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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
妖怪隠密・猫天狗が笑う!~ウサミミ地蔵の不可思議を起こせし事
14/31

(3)疑惑が疑惑がポポポポーン

「……道照どうしょうさんって、『どうしよう』が口癖だから『どうしょう』さん?」


――図星だ。


道照どうしょうは、ナニゲにグサッと来るものを感じた。


ウサコの、覚醒後の第一声が、コレだ。


白河夜船の間、夢の中で『どうしょう』の名前の意味を考えていたのだと言う。流石、昨夜の吹雪を生き延びた機転の持ち主と言うべきか、余計な所で妙に頭の回る子だ。


だいたい、かの師匠には、妙な趣味があるのだ。兄弟子がその名の由来を早くも察して、意味深にニヤニヤしていたのは、今だに切歯扼腕の気分にさせられる記憶だ。


――どうしようかな。


道照どうしょうは、自分の名前の由来となった呟きを、相も変わらず脳内で繰り返した。


囲炉裏の傍にちょこんと座り込んだウサコは、まさしく草を食むウサギみたいに口をモグモグさせて、大根の葉っぱのお味噌汁を消化している。


囲炉裏の周りには、おひとり様に加えてお子様一人分に増えた夕食の献立が並んでいる。


精進料理なだけに、一般家庭の献立と同じという訳にはいかないのだが、妙に感心させられる事に、ウサコは一言も文句を言わない。或いは、下層階級の出で、こういう質素な食事には慣れているのだろうか。


本来ならば、城下町に住んでいるという父母の元に速やかに帰してやるところだ。しかし、折悪しく、吹雪によって唯一の交通路が寸断されており、簡単に山麓にある城下町まで降りられる状況では無い。


そして、此処の寺社の最高責任者である師匠は、兄弟子と共に不在だ。用件が用件だけに、二日や三日で帰還して来られる見込みは、無い。


――考えてもらちが明かない。


道照どうしょうは、腹をくくる事にした。


明らかに、まだ十歳にもなっていない女の子だ。暫くの間――数日の間――、この寺社で預かるのだ。


積雪の状態がもっと落ち着いて、猟師でも何でもない素人でも何とか山の中を行き来できる状態になったら、師匠と兄弟子も戻って来る筈だ。そしたら、彼らに事情を説明して、この子を城下町に返そう。


一旦、方針が決まれば、後はやるべき事をやるだけだ。


道照どうしょうは先に夕食を済ませると、風呂場のタライに湯を張った。そうして、ウサコが夕食を済ませた頃合いを見計らって、ウサコを風呂に入れた。


結論から言えばウサコは、聞き分けの良い子供であった。


ウサミミを付けたほっかむりに愛着があるのか、ウサミミを外す事については少し抵抗したものの、「洗濯してやる」との言葉には、素直に「ヨロシク」と頭を下げたのである。


「ウサコ、何歳だい?」

「六さーい……」


ウサコは、身体が温まって眠くなって来たのか、答えの後ろ半分は欠伸と一緒になったのであった。


*****


――深夜。


母屋の囲炉裏の近くに布団を敷いて、すっかり熟睡していた道照どうしょうは、顔をペチペチ叩かれたり、肩をユサユサと揺さぶられたりするのを感じた。


「うるさい……」

「起きて、ねえ、起きて」


ウサコは夜中に起き出して来て、隣で寝ていた道照どうしょうを叩き起こしていたのである。


「なんだよ~」

「お便所、一緒に行って」


道照どうしょうはボンヤリと目を覚まし、ウサコの様子を眺めた。ウサコは泣き顔にも見える切羽詰まった顔つきで、道照どうしょうを布団の中から引きずり出そうとしている。


道照どうしょうは不機嫌になりながらも、引っぺがされた布団を引き戻した。


「便所はあっち。一人で行けるだろう」

「怖いから一緒に来て~」


道照どうしょうは観念した。『泣く子と地頭には勝てぬ』ということわざは真実だった、という実感と共に。


――当分、寝不足になりそうだな……


道照どうしょうは、ここ数日に集中するであろう面倒を想像し、遠い目になった。


*****


翌日は落ち着いた曇天になったのだが、風が強い。山脈を覆っている雲模様も怪しい状態で、雪崩などの危険を考えると、遠出するには覚悟が要る。


道照どうしょうは、ウサコに、小僧が着る黒い袴付きの修行着を着せた。これしか子供用の着物が無いのである。おかっぱ頭の珍妙なウサミミ小僧が出来上がり、道照どうしょうが吹き出しそうになったのは秘密である。


