第2話 遭遇
「――……」
…………なんだ。声がする。誰の?
頭の中に響く、美しく透き通った声。
夢でも見ているみたいな曖昧な響きで、うまく聞き取ることができない。
「――――――――……」
目を開けると目の前の木々が歪んでいた。空間が陽炎のように揺れて、さらにそこに一人の女性が姿を現した。
白い衣に身を包む赤い長髪の女性。
顔はよくわからない。そこにだけ靄がかかっているみたいだった。
それでもその佇まいから、どうやっても隠せないほどの美しさを感じる。
不思議な女性だ。
落ち着いて化物の方を見てみると、今にも振り下ろされそうだった棍棒がいまだに振り下ろされていない。
彼女が現れてから周りの時間の流れが遅くなっているみたいだ。
また夢でも見ているのかな。
不思議な感覚に浸りながら、再び語りかけてくる赤い髪の女性の声に耳を傾けた。
「――――――……」
「何? わからない。何を言ってるの?」
何度聞いても彼女の言葉が聞き取れない。
雑音が混ざっているようにも、声が何重にも重なっているようにも聞こえる。
「━━━━━━」
またその美女が口を開き微笑みを浮かべると、とうとう彼女は煙のように霧散してしまった。
今のは。一体何が起きたんだ。幻覚、だったのかな。
まるで女神のようなあの美女はいったい何者だったんだろう。
そんな疑問を抱いて、いまだに夢心地だった僕を現実に引き戻したのは眼前の魔物の叫声だった。
ようやく会えた自分以外の人間。
尋ねたいことはたくさんあるけど、何から話すべきだろう。
「君、見たところ何も持ってないみたいだけどどこから来たの? 最近はよくゴブリンとかの魔物が出るから村の人でも森に出ることは少ないんだけど」
訝しげな視線を向ける少女。
まずい、さっそく怪しまれているみたいだ。
この森ではさっきの化物、ゴブリンという魔物が増えているらしい。なのに、武器どころかボロボロの服以外なにも持っていない。しかも戦うこともできなければ魔物の知識もない。たしかに怪しさの塊だ。
少女の顔を見れば、こんな無防備な格好で森に入る人なんていないことがわかる。
少女はじっと冷めた視線を向けたまま返答を待っているようだ。
ようやく人に会えたのに見捨てられたらふりだしに戻ってしまう。
ここは素直にこれまでの経緯を話すことにした。
「うんうんなるほど、記憶がなくなってここがどこかもわからず、一人で彷徨っていたらゴブリンに襲われたと。それは災難だったね。ってことはこれから行く宛も、頼る宛もないってこと?」
「うんまあ、そういうことになる、かな……」
「そっかそっか。うーん、どうしよう」
状況を察した少女は腕を組んで、首を傾げしばらく考え込む素振りを見せた。
まだ疑っているのだろうか。
そう簡単に信じてくれるほど甘くはないかと、いまだに唸る少女を見て不安になる。