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第13話 襲撃

 ここは身寄りのない子達が暮らす屋敷。屋敷はたった一人の女性が管理し、子どもたちの世話も彼女が行っている。口数が少なく、村の人間と話すこともほとんど無い彼女だが、村長の屋敷へは一人で行くこともある。村長も何かと彼女を頼りにしているようだった。今回も彼女は村長にある調査を依頼されていた。村の少年の不可解な死について。獣や魔物も多い森の奥ということもあって、そんな事件が起きたとしてもおかしなことはないのだが、今回に限っては村長はそうは思っていないらしかった。彼女は頼みを聞き入れるとすぐに、実力と人柄の両方に信頼をおける施設の子どもたち五人に調査の手伝いを頼んだ。そうして日に日に調査は進み、彼らの働きによって事件の真相に迫っているという手応えも感じていた。だがしかし、まだ謎は多い。彼女は森の調査を行った少女たちの情報をもとに、再度事件現場へと向かっていた。




※※※




「おいグンタ、起きろ」


 部屋で眠っていたグンタはその声で目を覚ました。まだ外は真夜中で暗くしんとしている。やってきたのはグンタと同じ施設で隣の部屋に住んでいるルイだった。声を抑えたルイからはいつものような余裕が感じられない。


「どうしたの?」


「話はあとだ、すぐに支度してくれ」


 どこか様子がおかしいルイを疑問に思いながらグンタはいつものように外へ出る準備を済ませた。

 二人はすぐに部屋をあとにして、ルイはミラにも話があると少年たちとは別の隣の屋敷へと向かった。他の少女たちが目を覚まさないように静かに廊下を歩いていく。ミラの部屋の前へたどり着くとルイは静かに扉を叩いた。


「誰?」


「ミラ、俺だ」


「え、ルイ!! 何しに来たの!? も、もしかして……!」


 慌てているのか、驚いた声と何かが倒れるような物音が聞こえてきた。


「あまり時間がねえ。グンタと外で待ってるから、支度ができたらリアとヒズを連れて外に来てくれ」


「あ、グンタも一緒なのね……」


 ミラにも状況はなんとなく伝わったようだが、声が少しがっかりしたように聞こえたのは気のせいだろうか。

 とにもかくにもルイの様子から何かが起きたことだけは間違いなさそうだった。ミラもまたすぐに準備を整え、同室のリアとヒズナを起こしてすぐに外へ出た。


「それで、何事なの?」


「こんな時間にみんなを集めるなんてただ事じゃないよね」


「ま、メンバー的になんとなく察しはつくけどね」


「なにか動きがあったの?」


 ヒズナの疑問にルイが頷く。四人は次のルイの言葉に耳を傾けた。


「マルクが動いたみたいだ。だが様子がおかしい」


「どういうこと?」


「マルクたちのことは追跡していたんだが、マルク以外の三人の気配がついさっき消えた」


「消えた? 追跡がバレたってこと?」


「それはないと思う。マルクだけはまだ反応が残っているし、今あいつは東の森を移動中だから待ち伏せしているわけでもなさそうだ。何よりあいつがそんなあからさまな誘い方するはずがないからな」


「てことは……」


「ああ、おそらくな」


 四人はさらに疑問が浮かんだ。追跡がバレたわけではないというのに反応が消えた。それはすなわち三人の死を意味するのだ。今回、アデルを殺害したのはマルクたち、あるいはマルクたちとつながる何者かの仕業だと考えていた。しかしその疑いをかけたうちの三人が死んだとなると考えられるのは二つだった。

 一つはマルクたちと繋がっていた何者かによる裏切り。しかしこの場合なぜ裏切りが起きたのか、なぜ裏切りを受けてマルクだけが生き残ったのかという疑問も増える。そして二つ目はマルクの裏切り。だがルイからすればこの線の可能性は低かった。ルイの知る限りでは、マルクは暴力的ではあったが仲間には決して手を出さない男だったからだ。そう考えると、一つ目の何者かの裏切りを受け、マルクがその何者かを倒すことができたとすれば今の状況にも納得がいくと考えた。

