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※編集中※ ララノフの冒険者  作者: 紫水シズ
第三章〜ウルク〜
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絶望序章

 トキたちはウルクを出発し南へと下っていった。ウルクは周囲を広大な草原に囲まれており見晴らしがよく、街を出ると心地のいい風が吹き抜けた。街を出てからひたすら南に向かって歩いているが、先には永遠と続く空と草原が広がっているのみ。本当にこの先にミラたち三人はいるのだろうか。そんな疑問を抱きながらも地平線に向かって歩みをすすめる。


「ブランさん、どうしてクエストを受けて行くんですか?」


「ただ南へ向かうだけならわざわざクエストを受けていく必要はねえよな」


「それはな、今から入る場所は入場が制限されている指定区域だからだ。そこに実るチルの実ってのがそこでしか手に入らない高級品なんだ」


  トキと同じように疑問を持ち始めたルイたちを横見に見て、ブランは片側の頬だけを緩ませて笑った。五人が受けたのはチルの実を採取するクエストだった。ミラもそれと同じクエストを受け、その指定区域へと向かっているのだ。ブランいわく、ギルドマスターの知り合いが経営するレストランがこのチルの実を大量に必要とするらしいのだ。クエストを依頼し冒険者がそれを受けてチルの実を収めるのだが、すぐにまた同じ依頼を出すらしい。収めても収めてもすぐにまた同じクエストを依頼する友人にマスターが、それならばそのクエストを常駐クエストにしてしまおう!と思い立ったのだそうだ。故にこのクエストはいつでも、誰でも、何度でも受けられるクエストとして街では有名になっている。


「ほら見えたぞ。あそこがチルの実農園だ」


 草原の草に埋もれ遠くからでは確認できなかったが、背丈の高い草に囲まれて白い柵が広範囲に張られている。そしてその柵の中には、赤く小さな実を実らせた植物が無数に自生していた。


「これがチルの実かあ。思ってたより小さいね」


「でもそんな高級なものこんな無防備でいいのか?」


「それならこの柵に仕掛けがあってだな、冒険者のギルドカードがないとこの中には入れないようになってるんだ。冒険者ギルドの冒険者が協力して魔法で強力な結界が張られているんだ」


 どうやらこの柵を堺に巨大な結界が張られているらしい。それも冒険者の中でもかなりの魔法の使い手によって張られた結界だ。そう簡単には破れない上に破ろうとする、あるいは強行突破を仕掛けた場合そのものには様々な身体異常を与える効果が発生するらしい。これまでにも睡眠や麻痺、毒などに陥るものや、精神に異常をきたし狂った状態で捕まった者もいるようだ。言葉を解せなくなり、駄々をこねる子供のようにその場で狂気のままに動き回っていたらしい。そんな魔法を仕掛けるとは、術者の性格が疑われる。


「ここの管理人には俺から挨拶してくるから。お前たちは先に必要数のチルの実を集めといてくれ」


 そう言うとブランは柵沿いに歩いていき、その先にある小さな白い小屋の中へと姿を消した。するとその小屋の方向の柵の中、三人の小さな人影が動くのが見えた。チル畑の中に潜ってはまた顔を出す、まるでモグラのようだった。そしてその影の一つがこちらに気づくとゆっくりと歩いてきた。


「あれって……」


「ミラたちだな」


「え!どこ!?」


「……あんたたち、何してんのよ……」


 いつものごとく第一声は冷たい言葉だった。ミラからすればクエストに行って納品素材を集めていたら、いつの間にか知り合いもそこにいて同じことをしていた、という状況なのだ。自分たちを追ってきたのがバレたのか、実を採る姿がおかしかったのか若干引き気味の視線だ。


「これ意外と楽しいね」


「ちょっと僕、腰が……」


 そんなことも気にせずにチルの実を採取していくグンタとトキ。グンタは鼻歌交じりに次々と実を集めていくが、トキは屈み続けて早くも腰に疲れが見え始めていた。そんな様子を見てミラはため息をこぼす。


「街で待っててよかったのに……」


「ミラちゃんに早く会いたかったんだよ!」


「ちょ!アキ!?」


 ミラの隙をついてアキが背後から抱きついている。不意をつかれ驚くミラ。身動きが取れずにもがいている。しかしアキはそれをものともせずに「えへへ〜」と幸せそうな笑みを浮かべていた。するとそこへ採取を終えたリアとヒズナもやってきた。


「何してんの……」


「アキもうギブぅ!!」


「えへへ〜、私の勝ち!リアちゃんヒズナちゃんやっほー!」


「やっほーアキ」


「アキちゃんやっほー」


 呑気に二人に軽い挨拶をするアキ。ミラとアキに冷たい視線を送りながらもそれに応える。抵抗していたミラも疲れを見せ始めギブアップを宣言。それに満足げな笑みを見せて三人に「じゃあ私も行ってくるね〜」と告げて台風のごとくトキたちのもとへと走り去っていった。呆然とアキを見送るルイ、リア、ヒズナ。そして虚ろな目をして倒れ込むミラ。リアとヒズナが採取を終えたことをミラに告げるとヒズナは虚ろな眼差しのままのミラを連れて去っていった。


