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Helpoort  作者: FA
9/9

エリア・アインス

アインスには以前、住んでいたことがある。

へルヘイム最大の都市にして、全ての始まりの地でもある。

しかし、その景観は驚くほどに無骨で美しさとは無縁の街だ。

殆どの建物がコンクリートと金属で出来ていて、薄い灰色をした建物ばかりが目立っていた。


でも、その首都が戦鬼の襲撃で壊滅し、今、どうなっているのか。



◇◇



 トンネルから首都までは一本の国道でつながっている。立派な広い道がまっすぐに伸びていた。


「不気味だな」


 銃座についているマリーニは戦鬼の姿が何時まで経っても見えないことに疑問を覚える。

 街を出てから一度も戦鬼の姿を見ていない。

 あるのは乗り捨てられた車と、建物のあちこちに付着している人の血だけだ。

 にもかかわらず、死体が一体も転がっていない。

 

 それから1時間ほどして俺たちは首都郊外へと到着した。

 いったん、トラックを国道の脇に停めて望遠鏡をのぞく。

 

(綺麗なものだな)


 レンズに映ったのは高層ビルが立ち並ぶ大きな街だ。

 アルペンハーゲンよりも圧倒的に規模が大きい。

 ところどころに黒煙が上がっているのは何かが燃えているからだろう。

 でも、それだけだ。

 それ以外は何の変哲もない巨大な街。


「本当に何もないな」


 マリアの狙撃銃についたスコープにも戦鬼の影は映らなかった。


「こちらディクタトル大尉だ。間もなく首都に突入する。街では大規模な戦闘が予想される。各員、気を引き締めて戦いに臨め。以上だ」


「「「トーテンコップッ!!」」」


 気合いは十分。

 戦う覚悟もできていた。

 戦鬼との戦闘に意識を集中させる兵士たち。


 自警軍はこの国最大の街に足を踏み入れたのだ。



◇◇



「やはり敵影なし、か」


 と俺はハーフトラックの運転席から周囲を見回しつつ、困惑の表情を浮かべた。


『こちらカシウス。戦鬼の姿が一つも見えないぞ』

『こちらマリア。同じだ。動く物陰一つない』


 アルペンハーゲンよりも多くの高層ビルが林立し、ヘルヘイム最大の人口を抱えていた首都だ。どこよりも多くの化け物で溢れかえっていると誰でも予想する。

 だが、現状は全く逆であり、人型の姿はどこにもない。


(隠れてるのか。それとも)


 生き残った人々を追って行ったのか。

 敵がいないのはありがたいが、逆に一体もいないと不安になる。

 人という生き物はつくづく、我儘にできている。


結局、俺達は敵と一度も遭遇することなく自警軍東部支部に到着した。



◇◇



 自警団の支部、といってもその規模は組織によっては本部に位置づけられるほどの大きさがあった。

 彫刻の施されたコンクリート製の高い壁に、凱旋門を彷彿させるような立派な門。

 その奥に聳える建物は大豪邸を連想させる、洒落っ気がありかつ巨大な建造物だった。


 到着してすぐに兵士たちが降車して周囲の安全を確認する。

 だが、どこを見ても戦鬼の影は無い。

 

 門を開け、玄関前の広い庭へと入るがそこにも敵はいない。

 ハーフトラックを庭に入れ、門を閉じさせる。


「マリーニ、悪いがトラックを見張っていてくれ。何かあれば無線で連絡を」

「了解だ。任せてくれ」


 マリーニは車両と周囲の見張りもかねて残ることになった。


「残りは支部の中を確認するぞ。最初に生存者の有無を確かめるんだ」

「それならお前はまた真ん中にいろ」


 ガイウスがせっかく部隊の指揮を執っているところにカシウスが余計な茶々をいれてくる。だが、銃の扱いが真面にできないガイウスに部隊の先頭は任せられない、という彼の考えも理解できる。

 

