて感心しきりだ。


田園レトロ風の素敵な家。緑豊かな広い庭が、セットでついている。


「どうぞどうぞ、じっくりご検討ください」


仲介業者が愛想よく手もみをしている。


「資産家のお宅だった所でございましてね。古い家ですが、キッチンなど水回りは最新式です。部屋も広いですし、基礎部分も、昔ながらのシッカリしたつくりでございますよ。この庭も、もともと馬車が乗り入れるために、馬小屋もセットで広く取られたスペースでございました」


程よく木立に囲まれていて、巨大ネコが悠々と遊べるくらいの広さだ。家の中の方も、屋根裏部屋やサンルームなど、隠れ場所や探検場所に事欠かない。


「あのサンルーム、周りのバラとか整備したら、それを眺めたり本を読んだりしてお茶をするのに、ちょうど良さそうね」


エセルがフワフワ栗毛をふわっと広げて、満面の笑みで振り返って来た。


「ねッ、いいでしょ、お母さん。此処からだったら、職場の方も、フラットのとこよりもずっと近くて便利じゃない。車通勤もできるし。私とロジャーの所とも、ほどほどに近いし。ヘキサゴンとも、前よりもしょっちゅう会える!」


「便利だけど。どうして、これほどの物件が、こんなにお買い得なの?」


リゼールは眉根を寄せて仲介業者を振り返った。


戸惑ったように目をパチクリさせる、仲介業者である。


黒縁メガネの会計士リゼール、40歳。黒づくめの、カッチリとしたスーツ。


新婚ほやほや25歳、ピンク色のロマンチックなファッションに身を包むエセルと比べると、はるかに貫禄があるのだ。エセルと同じ栗毛だが、キッチリまとめ髪にしているので、きつい、気難しそうな印象もある。


「ゴホン……ええ、そうですね、奥様。ちゃんとお話しするのが筋ですから申し上げますが。ええ、この家には、つまり不幸な過去がございましたことを、お含み頂ければ」


「不幸な過去?」


「ま、前の方の、最初の住人の方は、ええと、そこで、その、無論……お聞き及びでしょうね」


「聞き及んでは……いないわね」


リゼールは首を傾げた。


「私も聞いてないわ。私とロジャーが住んでるのは、この町の反対側だし、お母さんも、鉄道を乗り継いだ先の町だし」


エセルがキョトンとした顔になっている。


「え、その、奥様。殺人事件があったのでございます。新聞や雑誌が『化け猫屋敷、ブルジョア夫人、浴室の惨劇』と書き立てていた事件でして、つい三ヶ月前の事ですから、きっとお読みになったかと存じます」


「見出しで見た気もするけど、そちらの整理は専門では無かったから。それで、この家の浴室が、その殺人事件の現場だったということですか?」


仲介業者は浴室へと案内し始めた。ハンカチを出して、しきりに汗を拭いている。


「え、ええ。前の方、ブライトン夫人は若くして未亡人になった方でして。三ヶ月前の或る日、ブライトン夫人は浴槽の中で、大量出血の変死体として発見されたそうです。その時、大きな化け猫がうろつき回り、お、おお、恐ろしい鳴き声を轟かせていたそうで」


「化け猫?」


「でで、ですが、いま現在、浴室はすっかり清掃と消毒が済んでおりまして、浴槽も含めて、何から何まで、すべて新品でございます。化け猫退治と怨霊退散と悪魔祓いの儀式も、地元の教会より専門の御方をお呼びし、すべて済ませておりますので」


確かに、浴室は新品だ。水回りもすっかり交換されている。


リゼールとエセルは、顔を見合わせた。


――灰色の巨大ネコ「ヘキサゴン」が、新婚ほやほやの、エセルとロジャーの賃貸住宅に迷い込んで来たのも、だいたい三ヶ月前だ。


一目惚れはしたもののペット禁止の契約だったから、エセルとロジャーは困ってしまって、ペット可のフラットで一人暮らしのリゼールに、一時預かりを依頼して来ていたのだった。


「ねえ、エセル。化け猫の件、まさか……って事は……?」


エセルは笑い飛ばした。かえって、冒険好きな性質が前に出て来ていて、目がキラキラしているくらいだ。


「そんな筈ないわよ、お母さん! いくら大きくても、ただのネコが殺人事件、起こす? 町の反対側まで飛んで来る? 魔女と使い魔の中世ならいざ知らず、今は車と鉄道と電気が走る時代よ!」


