第12話 悪魔の足音
日も沈み森が夜闇に包まれる頃、そこに四人の少年の影があった。村では少しばかり有名な悪童たち。大人たちの悩みの種であるマルクを中心とした問題児たちにも天敵と言える存在がいる。
同じ村の施設に通うルイという少年とミラという少女。施設の中でも他の子どもたちに圧倒的な実力差をつけ常に成績トップを独占してきた。
悪童たちのリーダーであるマルクもまた天才と言われていた。しかしそれは普通の子どもたちの中での話だ。天才といえど、あの二人に比べれば足元にも及ばないことはとうの昔にわかっていることだ。施設の中でマルクが対等に渡り合えるとすれば、戦闘においてミラに次ぐ実力を持つグンタだろうか。普段は優しく穏やかでありながら、戦闘となれば圧倒的な力を発揮するグンタもまた天才なのだ。それに次ぐリア、ヒズナの二人もまた天才として見られるがマルクの敵ではない。やはりマルクにとって邪魔者となるのはルイとミラだった。
「あのくそアマ今に見てろよ」
先日の出来事に怒りをあらわにするマルク。天敵の一人であるミラによって自分らの行いが邪魔されるのは、マルクにとっては決して面白いことではなかった。
「どうするマルク、あいつここんとこ俺らに目つけてるみたいだし、このままびくびくしてると他の奴らにもなめられるぞ」
「でも流石にミラはまずいって。正直あいつとルイとだけはやり合いたくないっていうか。本気でやるとなるとただじゃすまないよ」
「あいつらは人間じゃないからな。とっくに村の大人たちよりも強いらしいし、実際大人よりも頼りにされてるしな」
そんな会話を聞いてマルクの怒りは更に増していく。存在するだけでも癇に障るというのに、そんな人間が自分より優れていると言われているようで気分が悪かった。
「もう我慢ならねぇ。あれを使って二度と俺らに逆らえねぇようにしてやる」
「本気かよマルク、でもあれは……」
「女一人にこれ以上ビビってらんねえんだよ。あいつに俺らの恐怖を植え付けてやろうぜ。声も出せねぇくらいの悪夢を見せてやる。小便漏らすまでいたぶって、心も身体も逆らえねぇようにしてよ、んでその後は、弱ったあいつと俺らでお楽しみ会といこうじゃねぇか」
下卑た笑みのマルクに他の少年たちも賛同する。さっきまでミラに勝つことなんてのは無理だと思っていた少年たちも、今はマルクが負けることなど微塵も考えてはいない。マルクの言うあれとはそれほどの力を持つ代物なのだろうか。
「うん、それならこれを渡しておこうかな」
その声は森の奥の暗闇から突如聞こえた。そしてその夜闇から黒いローブの男が姿を表し少年たちに歩み寄った。
「先生じゃねえか!」
男に駆け寄る少年たちはとても彼を慕っているようだった。顔は深くかぶられたフードで見えず、怪しい笑みを浮かべた口元だけを覗かせている男はまだ若さの残る声をしていた。
「なあ先生、またあれくれよ。どうしてもやらなきゃいけねえ奴がいんだよ」
「まあまあ、そう慌てないでマルクくん。今日は君にいいものを持ってきたんだ」
男が懐から取り出したのは小さな布袋。マルクは渡されたその袋を開けて覗いてみた。
「こいつは、いつものとは違うようだが」
「それは前に君たちに渡した試作品の次の段階の薬だ。効果は前の三倍は期待してくれていい」
「三倍……すげえぜ先生、これを使えばあいつらにだって勝てる!」
我慢の限界に達していたマルクは、早速それを使ってミラに復讐を果たそうと袋の中に入っていた三粒のそれを一気に飲み干した。
「あ、その薬一粒ずつ飲まないと副作用が大きいからね」
マルクが薬を飲むのを見たあとに男はいい忘れていたとわざとらしく笑った。
「ぐっ! あっ! うあぁっ!!」
「マルク! おいしっかりしろ!」
「ハッハッハ! さあ耐えて見せてくれマルクくん! 君が本当に力を望むのならそれしきの苦痛に耐えることなど容易いことだろう!」
男は苦しむマルクを愉快そうに見物している。一人の少年が男を睨みマルクに駆け寄る。男はそれに動じることはない。マルクが腕を振るうとその少年は簡単に払い飛ばされ、大木にそれをへし折るほどの勢いで叩きつけられた。少年の身体がそれに耐えられるはずはなく、一瞬のうちに絶命した。
「ああだめだめ、そんな不用意に近づくもんじゃないよ」
あざ笑うかのように男はもう意識のない少年を見下した。
マルクは更に苦しみを増していく。その容姿を変えながら。肌の色は灰色に染まり、耳はとがる。牙と長い尻尾、骨格だけの翼が生え、さらに禍々しく変貌するマルクに少年たちは恐怖する。二本の腕が増えたマルクが男を睥睨するも、男は相変わらず重さを感じない口調で喋り続けた。
「ははは、そんな目をしてもだめだよ。君が僕の忠告を聞く前に飲み込んじゃうのがいけないんだ」
そんな男をマルクの腕が一瞬のうちに伸び、胴体半ばあたりで薙ぎ払った。しかしマルクの腕は男の体をすり抜けるだけで、側にいた他の少年が身体を半分に分断されるだけに終わった。
「ひぃぃっ! せ、先生どうなってんだよ! マルクを、マルクをなんとかしてくれよ!!」
一人残された少年が男の胸ぐらを掴み懇願するが、相変わらず男は不気味に笑うだけ。そして哀れみを帯びた表情で可哀想にと同情するように男は微笑んだ。
「なにを言っているんだい、マルクくんはとても正常だよ。普通なら苦しみに耐えきれずにとっくに死んでいただろう。でも彼はまだ生きている。ほんとに彼はすごいよ。ほら、見てみてよ、もうそれすらも乗り越えたみたいだ」
「ほ、ほんとう?」
その言葉と覗く口元からだけではそれが嘘なのか本当なのかの判別は難しい。だが少年は男の言葉を信じた。マルクが無事だと知って一安心。少年は友が無事であることを喜んだ。
しかしそれもつかの間。突然現れた大きな口が、その少年の頭にかぶりついた。それはマルクの首元から伸びた異形の姿をしたもう一つの頭だった。
「そっかそっか、お腹が空いたんだね。さあたんとお食べ。餌ならまだそこに転がっているよ」
少年たちは慕っていた友人に食されることなど考えたこともなかっただろう。これまでたくさんの時を、感情を分かち合い過ごした友の生きる力となることなど。そんな残酷な結末を受け入れる暇すらなく、彼らは友の力の糧となったのだ。
マルクは他の少年の骸も全てくらい尽くした後、腕や翼、牙などをもとの容姿に戻すと空っぽの目をして村の方へと歩いていった。男はそんなマルクを見送ると、これからの彼に期待しながら再び森の中に姿を消した。