 結局、先頭はカシウスが率い、部隊の真ん中にガイウス、殿がマリアといういつも通りの構成になった。

 重武装とまではいかないものの、黒衣の軍服に身を包んだ兵士たちが素早い動きで玄関の前に集結する。

 銃を構えながらカシウスがドアノブに手をかけた。

 周囲の部下たちは開かれた扉から突撃できるよう待機している。



 カチャリ、という音と共に扉が開かれると装甲軍の兵士たちは無言のまま内部へと突入した。

 それに続いてカシウスが入り、ガイウス、マリアの順で支部へと入る。

 そしてそこで彼らはさっそく、見つけてしまった。


「アァ………ァァ……」


 変わり果てた同志たちの姿を。


 支部は玄関を入ってすぐに大きなホールになっていた。

 4階分の高さに相当するだろう天井にまで吹き抜けが続き、二階と三階の回廊も見ることが出来た。


 その広間と回廊に動く死体がいたのだ。

 数は数十人、といったところ。

 ゆらゆら、と煙のように上半身を揺らしながらとぼとぼ歩く戦鬼たち。

 そして深い緑色の軍服、つまり、自警軍だ。

 まだ戦鬼に加わってから日が経っていないのか、走者にも猿者にもなっていなかった。


「どうする、ガイウス」


 カシウスの問いかけに対してガイウスはこう応えるしかなかった。


「殲滅しろ」

「トーテンコップ」

 

 人を殺すことだけに特化した人間兵器たちは機敏に展開し、センキたちを次々と射殺していった。

 広間が終われば次は各部屋だ。

 扉をけ破り、目につく敵を片端から殺しつくしていく。


 化け物の巣であった支部は髑髏の兵士によって瞬く間に浄化されていったのである。


 

◇◇



「終わったか」


 銃声が鳴りやみ、哀れな亡者たちの呻き声も聞こえなくなった。

 広間に隣接していた教会の長椅子に腰かけていた俺は戦いの終焉を感じ取っていた。


「隊長」


 カツっ!と軍靴の踵がそろえられ、挙手する音が聞こえてくる。


「各部屋の制圧作業は無事、完了いたしました」

「そうか。生存者はいたか?」

「いいえ、残念ですが」


 生存者はいなかった。予想はついていたことだが。


「ご苦労だった。死体を処理し、防備を固めろ」

「トーテンコップ」


 部下が去っていく。

 彼の報告では生き残りはいない、という。


「最後の望みは武器庫だけか」


 そこにも生存者がいなければ、暗号の解読は自力で行うしかないだろう。


 支部に来てからずっと握りしめ続けていた手のひらを開くと、そこにはアルカディア軍曹のドッグタグがあった。


「ガイウス」

「マリアか」


 また別の誰かがやってきた、と思ったが声ですぐにマリアだとわかった。


「見つけたか?」

「ああ。兄貴が待ってる」

「よし、行こう」



◇◇



ここまで自分でも恐ろしくなるほど簡単にたどり着けてしまった。

激しい戦闘を予想していたにもかかわらず、今までに交戦したのは支部の中にいた戦鬼だけで、制圧も容易だった。

本当にこれだけなのだろうか。何か裏は無いのだろうか。勘ぐらずにはいられなかった。



◇◇



「よう、来たか」


 と、黒いゲートの前で二人の部下とカシウスがガイウスを待ち構えていた。


「これが武器庫か」


 アインスの自警団支部には非常時に備えて武器や弾薬が保管されている。

 その他にも要人が身を隠すためのセーフハウスや機密文書を隠すための保管庫もあるらしい。

 東支部にあるのは武器庫だけだが、ひょっとしたらその中に例のブツへと繋がる情報が隠されているかもしれない。


 生存者がいない以上、それに賭けるしかなかった。

 

「中にいないとも限らない。一応、準備だけしておけ」


 ゲートの横にある四角いボックス。開けると、そこにはゲートの開閉ボタンがあった。

 カシウス、マリア、そして二人の部下がゲートの前で待機し、開き次第、中に突入する。


「いくぞ」


 俺がボタンを押すと、重工な黒い扉がスライドしていく。


「さあ、ご対面だぜ」


 とカシウスが白い歯をのぞかせた時だった。


「回避しろッ!」


 唐突にその顔が凍り付き、マリアを腕に抱えて真横に富んだ。

 二人の部下も同時に左右へと飛びのいた。

 その直後、ダン、ダン、と銃声が木霊し、黄色い閃光が俺の目の前を通り過ぎていった。


(まさか……)


