ギルド加入式
二人がゼトに特訓を見てもらうことになって数日。時間はあっという間に過ぎ、四日後、ついに二人が待ちに待ったその日がやって来た。この村にやってきてすぐ、トキが不思議と目を引かれたこの村の雰囲気に似つかわしくない奇抜で大きな建物。あの建造物こそがこの小さな田舎村のギルド会館だったのだ。すでに入り口にはこの村のどこにいたのかと思うほどの人数の若者が集まっていた。その様子を見ただけでも冒険者という職業がどれだけの人間が憧れを抱くのかがわかる光景である。その存在を知ってまだ数日のトキですらゼトという冒険者を目の当たりにして、そこに抱いた憧れは相当なものであるのだからその魅力は計り知れないものなのだろう。
「人、多くない……?」
ギルド会館前にできた人の塊を見るやいなやつぶやくトキ。そのほとんどが自分と同じくらいの歳の子たちで、今更ながらその道を歩みたいと志したような者たち以外には歳の離れた者はいない。つまり、冒険者になるためのこのギルド加入式という名の登竜門は簡単にその道へ足を踏み入れることができるぬるま湯の門なのである。故に、新たに冒険者を目指しここに集った殆どの者たちが冒険者となり、なれなくともその次には、そして三度目にはそのほとんどすべてが冒険者と名乗りを上げることができるような世界なのだ。
だがしかし、そんな易しすぎる試練を乗り越えその道をただ歩くだけの冒険者たちはその洗礼を浴びることとなる。初めはとても綺麗に整備されたとても歩きやすい道なのだが、その道は長く、そして歩くほどに険しさが増し、並大抵では一歩たりとも進むことができない修羅の道と化すのだ。これこそが冒険者としての真の登竜門である。歩むことが困難になった冒険者たちは、やれ民家の草むしりだやれ店の客の呼び込みだのパシリ同然の仕事しかできずにその道から足を洗うのである。足を入れるのは簡単だがそこを耐えた者だけが真の冒険者となるのだ。……と、これがこの数日の修行の間、二人がゼトからさんざん聞かされた話である。初めはこれを聞いたトキは不安に駆られ、アキはその意思を確かなものにしていたが、流石に何度も何度も耳にタコができるほどに聞かされ夢にまで出る始末であった。そんなことを思い出しながらも、あまりの人の多さに若干引き気味になりながらもこれからの冒険者ライフに胸を躍らせていた二人なのである。
「おら二人とも、行って来い!」
「……おじさんは?」
「今日あそこから入れるのはお前ら見習い新人だけだ。俺は別の場所から見てるよ」
「そっか、じゃあいこ、トキくん!」
そう言ってアキは人混みへ走り出した。トキもその後を頷いて追いかける。その様子をゼトは少し寂しさ混じりに微笑みながら見守っていた。
人混みへ近づくとその流れは思ったよりもスムーズで順番待ちなどはほとんどないに等しく受付へ行くことができた。人が多いと言ってもやはり小さな田舎村のそれはたかがしれているというものだった。ギルドの受付嬢はレベルが高いと言うのがこの世界での常らしいのだが、まさにそのとおりで受付にはとんでもない美女が待っていた。
「あ、あの、見習い冒険者の新規登録お願いしたいんですけど……」
「はい。ではこちらの用紙に名前と年齢、あと現在希望している職業と、現在わかっている魔法の属性を記入して、最後に下の規約を読んでサインをお願いします」
あまりの美しさに頬を染め少し吃りながら登録を申し出るトキに冷めた視線を向けるアキ。それに気づき我にかえると、トキは見てみぬふりをしながら渡された用紙に目を向ける。記入するものも規約というものも大したものはなく、二人とも言われたとおりに空欄に記入し、書き終えた用紙を受付嬢へと返す。
「アクロフ・アキアさん。希望職は魔法使い職、使える魔法属性は水属性ですね。」
「アキ、魔法使いなの?」
「実は、魔法使いに憧れてて……」
アキは恥ずかしそうに言った。トキは普段からアキが使い慣れている弓使いかゼトにみっちりと叩き込まれた剣士職を選ぶものだとばかり思っていた。魔法少女と言う概念がこの世界にあったならばアキの魅力も相まってマニアたちが歓喜の声をあげていただろう。
「だってだって!魔法はきれいだしかっこいいし便利だし!!」
だんだんアキがムキになってきたので、トキはわかったわかったと落ち着いた様子で宥めた。すると今度は受付嬢が──。