「ルイもあのクエスト受けたの?」


「ああ、お前らがここにいるって聞いてな」


「そうなんだ。私達はギルドの酒場のマスターに乗せられたヒズナに付き合わされてかな」


「大変だな」


 そう言って笑うルイが視線を送る先にはリアをクエストに付き合わせたヒズナと未だに足取りのおぼつかないミラがいた。「お互いにね」と言うリアの視線の先には騒ぎながらもチルの実を集めるトキ、アキ、グンタがいた。リアたちはすでに実を集め終えこれから帰るところのようだ。互いにしばしの別れの挨拶とウルクの酒場で会う約束を交わす。そしてリアはアキたちのいる方へと手を降ると踵を返してミラとヒズナのもとへ去っていった。ルイがようやく採取に取り掛かり始めてからしばらくして、この場所の管理人のもとへ行っていたブランが帰ってきた。


「お前ら、採取は順調か? お!結構集めたな!もうそれくらいで十分だぞ」


「え? もういいの?」


「ああもう十分だとも」


 それを聞いて四人は汗を拭う素振りを見せチルの実を袋にしまった。バッグを背中に回し勢い良く柵を飛び越える。ブランもそれに続いて柵をまたいだ。行きよりも重い荷物に自然と足取りも重たくなる。これを渡せば初クエスト達成。クエストをクリアすればギルドカードにポイントが貯まり、それがその者の実績とパーティのポイントとなるのだ。そうやって冒険者としてのランクとパーティのランクを上げ高難易度のクエストにも挑戦することができるようになる。……と、帰りの道中ブランから聞いた。そんな話をしていると早くも街を囲う大きな壁が姿を表した。しかし何やら様子がおかしい。壁の内側から黒い煙が上がっているように見える。


「ねえ……あれって……」


「すまない、街で何かあったみたいだ。俺は先に戻らせてもらう!」


 そう叫びながらブランは疾風のごとく四人を追い越し一瞬のうちに壁の方へと消え去っていった。ブランの走り去ると同時に発生した風に思わず四人は目を閉じる。心地よい風を残しながらブラウが去っていった方角を見て、ベテラン冒険者の力の片鱗を見た四人は言葉を呑んだ。


「は、はやい……」


「へっ!冒険者ならあれくらいやってくれねえとな!」


「俺達も先を急ごう」


 ブランよりだいぶ遅れて戻ることになったが、それでも街へ近づくと悲鳴や街の崩れる轟音が響くのがわかった。街の門は破壊され街へ来たときにいた門兵は血を流して倒れていた。壁は崩れ中の建物も崩壊している。人は血を流し倒れ街中で炎が上がっていた。


「なに……これ……」


 目の前の光景を目にしても、何が起きているのか理解できなかった。少し前まで賑わっていた街がほんの少しの間にまるで地獄のようだ。瓦礫の山の中から手を差し出し力尽きた者や炎に巻かれ炭化した者まで。この世の光景とは思えない惨状である。


「ねえ! まだ息のある人がいるよ!……え? なに……?」


 アキが一人の男性を抱えていた。その男は必死に何かを伝えようと口を動かしていた。トキが寄り添い口元に耳を近づけると、男は「『魔王信教徒』が……襲ってきた……」と口にした。


「魔王……信教徒……?」


「んだそれ。聞いたことねえぞ」


 グンタとアキも初めて聞くらしく視線を合わせていた。男はその言葉を残すと力尽きた。『魔王信教徒』という言葉も気になるが、今はそれよりもこの状況を収めるため安全と現状の確認が先だった。


「とにかくこの街で何が起こっているのかを探らなっ!?──……?……」


「グ、グンタァ!!」


 突然背中に重みを感じる。理解が遅れながら後ろを見やる。仮面をつけた黒いローブを着た男がグンタの背にナイフを突き立てていた。それを間一髪、杖で受け止めたアキの背中がグンタによりかかっていた。だがすぐに横腹に蹴りを入れられ、そのまま崩れた壁に背中を強打しそのまま地面に座りこんだ。その後すぐさまグンタは引こうとするがそれよりも早く腹に蹴りを入れられる。


「アキ!!グンタ!!てめえ……!!!」


「ルイ!!落ち着いて……!一人で飛び込むのは危険だ…………」


 後ろに飛んだおかげで衝撃は緩和されていたようだ。それでも尋常ではない蹴りの威力と背中を叩きつけられたダメージでふらつきながらも杖を構えて立ち上がった。トキと冷静を取り戻したルイも剣を構え相手の出方を伺う。するとローブの男はおもむろに仮面を外した。男は白い髪に同じ真っ白い荒れた肌をしていた。そして異様なのは、瞳に真っ赤に光り輝く六芒星が浮かび上がっていたことだ。


