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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
妖怪隠密・猫天狗が笑う!~ウサミミ地蔵の不可思議を起こせし事
18/31

(7)何かが山から去ってった

数日後の寺社――


お殿様やご家老から下賜されたタップリの褒美と共に、師匠・玄照げんしょうと兄弟子・玄道げんどうが戻って来ていた。その道連れは、ウサコ父・長平と、病気が治ったウサコ母、猟師、それに調査記録係の役人が一人だ。


ウサコは母親と再会して以来、母親にベッタリである。


母屋の囲炉裏の前に集合した一同は、ここ数日の出来事を話し合った。


「――それが、どうも良く分からないんですよ」


その時、何があったのか――師匠と役人に委細を問われた道照どうしょうは、困惑するのみであった。


美しい飴色をした鼈甲べっこうの平打ちカンザシは、二本とも、このたび出張して来た記録調査係の役人に提出してある。ウサミミの詰め物の中から取り出した後、大事を取って、あのお堂の隙間に隠しておいた物だ。


久賂邪鬼くろやぎの親分と子分たちは、『ウサコを捕まえて拷問し、ウサコ父・長平の口を割る』という作戦に熱中するあまり、『ブツ』すなわち行方不明になった禁制品――鼈甲べっこうの平打ちカンザシ――の行方についてまでは、気が回っていなかったのだ。


まして、久賂邪鬼くろやぎの親分と子分たちが、お堂に踏み込んだ瞬間、仏像の裏からウサコと思しき人影が走り出て行って――親分も子分たちも揃って、頭に血がのぼった状態になってしまっていたから、なおさらだ。


小さなウサコの、毎度の要領を得ない話を何とかつなぎ合わせてみると、こんな風だ。


*****


――話は、久賂邪鬼くろやぎの親分と子分たちが、お堂に踏み込む、その少し前にさかのぼる。


久賂邪鬼くろやぎの親分と子分たちが、母屋の捜索を始めた頃。


その隙を突くかのように、金色の目ピッカピカの灰色ネコが、『招きネコ』さながらに、母屋の隅に隠れていたウサコに向かって『おいでおいで』をした。


ウサコは、灰色ネコに導かれて、母屋をこっそりと抜け出した。人目の無くなった境内を走り、お堂に飛び込んだ。だが、母屋の捜索が済めば、あの神仏をも畏れぬヤクザ連中のこと、お堂にもズカズカと踏み入って来るであろう。


ウサコは、まさに絶体絶命であった。ウサコは死に物狂いで、台座に乗っている三仏像に祈った。


――『神さま、仏さま。ウチ、良い子になります。お供えを絶対に食べません。お掃除をきちんとします。お洗濯もします。それから、えーと、えーと……そういう訳で、道照どうしょうさんを、助けて下さい』


普通は、まず自身の助命を願うところなのだが――動転の余り、ウサコは気持ちがひっくり返っていて、自身の事はスッカリ忘れていたのだ。


すると――何故か、三仏像の方から、応える声が聞こえて来た。


『そのウサミミのほっかむりを我々にお供えしたら、我々の後ろに隠れていなさい』


最後の方の『いなさい』が、妙に『いニャさい』と聞こえたのは、ご愛敬かも知れないところ。


ウサコは、素直に言う通りにした。三仏像の前にウサミミ付ほっかむりを置いた後、最初の日に隠れていた場所に、身を潜めた。


果たして、間もなくして久賂邪鬼くろやぎの親分と子分たちが、お堂に踏み入って来た。


その荒々しい足音に、ウサコはギョッとする余り、気が遠くなった――どうも失神したらしいのだが、本人がボンヤリしていた以上、詳しい事は分からない。


ともあれ――


ウサコが次に気が付いた時、既にお堂は静かだった。久賂邪鬼くろやぎの親分と子分たちは、既に居なくなっていた。


境内にも人の気配は無い。お堂の床の上で、グルグル巻きに縛られていた道照どうしょうが、呆然と座り込んでいるだけだった。


金色の目ピッカピカの灰色ネコがお堂の隅に出て来て、ノンビリとした様子で『ニャー』と鳴いた。


何故かウサコは、『もう大丈夫だ』という事を確信した。そして、隠れていた場所から出て来て、道照どうしょうの縄を解きに掛かったのであった。


そして。


人心地ついて、改めて三仏像にお礼を言おうと、二人で並んで、台座の上を見上げてみると。


向かって右の位置にある筈の、地蔵菩薩像が、いつの間にか消え失せていたのであった。


*****


積雪がだいぶ浅くなった、その日――


くだんの地蔵菩薩像が、氏子たちの手によって麓から運ばれて来て、寺社のお堂の中、本来の位置に戻された。


その地蔵菩薩像は、片袖の上に、ザックリと刃が走った痕跡を残している。首の後ろの方にも深々と刃が突き刺さった跡――刃の断面の形をした細い穴が出来ている。いずれも、久賂邪鬼くろやぎの親分が付けた傷痕だ。


