(4)クロヤギさんたら読み上げ食べた
翌日。
朝食後、道照とウサコが、お堂の片づけの続きを始めていると、不思議な灰色ネコがやって来てウロチョロし始めた。猫又ならば、尾の数は二本の筈だが――この灰色ネコの尾の数は、ちゃんとした一本だ。
「おや、この間も来てたよな、野良ネコめ。ご飯は無いぞ」
「ニャー」
灰色ネコは『フン、要らん』とでも言うように、金色の目をピッカピカと光らせた。口の中で何かをモグモグしている。
良く見ると、口の端から細長い、尻尾らしきモノが見えている。
その尻尾の正体が何なのかは、道照は考えたくもなかった。
――寺社の屋根裏には、ネズミが一杯、住んでいたりするのである……
正午に近づいた頃。
灰色ネコの尻尾に誘われて境内のあちこちをウロチョロしていたウサコが、やがてウサミミをユラユラと揺らしながら、道照の居る縁側の近くへとやって来た。
「知らないオジサンが来てるぅ」
道照は目をパチクリさせた。
――確かに、ウサコの後ろから、蓑笠姿の大柄な男がやって来ている。
ヒゲ面をした大柄な中年男だ。片方の肩に弓矢を抱えており、腰には恐ろし気な山刀を挿している。見るからに、冬山を駆ける猟師である。
道照は、流石に一瞬ギョッとしたが――山刀と一緒に揺れている御守りが、この寺社の物という事に気付き、ホッと息をついた。
人相を見れば――確かに見覚えがある。昨年の冬も数回ほどやって来て、麓からの書状を配達してくれた。そして、山の状況の事などを、師匠や兄弟子と話して行った男だ。
「こんにちは、クマさん」
「おう、一年ぶりじゃ、次郎坊。何や、この小ウサギ、何処から湧いて来たんだ? ヒゲの老師と、もう一人の坊主頭――太郎坊は何処じゃ?」
「二人とも麓に呼ばれて、山を降りてるんです」
「麓? ――って事は、お殿様とご家老と化け猫の件で、遂に動きがあったのか」
ウサコが目をパチクリさせて、金色の目ピッカピカの灰色ネコの居る方向を振り返った。
その灰色ネコは、何食わぬ顔で、一本の尻尾をユラユラさせている。
道照は猟師の問いを検討し、この問いに答える事にした。この猟師は、人里には余り立ち入らないのだが、猟師だけあって調査能力は高い。師匠と兄弟子の情報を教える事と引き換えに、ウサコの身元調査を依頼するのに、うってつけの人物だ。
「師匠と兄弟子は、お殿様とご家老の依頼のお仕事をしてるんですよ。化け猫騒動と同時に千両箱がお城から幾つも消えてるんで、師匠の神通力でもって、化け猫退治をして欲しいとかで」
「猫に小判じゃ無かったのか。やたらと人臭い妄執のある化け猫だな」
そう言って、猟師は、ちょっと面白そうな顔になった。
「諸葛孔明以来の知恵者というヒゲの住職が出張ったからには、噂の化け猫騒動は何とかなりそうだな。よきかな、よきかな」
「それでですね、クマさん。このウサコの、父親の健在を確かめて来て頂きたいんですよ」
「ほうほう。ええよ。これからクマの毛皮なんかを市場におろすとこじゃし、任せてくれや」
「それじゃあ、ウサコの父親あてに、ウサコが無事で此処に居る事を書状にしたためるんで、配達お願い出来ますか? この子、吹雪の山の中で一晩迷子だったんで、親たちも探すの諦めていそうだし」
「おう」
猟師は気安く請け合うと、ウサコの方を振り向いてニカッと笑みを見せた。ヒゲ面だけに、ものすごい迫力だ。まだ幼い少女であるウサコが、ギョッとして思わず飛びすさったのは、当然の反応ではある。
「よぉ頑張ったな、小ウサギ。えらい子じゃ」
*****
ヒゲ面の猟師は、去年と同じように、山の神にお神酒でもってお供えをした後、道照の書状を携えて寺社を退去して行った。
