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第11話 信頼

 シオンの隅、道なき道を進んだその先に一軒の古びた屋敷がある。かつての屋敷の主は名の知れた冒険者だった。その男も十四年前に亡くなりかつての堂々たる姿は見る影もなく、今となっては誰もそこに近づこうとはしない。

 そんな廃れた屋敷に、今は一人の少女が住んでいる。そしてその少女の傍らには傷だらけの少年が眠っていた。


「トキくん……」


 呟いた少女の涙はすでに枯れていた。立った一人で少年をここまで運び込み、慣れない傷の手当をして三日三晩不眠不休で少年の世話をしていたのだ。

 その日も日が沈んでもう随分と時間が経っていた。すでに早朝と言える時間だが、外はまだ暗闇に包まれている。こんな村の隅に外灯はなく、頼りになる灯りは小さな蝋燭のみ。薄暗い部屋の中で祈るように手を重ね、ただ少年が目覚めますようにと祈り続けた。


「ごめんなさい……。私のせいで……」


 その言葉を口にしたのももう何度目だろう。自分のせいでトキは傷ついたのだ。自分がいなければこんなことにはならなかったのだ。自分がトキを連れ出さなければ、あのときマルクの言葉に従っていれば、誰かを守れるほど強ければ。そう考えると自分を恨まずにはいられなかった。


「今日ももうすぐ終わるよ。いつになったら目を覚ましてくれるの?」


 アキはいまだ目覚めないトキの手を握りしめた。

 今日もトキが目を覚ますことなく終わる。そう思っていた時、少年の手がかすかにアキの手を握り返した。それは気のせいなどではなく、力は徐々に強くなっていく。


「トキくん!」


 そしてその声に答えるかのように小さくうめき声をあげた少年のまぶたがゆっくりと開かれた。


「アキ……? どうしたの、その顔……」


 自分が重傷だと気づかないのか、心配される側であるはずの少年はやつれた少女を見て不安そうにしている。アキもまた不眠不休で憔悴し、充血した目の周りは隈も目立たなくなるほど赤く腫れあがっていたのだ。


「ごめんなさい、私のせいでトキくんがこんな目に」


「どうしたの? こんな目って?」


 まだ目を覚ましたばかりで記憶がはっきりしていないようで、そんなトキに憔悴したアキの言葉は理解できるはずもなかった。


「トキくん気を失ってたんだよ。怪我もひどくてどうしたらいいかわからなくて……」


「怪我? そういえばなんか、僕の身体すごいことになってるね……」


 トキは包帯だらけの自分の身体を見て苦笑いを浮かべた。半ミイラ状態で身動きも取れないが、それもこの状況では功を奏していたのだろう。


「それでも私頑張ったんだから! なんとかしようと思ってできることは全部やって」


「そっか、ありがとう。おかげで全然痛くないよ」


 相当な深手だったにもかかわらず、トキは全く痛みを感じていなかった。きっとそれもアキの手当てが偶然うまくいったのだろうと思った。


「多分麻酔草の効果だよ。少しでも痛みを和らげてあげようと思って」


「いろいろとありがとう」


「もとはといえば私のせいだから。私がトキくんを村に連れて来なければこんなことには……」


 アキはまた暗い表情を浮かべてうつむいてしまった。自責の念に駆られるアキを見かねたトキは、自分の手に添えられたアキの手を弱々しく握り返した。


「アキのせいじゃないよ。僕はもう大丈夫だから、そんなに自分を責めないで」


 そんなトキの言葉もアキには嘘にしか思えなかった。言葉でなんと言おうと、トキの傷だらけの身体がアキを責めたてるのだ。トキも本心では自分のことを恨んでいるに違いないと、自分を責めずにはいられなかった。だがトキはそれでもアキに語りかける。自分の気持ちを知ってもらうために。本当のことを知ってほしかったのだ。


「アキ、前に言ったよね。僕には笑っていてほしいって。僕もおなじ、アキには笑っててほしいんだ。落ち込んでるアキなんて似合わないしね」


 その言葉はアキの言葉だ。今もトキの中にあるそれは、トキもアキにはそうあってほしいと思っていることでもあった。


「でも泣きたいときには泣いてもいい。じゃないとアキの本当の笑顔が見れなくなるから。笑いたいときに笑って、辛いときには泣けばいい」


 トキにとってのアキの笑顔は、アキの幸せでもあった。心から笑っているアキの笑顔を見ているのが好きだったからこそ、無理して笑う必要ははない。笑っていてほしいけれど今みたいに辛いときには笑う必要などないのだ。


「でもね、僕のことでアキが泣く必要はないんだよ。僕はアキのこと恨んだりしないから、そんなことでアキが悩んで辛くならなくていいんだ。僕もそんなことでアキが笑顔でいられなくなるのは嫌だから。だからそんなに自分を責めないで。ほら、じゃないと僕も笑っていられないからさ」


 トキは優しく暖かい笑顔を浮かべた。アキはトキに笑顔でいてほしい。それはトキも同じだった。そして、自分のことでアキが自分を責めるようなこともあってほしくないとも言った。簡単なことではないだろう。本当にトキが自分のことを恨まないのかなどわかるはずがないのだ。互いが互いを信頼していなければ難しいのかもしれない。だが、きっとトキはそれを望んでいる。そしてアキも、そんなことで自分がトキの笑顔を奪うなんてことはあってほしくなかった。迷うことなどないのだ。自分を怨む理由などもうどこにもなかった。


「そうだよね、暗い私なんて私らしくないよね。うん、もう大丈夫。私がトキくんに辛い思いさせるなんて嫌だもん。私も笑ってられる。トキくんのこと信じるよ」


 もうトキを、トキを信じる自分を疑うようなことはしない。そんな強い意志が今のアキの目には宿っていた。それはトキも同じこと。信頼によって身を滅ぼした者は少なくないだろう。しかしこの二人ならば、これから先どんなことがあろうと互いを信じていくことができる。そう思ってしまうのは、いまだ汚れを知らない純粋な少年少女だからなのかもしれない。


「あ、私だって、私のことでトキくんが自分を恨むようなことがあったら嫌だからね」


「うん、わかってるよ」


 その後、トキの包帯を取り換えるとアキは眠りについた。数日間眠っていなかったこともありしばらくは目覚めそうもない。包帯が減り身軽になったトキが下へ降りるとテーブルには今晩の食事が用意されていた。トキは久しぶりの食事に一人舌鼓を打った。

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