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第6話 アキのオンボロ屋敷

 森の奥深くに佇む陰樹の村シオン。魔物の侵入を阻む柵に囲われた、穏やで活気に満ちた村だ。だが、そこから西へしばらく歩くと打って変わって人気のない静かな場所になる。同じ村の中でありながら周辺の森にも似た静かな場所だ。樹木の数は増え、雑草の生い茂る道無き道が続く。明かりもなく薄暗いその場所をさらに進むと、木々の間から一軒の古い屋敷が姿を表した。


「どうぞ入って」


「お邪魔します」


 少女に招かれ、緊張した面持ちで屋敷に足を踏み入れた。中は薄暗くひんやりとした空気で包まれ、埃っぽい。


「ここがアキの家?」


「うん、もう随分古いけど住んでみるといい家だよ」


 足を踏み出すたびに床の木材がギシギシと今にも床に穴が空きそうな音を立てる。壁にはすでにいくつか穴が空いている。その先は外で、冬は隙間風が冷たく屋内といえど夜は氷漬けになるだろう。


「トキくんはこっち」


 アキに手を引かれ廊下の先の扉を通過すると、そこはこの家の浴場だった。浴場もそれなりの広さがあり、古い屋敷だがお湯も出る。


「私は夕食の準備してくるから、先にお風呂に入ってて。シャンプーはそこで、着替えは適当に持ってくるから」


 そういうとアキは脱衣所をあとにした。初めは本当に人が住めるのかと不安にもなったが、必要最低限の設備は使えるようで一安心した。ひとまず羽を休める前にいつ以来かの入浴を済ませることにして、そしてそのあとにはトキにとって最大の楽しみが待っている。

 言わずもがな、それはアキがいままさに準備をしている今日のディナーである。実際、アキの料理の腕はそこらの料理人では歯が立たないほどの腕前を持っている。昨日の夕飯にしても、急ごしらえとは思えないほどの見事なクオリティの料理をごちそうしてくれた。またあの料理が食べられると思うと期待が膨らみ、想像するだけで涎がしたり疲れを忘れてしまう。


「今晩のご馳走はなにかな」


 それだけを考えながら、衣服を脱ぎ浴室へ向かった。






※※※






 ほどなくして体があたたまるとトキは浴室を出た。温かいお湯と優しく身体を包み込む泡の感覚がまだ残っている。汚れた身体も綺麗になって、気分的にも気持ちがいい。

 脱衣所から出ると、廊下の先がほんのり明るかった。それはランタンの光で、その先はリビングだ。リビングに行くとテーブルの上にはすでに豪勢な料理が並んでいた。サラダにスープ、サンドイッチに大きなお肉。まるでこれからパーティでも始まるかのように綺麗に飾られていた。


「おいしそう! 今日はまたすごく豪華だね」


「うん! だって、トキ君がこの家に初めて来たんだもん。そのお祝いだよ」


 どうやら本当に祝いだったらしく、今回はアキも気合を入れて作ったようだ。普段からからこんなにも豪勢なのかと思ったりもしたが、今日が特別なだけらしい。

 お腹を空かせた二人は早速席について手を合わせた。


「それじゃあ、いただきます」


「いただきます!」


 楽しみにしていただけあって、トキは早速サラダに手を伸ばす。 


「んん! おいしい!」


 どうしてだか、野菜を切ってドレッシングをかけただけなのにこんなにも美味しいのだ。それだけではない工夫がいくつもされているのだろうがそれをトキが気づくはずもなく、それでも美味しいのだから問題ないというかのように他の料理もどんどん口に放り込まれていく。


「お肉も柔らか~い!」


「うん! やっぱりアキの作った料理は最高だよ」


「えへへ~、ありがとう」


 アキもおいしそうに手料理を頬張るトキを見ていると、張り切って作ったかいもあるというものだろう。照れながらも嬉しそうにトキが喜んで食べるのを満足そうに見ていた。空腹の二人によってみるみるうちに料理は小さな口に運ばれていき、あっというまに全て平らげてしまった。


「ふぅ、お腹いっぱいだね」


「うん、僕も。それで明日はなにするの?」


「せっかくトキくんが来てくれたんだから、村の中を案内してあげようかなって」


「ほんと! やった、すごく楽しみだよ!」


 椅子から立ち上がりながら珍しく声を上げるトキ。それほどこの村や村の人たちに興味があるということなのだろう。アキも初めて見るトキの姿に驚いているように見えた。まさかこれほど喜んでくれるとは思っても見なかったのだろう。


「じゃあ今日は早めに寝て、明日なるべく早く出発しようね」


「わかった! もう明日が待ち遠しいよ」


 楽しみのあまり、身体と一緒にカタカタと椅子も揺れている。これまでずっと暗い表情をしていたが、こうしてみるとやはりまだまだ幼い少年なのだと改めてわかる。いまだ記憶が戻らず不安が多い中これだけ笑顔を振りまけるようになったのは、そばにいてくれるアキの存在が大きいのかもしれない。


「あ、そういえば……トキ君が寝るところ…………」


「え? もしかして……」


「…………」


 口を閉ざしたアキが無言で二階へ続く階段を登っていくと、その後をトキがついていった。二回に上がって手前から二つ目の部屋。静かに扉を開く。


「こ、ここがトキ君の部屋だよ!」


 ひきつった笑顔でトキを部屋へ招くと再度二人は固まった。


「「………………」」


 ホコリと蜘蛛の巣にまみれ、ベッドと小さな机と椅子だけが置かれた部屋。明かりはなく月明かりが眩しい。絶句するトキ。凍りついた空気に耐えきれなくなったのかアキがその沈黙を破った。


「…………私の部屋で寝てどうぞ」


 結果、今日のところはアキがこの部屋に寝ることになった。アキが普段使用している部屋は、普段から使っているだけあって綺麗にされていた。ただ他の部屋は全て、全く使わず扉すら開かなかったのでこのような有様となっていた。


「今日のところは早く寝て、明日は屋敷の掃除だね………」


「うう、ごめんなさい」


 その日の夜は、屋敷の中に錆びたドアの軋む音が悲しく響いた。

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