猟師は、途中の秘密の雪穴に保存していた獲物のクマを掘り起こし、山を下りて、麓の里に入った。そこでクマの解体を済ませたら、城下町の市場におろすのである。
ここ数日ドカ雪が続いたため、山に入る者は滅多に無く、城下町の市場に持ち込んだクマの毛皮や肉は、良い値段で売れた。
城下町の市場に流布している最近の噂に耳を澄ませてみると、やはり化け猫騒動の話題が多い。何でも、その化け猫は、金色の目ピッカピカに、四本の尾を持っていたそうだ。
お殿様のたっての依頼に応じて、山から下りて来た霊験あらたかな老僧・玄照のお蔭で、化け猫の『化けの皮』が遂に剥がれた――と言う喜びの声が多く聞かれる。
猟師がひそかに推測していた通り、以前から不正に手を染めていた一部の悪徳役人と、禁制品の貿易の特権を侵犯して暴利を狙う悪徳商人の結託が、化け猫騒動の裏にあったのだ。
盗賊の先発隊が、化け猫の造り物を利用して騒ぎを起こしておいて、その隙に、盗賊の本隊が、本命たる千両箱を――不正をするための資金を――城内の蔵から運び出す。その一連の活動が、本物の妖怪騒ぎと誤解されたのである。人間は案外、先入観に大きく左右されるものなのだ。
結論から言えば、よくある、『**屋、お主も悪よのう』を地で行く、もはや様式美とすら言える汚職事件だったのであった。目下、城下町では取り締まりと捕り物が進行中で、今や「千両箱を盗み出した盗賊と化け猫の正体」を割り出そうという、最終局面を迎えつつある。
「確か、小ウサギの父ちゃんの名前は、『ちょーへい』とか言ってたな」
クマの毛皮と肉を売りさばいた後、暇な時間が出来た猟師は、市場の最新の噂をあさりがてら、ウサコの父親を知ると思しき人々に、次々に声を掛けて行った。
ウサコの父親は櫛や簪を作っている職人。となれば、同業者であれば、誰かが知っている筈だ。
猟師が、市場にやって来た細工職人たちに順番に声を掛けていると、通りの向こう側から三人程の男の集団が、ブラブラとやって来た。その辺の人々と同様に、寒気をしのぐための蓑をまとっているが、親分が一人に子分が二人――という雰囲気の三人である。
三人組は不意に足を速め、猟師に近づいて来た。親分と思しき中央の男が猟師に声を掛ける。
「おい! 簪作りの長平を探してるってのは、てめぇか?」
「そうだが」
親分と思しき中央の男は、猟師と同じくらいの大男だ。クマを倒せるほどでは無いだろうが、かなり腕っぷしの強い男と知れる。眼光が鋭く、頭の毛はボサボサで、もみあげが目立つ。左の頬に、十文字の傷が見える。着ている物は一般庶民にしては上等なのだが、見るからに柄の良くない雰囲気だ。
市場の人々は息を止めて、三人組と猟師とのやり取りを、遠巻きに見守っている。誰かが小声で、三人組の正体を呟いていた。
「久賂邪鬼の親分と子分じゃねぇか、アレ」
「んだ、んだ」
猟師は、キョトンとしていた。人里の事情には余り明るくないため、三人組がどういう立場の者であるか、余りピンと来ないのだ。
とりあえず、この三人が目的の人物『ちょーへい』を知っているらしい。そう見込んだ猟師は、早速、質問を発した。
「ちょーへい、とやら言う職人を知ってんなら話が早いや。顔に傷のある手前さん、誰じゃ? 『ちょーへい』の家、知っとるかい?」
子分と思しき二人は、一瞬お互いの顔を見合わせ、次に、親分と思しき、左頬に傷のある大男の表情を、おずおずと窺い出している。十文字の傷を左頬に持つ大男は、偉そうに背を反らした。
「おうとも。俺は久賂邪鬼ってもんじゃ。案内してやってもエエが、てめぇ、長平に何の用じゃ? 長平は目下、訳ありなんでな、そう簡単に他人を会わす訳にはいかんざき」
