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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
妖怪探偵・猫天狗が走る!~ご近所様の殺人事件
10/31

(7)妖怪探偵の偉大なターン!

一瞬の息継ぎの後――目暮啓司めぐれ・けいじは結論を口にした。


「最も可能性のある死亡原因は、毒だ」


ベテラン中年刑事は、一瞬ピクリを眉を動かしたものの、目暮啓司めぐれ・けいじの話を制する様子は無い。だいたい、その読みで当たっているのだろう――とも思える反応だ。


目暮啓司めぐれ・けいじの弾丸スピーチが一段落すると、ベテラン中年刑事は器用にタイミングを捉えて聞き返した。


「だが、目暮啓司めぐれ・けいじ君、鈴木夫人が毒を盛られて死んだとして、誰が、どうやって? あの家の出入りは、死亡時刻と思われる時間帯には、いっさい無かったがね」

「そういう言い方をするって事は、即効性の毒だったんだな」


ベテラン中年刑事は曖昧なポーカーフェイスを続けていたが、目暮啓司めぐれ・けいじの意見を否定はしなかった。


「まぁ、そうとも言えるな。で、その毒は、一体どうやって盛られたと言うんだ?」

「煮魚料理に入ってたんだろうが、そんなの、鑑識の方で調べる事だろ。毒が煮魚料理の中に入ってたという確証が無ければ、次に行けねぇよ」


ベテラン中年刑事は「それも、もっともだ」とうなづいた後、新人刑事に目配せした。


新人刑事は指示を了解した様子で、聴取室の隅にある受話器を手に取る。そのまま、新人刑事は片方の手で口を覆い隠して、電話先の人物と、何かを小声で話し始めたのであった。


ベテラン中年刑事は、目暮啓司めぐれ・けいじに向かって、更に言葉を重ねた。その目には、面白そうな光が宿っている。


「被害者――鈴木夫人は、煮魚料理を作っていたのか?」

「どうせ、日暮ひぐれの婆さんから聞いてるんだろ。あの『ジジ眉毛』の犬の散歩から戻って来た時、あの家から、しょうゆ煮の匂いがしたんだよ」

「食い意地の張った目暮めぐれ君ならではの、素晴らしい鼻センサーと言うべきなんだろうな」

「どうも」


新人刑事が電話を終えて、ベテラン中年刑事に何やら耳打ちした。すると、ベテラン中年刑事は意味深にうなづいたのであった。


目暮めぐれ君のいう通り、現場から押収した煮魚料理の中に、毒が入っていた。ボヤの原因となったナベでもある。たった今、鑑識の結果が出たところだ。詳しい解析結果は、まだ出ていないが。で、目暮めぐれ君は、どういう考えを持っている?」


目暮啓司めぐれ・けいじは答えなかった。頭の中で、恐ろしい可能性が浮かび上がって来ていたのだ。


「ちょっと待てよ。鈴木の男と日暮ひぐれの男、つるんでるんじゃ無いか?」

「どういう事かね? まぁ隣人同士、当然、顔馴染みではあるだろう。鈴木夫人と日暮ひぐれ夫人の方は、隣人付き合いが長いだけあって、頻繁に食事を共にする仲だったそうだが」


目暮啓司めぐれ・けいじの脳内で、記憶フィルムが順番に巻き戻されていた。


鈴木ババの甥っ子――あのデロンとしたハワイアンな甥っ子。色あせたグリーン系と思しき、シワだらけのハワイアンシャツ。グレーの安物ジップパーカー。ファッショナブルなボロと言うには余りにも貧相すぎる、ボロすぎるジーパン。


日暮ひぐれの婆さんの息子――鈴木ババの甥っ子と同年代の、無精ひげを生やした貧相な中年男。ヨレヨレの、怪しいまでにボロい水色の、トレーナーの上下。パチンコの袋。


目暮啓司めぐれ・けいじの記憶フィルムは、電信柱の陰に潜んでいたタイミングまで巻き戻った。


――鈴木ババの甥っ子と、日暮ひぐれの婆さんの息子は、確かに仲良く二人で、『だらしねぇ』似た者同士で、つるんでいた。連れ立って、パチンコ三昧する程の付き合いではあるのだろう。


目暮啓司めぐれ・けいじの記憶フィルムは、次に、音声記録を叩き出した。


――『ママ、カレェ、煮といてよ。そんで、先に食べてて。帰り遅くなるから』


二人で、裏でつるんでいた――舌足らずな発音。わざわざ料理名を指定しての、煮物料理の依頼。本気でブルっていた、鈴木ババの甥っ子。カレー。近所付き合い。カレェ?!