「朝飯を食ったら、お堂の掃除と雪かきだからな」

「ふぁい」


朝食の玄米飯を堪能中のウサコは、ウサギのように口をムグムグさせながら答えた。


――朝食後。


道照どうしょうとウサコは、一通りの掃除道具を抱えて、お堂へと向かった。


お堂の前では、昨日も見かけたような気がする、灰色の野良ネコがくつろいでいた。尾は、ちゃんとした一本である。灰色ネコは、ピカリと光る金色の目で、道照どうしょうとウサコを眺めて来た。気のせいかも知れぬが、何やらニヤリとしたようである。


「あれ、ウサコが昨夜、山の中で見たっていう『招き猫』かな?」

「わかんない」


灰色ネコはユラリと立ち上がり、道照どうしょうとウサコの周りを数回クルクルと巡った後、不意に何処かへと走り去って行った。


(まさか、妖怪変化とかじゃ無いよな……)


道照どうしょうは首を傾げながらも、お堂に近づいた。


昨日の朝、雪玉が突っ込んだ古いお堂の中は、何とか半分だけは、片付けが進んだと言う状態だ。扉を兼ねる格子戸の代わりにゴザが下がっており、数々の仏具の中には、まだ立て直されていない物が多い。お堂の床には、雪玉の名残の湿り気が広がっていた。


ウサコも流石に、自分が雪玉で突っ込んだという事に後ろめたさを感じているのか、お堂の端っこに飛んだ細かな板切れなどを甲斐甲斐しく集めて来た。


最奥部の祭壇に乗っている三体の仏像と、その台座のみ、位置をずらしながらも何とか無傷といった風だ。ウサコは片付けをしながらも、独特の意味深な雰囲気をまとっている『ご本尊』が気になっている様子で、好奇心の眼差しでチラチラと盗み見している。


お堂の掃除があらかた終わり、お供えのオムスビを供する(干し柿はウサコが食べてしまったので、無い)。


道照どうしょうがチョイチョイと背中をつついて促すと、ウサコは神妙な様子で三仏像の前に立った。


「お供えを食べて済みませんでした」


ウサコは手を合わせて、ペコリと頭を下げた。ほっかむりに付いているウサミミも、ヒョコンと傾く。


偶然とはいえ、この三仏像が雪玉の爆走を押しとどめてくれた形なのではある。ウサコにとっては「恩人」、いや「恩仏」である。


「この仏さまの事は知らないよね?」

「ウン」


道照どうしょうは、いささか畏まって説明した。


中央が阿弥陀如来。向かって右が地蔵菩薩。向かって左が観世音菩薩。


ウサコは、まだ幼い子供だけに、それぞれの仏像の意味は分からない状態だ。ウサコの認識に掛かれば、中央が「クルクルお団子」、右が「ツルツル頭」、左が「ビラビラ頭」という事になる。


道照どうしょうが、再び遠い目になったのは、言うまでも無い――


*****


昼過ぎ、雲が切れて薄日が差し、風が小休止状態になった。


道照どうしょうは、母屋の縁側に常備してあるタライで、遅い洗濯を始めた。


ウサコは、道照どうしょうの言いつけで、井戸から水を何度も汲み出しては道照どうしょうの元に運んでいる。腕力が無いため、ちょびっとずつではあるが――駆け回るだけの体力は、それなりにあるのであった。


水汲みに一区切りついたところで、ウサコは縁側の縁石にちょこんと座って、休憩がてら道照どうしょうの様子を眺め始めた。


道照どうしょうはすぐに、昨夜以来、ウサコが目に見える所――道照どうしょうの周りをチラチラとうろつき、後を付いて来る事に気付いた。


山奥にポツンとあるきりの、うら寂れた寺社。見かける人間は一人、道照どうしょうのみ。


夜中に、「便所に行く時は付いて来てくれ」とおねだりする程なのだから、ウサコはウサコなりに、心細さを感じているに違いない。


道照どうしょうは、ウサコの着物を洗濯しながら、その着物を上から下まで観察した。


ウサコの着物は、雪玉に覆われていたためか、幸いに目立つ葉っぱや小枝の切れ端以外の汚れは無い。城下町――それも相当に下町の方の――標準的な、実用的な着物だ。元々は大人の着物を縫い直した物であろう、すり切れた藍染の地。赤い糸を使った刺し子。身元を示すような手掛かりは、特には無い。


