表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/50

第8話 村の鍛冶屋

 ルイとグンタが帰って、予定通り二人は屋敷の掃除をしていた。幸い最低限の箒、バケツ、雑巾くらいは屋敷内から探し出すことができた。日が昇って明るくなると改めて、十年以上も放置されていた部屋の汚さに絶句した。昨晩は灯りがなかったこともあって、幸か不幸か部屋の惨状を全て見ずに済んでいたのだ。しかしまさかここまでとは思っておらず、これは骨が折れそうだとトキはため息を吐いていた。

 アキはというと、今朝のこともあってただ呆然としていた。あれからまだ一度も口を開いていないアキにかけるべき言葉がトキには見つけられなかった。アキやルイ、グンタの友人であったアデルという少年が何者かに殺害されたという悲報。犯人の目的もいまだ謎のようで、ルイが告げたマルクたちに気をつけろという言葉だけがトキは気になっていた。アデルのこともだが、マルクという人物のこともトキは知らない。さらに言えばルイとグンタのこと、考えてみればアキのことすらトキはまだ何も知らないのだ。辛い時はいつも助けてくれたアキが悲しみ悩み苦しんでいるというのに、何もできないことが悔しくて情けなかった。


「アデルくんはね、私の親友だったの」


 唐突にそう口にしたアキの声色はとても暗かった。


「気弱な子で、トキくんみたいに体を動かすのが苦手でいつも私たちの後ろをついてくるのがやっとなくらい」


 思い出すように語るアキの言葉をトキは静かに聞いていた。


「男の子らしくない可愛い子だったけど、でもたまに、やっぱり男の子なんだなって思うようなこともあったり。私が森に行って帰ってこないとね、一人で私を探しに行っちゃうの。半日かけて、傷だらけになりながら私を見つけて。その後、普段は絶対に出さない大きな声で叱ってくれるの」


 感情が溢れて止まらないのか、声が震え次の言葉を紡ぐのもやっとに見える。


「私のために叱ってくれたのに、私はいつも一人で森に出て喧嘩になって。私まだ、ごめんなさいもありがとうも、恩返しもまだ何もできてないのになんで!!」


 何を叫んでも今が変わることはない。それでも、抑えきれない感情がアキをそうさせた。こんな姿のアキは見るに耐えない。目を背けたくなるがそれもできなかった。今のトキにできることは、アキの怒りや悲しみを受け止めてあげることだけだったからだ。本当は助けたい。少しでも楽になれるような言葉をかけてあげたいのだ。いつもの笑顔に戻ってくれるなら、たとえそれがありきたりな同情の言葉でも、彼の言葉を代弁した言葉でも。アキのことが大好きだった彼ならきっと、自分のことで苦しむアキを見たくはないだろう。しかしそれでは、嘘をついているのと同じだ。純粋な気持ちで、受けとめきれない現実を受け入れようと藻掻いているアキに、そんな純粋な心に上辺だけの言葉をかけることはできなかった。アデルの気持ちを偽ってまで、彼の言葉を口にすることはできなかった。だからこそ、トキはなにも口にすることができなかった。


「ごめんねトキくん、みっともないところ見せちゃった。今日はこのあと村を案内する約束もあったね」


「うん、でも無理はしないでいいよから。今日じゃなくても時間はたくさんあるんだし」


「大丈夫、ちょっと楽になったから。それに、私も今日のこと楽しみにしてたんだから」


 まだいつものようには笑えていないアキだったが、少しだけ元気を取り戻したようでトキは安心した。だがまだこの出来事を乗り越えることができたわけではない。トキにはこのままアキがいつものように笑えるようになることを願うしかなかった。


「じゃあ、ぱぱっと掃除を終わらせちゃお」


「うん、そうだね」


 二人は気持ちを切り替えて掃除を再開した。途中休憩と昼食をとりながら、水をこぼしたり床が抜けたりとハプニングもありつつ昼過ぎには掃除を終えることができた。主にやる気を出したアキがものすごい勢いで掃除をしていったおかげなのだが、トキもその後を追うように細かいところの掃除をしていった。最後に使えそうな布団やカーテンを洗濯して干すと、二人はすぐに外出の支度をして早速村の中心部に向かった。