「あれれ〜? 君たちもしかして〜、僕の玩具……? あっはははは!!!玩具のちゃちゃちゃは壊さないとねぇえええ!!!?」


 男は両手を顔に押し当て、上半身引きちぎれる程に回転させた。時折不気味な高笑いを始めたと思えば、息を荒くして指の隙間からその鋭い眼光で睨みつける。天を仰いだかと思えばそのまま後ろへ背を反り地面に頭を強打させた。そのまままるで平泳ぎでもしているかのような動きをする。まるでふざけているようだが、男のその異様さがそれすらも狂気としてぶつけてくる。


「何だあいつ……。あれが魔王信教徒ってやつか?」


「頭逝ってるね……。……トキくん大丈夫? ……トキくん……?」


 グンタがふらつきながらもトキの方を横目で見ると、信者と同じように両手で顔を押さえつけていた。そして息を荒くして男の目をじっと見つめている。その目には男と同じ六芒星が黒く輝いていた。


「トキくん……!」


「おいトキ!トキしっかりしろ!!」


「……はぁ……はぁ……ああ!!見つけましたよ……僕が……見つけた!!僕が!!僕が!!僕が僕が僕が僕があなたがあああ!! ……ゼロ──。……はああああ……!!!」


 もはや正気とは思えない男の言動に引くよりも先にルイとグンタは恐怖を感じていた。目の前の異常なほど危険な存在に目を逸らすことができない。そして同時に明らかに様子がおかしいトキにも気を向ける。


「トキくん……しっかり!」


「目が……。あいつの…………目がああ!! あいつの目が……!!僕を……!!」


「あいつの目……? やつが、何かしやがったのか……」


「ルイ!」


 振り返るとアキが詠唱を完了し魔法を発動しようとしていた。あたりに水流が一気に流れ込む。ルイはそれを後ろへ飛びながら交わし、グンタは続いて詠唱を始める。水流はそのまま男を飲み込む。しかしそこにはまだ赤い目の輝きが残っていた。詠唱を完了し終えたグンタが赤い光めがけて風刃を見舞う。水流をも切り裂く風の刃が男に触れる。瞬間、風刃は霧散した。水流は男を点として二つに割かれる。そしてその裂け目の奥にはあくびをする男の姿があった。特に何をしているわけでもなく、ただそこに立っているだけだ。


「そんな……」


「うそ……?」


ついにアキは限界を迎え水流はその威を失った。男の前で二人の魔法は無に帰した。目の前で起きた悪夢のような光景に言葉失う。あまりのショックに頭が白く染まっていく。男はそんな二人を見つめてにこっと笑った。


「──バイバイ」


 その言葉が耳に聞こえた瞬間男は姿を消した。気づくとアキは両の横腹に左右から二本ずつナイフが刺さっているのを確認する。それが認識できると遅れてその痛みが襲いかかってくる。盛大に血を吐くアキ。体の傷に無理をして魔法を使ったことも相まって自由が効かない。ちらりと視線を移し視界に入ったのは体を縦回転させながら落下してくるグンタの姿だった。そのままの勢いで地面に叩きつけられるグンタ。その目の前には蹴り上げた後ようなポーズで静止する男の姿があった。グンタはピクリとも動かない


「アキィ!!グンタァ!!て、てめぇ……!!!」


 ルイが怒りと恐怖で自分を抑えることができずに、男に飛びかかっていった。しかし考えなしに突進したルイは隙だらけだった。地に伏すグンタからグルッと首を回して視線をルイに向ける。


「だめだ〜!!だめだだめだ〜!!そ〜んなのでは〜──!!」





──死んじゃいますよぉ──?





ブジュュルッ!!!!





「………………?」


 飛びかかったルイは信者の腕に突き刺され、生々しい音とともに大量の血を吐き散らし、地面にぶちまけ、堅い瓦礫の地面に体を打ち付けるように倒れ込んだ。


「ああ……ああ……!!もったいないな〜その命……。……ねえ、どんな風に……その命を腐らせて僕にくれるぅのぉ?! ……あれ? ……お〜い。お〜い。お〜い。」


 動かないルイに何度も呼びかける教徒の男。しばらく声をかけ無駄だとわかると今度はアキのもとへと歩みをすすめる。薄れゆく意識の中アキは恐怖に苛まれた。動かなければ殺されるとわかっていても、自分の意志ではどうすることもできなかった。手足を動かすどころか声さえ、瞬きの一つさえも自由に行うことはできなかった。どころか焦点も合わず、一歩ずつ近づいてくる男の顔すらまともに見えなくなっていた。下手をすればそれだけで殺される。


「あれ〜? 君は僕を殺そうとは思わないのかい〜? それとももしかして〜マジな感じで怖くて声も出ない感じな感じですかぁあああ!?」


「………………」


「……無視────すんなやぁあああ!!!」


 男は腕を振りかぶりアキの首筋めがけて振り下ろした。そしてその腕がアキの首元に届く瞬間──。男はその腕をギリギリのところで止めた。


「ん? え? もう門限〜? はいは〜い、わかりましたよ〜だ」


 誰かと話しているようにも聞こえるが特別なにかをやったような動きをしたわけでも、近くに誰かがいるわけでもなく何が聞こえるわけでもない。突然男は振り返りぶつぶつと何かをつぶやきながら離れていった。そして足元に魔法陣が現れ、光に包まれると男は消えていた。

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