*****


結局、リゼールとエセルは、その家を買う手続きに入った。


なんと言っても、リゼールは、バラの花に囲まれたサンルームが気に入ってしまったのだ。浴室の件は気になるものの、堅牢な基礎に、設備がすべて新品というのは、願っても無い。


「お母さん、これは私からのプレゼントとも思ってね! ロジャーに住宅ローンの事、お話しといてあげるから。それにロジャーは銀行員だから知識は確かよ」


エセルはそう言って、灰色の巨大ネコ「ヘキサゴン」を撫でまわした後、ロジャーと共に住む家へと帰って行った。


*****


リゼールの日常はあわただしくなった。


月末までにフラットを引き払い、引っ越しを済ませる。


あらかた家具の搬入が済んだところで、顔見知りとなった隣家のプラム夫人が話しかけて来た。かなり高齢で、総白髪のお婆ちゃんという風だ。陽気な気質で口が良く回る。


「リゼールさん、あのフワフワ髪の、お可愛らしい娘さんの方はどうしたの? ええと、エセルさんとか言ったかしら?」


「ええ、彼女はエセルと言います。さっき電話がありましたし、もう少ししたら到着するかと」


「ねえリゼールさん、前から不思議に思ってたんだけど、リゼールさんの旦那さんの方は?」


「いえ、私は独身ですので」


「……あら? 娘さんが居るのに? あら? あらら?」


プラム夫人が、何やら目を白黒し始めた。


その時、夢見るようなピンク色の車が、角をギュンと曲がって現れて来た。エセルのマイカーだ。


いつものエセルの運転らしくない、何やら焦っているような風だ。


「エセル?」


「お母さん! 今は何も言わないで、急いで、アレ入れて!」


「え? あぁ、プラム夫人、ちょっと失礼します」


エセルが車の後部座席に積んで運んで来たのは、さきほどの電話でも連絡して来たとおり、灰色の巨大ネコ「ヘキサゴン」が入っている大きなケージ。


リゼールの脳裏によぎったのは、ハンカチで汗を拭きまくっていた仲介業者だ。


灰色の巨大ネコ「ヘキサゴン」は確実に化け猫ではないが、殺人事件で出没したと言う大きな化け猫を思い出させるような姿形とサイズは、間違いなく誤解される。


気の良い隣人――プラム夫人を必要以上に仰天させる必要は無い。怯えさせる必要は、もっと無い。


リゼールは大きな風呂敷を取り出して来た。


エセルの車の後部座席のケージの中では、灰色の巨大ネコ「ヘキサゴン」が、訳知り顔な様子で金色の目をピッカピカと光らせている。


リゼールは素早くケージを風呂敷で覆い、エセルと一緒に、えっちらおっちらと運んだ。


プラム夫人の、興味津々、なおかつ不思議そうな視線が、ずっと追って来ているのを感じる。


(あのね、爆発物とかじゃないから大丈夫なの。あまり注目しないでね、プラム夫人!)


買ったばかりの家の中に、巨大ネコのケージを入れた所で、ようやく息をつく。


「それにしても、どうしたの、エセル? 何か慌ててない?」


「ま、まだ混乱してるの。どういう事なのか分からなくて……ね、ねぇ、しばらく、お母さんのワードローブ借りるからね!」


「ちょっと、エセル!」


そうしているうちにも、巨大灰色ネコのヘキサゴンは、自分でケージを開けて出て来ていた。いかにも窮屈だったと言う風に伸びをした後、片脚を上げて、灰色のネコ顔をカリカリとやり始める。


エセルは、整理が済んだばかりの衣装棚を開いて、早くも呆れ顔だ。


「まぁー、お母さん、よくも、こんな魔女みたいな黒いスーツばかりコレクションしたわね」


「会計士って、そんなものでしょ。エセルの服が必要以上にピンク・ピンクしてるだけじゃない。今どきの若者の趣味は、謎だわ」


「40歳、まだ女を捨てる年じゃ無いでしょ! ま、変装に役立つからいいけど」


「変装って?」


*****


その頃。


プラム夫人は、地元メインストリートにある公民館を訪れ、地元交流サークルの奥様がたとの井戸端会議に精を出していた。


「まぁまぁお聞きになってよ、奥様、信じられて? うちのお隣の『化け猫屋敷』に新しく越して来たリゼールさん、25歳の既婚の娘さん……エセルさんがいらっしゃるのに、ご自身は独身ですってよ!」