「大した用じゃねぇ。ちょーへいの娘の件で、書状を預かってるだけじゃ」
「娘? そう言えば何か、ちっこいのが居たな?」
久賂邪鬼と名乗った大男が、青髭が広がっているガッチリとした割れ顎をさすりつつ、脇に控えている二人の連れを順番に見回した。ケチなヤクザ男といった風体の二人の連れは、揃って、首をブンブンと縦に振った。
「確か、ウサコでぃ。ホントは『サチ』ってんでぃ。普通だったら『サッちゃん』と呼ぶところだけど、ウサミミで……」
「珍妙なガキで、ウサミミをくっ付けた、ほっかむりを、こう……」
左頬に十文字の傷のある胡散臭そうな大男、久賂邪鬼の目が、ギラギラと剣呑に光り出した。
久賂邪鬼は、勿体ぶって猟師の方に向き直ると、もみあげの目立つ頬を歪ませて、何とも腹黒そうな笑みを見せた。ニイと広がった口元は、イガイガしていそうな青髭の中、実にたくさんの黄色い歯を並べている。
「猟師どの、さっそく『長平の家』に行こうじゃ無いですか。さぁさぁ」
*****
「あれが、ちょーへいの家?」
久賂邪鬼の親分と、その二人の子分に伴われて――猟師は、その家の前で足を止めた。
見るからに、何かが変だ。
明らかに、零細職人が持てる家では無い。裕福な武家階級の――それも町中の数寄屋造りの別荘と言った感じの、瀟洒な邸宅なのだ。それも、かなりデカイ家だ。
久賂邪鬼の親分が、その邸宅の立派な数寄屋造りの門をくぐり、中に向かって「おぃ!」と呼ばわる。
それが合図でもあったかのように、邸宅のあちこちから、十数人程度の体格の良い男たちが、バラバラと湧いて来た。ガラも人相も良くない男たちだ。明らかにヤクザ者の風体である。
流石に不審を覚えた猟師が、久賂邪鬼の親分を振り返ると――
「こやつを捕らえて、ふん縛れ!」
久賂邪鬼の親分の命令に応じて、十数人のヤクザ男たちは、アッと言う間に四方八方から猟師を押さえつけ、グルグル巻きにして縛ってしまった。
「何すんじゃ、てめぇら」
猟師が抗議をしている間にも、久賂邪鬼の親分の指示に従い、十数人のヤクザ男たちは猟師の身柄を運び、邸宅の縁側の下に転がした。よりによって、まだ雪が溶けていない部分なので、雪に触れている部分が冷たい。
「なぁに、ちっと書状とやらを見せてもらいたいだけよ、このボケのクマ男ぉ」
騙し討ちがキレイに決まった久賂邪鬼の親分は、上機嫌だ。猟師の蓑の下に手を差し入れ、あちこち探っていたが、すぐに懐の隙間の中に、書状を見つけた。ついでに財布も抜き取る。
久賂邪鬼の親分は書状を開き、読み上げた。
「ウサコ-ノ-チチウエ-チョーヘイ-ドノ。ウサコ-ヤマウエ-ノ-チンジュ-ニ-キタ。ミチ-ヒラケ-シダイ-ムカエ-ニ-コラレタシ。ホンドウ-ニテ-マツ。道照・ドウショウ」
久賂邪鬼の親分は、猟師に向かって凶悪な笑みを浮かべた。
「この書状は、此処には置いておけねぇーなぁ?」
そう言うと、久賂邪鬼の親分は、持ち前の黄色のたくさんすぎる歯でもって、持っていた書状をアッと言う間に粉々にし、食べてしまった。
「証拠、隠滅」
「さすが、親分!」
取り巻きの十数人の子分たちが、一斉に「おおお」と勝鬨を上げ、拍手である。
驚きの余り、目を白黒していたヒゲ面の猟師は、そのまま、邸宅の中にある座敷牢に押し込められてしまった。その座敷牢の別の仕切りの中には、何やら他の人々が閉じ込められている様子だ。
「ひでぇ目に遭った」
久賂邪鬼の親分が子分たちを引き連れて、高笑いをしながら数寄屋造りの邸宅を出て行った後も、猟師は縛られてゴロリと転がされたまま、ブツブツとボヤいた。
隣の仕切りに入れられていた数人の男たちが、猟師に向かって「大丈夫かい?」と問い始める。
