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妖怪探偵・猫天狗!  作者: 深森
妖怪探偵・猫天狗が飛ぶ!~波打ち際の「禊」事件
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(1)黄泉平坂、黄泉路より

「あなたの死亡原因は?」と聞かれた。しかも死亡報告書によれば「不明ながら殺人の可能性あり」なる追記項目があるそうだ。この事実に納得できない古代博士は、99歳の老体にむちうって自分の死亡原因の解明に乗り出した。霊体になった古代博士の協力者は、妖怪変化・6本の尾を持つ猫天狗。猫天狗は、古代博士を助けて、八面六"尾"の大活躍をする!

【秋月忍さま主催「ミステリアスナイト企画」参加作品です】■

「――あなたの死亡原因は?」


目が覚めて、最初に問い掛けられたのが、この質問じゃよ。


ポカンとしていたら、再び同じ問いがやって来たのじゃ。


「――古代博士、あなたの死亡原因は?」

「……ワシ、もしかして死んだのかのう?」

「確実に死んでござる。ここ、あの世の入り口でござる」


とりあえず、頭をハッキリさせなければならん。ワシは頭をブルブル振った。もうこんな年じゃ、毛髪は生えていないから、この辺は楽じゃが。


「あの世の入り口じゃと?」


ワシは聞き返した。謎の声は、真夜中と思しきミステリアスな闇の中から応答して来る。あちこちで仄暗い緑の炎がチロチロと瞬いている。


「さよう、ここは黄泉平坂よもつひらさか黄泉国よみのくにの入り口でござる。ツウの人は、『根ノ国』とも言うでござる。アテは『千引ちびき大岩おおいわ』、またの名を『道返ちがえし大神おおかみ』、別の名を『塞坐さやります黄泉戸よみど大神おおかみ』……」


待て、待て、待てぃ! そんな事が有り得るのかーッ!?


*****


――古代博士、享年99歳。


目下、黄泉平坂なる不思議な闇の中で、呆然と座り込んでいる――いや、人型の霊体となって、空中に微妙に胡坐あぐらポーズで漂っている、立派な白ヒゲの老人である。ちなみに、理由は知れぬが、素っ裸である。


不思議な闇の中で、『千引ノ大岩』と名乗って来た謎の声の主は、今は人の姿を取っていた。


――白い直衣。平安貴族が乗せていたような古典的な冠。いわゆる衣冠姿だ。


しかし、『千引ノ大岩』の、その顔は――墓石だ。


「なぜ、顔が墓石なのじゃ?」

「我が国の最初にして最後の墓石が、アテでござるよ」


千引ノ大岩は再び自己紹介に入ろうとしていたが、さすがに『長くなる』と気付いたのか、コホンと咳払いした――という次第である。


そして、『本題だ』とばかりに、素っ裸の老人に語り掛けた。


「古代博士、死因を思い出しましたかな? 『死んだ』という事実をシッカリ理解しておかないと、人間、ちゃんと成仏できないでござるよ」

「成仏?」

「最近は、この言いかたのほうが理解されやすいので、こういう言葉を使っているのでござるが、何ぞ問題あり……で、ござるか?」


問題は無い。問題は無いが……


――古代博士は驚きの余り、頭がクラクラし過ぎていて、生前の出来事をよく思い出せない状態なのだ。


気付いたら、見知らぬ闇の中に居た――という感じである……


「ううむ。心臓に痛みを覚えて、その後、ここに居たという感じじゃのう」


古代博士は、自身が素っ裸であるという事実を、すっかり忘れていた。深いシワを刻んだ顔に、更にシワの数を加える。


「そうじゃった。だんだん、思い出してきたような気がするぞよ。確か、ワシは『夜島』に居たのじゃよ。日本海の孤島の……あそこは古代史の宝庫での。選りすぐりの古代史研究グループと共に、島に上陸したハズじゃったが……はて、ワシは、なぜ死んだのじゃろう?」


