魔法
シオン村の隅に佇む小さな木造小屋。その傍らで朝から少年少女が冒険者になるため剣術の特訓をしていた。特訓と言っても子供の独学の剣術で、傍から見ればただチャンバラをやっているようにしか見えない。そこへいかにも旅人と言った風貌をした男が村の方からやってくる。
「よう少年少女。元気してるか」
にっと笑みを浮かべて明るく声をかけてきたのは二人の恩人、ゼトだった。
「おじさん!」
ゼトに気づいたトキはすぐに駆け寄る。その後ろをアキが歩いてくる。誰? といった表情だ。森で一度顔を合わせてはいるが自己紹介はまだだった。
「トキくん、この人は?」
「ゼトさん。アキが連れ去られたあと僕が森で倒れてるところを助けてくれたんだ。アキを助け出すのにも協力してくれたんだよ」
「そっか。じゃあ私にとっても恩人さんだね!私はアキ。よろしくね、ゼトおじさん!」
「おう!よろしくな、アキ!」
アキの頭をぽんとなでた。体調の良さそうなアキを見て随分と満足げな様子だ。
「ところでお前たち何やってたんだ?」
「私達冒険者になるの!だからその特訓だよ」
「ほうほう、冒険者になるためか。それは関心だな。だがそんなんじゃまだまだだ。どれ、ここは俺が先輩として色々と教えてやろうかね」
「先輩?」
「おうよ!俺は冒険者だからな。」
トキの疑問の声に応えたゼトの台詞から冒険者という言葉が飛び出て目を丸くする二人。互いの顔を見合わせながら硬直した数秒の後、これまでにない驚きの声を上げる。
「ええ!!? 冒険者!? 聞いてないよそんなの!!」
「うわあ!冒険者だあ!本物だあ!すごーい!!」
アキはキラキラと目を輝かせてゼトを見た後、ぴょんぴょんと跳ね回って興奮している。トキも驚きながらも、森でのあの異常な強さに納得するのだった。
「ハッハッハ!どうだ、少しは尊敬したか!」
ゼトは胸を張り高笑いをしながら威張っている。アキがゼトに調子に乗るなと叩いてツッコミをいれる。それを見て「初対面なのに息ぴったりだ」とトキが感心していた。
「そういうことで、残り4日だっけか? その間お前たちを強くしてやる!」
「「お願いします!!」」
二人は声を揃えながら頭を下げた。冒険者になるまでの間、ゼトは二人の師となったのだ。三人は魔法の修行のため、小屋のすぐ傍らに見える小さな森へと向かった。
「よしさっそくだが、まずはこれを持て」
そう言うとゼトはいつものポーチから白い結晶を取り出し二人に渡した。見たこともない半透明のそれを手に見つめる二人。ゼトも同じようにもう一つ取り出した結晶を手に説明を始めた。
「そいつはお前たちの得意な魔法を調べる道具だ。力を込め握ると……反応して色が変わり輝く」
ゼトが実際にやってみせると、その結晶は光を放ちながらその色を変化させていく。透き通るような白から、徐々に橙色の輝きへと変わってった。二人はその様子を感嘆の声を上げながら不思議そうに見つめた。そして、ゼトの「やってみろ」という声で自分の手の中の結晶し視線を移して、言われたとおりに結晶に力を込める。すると、先ほどと同じように光を放ち結晶が輝き始めた。自分の手の中で輝く美しい結晶に目を奪われるトキとアキ。そして二人の結晶は徐々にその色を変え始める。
「うん、トキは赤、アキは青色だな。つまりトキは火の魔法、アキは水の魔法が使えるということだ」
「火の魔法!かっこいい!」
「水の魔法はきっときれいだよ!」
二人とも自分の魔法の属性がわかり興奮している。その様子を微笑ましげに見つめるゼトが続けて説明をする。
「よし、次にその属性のマナにお前たち自身の血を捧げる」
「血!?」
「つっても一滴だ。そんなぶっ倒れるほどの大量の血は必要としないから安心しろ」
驚くトキに苦笑しながら鎮めるゼト。それを聞いてトキはほっと胸をなでおろした。隣でアキが大げさだなとクスクス笑っている。
「それぞれ火と水に一滴だけ血を垂らすんだ」
ゼトは二人に小さな針を渡す。そして器をニつ用意し、片方には水を、片方には油を注ぎ火をつけた。トキとアキは渡された針で腕から血を垂らし、その血を器に一滴だけ落とした。血液が水と炎の中に消えた瞬間器の中の水と炎が激しく波打った気がした。
「よし、じゃあ早速魔法を使ってみるか」
「待ってました!」
「いいか、まず的にする木に向け手をかざすんだ」
言われたとおもりに二人は少し離れた木に向かって手をかざした。
「次に詠唱。まずトキの詠唱はこうだ。[火のマナの精よ 我が精よりその資格を示す その火の威を以て焼き尽くせ]。そしてアキは[水のマナの精よ 我が精よりその資格を示す その水の威を以て流し尽くせ]」
二人はゆっくりと一言一言を確かめるようにそれぞれ詠唱を始める。
「火のマナに込められし精よ 我が精よりその資格を示す その火の威を以て焼き尽くせ!」
「水のマナに込められし精よ 我が精よりその資格を示す その水の威を以て流し尽くせ!」
詠唱するとトキの手のひらから、一瞬だけ火が吹き出した。だがそれは一瞬で、すぐに手元で消えた。アキの方も、チョロチョロと少量の水が流れ出す程度だった。それでも二人は自分たちが魔法を使えたことに興奮し、目を輝かせている。そんな二人を優しい目で見守るゼトは二人はきっと強くなると確信し、二人の成長をずっと見守りたいと思った。