「いま40歳とか。って事は、15歳で娘さんを産んだって事よね? 学生の頃じゃないの! え、遊び過ぎて、予期せぬ妊娠とか?!」


「ミステリーだわ。オカルトだわ。会計士の勉強って大変な筈よ。そっち方面で遊んでいたような子には見えないし。いっつも黒いスーツ、ひっつめ髪、それにあんなぶっとい黒縁の瓶底メガネ」


「それよりプラム夫人、お聞きになって? 向こうのストリートの銀行に、強盗が入ったのよ! さっきまで警察が一杯来ていて、ごった返していて大変だったのよ、もう」


「大変! 銀行強盗ですって? 何時ごろ?」


「お昼ごろよ。あら大変、もう夕食の準備しなきゃいけないわ。うちの旦那、腹が減ると大騒ぎなんだから」


「うちも同じだわ。じゃそろそろ――あら?」


「何かあって、プラム夫人?」


プラム夫人はポカンとした顔で、窓の外を見つめていた。


「噂をすれば影だわ。あのスーパーの前に居るの、リゼールさんよ」


「リゼールさんですって? まぁ、ホントに黒いスーツにひっつめ髪に、黒縁メガネなのね」


「彼女が、あの『化け猫屋敷、ブルジョア夫人、浴室の惨劇』の家に越して来た人ね」


「あの大荷物、数日分の食料品とか何からしいけど」


「どういう事かしらね、あらあら、まぁまぁ、人とぶつかったわよ」


……


…………


………………


リゼールは、出合い頭に顔面を打ち付けた。


買い物を済ませてスーパーから出て来たばかりのリゼールは、荷物に気を取られていて、あらぬ方向から接近する人物に気付かなかったのだった。


一ダースばかりのリンゴが袋ごと地上に落ちた。てんでバラバラに、ゴロゴロと転がり出す。


「リンゴ!」


「おっと、これは済まん!」


その人物の身のこなしは、小気味の良いものだ。


瞬く間にすべてのリンゴが元の袋に収まる。


まだメガネの位置を直していたリゼールの前に、年季の入った大きな手が、いや、袋が差し出された。


「どうも」


目の前にあるのは、洗いざらしのジャケットと、ワイシャツとネクタイ。ジャケットのポケットからは、特徴のある黒い手帳が少し飛び出している。


(背の高い……私服の刑事)


注意深く見上げる。


同じ年頃の中年の男。コーヒー色の髪。


年相応に白髪が混ざっているが、雰囲気は若い。快活な性格が窺える。モデルのような、という類では無いけれど、十分に男前で、清潔感のある整った顔立ちだ。「おっ」と言ったように目を見開いた後、破顔一笑して来る。


急に、リゼールの心臓が早鐘を打ち出した。


「初めましてで良いのかな。最近、近所で引っ越しがあったと聞いたけど、本人ですか?」


「そうですが」


「では、自己紹介させてください。オスカー・ベルトランです」


「リゼール・グラントです。済みませんが、急ぎますので」


リゼールはリンゴの袋を受け取るが早いか、他の荷物と共に、真っ黒なレンタカーのトランクに積み込み……急発進させた。


(不自然な態度じゃなかったかしら。なかったよね。急いでいるのは本当なんだから)


――『コーヒー色の髪をしてる刑事に気を付けて。お母さんも私と身体のサイズ同じだし、似てるんだから、怪しまれないようにしてね。背の高い色男って感じの人よ。覆面を準備中だったみたい、銀行強盗っぽい人を見てしまって……私が見たの、その人なの。刑事が銀行強盗だなんて、まだ確信、持てないけど、でも、でも……』


怯えた顔になったエセルが思い出される。


(あの刑事、ベルトランとか言ってたっけ。この町に越してきたことを、もう知ってた。アヤシイ。不自然。もし、本当に、エセルの考えが正しかったら……限りなく、ヤバいわ!)


心臓が落ち着かない。


リゼールは車のスピードを上げた。法律違反にならないギリギリの数字だ。


この町の反対側を回って来るのだから、本当に急がないと!

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