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第9話 理不尽

 鍛冶屋を出て二人は村の中央に来ていた。広場をぐるりと囲うように店が並んでいる。食材や衣服、道具、花、そのほか雑貨など様々な店が並んでいた。村の人間はこの村で何かを手に入れるならまずここに立ち寄るらしい。そのため村の中で唯一賑わう場でもあるのだ。

 八百屋や魚屋にいくと、どこかで見たような食材が並んでいた。それは初めてアキと出会った日、アキが森の中でとってきたものと同じものだった。


「確かこれが大口魚で、こっちが深森草。それでこっちが……」


「それは【旋風草】(ツムジソウ)だよ」


「旋風草っていうんだ、ってどうしたのそれ?」


 トキがいろいろと見ていると、いつの間にかアキの手荷物が増えていた。おいしそうなクッキーが入った袋が三つ、どれも違う味付けらしい。


「村長さんにお小遣いもらっててよかったよ。トキくんも食べよ」


「うん、ありがとう」


 赤色のクッキーを一つ口に放り込むとほのかにイチゴの風味が広がった。


「ん、おいしい」


「でしょ?」


 アキが口にほおばっているのは緑色のクッキー。そちらにはヨモギが入っているらしい。もう一袋にはシンプルなクッキー。とはいえそれも二人の手が止まらなくなるくらいにはおいしかった。アキといいこの村には料理上手が多いとトキは思っていたが、アキいわくその人こそがアキに料理を教えてくれたその人らしい。それならばこのおいしさにも納得がいく。さらに言えばその人は村長の奥さんなのだそうだ。つくづく村長たちに甘やかされているとトキは思った。


「じゃあ次は村長さんのところにいこっか」


 三袋分のクッキーを食べ終え、次に二人は村長宅へ向かうことにした。ここからだと、ちょうど入り口とは反対方向にまっすぐ行けばたどり着くみたいだった。


「うん、あらためて村長さんともいろいろ話したかったんだ」


 トキはまだ村長とは顔合わせ程度にしか挨拶も交わしていないのだ。あらためて挨拶をして、しばらく滞在することになりそうなのでこの村のこともいろいろと知りたいと思っていた。

 早速二人が歩き出そうとするとトキが前を歩いていた男性にぶつかってしまった。トキはそのまま尻もちをついて倒れるが、男は手を差し伸べようとはしなかった。


「いてて」


「ちっガキが、邪魔なんだよ」


「あ、あの、ごめんなさい……」


 男は威圧的な態度でトキを見下している。小心者のトキは恐れ声が震えていた。


「聞こえねえな、なんか言ったか?」


「そ、その……」


「ちょっと!」


 嫌味のような態度の男の前に、アキが割って入る。が、なぜか男はさらに見下すように笑っていった。


「ああはいはい。俺が悪かったよ。じゃあな、二度と会わないことを祈ってるぜ」


 そんなセリフを残して男は去っていった。


「なんなのあいつ!」


 去っていく男をプンスカと怒りながらにらみつけている。トキは難が去ってほっとしていたのだが何かさっきとは違う空気を感じていた。やはりあれは気のせいなどではなかった。トキは広場の村人たちから嫌な視線を感じていた。この村に来てすぐ、村長のもとにやってきた男から感じたものと同じそれは時に向けられているわけではない。こうしてまたその視線に晒されることでわかる。その視線が指すのはすぐそばにいる少女、アキだった。


「トキくん立てる?」


 いつもと変りなくトキに優しく手を差し伸べてくれた。アキはこの重たい視線に気づいていないのだろうか。


「なんで……」


 ひどく心が痛み、浮かんだ疑問が思わず口から漏れた。


(どうしてアキがそんな目で)


 さり気なく視線をアキに向けると、彼女はいつものように笑いかけてくれた。今までアキに助けられてきたトキには、こんなにも優しいアキがなぜこんなにも忌み嫌われているのか疑問だった。行場のない不快感が溜まっていく。それでもどうすることもできないトキはただこらえるように拳を握りしめ、アキの手を取った。