「えっと、トキサラムさん。お名前はフルネームでお願いしてもよろしいでしょうか」
「あの……自分の名前、それしかわかんないんです。……記憶がなくて……」
「失礼しました。では、遠くてもよろしいので血縁関係のある方などは……?」
「それも──」
「じゃあ私とおんなじで!アクロフ・トキサラムでお願いします!」
「アキ……!?」
「では、アキア様と同じ、アビフォーラで登録させていただきます。」
トキの言葉を遮り身を乗り出すアキ。トキが何か言いたそうな目を向けると人差し指を自分の唇に当てウインクをする。その姿につい頬を染めながら目を逸らし口をつぐんでしまう。その様子を微笑ましげに見ながら受付のお姉さんはそれを承諾した。結局のところ空欄を埋められれば名前など何でも良かったのである。他には特に訂正を促されるような問題もなく、背後に受付嬢の美しさに「でゅふっ!」という気持ちの悪い笑い方をする新人たちの声を受けながらギルドの中へと入っていった。
「アクロフ・トキサラム……。変なの……」
「そんなことないよ!似合ってるよ。」
自分でつぶやいてその名を気持ち悪がりながら不満を漏らすトキ。それを否定しながらもアキはクスクスと笑っていた。トキはそれが馬鹿にしてるようにも見え更にむっとした表情をする。
「笑ってるじゃん……」
ギルド会館の奥へ進むと少し開けた場所に出ると、見習い冒険者らしき若い子たちがバラバラに集められていた。歴戦の勇者のような服装の人や、整った綺麗で豪奢な装飾を施した貴族階級らしき人たちも少人数。さらにその部屋の上階からギャラリーに繋がっており、更に上には貴族やらが豪奢な服装にこれまた豪奢な椅子に座りふんぞり返っていた。前方の、教会で言うところの主祭壇の上階の席には貴族たちとはまた違った豪奢で風格のある老人が三名座っている。このどこかにゼトもいるのだろうか。
「なんかすごいね……。百人くらいはいるかな?」
「村の同じくらいの歳の子ほとんどいるんじゃない?」
村の若者の人数にしては新人の数がやたらと多いように感じていた。実際アキでも見たことがない者も多いらしい。そしてやはり、あの少年たちもこの中の新人たちの一人として参加していた。
「ようアキ。それと……トキサラムッ!」
声をかけてきたのは数日前に突然アキの家を訪ね台風のごとく怒声を浴びせて帰っていった少年ルイだった。その隣にはグンタがいつものごとくぼ〜っとした眼差しで佇んでいる。相変わらずルイはアキには優しいのだが、トキに対しては随分と敵対心を感じる呼び方だった。
「お前らも冒険者になるんだな。アキはともかくお前みたいな貧弱野郎には務まらないだろうな!」
調子に乗った態度でルイはトキを指差し馬鹿にするようにげらげらと高笑いした。グンタはというと相変わらずである。
「そんなことないよ!トキくんは強いよ!私を助けてくれたんだもん!」
ルイの言葉にまた不安に陥りそうになるトキを救ったのはアキの叫びだった。ルイはそれに少々気圧されたようだ。グンタはルイの背後で「ほ〜」と感嘆の声を上げながらトキを少し優しい眼差しで見つめた。
「こいつが……アキを助けた……? 嘘言っちゃいけねえぜ!だいたいアキがそうそうそんなへまするようなたまかよ!」
「ほんとだよ!!トキくんは強いんだから!」
ルイもアキの強さは知っているらしくそのアキが助けられるような、まして目の前のとろく貧弱そうな男がそんなことできるはずがないと否定した。ムキになるルイにアキもまた我を忘れて反論する。そしてますますヒートアップするアキは更に言葉を重ねる。
「トキくんは強い!私よりも、ルイよりも!誰よりも強い!世界一強い!!トキくんが、世界一の冒険者なんだから!!!」
「「「………………」」」
アキの声はホール中に響き、周りの視線を集め一瞬の静寂が訪れた。そしてその後、波が引いて押し返すように周りはざわつきが広まった。あいつがそんなに強いのかとヒソヒソする声がそこらじゅうから聞こえる。そんな大層には見えないという声や、上を目指すものからはあいつは敵だと訴えるような視線も感じる。僅かだが美少女にそこまで言われるトキへの嫉妬心でもそんな目が向けられているようだがそれは例外である。アキもムキになり周りが見えておらず、我に返ってやってしまったという顔をした。ルイもその場の空気にいたたまれなくなり、「せいぜい頑張りな」と吐き捨て去っていった。トキもできることならルイと一緒にこの場から消えたい気持ちだったがアキのおかげか、ふとさっきルイに指摘された時の不安は嘘のように消えていることに気づいた。そんなこともつゆ知らず、アキはトキに頭を下げて謝っていた。
