第5話 村長
森に光が射す。
炎のような暖かい光に包まれたシオンという村はとても穏やかな所だ。
高い樹木の多い森の中、唯一広く日の光の届く土地にある。
魔物や猛獣よけに周囲に柵を張ってあり、その上には灯りがまばらに置いてある。
村内にも似たような外灯が並んでいて、人の通る場所は草や木の手入れがされている。
それらの橙色の光と深緑の植物がこの村の暖かい雰囲気を創り出していた。
「なんだか落ち着くな」
「私もこの村の雰囲気が好きなんだ」
この世界ではごく普通の集落なのかもしれないが、周囲の森やこの村の静かさがまた心を落ち着かせてくれている。
「これからどうする? トキくんもいろいろあって疲れてるだろうし、今日はゆっくり身体を休めたほうがいいと思うんだけど」
「そうさせてもらえるとありがたいかも」
今まで体を動かしてこなかったトキがひたすら獣道を歩き続けて、すでに彼の体力は底をついていた。
村に到着して早々だがまずは一息つきたいところだ。
「でも家の人とか迷惑じゃないかな?」
「私ひとりしか住んでないからそのへんは大丈夫だよ」
「…………それはそれで問題があるんじゃ」
「大丈夫だよ、だってトキくんだもん」
どんな理屈だと言いたいところだが、それが彼女の長所なのかもしれない。
理屈抜きに信頼できる。だから迷うことも少ない。
それを直感で選択しているように見えるから感心する。
こんな自然に囲まれながら生活しているおかげで勘が鋭くなったのかもしれない。
傍から見れば不用心にも見えるそれがトキにとっては心配でもあるのだが。
「そうやって心配してくれるトキくんだから、私は大丈夫だって思うんだよ」
どうにも腑に落ちないが、トキにはアキに頼るしか選択肢はない。
金も寝る場所も他に頼れる者もいない。
森は魔物や獣だっているし野宿するわけにもいかないのだ。
「じゃあ、しばらくの間お邪魔します」
「うんうん、よろしい」
今はまだ守られる側で彼女の世話になるしかないが、いつかこの恩は必ず返すと誓った。
村へ入ると、男の声が聞こえた。見ると体格のいい一人の老人がこちらに向かって手を振っていた。
「おおアキ、帰っておったか!」
「村長さん!」
アキはその老人を見るや、走り出しそのまま飛びついた。
体当たりをかます少女をしっかりと抱きとめると笑顔でその頭をなでた。
「しばらく見ない間に大きくなったな。ちゃんと元気にしてるか心配しておったぞ」
「村長さんも元気そうでよかった。私は最近は森の奥の方まで出かけることが多かったから時間がなくて。でもちゃんと元気にしてるから安心して」
老人はこの村の村長らしい。
歳はかなり高齢のようだが、ガッシリとした体つきで力強く、凛とした顔つきとは裏腹に表情は穏やかで優しいおじいさんといった印象を受ける。
アキの懐き方を見ても、面倒見がよくとても優しい人物だとわかる。
「そうかそうか、お前が元気でいるならそれで良い。他の村の子たちもアキと遊びたがっていたからそのうち声をかけてあげるといい」
「うん、わかったよ」
久しぶりに顔を合わせ、お互いにいろいろと話したいこともあったのか話に花が咲いているようだ。
「して、そこの少年はどちら様かな」
アキから目を離すと、村長はトキの方へと話題を切り替えた。
物珍しそうな視線を向ける村長。トキがこの村の人間ではないということにはすでに気づいていたようだ。
さすがは村の長といったところだろうか。
「この子はトキくん、森で魔物に襲われてたの」
事の顛末を簡潔に説明すると、村長は側に歩み寄り大きな手でトキの頭を優しくなでた。
「トキくんか、それは大変だったな。なにより君が無事でよかった。ここは何もない村だがゆっくり休んでいくといい。なんならこの村に住んでくれても構わんぞ」
冗談っぽく笑う村長の言葉、大きく温かい手の温もりにトキは不思議と胸の奥が暖かくなっていた。
アキが懐くのも納得だ。
「それとアキとも仲良くしてやってくれ。元気過ぎて暴走することもあるがな」
「はい、心配しなくても、アキのことはなんとなくわかってきましたから」
「もう村長さん、そういうことは言わなくていいの! トキくんも真に受けないでよ!」
村長の言葉には心がこもっている。きっと本心からアキのことを心配しているのだろう。
アキは照れ臭かったのか喚いているが、その気持ちは伝わっているはずだ。
トキと村長が膨れるアキを見て笑っていると、遠くからまた男の声が聞こえてきた。やってきたのは若い大人の男性だった。
「あ! こんなところにいた! まったくこんな時間に何してるんですか村長! 勝手な行動は謹んでくださいって言ってるじゃないですか!」
「ハッハッハ! すまんすまん。ではトキくん、私はこれで失礼させてもらう。よかったらアキと一緒に家にも来るといい歓迎するぞ」
「はい、ありがとうございます」
「またね、村長さん」
「ああ、二人とも気をつけて帰るんだぞ」
そう言って村長はやってきた村の方へと踵を返し、豪快に笑いながら男と村の方へ消えていった。
男もこちらをちらりと見たあと、背を向けその後を追っていった。
「あの人がこの村の村長さん。私の親代わりでもあるの」
「あの人が。いい人だね」
「でしょ?」
この村の長だと胸を張って自慢できる立派な人物だということは、トキもこの短期間で十分に理解した。
きっとあの優しさでこの村を包んできたのだろう。
是非また会いたいものだ。
「もう結構暗くなっちゃったし早く行こうか」
「うん、じゃあ案内お願い」
「まかせてよ」
暗がりの中、小さな灯りが連なる道の先の森の奥。そのさらに先にある古い館を目指して二人は歩き出した。