「いこうアキ」


「え、トキくん!?」


 そしてその視線から逃げるようにして、アキの手を引いてその場を後にした。






※※※






 しばらく歩いて、周りには誰もいない場所までやってきた。大人たちは誰もいない。だがまだトキの心の不快感は消えない。


「大丈夫? どうかしたの?」


 アキはいつものようにトキのことを気にして心配している。大丈夫なのかと問いたいのはトキの方だった。どうかしてるのはこの村の大人たちだと叫びたかった。アキが何をしたというのだ。どうして平気であんな目を人に向けられるのか。どうしてあの目を向けられて平然としていられるのか。一番辛いはずなのにどうして人の心配なんてできるのか。自分が間違っているのではないかと思うほど、トキにはなにもわからなかった。


「ごめんアキ、今日はもう――――」


「あれ? アキ?」


 トキの言葉を遮り、背後から聞こえたのはまだ幼い少年の声だった。大人たちの視線とは裏腹に、親しげにアキの名を呼ぶその声に視線を向けると四人の少年がいた。アキの優しさを理解している人間もいるのだと、トキは嬉しかった。それゆえに気がつかなかった。このときのアキが少し様子がおかしかったことに。それに気づければ、ルイの言っていたマルクという少年が、声をかけてきた少年だということにも気づけていただろう。


「お、本当だ!」


「久しぶりだな!」


「あ、みんな」


 アキの周囲に駆け寄る少年たち。久しぶりの再開とあってはしゃいでいるようだ。しかしなぜか皆顔に赤みを帯びてどこか恍惚としている。


「なんだよ元気みたいじゃん」


「最近全然遊びに来ないから心配してたんだぞ」


「う、うん。ごめんね」


 嬉しそうな少年たちとは裏腹に、アキはぎこちなく苦笑いを浮かべていた。その様子を見ていたトキは違和感を感じたが、少年たちに囲まれたアキに近づくことはできなかった。


(なんだか、いつものアキじゃないみたい)


 そんなことにも気づかず、少年たちは久しぶりにあった喜びを分かち合うように話し続けている。アキはどこか影を落としたように暗い。それに少年たちは気づく素振りすら見せない。


「あ、そうだ! 今から裏山に遊びに行くんだけど、アキも来るよな?」


「そうだよ、久々に遊ぼうよ!」


 有無を言わせぬかのように少年たちはアキに迫る。久しぶりの再開だからと言っているがまるで脅迫のようにも思えた。本人たちに悪気はないのかもしれないが、いつもは明るいアキですら萎縮してしまっている。