白い直衣を優雅にまとっている千引ノ大岩は、生真面目そうな様子で墓石の顔をちょっと傾げると、大きな袖の中から、何やら『光る板』のような物を取り出した。


その『光る板』には、何やら見覚えのある画面が出ている。有名アプリの各種アイコン。動画サイトやニュースサイトのアイコン……


「それは、『すまーとふぉん兼たぶれっと』では無いかの?!」


古代博士は目を剥いた。


「さようでござる。人間界で流行している品々は、一応、すべて心得ておく必要があるのでござるよ」


千引ノ大岩は、あいかわらず生真面目に受け答えしている。


「最も勉強熱心なのは稲荷神でござる。彼らは商工業者と縁が深いし、品々の特性に応じた加護を日夜、研究しているのでござる。何でも、自動車や飛行機、宇宙船や人工衛星、量子コンピューターへの加護は、最も難しい神技だという話でござるよ。あれらは、ハイテク技術のカタマリでござるから」


墓石の顔をした千引ノ大岩は、しばらくの間、手慣れた風でピポパポと『光る板』をつついていた。そして、やがて、呆然と白ヒゲを撫でている古代博士の方を振り向いて来た。


「古代博士、この死亡報告書には『事故死』と書かれてござるが、その上に、『殺人』の項目に追記があるのでござる。つまり、古代博士は殺されて死亡した可能性がある、ということでござるよ」

「何じゃと?!」


古代博士は、思わず立ち上がった。


もっとも、足が無いから、フワリと宙に浮いた形だ。古代博士は、頭が混乱してグルグルするままに、円を描いてグルグル歩き回る。これは生前からのクセだ。考えごとをする時は、こうして歩き回っていたものである。


(――そんなことが、あるものか)


古代博士は、途方にくれながら天を仰いだ。


あいかわらずミステリアスな闇が、目に見える世界全体に広がっている。


パッと見た目には漆黒の闇そのものなのだが、ジッと見ていると、そうでは無いと知れる。紫紅とも緑金ともつかぬ、不思議な色合いに満ちた闇だ。


闇の中の闇。すべての色を溶かし込んだ闇。


黄泉の国、根の国――とは、よくぞ言ったモノだ――と感心してしまうほどの、ミステリアスな暗さ。本当の常夜闇とは、このようなものなのかも知れない。


ただし、黄泉平坂に限っては、現世からの光がボンヤリと差し込んで来ているらしく、『永遠の黄昏』という雰囲気が漂っている状態ではあるが……


やがて古代博士は、大きな溜息をついてうつむき、頭を抱える格好になった。ネタ切れの小説家がよくやるように、毛髪の無い頭をかきむしる。


「ダメじゃ、思い出せん。誰に殺されたのか、どうやって死んだのかも分からん」

「でも古代博士、とりあえず、自分が死んだという事実は納得したわけでござるね。まあ、黄泉平坂をまたいでおいでなさい。闇の中の闇と見えて、実際は色々ござるから、問題なく過ごせるでござるよ」


墓石の顔をした千引ノ大岩は、ホッとしたように白い袖をヒラヒラと振り、黄泉平坂を越えて続いている『死出の道』を指し示したのであった。


長い長い影法師のように延びている一本の筋が、闇の中でさえ遠目に見える。その一本道の上を、無数の、煙のような仄暗い緑の炎が、ユラユラと揺らめきながら移動している。


その、煙のような仄暗い緑の炎は、一つ一つが、亡くなった人々の霊体だ。時には『人魂』とも『幽霊』とも言われている、『よく分からない何か』の正体である。


古代博士は、その不思議な緑の炎と一本道に目を見張った――


――その直後、古代博士は目をギョロリと吊り上げ、千引ノ大岩を鋭く振り返った。フサッとした白ヒゲが、なびいた。


「ダメじゃ!」

「何ですと?」

「いいかね、千引ノ大岩。そこに特記事項があるなら、ワシの生前の活動についても、つまびらかに書かれてあるはずじゃが、どうじゃ?」


墓石の顔をした千引ノ大岩は、再び『すまーとふぉん兼たぶれっと』を眺めた。そして、コクコクとうなづいた。


「氏名、古代進。我が国における古代史の第一の権威。古代史を題材にした多数の大河ドラマや歴史教育ドラマで、数々の歴史考証を担当する。特に古代史ミステリーの謎解きにおいて、広汎な知識を下敷きにした、その推察の深さは、他者の追随を許さない」


