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02-01 少年は、勝利の女神を跪かせる

 キリーランドはジェリーを肩に乗せたまま、洞窟を出た。


 外は夕暮れに染まっており、雲ひとつない空の陽射しは傾きかけているのにも関わらずかなり強く、暑かった。

 時折吹く乾いた風が、埃っぽい匂いとタンブルウィードを運んでくる。舞い上げられた砂が汗をかいた肌に貼りついて気持ちが悪い。


 それでもカラッと乾燥しているので、オークたちの熱気で蒸していた洞窟内よりは快適だった。


「もうじき陽がなくなりそうですな」


 抉るように差し込んでくるオレンジの光に、まぶしそうに目を細めるキリーランド。


「そうなると、このあたりは一気に寒くなります。空腹でもありましょうから、近くの集落に参りましょうか」


 その声と表情は、長い刑期を終え監獄から出た囚人のようにスッキリしていた。


 肩の上にいるジェリーは特に答えなかったが、彼女は気にする様子もなくノシノシと闊歩をはじめる。


「自分は朝方ここに来たのです。ダルシロワの根城と呼ばれる洞窟の探索をしておったのですが、長い旅をようやく終えることができました」


 洞窟から少し離れた所にある小高い岩まで歩いていくと、鉄杭に繋がれた駄獣がいた。

 飼い主であるキリーランドに劣らぬ大柄で、黒光りするたくましい身体つき。

 体毛と同じ色をした棍棒のような角が目を引いた。


 ジェリーの頭の中で(あっウシだ! ウシダウシ!?)とはしゃぐプルの声と、(ブラックジャックホーンですね)と落ち着いたルクの声が響く。


「馬はオークを嫌うので、やむなく此奴を足がわりにしておりました。しかしなかなかどうして、乗ってみると悪くないものです。いざとなったら食糧にもできますしな、ハッハッハッハッ!」


 かつてオークだった女騎士は上機嫌で、聞かれてもいないことをひたすら喋りながら、肩の上の主人を軽々と持ち上げる。

 鞍の前のほうにジェリーを座らせると、続いて自らも後ろに跨った。


「距離がありますので、少し飛ばしますよ」


 キリーランドはジェリーの腰に左手をまわし、落ちないようにと抱き寄せた後、ごつい籠手が付いたほうの右手で手綱を鳴らし、牛を走り出させた。


(なんかジェリーくん、お姫様みたいだね)


 丁重に、しかし軽々と扱われるジェリーを見て、その左肩に乗っていたプルは半笑いになっていた。


(わたくしは、牧場に遊びに来た幼い子供みたいに見えましたが)


 右肩のルクは笑ってはいなかったが、感想は容赦ない。


(うるせぇよ……それよりも教えろ、ここはなんて所なんだ?)


(ここはねー、えーっと、なんだっけ? ルク)


(クロッソードという国です。空から落ちてくるときにご覧になったかと思いますが、十字の形をしているのが特徴の島国ですね。4つの連合国から構成されていて、十字がそれぞれの4つに領土として分かれています)


(ボクたちが落ちたのはたしか、南のほうだよね)


(はい、南のザンドゥという国です。北はノースウッド、西はアクアティコ、東はホーイエン。十字の中央にはフィフスラーという中立都市があります)


(中立都市があるのか……なかなか刺激的な場所のようだな。よし、まずは今いるザンドゥを手に入れるぞ、首都はどこにある?)


(いまわたくしたちはザンドゥの真ん中あたり、ベルトロワ地方にいます。ずっと北にいけば中立都市フィフスラーですが、同じだけ南に行けばザンドゥの首都バローイです)


(なんかさらっと言ってるけど、ザンドゥを手に入れるって、どーやるの?)


(さあな、それはこれから考える)


(ふぅーん……あっ! 集落が見えてきたよ!)


 荒野の果てに遠い目を向けるプル。


(どこだ?)


 ジェリーは目をすぼめる。ついクセで、睨みつけるような顔になってしまう。

 鬼のような形相をしてまで見つめたものの、依然として地平線が広がっているだけだった。


(……何も見えねぇぞ?)


