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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
妖怪隠密・猫天狗が笑う!~ウサミミ地蔵の不可思議を起こせし事
16/31

(5)行きはよいよい帰りはこわい

この日も、天候は安定していた。


山間やまあいの雪は、だいぶ溶けて浅くなっている。これくらいの状態であれば、猟師やサムライなど体力のある男衆なら、雪をこいで往来できるだろう。


本堂の周りの雪かきがあらかた終わり、久しぶりに道照どうしょうとウサコは、朝の諸々の家事を済ませた後の、ゆっくりとした時間を過ごしていた。


ウサコの元々の着物――赤い刺し子の入った藍染の着物は既に乾いているのだが、ウサコは小僧の格好が気に入ったらしく、今日も丈の短い黒袴を着けて走り回っている。頭には毎度、ウサミミを縫い付けたほっかむりをかぶっている。


ウサコが追いかけているのは、何故か、ウサコと共に新しい居候としてこの寺社に入り込んで来た、あの金色の目ピッカピカの灰色ネコだ。


目下、この金色の目ピッカピカの灰色ネコは、屋根裏や廊下の隅に潜むネズミを狩って食事をする事で、寺社に恩を売っているところだ。


境内のささやかな巡礼路は、如何にも寺社らしく、神社様式と仏閣様式の混然一体となった謎の施設と化している。あっちに小型の鳥居&簡易型の祠、 こっちに五輪塔&お堂……といった風だ。


灰色ネコとウサコが、雪をこぎながら巡礼路をグルグル巡っているので、いつの間にか、巡礼路が踏み固められて歩きやすくなっている。


道照どうしょうは、陽光に照らされた灰色ネコの影を、ジッと注目した。


――やはり、奇妙なネコだ。


時たまに――ではあるのだが、灰色ネコの尻尾の影が、時々、三本も四本もあるように見えるのだ。


おまけに、境内の巡礼路からはみ出すことなくグルグル巡ってウサコを誘っているあたり、どう考えても、この灰色ネコは、人間なみの知性を持っているとしか思えない。間違いなく、六歳のウサコを上回る知性の。


やがて、灰色ネコが、三角耳をピピンと立てた。クルリとネコ顔を回すと、巡礼路で最も高い仏塔の上に駆け上る。ウサコがビックリして仏塔の下に駆け寄り、ささやかな段差に足を掛けた。


金色の目ピッカピカの灰色ネコは、鳴き声を震わせて「ニャウウウウ」と鳴いた。その唸るような奇妙な鳴き声は、道照どうしょうやウサコをビックリさせるのに充分であった。


「何だい?」


灰色ネコの視線の先を、道照どうしょうとウサコも眺める。


峠道の方から、十数人と見える蓑笠姿の男たちが、寺社に向かって雪をこいで来ているのが見えた。膝の上まで積もった雪に難儀しているところだが、あと少しすれば、参道に入って来るだろう。


「ウサコのお迎えかな?」


そう呟いた道照どうしょうは、ウサコの方を振り向いた。


ウサコは、ズンズンと山道をやって来る男衆をジッと眺めた後、サッと顔色を変えた。身体の震えに合わせて、ウサミミもプルプル震えている。顔色が悪い。


「ウサコ?」


見知らぬ男衆が遂に、参道に踏み入った。雪かきが済んだ一本道の上を、行列を組んでザクザクと軽快に歩み出す。先頭に居るのは、見るからに大男だ。顔の下半分がイガイガの無精ヒゲで青くなっており、もみあげが目立つ。