「ご、ごめんなさい!頭に血が上っちゃって!みんなを敵に回すようなことを……!」
「い、いいよ。僕のためにやってくれたことだし……。それに、おかげで僕も助けられたから。ありがとう」
「?……そっか!わかった!私もありがとう!」
何をしたつもりもなくただ感情的になっていただけにもかかわらず礼を言われ、一瞬なにがなんだかわからないという顔をしながらもすぐに優しい笑顔を振りまいた。その笑顔にその様子を見ていた周りの見習い冒険者の男たちは、ルイを含めて頬を染めながらトキに嫉妬の眼差しを向けていた。
間もなく前方のステージでギルドマスターが簡単な冒険者についての説明や、これから新人冒険者たちがやるべきことを説明していった。要約するとこうだ。まずギルドに入ったばかりの冒険者は、見習い冒険者として3つのクエストを行う。それは、冒険者にとって基本となるクエストでそれぞれ討伐クエスト・収集クエスト・民間クエストにわけられている。この3つのクエストをクリアすることにより、晴れて正式な冒険者となることができる、というわけだ。しかしどうも先程からその説明を終えたギルドマスターの様子がおかしい。まだ何か言い残したことがあるようだ。
「諸君には先程言った3つのクエストを受けてもらうのだが……。現在この内の一つ、見習い討伐クエストの討伐対象であるゴブリンが数日前から忽然と姿を消している」
ことの重要さを察した者たちがざわつき次第にそのざわつきは会場全体に広がりだす。トキはあの夜の森での出来事を思い出しながら、「おじさんのせいだ!」と内心で叫んで冷汗を流していた。さらにギルドマスターは続ける。
「現状、従来の見習い討伐クエストを行うことができないのだが、今回は特例として見習いクエストを一つとしそのクエストをクリアした者のみ正式な冒険者と認めることとする」
「たったひとつ!?」
「超ラッキー!」
本来三つ受けるべきクエストを一つで冒険者となれることを告げられ周りからはその幸運を祝福するように喜びの声が上がる。そして少し遅れて、そのクエスト内容がギルドマスターの口から告げられる。
「そのクエスト内容は、ヴァル村の冒険者ギルドへ特定の品を収めること。」
「特定の品?」
「それって収集クエストってことか?」
異例の事態に周りのざわつきは収まらない。先程まで余裕の笑みを浮かべていたルイたちの表情もどこか訝しげな表情へと変わっている。
「その品は、三種。一つ、ここシオンのギルド会館において後ほどギルドカードととも配布する魔石。二つ、この村付近の森に自生する薬草を十、そして最後に、いずれかの魔物を討伐した際の戦利品を一つ。以上3つの品を収めることで、このクエストを完了したものとすし、これをクリアした者のみが冒険者の資格を得るものとする」
「こ、これって討伐、収集、民間の特徴全部含んでねえか!?」
「3つのクエストが一つになったってこと!?」
「しかも魔物の素材って……このあたりにはもう最下級のゴブリンはいねえんだろ!?」
「隣町ってのも結構な距離だぜ……!」
「もとより難易度上がってねえか!?」
表情を強張らせ口々にそう叫ぶ見習いたちをよそ目にアキは呑気な声でトキに話しかける。
「なんだか大変なことになっちゃったね」
「そうだね」
トキは苦笑いしながら、「まさかおじさん森のゴブリン全部倒してたなんて……」と引き気味の思いを内心で呟く。
「最後に、この会館をでる際にギルドカードとクエストの納品である魔石を一人一つずつ受け取ること。また二人以上のパーティを組むものは受け付けで見習いパーティ編成を行い登録することを忘れぬように。以上、諸君らの活躍を期待している」
ギルド加入式の始まりは波乱の幕開けとなり、見習い冒険者たちを戦場へと駆り立てた。二人は見習い冒険者となり、息つく暇もなく最初のクエストへと赴く。