(あ、プルは五感が鋭いんですよ。視力は電波望遠鏡にも匹敵しますから、遠くのものも良く見えるんです)


 ルクが教えてくれた。ルクは普通の視力のようで、そもそも示された方角を見ようともしていない。

 ジェリーが(もはや視力じゃねぇな……)と呆れていると、プルはご紹介にあずかったとばかりに目の前に飛んできて、エッヘンと胸を張る。


(へへー、すごいでしょ? ほめてくれたら、ジェリーくんにもこのチカラ、分けてあげてもいいよ!)


(……なんだと? 俺も目が良くなるのか?)


(うん! さぁ早く、ほめてほめて!)


 この手のひらサイズの妖精を褒めるだけで視力があがるのであれば、誰も苦労はしないが……本当であるならば、やらない手はない。

 不思議な力を持っていそうなこの天使と悪魔なら、人の視力をあげるくらいのことはやってのけそうだ。


 しかし、ただ単にからかっている可能性もある。

 実は嘘でした、ということになれば褒め損になってしまう。


 例えイタズラだったとしてもたいした実害はないが、プライドが深く傷つく。

 人を騙すことにかけては一流の少年は、騙されることを何よりも嫌った。


 相手が人間であれば細かい仕草を観察することにより見破れるのだが……このコンビはどちらも小悪魔的で、飄々としていて、何を考えているのかさっぱり読み取れない。


 運に任せるのはなんとなくシャクだったが、ジェリーは賭けてみることにした。


(……教えてくれてありがとうよプル、俺には見えないものが見えるなんて、たいしたもんだ。あと、洞窟の中で翼を広げて手助けしてくれてありがとうな。おかげでよりハッタリが効いたよ、感謝してる)


 心をこめて頭の中でつぶやいてみたつもりだったが、プルは両腕を交差させてバッテンを作った。


(言葉だけじゃダーメ! 撫でて撫でて!)


 キスしてほしいみたいに顔を突き出してくる。


(おい、調子に乗るなよ)


(ナデナデしてくれなきゃ、チカラあげなーい!)


 ジェリーは頭に血が昇るのを感じたが、セルフコントロールでなんとか鎮めた。

 ここで下手なことをして決裂してしまったら、それこそ褒め損になってしまう。


(くそっ、ノーチョイスかよ……!)


 プルの頭に右手を置くと、怒りで力を込め過ぎないように、努めてやさしく撫でさすった。


「にへへへへへ」


 手のひらの中から、プルの嬉しそうな笑いが聞こえてくる。


 他人にはルクプルは見えないので、傍目から見るとパントマイムのように何もない空間に手を這わせているだけのように見える。

 いったい何をやっているのかと、背後のキリーランドは不審そうな顔をしていた。


(にへへへ……いいよ! じゃあ特別に教えてあげる! 右手を使って右目を覆って、左目だけで見るようにしてみて!)


(……なに?)


 ジェリーは半信半疑ではあったが、行きがかり上やらないわけにはいかない。

 撫でていたほうの手をあげると、言われるがままに右目に被せてみた。


(……!?)


 途端、ピントをあわせるオートフォーカスのように視界が変化し、世界が鮮明さを増した。

 遥か遠方で、もくもくと煙をあげる木造の小屋と、そこへ入っていく汚れた男たちが、ハッキリと脳内に飛び込んでくる。


「す……すっげ……!」


 まるで脳を覆っていたヴェールが剥がれたように、見えるものすべてがクリアになる。

 ジェリーは驚愕をつい口に出してしまい、すぐに慌ててつぐんだ。


 ふと、道の端に立てかけられていた看板が目に入る。


『ゴルの集落まで2キロン』


(おい、2キロンってのはどのくらいの距離なんだ?)


(そのまま2キロとお考えいただいて差し支えありません)


(へへー、ボクの眼だったら、2キロくらいだったら楽々見えるでしょ?)


(おぉ……2キロ先が見えるだなんて、なんだかマサイ族になったみてぇだ! こいつはすげえっ!!)


 ジェリーは望遠鏡をプレゼントされた子供みたいにいろんな方角を見る。

 急にキョロキョロしだしたので、背後のキリーランドはますます訝しげな顔になった。


 いろいろ試してみた結果、効果が発揮されるのは右手で右目を覆っている時だけというのがわかった。

 左手で覆ったり、手を使わずにウインクするみたいに右目だけ閉じた場合だと、効果は得られない。


 しかし条件つきとはいえ、道具なしでも遠くにあるものが手に取るようにわかる。

 これは大きな武器になる、とジェリーは確信していた。

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