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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
妖怪探偵・猫天狗が飛ぶ!~波打ち際の「禊」事件
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(2)呼ばれて飛び出て、猫天狗

「古代博士は事故なんかじゃありません! 殺されたんです!」


わめいているのは、古代博士の一番弟子でもある、中堅の教授だ。古代博士の研究グループの中核メンバーである。


――ここは、『夜島』から最も近い対岸、本土の港湾地区。


いつものように、早くも既に、日はとっぷりと暮れている。真冬ならではの強い寒気が入り込んだため、気温はドンドン低下していた。町角のイルミネーションが、日本海に面した、ささやかな港町の夜景を彩っている。


港湾地区にある警察署――その聴取室では、2人の刑事が『一番弟子』と話し合っていた。


一番弟子は、古代博士の研究グループを代表して、ガンガン疑惑を申し立てていた。そのため、警察としては『古代博士の突然死』を、事故死として扱いにくくなって困惑中なのだ。


「博士は、もともと心臓に持病を抱えてたってのに、事前に連絡も入れたのに、強制的に! 『禊は必須だから』と、寒風の中、真っ裸にして、冷たい海にドボンと投げ入れるなんて、あんまりです!」


――叫び声とも怒鳴り声ともつかぬ大声が、窓の隙間から漏れて聞こえて来る。


その窓の傍で身を丸めているのは、大きな灰色ネコだ。光の具合によっては、その毛皮は、神々しいまでに幻想的な銀灰色にも見える。実に不思議な色合いなのだ。


モフモフの毛皮をまとった、大きな不思議なネコは、くつろいでいると見えながら、実は三角の耳を最大限までピンと立てて、窓の中の会話に注意を向けている。


そう……この大きな灰色ネコこそが、古代博士(霊体)の依り代である!


ウミヘビの化身にして『夜島』の守護神リュージャ様は、『夜島』とその周辺の海域、および本土にある『龍蛇神社』の敷地が管轄であり、そこから先へは移動できない。このため、本土における古代博士(霊体)の運搬は、この大きな灰色ネコが担当しているのだ。


「――しかし、『猫天狗』とは……実に、実に、『九尾の狐』の如き、妖怪変化では無いかのう……」


灰色ネコの尾に取り付くという形になった古代博士(霊体)は、毛髪の無い頭を振り振り、白ヒゲの中でブツブツと呟いた。



――少し前の刻、日没の直前のこと。


――古代博士(霊体)が、リュージャ様に連れられて、地上に戻ってみれば。


そこは、『夜島』の港を兼ねている、見覚えのある波打ち際であった。"禊"海岸とも言う。そこから先の驚きは、筆舌に尽くしがたいものであった。


リュージャ様が、白い直衣の大きな袖を格調高く振り、『依り代、来たれ』などという謎の呪文を唱えた。


すると、沖の方に見える本土の方から、何やら、ワシ類タカ類ともコウモリ類ともつかぬ影が、夕陽のオレンジ色の光に照らされながら、ものすごいスピードで飛んで来たのである。


――金色の目のピッカピカ、いとも凛凛りりしき三角耳ぞ――

――風切る黒き烏羽からすばねすえになびくは、くすしき六尾ムツオ――


急接近して来たその影は、天狗さながらに大きな翼を生やした、大きな灰色ネコであった。見るからに、人類と同じくらいのサイズだ。


そして――その大きな灰色ネコの尾は、6本だった。『六尾ムツオの猫天狗』と名乗って来た。


聞いてみれば――


普通のネコの尾は1本。


ちまたで知られているように、『猫又』に進化したネコは2本の尾を持つ。


そして『猫天狗』に進化すると、3本の尾を持つのだ。


修行を積んで『猫天狗』としての格が高まる程に、尾の数が増える。6本の尾を持つ猫天狗は、猫天狗としては最高ランクに属する。


この6本の尾を持つ『猫天狗』が更に進化すると、7本の尾を持つ偉大なる神猫にして猫神、『七尾ニャニャオ』になると言う――



――古代博士の回想は、灰色ネコが急に猛ダッシュした事で破られた。


古代博士の霊体は、急加速に伴って、アメのようにグーンと引き延ばされた。ちょっと見た目には、今にもちぎれんばかりだ。


もっとも、古代博士(霊体)は、リュージャ様の『不思議な風船の術』に保護された状態で、灰色ネコの尾にシッカリとくくり付けられているから、何かの拍子に行方不明になるというような心配は、ない。その筋に詳しい人であれば、『依り代にシッカリと取り付いている』と表現するだろう。


古代博士は目を回しながらも、霊体の形を整え、体勢を立て直した。霊体ではあるのだが、一部ながら生きていた時の感覚を引き継いでいる状態だから、こうした急加速によるショックは、生前の時とあまり変わらないのだ。