「え、えっと、ごめんね。今日はちょっと無理なの」


 アキが及び腰で断ると、ようやく少年たちの視線が背後のトキに向けられた。その表情は、先までの熱を帯びたものとは打って変わり冷めていた。


「え、もしかしてそいつと遊ぶとか言わないよな?」


「いやそんなわけないじゃん。アキがこんなひょろくて汚いやつとなんか」


「ていうかそれ誰」


「そんなやつほっといて行こうよアキ」


 少年たちの攻撃的な視線に晒され思わず怖気づくトキ。視界の済に置いて、少年たちはより近くアキの側に集まる。


「ご、ごめんなさい! ほんとに今日は無理なの! いこ、トキくん!」


 アキは少年たちから逃げるように、トキを連れて走っていく。


「…………」


 アキの叫びに固まる少年たち。アキが誘いを断ったのはお前のせいだとでもいうかのような剣呑な眼差しをトキの背に向けていた。

 マルクが何かを呟く。緑色の光を放ち、風のような速さで二人に迫った。


「ぐっ!」


「トキくん!?」


 一瞬で距離を詰めた少年は、走るトキの背後から首元を掴み地面に押し倒した。


「お前、アキに何したんだよ」


 地に押し付けられるトキは抵抗することもできない。


「うっ……! 僕は、何も……」


「マルクやめて! トキくんを放して!」


 アキが悲痛な叫びを上げても、マルクはトキを放す気配はない。思わず身体が震え、思考は停止してしまう。遅れて他の少年たちも追いついてトキを囲んだ。


「へえ、トキくんっていうんだ」


「お前みたいなやつがアキと気安く話してんじゃねえぞ」


「どうせ優しくトキくんとか言われて勘違いしたんだろ」


 嘲笑う少年たちを見ていればわかる。彼らこそ、アキに対してただの友達以上の感情を抱いているということが。なるほどそれゆえアキのそばにいる汚くみすぼらしいトキが邪魔なのだろう。押し付けられていた頭を蹴飛ばされ、トキは抵抗もできずに地面を転がる。


「はははっ、鈍くさ」


「二度とアキに近づくことができないように痛めつけてやる」


「お、いいねそれ!」


「うっ! 痛っ……!」


 マルクが倒れたトキの髪を掴み持ち上げると、そのままトキの腹を目掛けて重い拳を打ち込む。


「かはっ!!」


「トキくん!!」


「何だこいつ? まだ全然力入れてねえのに」


「弱すぎだろ」


「俺にもやらせてくれよ!」


 今度は他の少年たちが一人ずつトキに拳や蹴りを入れていく。


「お願いだからもうやめて!! ちゃんと遊びにも付き合うから!!」


 アキがマルクの服を掴み、涙を流しながら乞うが少年たちは聞く耳を持たない。いたぶることを楽しむように、マルクが拳を振るう。二撃、三撃とくらって、トキは血反吐を吐きながらついには気を失った。


「なんだもう終わりか、弱すぎてつまんな」


 マルクが手を離すと、鈍い音を立てトキは地面に潰れた。すでに意識のないトキをマルクが足蹴にする。


「何だこいつ軽!」


 周りの少年たちもマルクと一緒になってトキを足蹴にし始める。


「ほんとだ! おもしれ!」


「もう、ほんとに、やめてよ……」


 少年たちを止められず、その様子をただ見ているしかなかったアキはとうとう膝から崩れ落ちた。気を失ってもなお踏まれて泥に塗れた惨めな姿を晒すトキを、アキはもう見ていられないと目を閉じた。


「あんたたちバカじゃないの?」


 その声は凛として美しい少女の声だった。


「ああ?」


 その穏やかでない口調に、思わず苛立ちを浮かべ振り返るマルク。しかしその声の主を見るや目の色を変えた。


「ミラ……」


 それは長く波を打つ金髪の美少女だった。その碧眼は力強く、少年たちをも萎縮させた。


「ほんと男ってガキよね。自分より弱いやつをいじめてそれで強くなった気になって。私だったら恥ずかしくて外も歩けないわ」


「んだと……」


 挑発され怒りを顕にするマルクだが、他の少年たちは尻込みしてた。


「お、おい……。あいつはやめとこうぜ……」


「そ、そうだよ……俺らが束になっても勝てるかどうか……」


「ちっ! お前らただで済むと思うなよ」


 今にも飛びかかりそうだったマルクは、後ろの仲間に諌められ、しぶしぶ引き下がった。逃げるようにしてその場を去っていくマルクたち。それほどまでに、金髪の少女は彼らにとって脅威なのか。だが尻込みしていた少年たちも去り際まで横たわるトキを見下し嘲笑うことだけは忘れなかった。

 アキはようやく解放されたトキのもとへと這い寄り、その身体を支えた。


「トキくん……?」


 意識はなく返事をするわけもない。誰も守ってくれる者のいないトキを守れるのは自分だけだったというのにそれができなかったのだ。それができなかった自分を恨めしく思い、殺意すら湧くほどに憎んだ。ただ血を流して、僅かに痙攣するだけのトキを一人で抱え、精神をすり減らし意識が朦朧とする中アキは歩き出した。

 まだ幼さの残る容姿の金髪の少女も、そんなアキを一瞥しその場を去っていった。

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