独りと独り
食事を終え宿屋へ帰ると四人はそれぞれの部屋へ戻った。アキとトキは金を持たずルイが食事を奢ってくれたのだが、その店の美味ながらあまりにも高価な食事に帰る頃には真っ白になっていた。しかしそのおかげで、トキはその旨さに旅の疲れという名の呪いから目を覚まし、他の二人も幸せそうに料理を頬張っていた。明日のこともあるので食事を終えるとすぐに宿屋へ戻ることになり、皆旅の疲れを癒やすためすぐに布団の中へ潜った。そしてトキとグンタの部屋。
「──眠れない……!!」
トキはちゃんとした布団が落ち着かないようだ。隣の布団に寝ているグンタはそんなこともなく眠ったのか、とても静かで寝息すら聞こえない。そういえばアキと別々に眠るのも初めてだと気づき、もしかするとそれも眠れない原因なのかもしれないと思っていた。そんなことを考えていたがそれで眠くなるわけもなく気晴らしに外の空気を吸ってくることにした。
「……散歩でもいくの?」
「グンタくん!起きてたんだ……」
「ごめんね、びっくりさせたかな。村を出てからなかなか寝付けなくてね。トキくんも眠れないの?」
「うん、疲れてるとは思うんだけど」
グンタもトキと同じように寝つけずにいたようだ。皆環境の変化にまだ慣れていないのだろう。隣の部屋の二人も同じなのだろうか。トキが外へ行くことを伝えると、グンタが外の池のそばにベンチがあったことを教えてくれた。夜風が気持ちよさそうな場所だと。部屋を出ようとするトキの背中に優しい声色が響く。
「ルイは口が悪かったり、プライドが高くて失礼だったりするけど、素直じゃないけど、ホントはいいやつだから嫌わないでやってよ」
「……大丈夫、わかってるよ」
トキはグンタの方を振り返り笑って頷いた。トキもルイがどういう人間なのかはわかってきていたし、プライドが高くいつも無駄に絡んでくるような厄介な男だとは思っていたが、アキやグンタに慕われている様子を見ればルイがどんな人間なのかは理解することができた。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
グンタはトキの背中を笑って見送った。外へ出るとグンタに教えてもらった池の前のベンチに座り空を見上げた。外は先程までの活気はなく、明かりも少なくなっていた。そのおかげか星が夜食の頃よりも綺麗に見えた。星空を反射する池も風に揺られてきらめいていて見ているだけでとても落ち着いた。
「綺麗……」
「ほんとだね」
無意識に発した独り言に女性の声が返ってきた。驚いて振り向くと見慣れたシルエットが浮かび上がった。
「アキ……? どうしたの?」
「眠れなくて……」
声の主はアキだった。やはりアキもトキやグンタと同じように眠れずにいたのだ。照れたように笑ってトキの隣に腰掛けた。
「トキくんって意外とロマンチストなんだね。星空眺めて綺麗だなんて」
悪戯な笑みで顔をのぞき込んでくるアキ。顔を近づけられたこととさっきの独り言を聞かれていたことで顔が赤く染まる。誤魔化そうとするがアキがますます悪戯に笑うので「それよりルイも起きてるの?」と無理やりに話をそらした。話題の急転換にアキは特に首を傾げることもなく答えた。三人とも眠れずにいたのでルイも起きているのだろうかと思ったが、どうやらルイだけは部屋の布団でぐっすりらしい。
「聞いて!ルイのいびきがすっごくうるさいの!」
アキは顔むっとさせ愚痴をこぼした。アキが眠れなかった原因はどうやらこれらしい。その様子がなんとなく想像できてしまい、トキは苦笑いした。
「……ねえ。トキくんは、冒険楽しい?」
「うん、楽しいよ?」
「そっか、よかった。ちょっと心配だったんだ。無理やり誘っちゃったんじゃないかなって……。ほんとは嫌だったんじゃないかなって……」
アキの質問に訝しげな眼差しで答えると、アキは申し訳なさそうに俯いた。普段明るく天真爛漫なアキがそんなふうに思っていたなんて知らず意外に思ったのだ。
「大丈夫、そんなことないよ、すごく楽しい。外の世界が見れて、いろんな人と会えて、たまに不安になるけど、それ以上に知らないものにワクワクできて。こんなに楽しいなんて思ってなかった。アキが誘わなくっても僕は冒険者になってたかもね。だから僕はずっとアキに感謝してるんだ。あのとき助けてくれたのもそうだけど、僕に生きる道をくれたことに」
トキは笑って言った。それを聞いたアキも驚いた顔をして「そう言ってくれると嬉しいよ」とトキに笑顔を向けた。しかしそんなアキの笑顔はなんだかいつもと違う気がした。いつもの明るさが鳴りを潜め、変わりにいつも以上の優しさに満ちた笑顔だった。
「私ね、初めてトキくんにあった時この人と冒険したいって思ったの。初めて会うのに初めてあったような感じがしなくて、よくわからないけど懐かしい感じがしたの。トキくんは目を覚ましたときから一人に感じてたかもしれないけど、私もね、ほんとはずっと一人だったの。親の顔は知らなくて、村長さんがまだ小さかった私を森で見つけてくれたって……」