「いきなり何じゃ、猫天狗くん?」

「2人の刑事が出て来たニャ」


灰色ネコは、戦国時代なみの高度な忍者スキルを、完璧に会得していた。まさしく忍者のように、素早く灰色の壁にピッタリと張り付き、『隠遁の術』を使って同化する。


実体のある身で、警察署のど真ん中に忍び込んでおいて、なお見つからぬ――と言うのは、この灰色ネコの、実に驚くべき忍者スキルを実証するものであった。


大きな灰色ネコが溶け込んだ灰色の壁の前を――


――2人の刑事は、金色の目ピッカピカの灰色ネコの存在に全く気付くことなく、通り過ぎて行く。


見ていると、先輩刑事の方が、ヤレヤレと言った様子で口を開いた。


「古代博士は99歳で、その上、心臓に問題があったと言うじゃないか。冬季の冷たい水に触れて、心臓ショックを起こして死んだ――というか、不幸な事故という所だろ、なぁ」


後輩刑事の方は、素直に傾聴し、相槌を打っているという格好だ。


「あの『夜島』は、『禊』をしなければ上陸できませんからねえ。その『禊』というのが、岩だらけの浅瀬で真っ裸になって、頭のてっぺんまで海水に浸かるという、荒行さながらのハードなスタイルですし」

「冬となりゃ、壮絶なもんだよな。あの辺りは親潮がザブザブ入って来るし、潮の状態によっちゃ、0度近い水温になってたりするからなぁ」


そんな事を話し合いながらも、2人の刑事は、向こう側にある角を回って行った。


灰色ネコは、同化していた灰色の壁からペロリと姿を現すと、尾の先に取り付いている古代博士(霊体)を振り返った。


「心臓ショックで死んだのニャネ、古代博士」

「うーむ。心臓をナイフで刺されて……と言うようなことは無かったみたいじゃのう」


ちなみに古代博士は、相変わらず素っ裸である。霊体なので、寒さを感じないのだ。


その霊体は、形状記憶合金よろしく、死亡の瞬間の状態を留めている。素っ裸なのは、死んだ瞬間、何も着ていなかったからだ。


そして49日が経つと、人間の形を失い、いわゆる『人魂』イメージさながらの、ボンヤリとした炎のような形になると言われている。


(ワシが死亡した、その時の肉体は、全くの無傷なのじゃなあ。心臓ショックで死んだ、というのが正解らしいのう)


致命傷と思しき傷痕は、何処にも無い。救急隊の人が懸命に心臓マッサージをしてくれたのであろう、筋肉のこすれた痕跡が、心臓の位置の周りにハッキリ残っている。


(じゃが、ワシは、一度や二度の心臓ショックでは死なないように、念入りに情報収拾し、準備しておったのじゃぞ?)


古代博士は、自身の霊体の様子を眺め、幾つもの疑問符を頭の上に浮かべつつ、思案に沈んだ。


人類サイズ並みに大きな灰色ネコ――『六尾ムツオの猫天狗』は、金色の目を一層ピッカピカと光らせた。


「2人の刑事の話が続いているニャネ。もう少し尾行してみるニャ」


灰色の猫天狗はヒゲをピクピクさせると、大きな黒い翼を一振りした。弾丸ショットさながらに、その大柄な体格が飛び出す。


神速と言うべきだ。目にも留まらぬ猛スピードなので、動体視力のニブい人類の目では、その姿を捉えるのは不可能なのだ。古代博士(霊体)は、再びグーンと引き延ばされた。


猫天狗は流れるような身のこなしで、あっと言う間に次の物陰に音も無く飛び込み、2人の刑事の傍まで忍び寄る。


「――でも、変ですね」


2人連れの刑事のうち、後輩刑事の声が、ビックリする程に近くから降って来た。


古代博士(霊体)は『ワッ』と驚き、霊体をギュッと縮めて手乗りサイズほどの大きさになり、柔らかな6本の尾の間に隠れた。実際は、霊体は普通の人の目には見えないので、小さくなる必要もないし、隠れる必要もないのだが……


この灰色の猫天狗が潜んでいるのは、廊下に並ぶ自動販売機が作り出した暗がりである。2人の刑事は、自動販売機で缶コーヒーなどを買って、喉を潤していたのだった。


自動販売機の前で、2人の刑事の会話は続いた。


「先輩。古代博士の心臓が悪いことは、先方に事前に連絡が行ってたんですよね。何で夜島の神職たちは、心臓の悪い老人に、『冷たい水に入れ』と言えるんでしょうかねぇ?」

「あの神聖不可侵なる夜島じゃ、『禊』は絶対なんだから、しょうがないだろ。その結果、出て来たのは、心臓が停止した古代博士だった、と言う訳だが……」


先輩刑事は、ブツブツとボヤき続けている。合間、合間に、手帳を繰っていると思しき、パラ、パラ、という紙音が入る。


――夜島の神社の神職たちは、古代博士を殺すつもりなんか全く無かったんだし、その点は明らかだ。


――現場は大きな岩だらけの浅瀬なもんで見通しが悪いんだが、そのこともあって、神職たちは、『禊』をしてる人を個別に見守ってる状態だし。それで、古代博士が沈んだまま浮かんで来ないことに気付いて、大騒ぎになって、本土に通報して来たくらいなんだから。