古代博士は、キリッと背筋を伸ばした。


もっとも99歳の老人の素っ裸なので、実際のところ、威厳は余りない。『フサッとした白い何かをくっ付けた枯れ木』が、反っただけ――というような感じだ。


「その通りじゃ! ワシは、ミステリーに目が無いのじゃよ! よりによって、このワシ自身が殺害されたかも知れんと言うのに、この事件のミステリーが解けんとは!」

「しかし、古代博士。時が経てば、犯人は分かるでござるよ」

「それはいつ頃、分かるのじゃ?」

「閻魔帳に生前の業が全て記されるでござる。犯人が死んで地獄にやって来た時、閻魔大王が地獄の鏡でもって、その記録を……」


千引ノ大岩の、毎度の長い『解説』が始まろうとしていたが――古代博士は、それを遮ったのであった。


「ワシゃあ、それまで待っておれんわ! 気になって気になって、死後の生活に身が入らんというものじゃよ!」

「それは困るでござる。そういう迷いがあると、未成仏霊となって現世に迷い出てしまうでござる。神代の昔、イザナギとイザナミの間で交わされていた聖なる取り決めが、メチャクチャになるでござる」


千引ノ大岩は、墓石の顔を左右にユラユラしている。見るからに、何やら善後策を考えている――という格好だ。そして、千引ノ大岩は再び『すまーとふぉん兼たぶれっと』の盤面を、ピポパポと打ち始めた。


やがて。


「お呼びですか、千引ノ大岩どの」


ミステリアスな闇の中、新たに『シュタッ』とやって来た影がある。何やら細長い姿かたちだ。


「おお、リュージャどの。お力添えを頂きたいのでござる。これなる古代博士が、かくかく、しかじか……」

「ナルホド、死亡現場は夜島。確かに私の管轄だね。分かったよ」


リュージャなる影が、古代博士の傍に、にじり寄って来た。歩み寄って来たのだが、『にじり寄って来た』としか言いようがない。


「……蛇か! 蛇なのか?!」


古代博士は白ヒゲをブワッと膨らませて、飛び上がった。


蛇の妖怪変化そのものなのだ。胴体は人だが、首が異様に長く、頭が蛇だ。しかも、こちらも平安貴族みたいな衣冠姿である。


――もっとも、こちらは、白い直衣に、黄と黒のまだら模様の袴という、けったいな衣装ではあるが……


「どうも。人間には『龍蛇様リュージャさま』と呼ばれてるよ。元々はウミヘビなんだけどね。昨日、私の神社に挨拶に来てたから覚えてるが……このたびは急に往生して来たもんだね」


古代博士の脳内に、その時の記憶がよみがえった。


確かに、『夜島』に渡る前に、古代史研究グループで揃って、諸々の祈願のため、本土にある龍蛇神社にお参りしていたのだ。ご神体は、確かにウミヘビであった――丁重に祀られたウミヘビの剥製というスタイルだが。


ウミヘビの頭をしたリュージャ様は、少し戸惑ったように、白い直衣の袖口から見える『人の手』で、ツルリとした額を撫で回した。よく見ると、直衣の袖口は折り返されていない。腕の長さが人類のモノより異様に長いため、袖口の折り返しの必要が無いのだ。


「1年ごとに代替わりしてるもんだから、人類には詳しくなくってね。海の生き物のことなら何でもござれ、なんだけど」


ウミヘビの顔をしたリュージャ様は、墓石の顔をした千引ノ大岩と何やらうなづきあった後、古代博士を手招きし始めた。そのまま、明るい方へ――現世の方へと引っ張って行く。


古代博士は、妙な感覚を覚えた。


――透明な風船のような『ナニカ』に、くくり付けられて運ばれているような感じなのだ。霊体を引っ張る磁石みたいなものがあるようだ。


「これから、『古代博士・怪死事件』の真相解明を始めよう。古代博士の肉体は心臓が止まってて動かないから、霊体のまま現世に出てもらうよ。現世に出たら霊体運搬の担当――依り代が来る。人類じゃないがベテランなんでね、それで容赦してくれ」

加純さまより、ファンアートを頂きました。どうも有難うございます!

【加純さま著・元記事:http://ncode.syosetu.com/n3680er/25/】

*****

秋月忍さま主催「ミステリアスナイト企画」参加作品

(2017年12月~2018年1月)

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