 生存者がいる。


「お前たちは誰だッ!なぜここに来たッ!」


 その期待に応えるように武器庫の中から声が聞こえてくる。

 でも、その声の主は女だった。予想していたのとは違って。


「撃つなッ!俺の名はガイウス・ディクタトル。シェーラン軍管区の自警軍の大尉だッ!」


 と、まだ顔を出すことなく、壁の影に隠れたまま所属を告げる。


 ここでシェーラン軍管区の名前を出したのは偶然ではなかった。

 彼女がアルカディア軍曹の関係者なら、シェーラン軍管区から直ぐにアルペンハーゲンの名前を連想するはずだ。


「アルペンハーゲン……じゃあ……」


 女の声に僅かだが喜びと安堵が混じりだす。


「アルカディア軍曹がアルペンハーゲンに来たんだ」

「ミハエルが……じゃあ彼は……彼もいっしょなの……?」

「いや。残念だが」

「え……」


 俺はゆっくりと、アルカディア軍曹のドッグタグをぶら下げた手だけを武器庫の入り口から覗かせる。

 すると、女の喉が小さく鳴った。


「そんな……ミハエル……」

「アルカディア軍曹が街にたどり着いた時、既に戦鬼になっていた。我々は彼を……彼を殺して、回収したディスクからここの場所を知ったんだよ」


 俺はそこまで言ってゆっくりと武器庫の入り口に姿を見せる。

 一瞬、マリアは危険だとその俺の背中を鷲掴みにしようとしたが、俺は大丈夫だから、と止まらなかった。


 そして俺は声の主と対面し


「あッ………」


 思わず驚きの声をあげた。


 武器庫の入り口から一直線の先に一人の女性が壁にもたれ掛かり、ぐったりとしていた。

 白に近い紫色のショートヘアに、ブルーの瞳をした20代前半か10代後半と思わしき美しい女性だった。

 アルカディア軍装の遺品にあった、あのペンダントの女性だ。その全身は自警軍の正式装備である深い緑色の軍服に覆われている。


「君がシビルか……」

「どうして……私の名前を……」


 アルカディア軍曹が、愛していると言葉を残した女性。

 それが目と鼻の先にいるシビルという女性兵士。

 彼女は俺の姿を見てもまだ銃を下さず、警戒するような眼差しを向けつづけた。


 でも、俺には確かめなければいけないことがある。


「アルカディア軍曹はメッセージを残していた。繭の場所は始まりの場所に記す、と。俺たちはその繭を求めてここへ来た。もし君が繭の場所を知っているなら教えて欲しい」

「繭……」


 シビルは少しの間、口を閉じた。

 俺たちを信用すべきかどうか考えているかのようだった。

 だが、ここで俺たちをやりあっても彼女に勝ち目は無いし、仮に勝てたとしても生きてアインスからは出られないだろう。


 そのことがわからないほど彼女は愚かではなかった。

 彼女は静かに銃を下ろした。



◇◇



 我々が救出した女性兵士、シビル。シビル・ヘッシェル一等兵は自警軍第23歩兵小隊所属の衛生兵だった。


「マリア、ヘッシェル一等兵を頼む」


 シビルは心身共に衰弱しきっていた。

 部下に担架で彼女を別の部屋に運び、休ませる。その時、いろいろと面倒を見なければならないことも多い。その時は女性が傍にいたほうがいいという俺の判断だった。


「ああ、任せてくれ」


 ひとまず、マリアはシビルと一緒に武器庫を去った。

 とりあえず、これでアルカディア軍曹の大切な人を救うことができた。

 だが、俺は良かったと思う反面、既に次のことを考えていた。


(問題は暗号の意味だ)


 シビルの様子から彼女は何かを知っている。でも、直ぐに明かそうとはしなかった。

 このままだんまりを決め込まれたらこちらも少々、手荒なことをしなければいけなくなる。

 地球軍はもう動き出しているだろうから、あまり時間的な猶予もない。

 おまけに


「武器庫っていうから大量の武器があるかと思ってたんだが、なんだよ、ここ。伽藍洞じゃないか」


 カシウスは空っぽの武器庫を見て肩を落とす。

 中にはシビルが持ち込んだ水や食料以外、何もない。完全な空だ。

 おそらく、アインスが戦鬼に襲撃された時、兵士達が持ち出したんだろう。

 まあ、こちらも一応は武装が整っているから問題ないといえばないのだが。


「カシウス。部隊をまとめておいてくれ。シビルから場所を聞き出し次第、ここを出る」

「ああ、了解だ」


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