――もっとも、救急隊にしても、『禊』なしでは夜島に上陸できなかったから、古代博士のスッポンポンの老体は、神職の若いのが担いで、救急隊のボートまで泳いで行った、という形になったそうだが。


*****


2人の刑事と、一番弟子との話し合いは、その後も続いた。


タイミングよく――古代博士の身の回り品が、かの『夜島』から、まとめて戻って来たのである。


調査室のうち一室で、2人の刑事の立会いの下、一番弟子が荷物の確認を始めた。


一番弟子は真っ赤な目をして、古代博士の遺品を整理している。にっくき『夜島』の神社の面々を有罪に出来なくて、如何にもガッカリ――と言う様子だ。


猫天狗は、毎度の見事な忍者スキルを発動している。


調査室の天井には剥き出しの鉄筋が通っており、猫天狗は鉄筋を伝って、目標となった部屋の天井へと忍び込んでいたのである。その尾の先には、古代博士(霊体)が取り付きつつ、漂っているところだ。


「大抵のミステリ小説でいけば、『一番弟子が、まさかの真犯人!!』という話になるところニャネ」

「何とも言えんのう」


猫天狗と古代博士は、そんなことを話し合いながらも、一番弟子の様子をジッと見守った。


一番弟子が古代博士のカバンを開け、紛失したものが無いかどうか、目を皿のようにしてチェックしている。


古代博士(霊体)は、天井の辺りに漂いながら見覚えのある品々を眺め、心の底にチクリとするものを覚えた――『無念』の思いだ。


「この『夜島』の古代文化遺産の研究は、国家予算も獲得している大型プロジェクトなのじゃよ。『海の正倉院』とも言われている、あの有名な島ほどでは無いが、それでも、日本海の古代文化の集結地じゃからの。今回の現地調査は、直に資料を観察できて、更に映像記録もできる、貴重な機会だったのじゃ」


猫天狗は金色の目をキラキラさせて、古代博士の述懐に聞き入っていた。


「人生、何が起こるか分からんもんだニャー」


部屋の中央部にある机の上に、古代博士の荷物が次々に並んでいく。


資料撮影用の特殊カメラ。高級ブランドの腕時計。その腕時計の方には、『何とか記念』というような文字が刻印されている。


「高価なモンが、ちょこちょこ混ざってるな」


荷物確認に立ち会っている2人の刑事は、そんな事を呟きつつ、感心しきりの目つきで眺めていた。


先輩刑事が口を開く。


「――『禊』の際に身に着けてるものは全部外すんだが、島の方でも責任もって預かってるだけあって、金目のものも、それ以外のものも、いっさい無くなってないらしいな」


古代博士(霊体)は、自慢の白ヒゲに手を当てて、ひとしきり思案に沈んだ。


「あの『千引ノ大岩』の手元に届いたとかいう死亡報告書の内容は、案外に不正確だったのかのう。事件性は無いと見えるぞよ」

「逆にアヤシイニャ。ヒゲと直感に引っ掛かるモノがあるニャ」


猫天狗は金色の目をキラッと光らせ、超感覚を合わせ持つ優秀なヒゲを、ピクピク動かした。


古代博士のカバンには、ひときわ目立つ外部ポケットがある。赤十字とハートのマークを入れたポケットだ。一番弟子は、そのポケットに手を突っ込んだ。そして、ギョッとした顔になった。


一番弟子は、凄まじい目つきで2人の刑事を振り向いた。


「心臓の薬が無くなってます!」


*****


真夜中の丑の刻。


某国による大型ミサイル連続発射の件が世間を騒がせているこの頃ではあったが、夜間の漁に出ていた勇敢な漁師たちが、作業の合間に、不意に空を仰いだ。


――漁師たちは、不可解なものを目撃した。


2つの妖しい光のような『ナニカ』が、ピッカピカと金色に光りながら、UFOさながらにビューンと飛び去って行く。その後ろには、仄暗い緑の煙のような、ボンヤリした『ナニカ』がたなびいている。


漁師たちは口をポカンと開けて、複数の正体不明の『ナニカ』が飛び去って行った方向を、眺めるのみであった。その方向は、『夜島』であった。


それは、まさに、某オカルト雑誌で特集されるレベルの怪異現象なのであった。

秋月忍さま主催「ミステリアスナイト企画」参加作品

(2017年12月~2018年1月)

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