ウサコは回れ右して、母屋の方へと走り去った。灰色ネコも仏塔から素早く降りて、ウサコを追いかけていく。


道照どうしょうは声を掛けようとしたが、ウサコの切羽詰まった雰囲気に戸惑う余り、声を掛け損ねてしまった。


ウサコと灰色ネコが、母屋に姿を消した直後。


蓑笠姿の男衆が、境内に踏み入って来た。先頭の大男が、見るからに剣呑な足取りで、道照どうしょうの前に立った。


「おい、クソ坊主! ここにガキが居る筈だ。出せや!」


もみあげの目立つ大男の怒鳴り声が、境内の空気を震わせた。大男の左頬には、十文字の傷が見える。


見るからにヤクザだ。


大男の左頬に見える物騒な十文字の傷は、割れあごを覆う青髭に囲まれて、いっそう危険な雰囲気を醸し出していた。腰には、ヤクザが持っていそうな、まともで無さそうな短刀が見える。


手下と思しき背後の男らの腰にも、何かが挟まっている。男らは、そろって腰に手を掛けていた。明らかに攻撃態勢だ。その懐の内にも、穏やかならざる道具の数々が収まっている筈だ。


(何で、こんな時に、師匠も兄弟子も居ないんだよ!)


道照どうしょうは一気に緊張した。ヤクザ集団の方は、この寺社に人気ひとけが無い事を早くも察知しており、数の優位に任せて、余裕しゃくしゃくの様子だ。


左頬に十文字の傷のある青髭の大男が、再度がなり立てた。


「耳が聞こえねぇのかぁ、クソ坊主。ガキは何処だ! そのガキは、とんでもねぇ物を盗んで行きやがった、お尋ね者だ。下手に隠し立てすれば、坊主の命もどうなるか知れんざき」


道照どうしょうは、心当たりがパッと閃き、ごくりと生唾を飲んだ。


――ウサコが持っていた――というより、ウサコが知らない間に、ウサミミに入れられていた――あの、鼈甲べっこうの平打ちカンザシ


事情は知れぬが、この男たちがウサコを優しく扱わないであろう事は、余りにも明らかだ。


「拙僧、『ガキ』と名乗る人物は見かけておりません」


道照どうしょうは、尊敬すべき師匠の応対の有り様を思い出しつつ、仏法僧らしく手を合わせて「南無」と唱えつつ、受け答えを始めた。


子分たちが、果たして大声を上げて来た。


「フザケてんじゃねぇ! そのウサコのガキは、ウサミミを頭にくっ付けた、五歳から六歳くらいのオナゴでぃ! 本名は『サチ』ってんでぃ!」

久賂邪鬼くろやぎの親分に逆らったら、命はねぇぞ、コラ、クソ坊主!」


脅迫されている事も忘れ、道照どうしょうは一瞬、ポカンとした。


(すげぇよ、師匠! ウサコの名前も、この謎のヤクザ集団の頭目の名前も、割れたよ!)


久賂邪鬼くろやぎの親分は、短刀を抜いて、ニヤリと物騒な笑みを浮かべた。イガイガの青髭に覆われた割れあごの中、歪んだ三日月形に広がった口元に、実にたくさんの黄色い歯が並んでいるのが見える。


「ガキは、お尋ね者だ。よって、問答無用で、この寺社を捜索する。邪魔すんじゃねぇよ、クソ坊主」


左頬に十文字の傷のある物騒な大男に、刃の面でもって頬をピタピタとやられたら、流石に黙り込むしか無い。道照どうしょうは、失神しないでいるのが精一杯だった。


(ウサコ、無事に逃げてくれよ……)