「あんた、人里に長いこと降りてなかったんだろ。あいつぁ、久賂邪鬼の親分と言って、最近ハバを利かせてるヤツだよ」
「そうそう。悪徳役人と悪徳商人の手先として、禁制品の製造や運搬を一手に請け負ってて、それで、ボロ儲けしてる」
「このお屋敷も、悪徳役人の秘密の別宅でさ。元々は、愛人を囲ってたとか。秘密の愛の巣だとか」
――聞き捨てならぬ発言だ。
「今、何と言った?!」
猟師は驚きの余り、グイッと身を起こそうとして、馬鹿力を出した。グルグル巻きの縄が、大柄で逞しい体躯の動きに付いて行けず、ブチブチと切れる。
「ありゃあ?」
「あんた、縛られた振り、してたの?」
猟師は粉々になった縄を振り捨てた。邸宅の仕切り戸の隙間から洩れる陽光で観察してみると――隣の仕切りに居る数人の男たちは、年齢層こそバラバラだが、どれもこれも零細職人と見える男たちだ。
猟師は、目をパチクリさせている零細職人たちに向かって、矢継ぎ早に問いを投げた。
「あんたら一体、誰じゃ? 何で閉じ込められとるんじゃ」
五人ほどの職人たちを代表して、最も年配の男が、猟師の問いに答える。
「ワシらは全員、細工職人じゃ。鼈甲細工に覚えがあるモンは全員、此処に集められて、禁制品の鼈甲細工を作らされとるんじゃ。櫛に簪、数珠、根付、将棋の駒……」
猟師は口をアングリした。目下、お殿様が取り締まり中の悪徳役人とつながっている、悪徳商人。悪徳商人の手先が久賂邪鬼の親分と子分たち。その久賂邪鬼の者たちに閉じ込められて、禁制品を加工させられている零細職人たち。
「何たる繋がりじゃあ……『ちょーへい』とやらも、居るんかい?」
「オラが長平だが」
五人の男のうち、比較的若い方の、一人の男が応えた。平凡な体格に顔立ちだ。身を構う時間も無いのであろう、浮浪人さながらに無精ひげに埋まっているが、ちゃんとヒゲを剃れば、ちゃんとした職人に見えるに違いない。
「手前さん、小ウサギ知っとるか? ほっかむりにウサミミくっ付けた、ちっこい女の子じゃが」
「生きてんのか?!」
長平と名乗った男の反応は劇的だった。座敷牢の仕切りとなっている木組みにガシッと取り付く。
「吹雪に備えて、食い物の買い出し係になって、娘を連れて買い出しに行ったんじゃ! これ幸いと思って、隙見て娘にブツ持たせて、お役人様の所に走らせたんじゃ! オラも一緒に行こうと思ったが、途中で久賂邪鬼に捕まって、動けんかったんじゃ。あとでアイツの子分たちが、町の何処にも居ないから山の方に行ったんじゃ無いかと言ってたから、もしやと――」
猟師は、やっと得心がいった――と言う風に、うなづいた。
「吹雪に巻かれると、すぐに方向感覚がおかしくなるからな。あの小ウサギ、一晩中、山ん中で迷子になっていたそうじゃ」
ウサコ父・長平は、絶句するのみであった。
その頃――
――久賂邪鬼の親分は、笑いが止まらない状態だった。
あの数寄屋造りの邸宅に、念のため残しておいていた秘密の子分たちが、猟師と零細職人たちの間で交わされた会話の内容を報告して来たのである。
その報告によれば、二点ばかりの鼈甲細工の簪の紛失は、間違いなく長平のせいだ。
速やかにウサコを捕まえる。長平の目の前でウサコを拷問し、鼈甲細工の簪の在り処を白状させる。ブツを回収したら、取り締まりの手が入る前に、闇に流しておく。そうすれば、雇い主たる悪徳商人のカンペキな証拠隠滅が出来る。この恩を売っておけば、どれくらいの見返りになるだろう。
将来図を考えれば考えるほど、極悪非道な久賂邪鬼の親分の口元は、ゆるみまくるのであった。
イイッヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……