 中心部とは言ったものの、所詮は小さな村であることに変わりはない。そこまでの距離は大したことはないし、景色も村の入り口とほとんど変わらない。道が若干整備され、民家が増えてくるくらいか。それでも村の隅の隅にあるアキの屋敷周辺に比べれば随分変わってくる。


「この辺はまだ人も少ないけど、もう少し先に行くと農家の人が野菜を売ってたり、職人さんが道具を造る工房があったりするんだよ」


「工房は気になるかも。でも中って見れるの?」


「工房って言っても普通のお店だからね。でも店の裏で職人さんが道具を造ってるところは見れないかな」


 つまり工房と店が同じ建物にまとまっているということなのだろう。裏の工房で造られたものはそのまま表の店内で売られる。それがこの村の店では当たり前のことなのだそうだ。八百屋の裏には畑が、仕立屋の裏には裁縫などのための作業場があったりするのだ。


「ほら見えてきたよ。あの煙突のあるところが鍛冶屋さんだよ」


 アキはもくもくと煙の立つ建物を指さして言った。鍛冶屋ということは同時に武器屋や農具屋なども兼ねているのだろうか。


「もしかして剣とかあったりするのかな」


「村の中にも狩りをしたり村の護衛をする人たちがいるからね」


「僕、鍛冶屋さん見てみたい! かっこいい剣とかあるんだよね」


 トキの表情が明るくなる。珍しく目がきらきらと輝いていた。そんな無邪気なトキを見て、アキはまずはじめに鍛冶屋に立ち寄ることを決めた。

 店に入ると、農具や武器、鉄製の道具などが置かれていた。人は見当たらず店内は静かだ。


「うわあ! アキ見てみて! この剣すごくかっこいい!」


 指さしたのは装飾などなく何の変哲もないただの鉄の剣。それでも少年にとっては、それが剣であるというだけで魅力的に感じるのだ。


「あ、こっちも! こっちのもかっこいいな。こっちのは形が違う!」


「トキ君なんか子供みたい」


「む、子供ですから」


「はっ! 確かに!」


 小ボケに対するトキの冷静なっ突っ込みに納得したりして、そんなやり取りをしていると店の奥から人影がやってきた。


「なんだ坊主、剣が欲しいのか。だがそんな身体じゃあうちの剣は扱えねえな。もっと鍛えねえと」


 筋骨隆々の、いかにも鍛冶職人といった風格の男がそう言った。間違いなく、ここの剣はこの男が造ったものだろう。


「僕にも扱えるようなのはないの?」


「うちの店はそういうのは置いてねえんだ。ナイフくらいの小さい刃物ならもっと店の並んでる方に行ってみな」


 正直なところを言うと小さなナイフよりかっこいい剣のほうが興味があったのだが、たしかに今のトキにはこの店の剣は構えることは愚か持ち上げることすら困難だろうと思った。


「仕方ないか。じゃあアキ次の店に……」


「う〜ん、やっぱり私にはこういうのは合わないかな」


 トキが振り返ると、アキが一本の剣を軽々と構えていた。その様子を見て、店の男がほうと頷いていた。


「嬢ちゃんなかなかいい線いってるじゃねえか。その歳でこの剣を扱えるとはな」


「でも私には合わないみたいだからやめておこうかな」


「そいつは残念だな。ま、いつか気が変わったときはまた寄ってくれや」


「うんそうする」


 アキは一言店の男に挨拶をすると店をあとにした。それに続いてトキも店を出る。


「むぅ……」


「どうしたのトキくん?」


「別に……」


 とは言いつつも、トキは悔しかったのだ。いわずもがなとは思うが、女の子であるアキが軽々と剣を持ち武器職人にも認められたにもかかわらず、男の子であるトキは剣を持つことすらできなかったことがである。まるでトキが女に力で負けたようではないか。自分に力がないことがわかっていたとしても、一人の男としては納得いかなかった。トキは剣に触れてすらいないのだから。しかしそれでも相手がアキだったことはトキにとって不幸な出来事であったと言わざるを得ない。アキの力がその小さな身体のどこからくるのか不思議なのは皆同じなのだから。


「次はもっと賑わってるところに行こうよ」


「鍛冶屋以外でお願いします」


 さっきまではキラキラした目で剣を見ていたのにとアキは首を傾げていた。少女に少年のプライドを理解することはできなかったようで、二人はそのまま次の店に向かっていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