その地蔵菩薩像は、作られた当時からの、いつも変わらぬ慈悲深い笑みを湛えていた。ウサミミが付いている、奇妙な『ほっかむり』をかぶったまま。


老僧・玄照げんしょうと共に、二人の弟子が、地蔵菩薩の再びの安置に関する、特別な儀式を務めた後。


――偉大なる師匠・玄照げんしょうが、不意にお堂の入り口の方を振り返った。


一番弟子・玄道げんどうと二番弟子・道照どうしょうが、ビックリしてその視線を追う。


お堂の入り口のところに――金色の目ピッカピカの灰色ネコが、ニヤニヤ笑いを浮かべながら座っていた。


その灰色ネコには、明らかに奇妙な特徴があった。その身は、四本の尾を持っているのである。


お殿様の寝室に出たと言われている『化け猫』と同じ、四本の尾だ。何故か千両箱の紛失と共に、この妖怪騒ぎが起きていたからこそ、師匠が山を降りて、事件解決に直々に関わったのだ。


一番弟子・玄道げんどうと二番弟子・道照どうしょうは、目をパチパチさせ、何度も灰色ネコを見直した。


師匠・玄照げんしょうの方は、全く驚いていない。訳知り顔で飄々とした笑みを浮かべ、灰色ネコに声を掛ける。


「皆が皆、結局は、ネコに化かされたという事かのう? なぁ、『四尾ヨツオの猫天狗』よ?」


一瞬、身の引き締まるような、ピンとした緊張感が走る。


四尾ヨツオの猫天狗』と呼ばれた奇妙な灰色ネコは、生真面目そうな様子でヒゲをピピンと揺らした。金色をした意味深な眼差しで、霊験あらたかな老僧・玄照げんしょうをジッと見つめた後、身をヒラリと返して雪原の先へと走り去り――そして、姿を消して行った。


「「どういう事です?」」


一番弟子・玄道げんどうと二番弟子・道照どうしょうの問いの声が、綺麗に重なった。


偉大なる老僧・玄照げんしょうは、長く伸びた白ヒゲを撫でつつ、謎めいた含み笑いをするのみだ。


「かの幼き少女の身代わりとなって凶刃をお受けになった事は、まことに、地蔵菩薩さまの本望であられたようじゃのう」


老僧・玄照げんしょうは、改めて、三仏像を深く礼拝した。



四本の尾を持つ灰色ネコが駆け去って行った、まっさらな雪原の上には、梅の花の形をしたくぼみが幾つも出来ている。


遥かに仰げば、脊梁山脈を成す純白の山々。まばゆいまでに晴れ渡った青空に、ぽっかりぽっかりと白い雲が浮かんでいる。厳しい冬のさなかにあるこのお国にも、少しずつ春がやって来ているのであった。


*****


――我が国の豪雪地帯として知られる某県の、山地の某所。


山腹にある、その寺社が抱えるお堂には、地方文化財として指定されている三仏像がある。


その三仏像のうち一つ、特に地蔵菩薩像として知られる仏像は、片袖と首筋の後ろの方に、刃物による傷を持つ。その傷痕の不思議な由来と共に、『ウサミミ付ほっかむり』を着用している事でも、ちょっと名が知られている(ウサミミ付ほっかむりは、氏子が今も定期的に作り直して、お供えしている)。


この地蔵菩薩像は、別名『身代わり地蔵』、またの名『ウサミミ地蔵』である。『幼い子供たちの身代わりとなって災厄を受けてくれる』と言う、有難いご利益がある事でも知られている。


当時より既に数百年を経た現代になっても、なお遠方からの参拝客が絶えないと言う、もっぱらの評判である。


―《終》―

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― 新着の感想 ―
[一言] お地蔵様は子供の守り神。ウサコのピンチを猫天狗と共にお救いになってくださったのでしょうね。 悪いヤクザ者は成敗され、ウサコちゃんは両親の元へ。一件落着の爽快な大団円でした。 ウサミミ地蔵様に…
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