アキがこの歳で親もおらず一人で暮らしているのはもちろん知っていたが、触れてはいけないところなのだとトキはその話を聞くことはなかった。そのことを自ら話してくれたことに嬉しさを覚えつつ、その境遇に素直に喜ぶことができなかった。幼くして自然に見を置く彼女には過去に何かあったのだろうとは思っていたが、詮索はしないようにしていたのだ。
「それからも色々あったんだけど……私はずっと一人だったの。周りにはたくさんの人がいるのに、心を許せる人は誰もいなくて……。でもトキくんには他の人にはないものを感じて、それが何かもわからないままこうして来たけど、今やっとそれが正しかったってわかった。心を許せる本当の友達ができた」
トキはつい自分と照らし合わせながらその話を聞いていた。目覚めたときから、もしかしたらそれ以前からひとりだったかもしれない。だが今は、アキがいるから自分は一人じゃないと思えていた。もしあの時出会ったのがアキではなかったなら、未だに孤独と戦っていたのかもしれない。
「今の私にはトキくんしかいないから、私はトキくんとずっと冒険してたいと思ってる。これからもずっと、どこへ行くのも、何を見る時も。なんでかわからないけど、それだけ大切な存在に思えるの。まだ自分の中に自分でもよくわからないものがいくつもあるけど、今はこれくらい」
アキはトキにとってかけがえのない存在になっていた。それはアキがゴブリンに攫われたときのことを思い出せばはっきりとしている。しかしそれは自分の気持ちであって、アキが自分のことをどう思っているのかは知らなかったし、ルイやグンタを見ているとアキにとっての自分は他のみんなと変わらない存在なのだと思っていた。トキにとって、自分の大切な人が自分のことを大切な存在だと思ってくれていることが、今まで孤独だったトキにとって言葉にならないほど嬉しかった。初めて味わう感情に喜びと戸惑いが渦巻いているとアキが呼びかけてきた。
「トキくん……?」
「な、なに……?」
「いい……かな……?」
アキは身を乗り出すように体を近づけ、上目遣いでトキを見つめていた。
「えっと、なにが……?」
いつもならばじっと見つめてくるアキについ目をそらしてしまうのだが、その潤んだ瞳に引きつけられ目が話せなかった。体が熱を帯びて声もうまく出せない。
「だから……一緒にいても……いい……?」
「も、もちろん……!」
妖艶な雰囲気を纏ういつもと様子が違うアキにトキはつい後ろへ後ずさった。しかしアキは念を押すように更に体を近づけ不安そうにトキを見つめる。目には涙が浮かんで、それを月明かりが輝かせていた。
「む、むしろ、ぼ、僕からお願いしたいくらいだよ!」
動揺を隠すのも限界に達し声を張り上げてそう言うと、ついにアキの瞳から涙がこぼれた。いきなりの出来事にトキは困惑してさらに取り乱す。
「アキ!?ど、どどどどうしたの!?」
「あれ〜? トキ、アキ泣かせちゃったの〜?」
「グンタくん!いや、これは……!」
「女の子を泣かせちゃだめじゃないか」
トキが初めて見るアキの姿に戸惑っていると、また別の声が後ろの方から聞こえた。それはいつもならばルイに向けられている悪戯な笑みを浮かべたグンタのものだった。二人がベンチを詰めるとグンタはアキとは反対側のトキの隣に腰を下ろした。結局グンタも眠れずにここやってきたらしい。
「アキもいたんだね。ルイのいびきで寝れなかったとか?」
「え、よくわかったね!」
すでにアキは涙を拭っていつもの明るい表情で笑っていた。グンタも知っているということはルイのいびきがうるさいのはいつものことなのだろうか。トキは心の奥底でルイに同情した。
「部屋変わってあげようか?」
「え? いいの? でも、ほんとにうるさいよ?」
「大丈夫、俺、耳栓持ってきたから」
そう言って自慢気に耳栓を取り出し見せつけるグンタ。それをみて感嘆の声を上げ拍手するアキ。このやり取りをルイが見たらどんな顔をするのだろうかと悪戯心が芽生えるトキ。
「じゃあ変わってもらおうかな……」
「おっけい。じゃあアキはトキくんの部屋で、俺はルイの部屋で寝るから。荷物だけ移動させてくれたらいつでも寝ていいからね。俺はもう少し夜風にあたってから寝るから」
「わかった、ありがとうグンタくん。じゃあおやすみ」
「おやすみ、グンタくん」
「うん、二人ともおやすみ」
アキはグンタにお礼をいうとトキと一緒に部屋に戻った。本当はアキはずっと眠たかったらしく、部屋に戻るとようやく眠れるとすぐに横になった。あのあとしばらくして、グンタもルイが眠っている部屋へ戻り眠りについたようだ。翌朝ルイは、隣の布団に眠っていたのがアキではなくグンタだったのを見て膝をつき頭を抱えながら発狂していた。そんな渾身の発狂の声も耳栓の効果によってグンタには届いていなかった。




