魔王信教徒
トキたちが街の中で教徒と遭遇していた頃。ウルクの東部では、ブランがウルクの街へ戻るとカノンが黒いローブに身を包んだ集団と交戦していた。
「どうなっていやがる!」
「!!ブランか!手を貸してくれ!」
「こいつらの仕業か。いったい何者だ……」
「わからん。だが私たちがギルドから来たときにはすでにこの有様だ。すでに街中が戦場と化している」
足元には赤く染まり黒い布に包まれた腕や足、首がそこらじゅうに転がっている。すでに教徒の数人を切り倒した後のようだ。カノンを狙っている連中の足元には魔法陣が輝いている。その輝きが敵の動きを封じているようだ。
「カノン様ともあろうお方が情けないねえ……」
「無茶を言わんでくれ。ザコ敵Aのような身なりで、幹部Aくらいの実力は持ち合わせているぞこいつら……」
「幹部Aなんて普通呼ばねぇだろ……。名前を与えてやってくれ……」
ツッコミを入れカノンを見る。カノンは笑みを浮かべてはいたが、頬に汗を垂らしかなり消耗しているように見えた。ウルクのギルドでも実力者であるカノン。その彼女が押されているというだけで現状いかに苦戦を強いられているのかがわかる。
「本当に大丈夫か……」
「私を誰だと思っている……。これでもこの街を任された騎士団団長だぞ……」
言葉では強がってはいるが限界が近づいていたのは明白。あれだけの人数、加えてひとりひとりがかなりの強さを誇る敵を封じる魔法を一人で同時発動しそれを維持している。尋常ではない量のマナを消費しているはずだ。
「他の連中は……」
「騎士団は私以外はすでに全滅だ……。ギルドの連中も街中で交戦している……」
「ここは俺がやる。お前は休んでろ」
すると突如ブランの正面から三人の黒いローブの者が現れる。ブランは何もない空間から黒い大剣を取り出しそれを豪快に一振り。一度に三人を真っ二つに切り落とした。それで終わりかと思われたが、落ちた半身は下半身を残して魔法詠唱を始めた。
「なんだと!」
ブランの足元にはカノンがローブの連中に使っている魔法と同じ魔法陣が浮かび上がった。ブランは動きを封じられ身動きが取れなくなってしまった。その様子を見ていたカノンも驚きと焦りの表情を浮かべる。
「どうなっていやがる……!」
「私の魔法を……使ったのか……」
他の切り落とした半身も詠唱を終え、ブランの周りにいくつもの魔法陣が現れた。ブランは一瞬で光に包まれ、黒い煙と赤い火柱が立ち昇った。傍らで燃え上がる炎から熱を浴びつつもその中にいるであろう仲間に視線を向ける。
「ブラン……!!」
同時に教徒たちは魔法陣から抜け出し、一斉にカノンに襲いかかった。カノンは動くこともできず、ただその場に座り込むことしかできなかった。教徒たちは懐からナイフを取り出しその刃をカノンに向ける。それを受け止めたのは爆発に巻き込まれたはずのブランだった。しかしブランは全身にひどい火傷を負い、肌は焦げ皮膚は爛れ、全身から黒い煙が舞っていた。
「ブラン!!お前……!無茶はよせ!私なら大丈夫だ!」
「大丈夫じゃねえよ……。まともに立ってから言えってんだ……」
「大丈夫じゃないのは貴様の方だ! いいからさっさとどけ!」
「どかねえっての……」
一度は攻撃を止められた教徒たちだったが、距離を取ると再び腕を振りかざしブランめがけて振り下ろした。その目には赤く光る六芒星が宿っている。
「ブラン!!」
「──は〜いスト〜ップ!」
ぱんぱんと手を叩く音とともに緊張感のない声が響く。同時に信者たちはピタリと止まり後ろに下がった。そして黒ローブの集団が後ろをみやると不気味な笑みが描かれた仮面をかぶった白髪の男が立っていた。
「は〜いみんな帰るよ〜。早くしないとママんが晩ごはん抜きだってさ〜。僕もうお腹ぺこぺこ、先に帰るけど、みんなも早く帰るんだよ? 怒られるの僕なんだから」
やれやれと肩を竦めながら両手をひょいっと上げて見せ、その男は魔法を詠唱し姿を消した。そして交戦していた黒ローブの集団たちも足元に魔法陣を浮かべるとともに一斉に街の中から消えてしまった。なんの前触れもなく現れハリケーンのごとく去った教徒たち。カノンは呆然としたしながら自分たちが助かったことを奇跡のように感じた。あのままで交戦を続けていたら確実に二人とも殺されていただろう。突如として現れたあの仮面の男は何者だったのか。仮面の男が声をかけると敵が姿を消したことから今回の襲撃を操っていたのはやつだと推測できる。数いたといえど下っ端ですらこの有様。やつの力は未知であった。すると、敵が去り安心したのか、すでに限界を迎えていてもおかしくないブランは地面に倒れ込んだ。
「ブラン!!……おい!!」
「お〜いカノン!!」
カノンが倒れたブランに焦りの表情を浮かべながら呼びかけていると、少し離れた瓦礫の山の上から男の声がした。その声の主であろう大きな影がこちらに近づいてくる。その男は昼間に酒場で酔っぱらいトキに怒声を浴びせていた大男であった。その姿を認め男の名を呼ぶカノン。名前は『サカス』というらしい。
「サカス!無事だったのか!」
「なんとかな。お前も無事で何よりだ」
「無事なものか……それよりブランを見てやってくれ!」
「ああ、とりあえず応急処置だけはここで済ませる。負傷者はギルドへ運ばれている。お前もそこに迎え。一人で行けるか?」
そう言うとブランに手をかざし詠唱を始めたサカス。やけどの傷がじわじわと引き始め、ブランの苦悶の表情も消えていき穏やかになる。その様子を見て一安心するカノン。サカスに「それくらいなら問題ない……」と自分の心配はいらないことを伝える。
「そうか、俺はブランを連れて先に行っている。無茶はするなよ……」
そう言うとサカスは、見た目からは想像もつかないような身軽さで瓦礫の山を飛び跳ねていった。それを見送ると街の悲惨な状況を確認しながらも、カノンはゆっくりと立ち上がりギルドへと向かった。魔王信教徒を名乗る集団の目的や正体は掴めていないが、今は街のために動かなければならない。