汚れが少ないため、藍染の小さな着物は、意外に早く洗いあがった。


作業を見守っていたウサコに、絞った着物を手渡し、縁側の廊下の隅にある室内干し用の物干し竿に掛けるよう言い付ける。


小僧姿のウサコは、短い黒袴の裾をひるがえし、素直に駆け去って行った。


次いで道照どうしょうは、ウサミミが縫い付けられたほっかむりを調べ始めた。


これまた、何の変哲も無い白い手ぬぐいだ。布地は古びて痛んでいる――


――!?


道照どうしょうは、片方のウサミミに違和感を感じた。


ウサコの動きに合わせてヒョコヒョコ動いているから気付きにくかったのだが、詰め物が均等に入っていないせいか、形が不自然に歪んでいるのだ。


じっと見てみると、縫い目も曲がっている。もう一方のウサミミに比べると縫い目がガタガタだ。針仕事に慣れていない人が無理につなぎ目を縫い合わせたせいか、布地が引きつれてしまっている。


「ウサコが自分で直した……訳じゃ無いよな?」


縫い糸が不自然に新しい。道照どうしょうは、まずはウサミミの中の詰め物をならそうと、不自然な方のウサミミをギュッと握った。


「何か、硬い物が入っている……?」


道照どうしょうはウサミミをニギニギしながら、顔をしかめた。棒みたいな物が入っている。妙に複数の印象もある。


ふと思いついて、不自然では無い方のウサミミも握ってみたが、こちらの方は強く握っても違和感は無い。稲わらの細かな繊維や、糸くずなどが詰められている状態――という感触だ。


道照どうしょうは、下手くそな方のウサミミの縫い目を解き始めた。


程なくして、シュルッと糸が抜ける。詰め物の綿くずを分けて行くと、果たして違和感の原因となっていた細長いブツに行き当たった。


――美しい飴色をした、鼈甲べっこうの平打ちかんざし。その数、二本。


道照どうしょうは絶句した。


先端には、縁起物の花々を模した華やかな細工が施されている。偉い所のお姫様や、天子さまの都の花街などで頂点に登り詰めた女性が用いるに相応しい、間違いなく第一級の品だ。


この一本だけでも、一体、幾らするのだろう――考えるのも恐ろしい程だ。


道照どうしょうが茫然としゃがみ込んでいる間に、いつの間にかウサコが傍に戻って来ていた。道照どうしょうの様子がおかしい事に気付いたのであろう、ウサコは疑問顔で道照どうしょうの顔をのぞき込んで来る。


「ウサコ、このカンザシ、知ってる?」

「知らない」


ウサコは、フルフルと首を振って答える。


「父ちゃんが、このカンザシをウサミミに入れてたって事は無いのか?」

「知らない」


ウサコは再びフルフルと首を振った。本当にビックリしている様子だ。


「父ちゃん、こうゆうカンザシは、あんまり作ってなかった。フツーの、木のクシやカンザシの方を、いっぱい作ってた」


ウサコ父はクシカンザシを作っている職人らしい。道照どうしょうは納得しながらも、疑惑をつのらせる他に無い。


こういった高価な品は、城のお殿様やご家老、役人たちの監視の下、流通が厳重に管理されている筈だ。加工や細工も、ご用達の店や職人が担当する。間違っても、ウサコみたいな一般庶民の目に触れるような品では無い。


――密輸品とか、禁制品とか……暴利をむさぼるために、密輸して加工した品とかじゃ無いだろうな……


父親は何故、ウサコを山に置いて行ったのか。そして、何処へ行ったのか。


考えれば考えるほど、道照どうしょうの心の内には、疑惑の黒い霧が立ち込めて行ったのであった。


沈黙に落ちた二人の背後では――


あの不思議な灰色ネコが、金色の目をピッカピカと光らせながら、ジッと佇んでいた。

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