 だが仮にそうだったとしても、そこからのマルクの行動は読めない。どちらにせよすぐにでも状況の確認に向かう必要があった。


「とにかく今は様子を確かめに行くしかない。マルクは今東の森からこっちに向かってきている。何が起きているかわからない以上俺達もすぐに村の東に向かうぞ」


「そうね、あいつが何かしでかさないとも限らないし」


 残りの三人が頷くと、五人は東の森へ向けて走り出した。




※※※




 トキは食事を終えて横になっていた。あれから数日経過して怪我もだいぶ癒えていたがまだ完全ではない。しかしその回復速度は凄まじく、それにはアキですら驚いていた。目覚めてからも、麻酔薬が効いていたとはいえなんとか歩けるくらいには治っていたのだ。今では僅かに痛みが残るのみで傷は全て塞がっていた。

 ずっと看病していたアキも長い間眠っていたが昨日の晩にようやく目を覚ました。同じく長いこと気を失っていたトキとともにアキもまた夜に活動する生活になってしまっていたのだった。


「トキくん調子はどう?」


「もうほとんど治ったみたいだよ」


 アキが部屋の扉の隙間から顔を覗かせている。アキの方も顔色は良くなって完全復活を遂げたみたいだった。


「少し痛みも残ってるけど、今までどおりの生活を送るのに支障はないかな」


「そっか、よかった。でも、しばらくは村を出歩かないほうがいいかもね。またマルクたちに見つかって目をつけられるかもしれないし」


 思い出すのは、狂ったように暴力を奮う少年たち。あの様子からして、またトキを襲うことは目に見えていた。


「ごめんね、私がみんなを止められるくらい強ければ守ってあげられるんだけど」


「僕は十分アキは強いと思うよ」


 トキにとってアキは男にまさるとも劣らないほどの力を持った少女だ。あれくらいの少年たちならばアキであれば束になってきたとしてもやっつけることができると思っていた。


「だって猛獣相手に素手で戦ったり、目印に太い木の枝を何本もあっさり折ってたし。それにあの弓だって僕は全然引けないけど――」


「トキくん、怒るよ……」


「え? あ、はい……」


 素直にアキを励ましたつもりだったのだが、なぜ怒られたのかトキにはわからなかった。乙女心というものを理解するにはまだ早かったらしい。

 とは言ってもアキが年齢離れした身体能力を持ち、同年代であれば男だろうとのしてしまうくらいの力があるのは事実だ。腕力も大人の男性にも勝るほど。そんなアキがあの少年たちに敵わないというのはトキにとっては不思議だった。


「マルクたちのほうが私よりずっと力があるんだよ。ルイだって、自分と同じくらいの大きな岩を持ち上げるんだから」


「嘘でしょ……」


「ほんとだよ。今度ルイが来たときにトキくんにも見せてあげる」


 アキの言葉をいまだ信じられないトキだったがアキが嘘を言っているようには見えないし、もし本当ならぜひ見てみたいとも思った。なかなか信じてもらえないアキは必死になっていたが、トキはちゃんとそれを聞いてあげていた。

 すると一階から突然、何かが倒れたか壊されたような大きな音が響いた。二人は思わず顔を見合わせ、まだ空に明るみが僅かにもない真夜中に何事かとアキが恐る恐る扉をあけてみた。


「どう?」


「ちょっと下見てくるね。トキくんはここで待ってて」


 そう言って足音を殺して静かに階段を降りていく。何も聞こえない。何かが落ちただけなのかとそう思っていると、一階はなぜか異様なほどに明るかった。まるで満月の夜の月明かりみたいだ。そんなことを思っていたが、屋内に射し込んでいた光はまさにそれだった。外から入り込んだ月明かりが壊れた屋敷の扉を鮮明に照らしだしていたのだ。そしてそこに浮かぶ一つの人影。

 それは突如アキに襲いかかり、そのままアキはその何者かに地面に押し倒された。息の荒いそいつの垂らした唾液がアキの首に垂れ流れ落ちていく。目が慣れてきて、間近に迫ってようやく見えたその正体にアキは目を疑った。


「マルク?」

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