「カレーだ……! ヤバイ! 日暮ひぐれの婆さんが――やい、猫天狗、何処に居るんだ?!」


目暮啓司めぐれ・けいじは、両手の平で机をバンと叩いて、勢いよく立ち上がった。


机を挟んで向かい側に居たベテラン中年刑事は――その後ろに控えていた新人刑事も――目暮啓司めぐれ・けいじの急変に、本気で驚愕するのみであった。


*****


ご近所で起きた殺人事件の衝撃、いまだ収まりやらぬ、その当日の深夜。


いかにも初秋らしい少し涼しい風がサワサワと吹き抜け、木の葉がざわめく夜だ。住宅街の各所に立っている昭和年代物の街灯からは、黄ばんだ光が出ている。薄暗くチカチカと瞬いている光では、物の形がボンヤリと分かる程度でしかない。


日暮ひぐれ家の玄関から、物音を立てずに出て来た人影がある。ヨレヨレの、色あせた水色と思しきトレーナーの上下――日暮ひぐれ家の、もはや中年世代と言って良い、年のいった息子である。


道路の真ん中では、既に日暮ひぐれ家の中年息子を待ち受けている人物がいた。鈴木家の被害者の甥っ子、こちらも既に中年世代に差し掛かった男である。


鈴木家の甥っ子の方は、流石に、夕方の騒動で汚れたので着替えたのであろう、今着ているのはグリーン系のハワイアンシャツでは無い。日暮ひぐれ家の息子の服装を真似したかのような、トレーナーの上下だ。ただし、目の痛くなるような蛍光黄色の安物である。蛍光黄色なだけあって、薄暗い街灯の光の中でも、その存在をクッキリと主張している。


両者ともに、着衣はトレーナー。よくよく、似た者同士なのであった。


蛍光黄色トレーナー中年男が、水色トレーナー中年男に向かって、あごをしゃくる。水色トレーナー中年男は、やや怯んだように佇んでいたが、何らかの覚悟に至ったのか、決然とした様子で歩み寄って行った。


奇妙な二人の中年男は、無言のまま連れ立って、近所の公園へと入って行った。


人っ子一人居ない、見捨てられたような小さな公園だ。申し訳程度の低木の植え込みと、砂場しか無い。



そして、更に――なおいっそう奇妙な事に――その二人の中年男の後ろを、物音立てずに付いて行く、ピッカピカの金色の『何か』があった。



公園の植え込みの前で、二人の中年男の口論が始まった。


日暮ひぐれのバカ! 何で、オレの叔母さんが先に死ぬんだよ、順番が約束と逆じゃねぇか! なんで今夜のおかずが違ってんだよ?! それに、あの人殺しの空き巣野郎、何なんだよ!」

「俺も知らねぇよ! あの人殺しの空き巣野郎が、何か余計な事をママに吹き込んでたに違いないよ!」

「しらばっくれるんじゃねぇ! オレが、どんなに苦労して、日暮ひぐれのために、あのカレイに、念入りに、濃密に毒を仕込んで来たか、分かってんのかよ! 第一、礼金はどうしたよ、礼金は!」


当然の如く、数回のやり取りで口論は決裂した。


「バ、バレたら、オレはやってけねぇよ! 鈴木、オレのために、いっぺん死んでくれ!」


水色トレーナーの日暮ひぐれ家の息子が、死に物狂いの力で、蛍光黄色トレーナーの鈴木家の甥っ子にしがみついた。そのまま、喉元を両手で押さえ、締め上げる。


二人の中年男の、どちらからともつかぬ、獣めいた呻き声が続いた。両者の目から涙が流れ、鼻の穴から鼻水が垂れる。


その時。


まさに『怪異現象』と言うしか無いものが現れた。


突然、目もくらむ程のまばゆい金色のヘッドライトのようなものが光り、人類の手によるものでは有り得ぬ、膨大な光量を二人の中年男に注いだのである。


余りにも想定外の怪異現象だ。互いに命を奪い合おうとしている事も忘れ、二人の中年男はポカンとして、光源を注目する。


金色の光源の中に、人類よりもはるかに巨大な、金色の目ピッカピカのネコの影が浮かび上がった。


そのネコの影は、二本足でヌーッと立ち上がった。その背丈は、人類の2倍から3倍もありそうだ。


まるで竜か蛇であるかのように、その偉大な胴体が、ニョローンと長く伸びる。巨大ネコの姿をした神々しい『何か』は、鋭い爪の付いた猫の両手をニューッと伸ばして来て、耳まで裂けるかのような、恐ろしいニヤニヤ笑いを向けて来た。


「化け猫ォ」


呆然自失ながらも揃って回れ右した二人の中年男たちは、見事に足をもつれさせ、二人揃って地べたに転倒した。


「そこまでだ! 二人とも、大人しく観念して逮捕されろ!」


その若々しい張りのある声の主は、あの新人刑事だ。


続いて、あのセレブ風のベテラン中年刑事をはじめとする捜査メンバーたちが、ドヤドヤと公園に踏み込んで来たのであった。

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