*****


久賂邪鬼くろやぎの衆は、寺社の中を念入りに捜索し始めた。


廊下の隅や便所の裏の隙間など、縄で縛り上げた道照どうしょうを引きずって来て立ち会わせて、隠れ空間も暴いていくという念の入れようである。


お蔭さまで、掃除がなっていない部分がゴロゴロと出て来る。


久賂邪鬼くろやぎの親分が率いるヤクザ集団は、目的が違うから何も言わないが、師匠に見つかったらと思うと、道照どうしょうは、恥ずかしさの余り、身の置き所が無い。


久賂邪鬼くろやぎの手下が、納戸の隙間に棒を突っ込むと、ビックリしたと思しきネズミ一家が、キィキィ鳴きながら出て来た。


「わッ……ネズミでぃ!」

「ネズミを見つけるのは滅法いかんざき、ウサギを早よ見つけろ!」


――などと、久賂邪鬼くろやぎの親分と子分とで漫才が始まったが、道照どうしょうには如何ともしようがない。


幸いな事に――母屋のすべてをひっくり返した後になっても、ウサコは見つからなかった。


あの妙に知恵の回る灰色ネコが、どうやってかは知れぬが、ウサコを上手に誘導したのでは無いかと思えるほどである。


久賂邪鬼くろやぎの親分と子分は、次に、お堂に向かった。あの三仏像が納められている、お堂である。


「仏様に、ご無体な事しないで下さいよ!」


寺社の物を傷付けられては困る。道照どうしょうは必死に訴えたが、久賂邪鬼くろやぎの親分は聞く耳持たずであった。


「こちとらぁ、仏像の首をかき切って縄張り抗争の勝利の縁起担ぎにする事もあるんじゃ! カネも運も保証しないタダの置き物なんざ、その辺の石ッころと同じじゃ!」


久賂邪鬼くろやぎの親分は、次に、左頬の十文字の傷痕を歪ませてニヤリと笑った。かつては顔から血を流した男だ。その迫力には、只ならぬものがある。


「売ればカネに化けるだけ、名のある仏像の方がまだマシかも知れんざき」


凶悪な本性を剥き出しにした久賂邪鬼くろやぎの親分が、そう言っている間にも、子分たちは、お堂の扉の代わりとしていたすだれを乱暴に引き裂き、薄暗い空間の中に踏み入った。


十二畳ほどの広さしか無い空間――その奥の祭壇に、三仏像が並んでいる。中央が阿弥陀如来。向かって右が地蔵菩薩。向かって左が観世音菩薩。


瞬間。


タタッと軽い足音がした。


三仏像の裏側の、更に陰影に沈んでいる空間の中から、ウサミミをくっ付けた小さな人影――小僧の黒袴を付けた人影――が飛び出した。


その人影が、お堂の裏へと駆け去って行く。


「居たァ!」

「逃がすな、追えッ、捕まえろ!」


さすがヤクザと言うべきか、子分たちの動きは、速かった。


お堂の裏の戸をわずかに開けて、その狭い隙間から、外へ駆け出したウサミミ少女。


子分たちは、裏の戸に瞬く間に殺到した。その勢いのままに、戸をドドンと蹴破って、ウサミミ少女を追いかけて行く。


久賂邪鬼くろやぎの親分も、縛られたままの道照どうしょうを捨て置いて、その後を走って付いて行った。


グルグル巻きにして縛られたまま、お堂の中に一人残された道照どうしょうは、目の前が真っ暗になるような思いだ。


(どうしよう、どうしよう)


すぐに、ウサコの甲高い叫び声が聞こえて来た。子供が転んだと思しき、雪の圧縮されたザシュッというような音、大柄な男たちが雪をザザザと蹴り分ける音。


続いて、ヤクザ男たちの「手間ぁ掛けやがって」などと言う怒鳴り声が届いて来た。


「お遊びは終わりだ、この野郎!」


そして――遂に、久賂邪鬼くろやぎの親分の、矢継ぎ早の指示が響いて来た。


「おぅ、貴様ら、このガキを縛り上げて袋詰めにしろ。長平の目の前でコイツを拷問して、ブツの在処ありかを吐き出させるんだ! 急げ! 城下町の役人どもが来る前に、サッサとブツを取り戻して逃げ出さんといかんざき!」


ヤクザ男たちは、ウサコの身柄を確保した後は、もはや寺社には関心が無い様子だ。境内から参道に向かって、十数人の男たちが、ザクザクと雪を踏みしめて行く気配がする――だんだん、遠ざかって行く。


道照どうしょうの身体から力が抜けた。そのまま、お堂の床に、崩れるようにして呆然と座り込む。


「ウサコ……」

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