メモリー
「そういえば」
目を閉じたまま眠りにもつけず、数時間が経過したとき俺はあることを思いだした。
カシウスから猿者と化したあの兵士から回収したカセットを預かっていた。
部屋には再生機もある。
ベッドから起き上がるとリュックの中からカセットテープを取り出し、さっそく機器の中に挿入する。
テープの内容を読み込んでいく音がきこえ、それが終わると機械からあの兵士のものと思われる声がきこえてきた。
『俺は自警軍所属、ラインラント・アルカディア軍曹。これを俺以外の誰かが聞いているということは、俺がもうこの世にはいない。でも、このディスクはその時のために用意したものだ』
つまり、遺言というわけだ。
だが、何も珍しいことではない。
兵士達は常に遺書を懐に忍ばせている。
また、万が一のことを考えて同僚と遺書を交換し、何かあったときに遺族へ届けてもらうようにすることもある。
技術が発達した結果、遺書が紙からテープへと変わっただけのことだ。
『家族に愛していると伝えてくれ。それからレイヴン将軍に言伝を頼みたい。繭の場所は始まりの場所に記す、とな』
そこで音声は終わった。
「え?」
これだけ?というのが俺の正直な感想だった。
遺言にしてはいくら何でも短すぎるのではないか、と思ったが、死を前にして長々と語る絵図というのも確かに想像しにくい。
俺だって遺書として音声記録を残すとした時、そこまでしっかりとしたものを残すかどうかといえば疑問が残る。
(でも、レイヴン将軍か)
レイヴン将軍は自警軍シューラン軍管区のトップ。つまり、この島の自警軍の頂点に君臨する男だ。エリアアインスが壊滅する前はアインスの自警軍の最高幹部の一人でもあった。
一介の軍曹がその将軍に言伝とはどういうことなのだろうか。
そもそも、この音声記録がいつの物なのかもわからない。
ひょっとしたら、知ってはいけない秘密という奴だろうか。
まあ、今となってはどれだけの価値があるかもわからないがね。
『シビル……愛してる……』
と、唐突に再生機から声が聞こえてきたのはその時だった。
そして、カチ、という音と共にテープが末尾まで巻きとられ、再生が終了される。
「今のは……」
最後の一言は彼が意図せずに録音された言葉だろう。
恋人の名前なのか、妻の名前なのか、子供の名前なのかもわからない。
でも、おそらくは
「彼女の名前か」
俺は遺留品の中にあったペンダントを開き、大切に収められていた写真を見る。
紫色の髪をした美しい子だ。
(とにかく、こいつは明日、自警軍の司令部に届けよう)
遺留品を勝手に持ち帰ったことに対して軽くお叱りを受けるかもしれないが、それは致し方ないことだ。
ディスクを再生機から取り出し、机の引き出しにしまった。
と、その時だった。
コン、コン
と誰かが扉をノックする音が聞こえてくる。
反射的に腰のピストルベルトに手が伸びて、拳銃に手をかけた。
「誰だ?」
扉に声をかけるとすぐに女の子の声で
「俺だ、マリアだ」
「マリア?」
マリアの家も中央区にある。俺の家とはかなり離れてはいるが。
扉ののぞき穴から外を確認し、確かにマリアであることを確認すると鍵を開けた。
「よ、ガイウス。少しは休めたか?」
ニシシ、と相変わらず元気そうに白い歯を覗かせて笑う。
彼女は黒のデニムパンツに黒のロングブーツ。上はブランド物の白のスポーツブラに黒のジャケットを羽織るだけの、俗にいう見せブラをしていた。相変わらず白い腹部は惜しげも無くむき出しである。
「相変わらず眠れてないみたいだな」
疲れの抜け切れていない俺の顔を見上げて、困ったようにマリアが笑う。
「まあ、な。で、何の用だ?」
彼女が一人でここに来るのは珍しかった。
普段はカシウスと必ずセットでやってくるのに。
「おいおい。それが遠くからやってきた奴に言うセリフか?せめて部屋に入れてくれてもいいんじゃないのか?それとも、まさか……」
女でもいるのか?
マリアの顔が不安の色に染まる。
いくらなんでも考えが先行し過ぎだ。
「いや、いない」
とガ俺は即座に否定して扉を広げ、マリアを招き入れる。
「でも、お前が部屋に入ればいることになるな」
といって。
「ふぅ……」
赤毛の少女は安心したように息をつきながら俺の部屋に入った。
「で、どうしたんだ?一人で来るなんて珍しいじゃないか?」
「兄貴はその……そうだな……疲れてたみたいで今日はやめとくって」
「ほう」
俺の視線はマリアの腕に抱えられている紙袋を向いていた。
縦長で、筒状の物が入っていることが何となく予想できた。
「ま、そんなわけでだ」
紙袋を破り、抱えていた物の正体を露わにさせる。それはワインだ。
「俺は正直、地球人が好きじゃない。でも、こいつを最初に造った地球人は好きになれそうだ。そうだろ?」
今のご時世、酒は滅多に手に入らない。無いわけではないのだが、ほとんどは中央区に住む地球人、それも一部の上流階級にしか出回っていない。俺達のようなニューマンの口に入ることはほぼあり得なかった。
自警軍に入隊して都市の防衛に従事しない限りは。
「いただこう。グラスを用意する。適当なところに掛けてくれ」
「わかった」
俺が食器棚に目を向けている間にマリアは適当な場所に腰を下ろした。
ベッドの淵に。
マリアの白い頬はほのかに赤く染まっていた。
「……………」
少しだけ気まずい空気になる。
適当な場所、と言ってベッドに腰掛けられると。
しかも、今から酒を飲むというのに。
(いや、気にするな)
俺は頭から邪念を振り払い、二人分のグラスを用意するとマリアのもとへ戻った。
ベッドに腰かけていることを気にする素振りも見せず、彼女の横へと座ってグラスを差しだした。
「少しぐらい……反応しろっての……バカ……」
ぼそり、ととても小さな声でマリアがぼやくが聞こえないふりをする。
それからマリアは、俺が注いだワインを一気に飲み干した。
◇◇
(会話が続かないな)
ワインの芳醇な味を口の中で楽しみつつ、会話の方が全く進まないことに焦りを覚え始めていた。
普段は弾丸トークのカシウスが場を盛り上げてくれ、それに便乗する形で会話が成り立っていた俺とマリアだが、その仲人がいない今回は殆ど口を開かない。
マリアは喋るようでそれなりの口下手。俺もそこまで喋るタイプではなかった。
だから酒盛りとは思えないほどの沈黙が場を支配するのも当たり前なのかもしれない。
「ふぅ……」
コテン、とマリアが唐突に小さな頭を俺の肩に預けてきた。
頬が真っ赤なのはお酒のせいなのか、それとも。
ぴったりとくっついた彼女の腕から、激しく脈打つ心臓の鼓動が伝わってくる。
青色の眼が濡れ、光を孕んで輝いていた。
それにしても
―シビル……愛してる……―
あの最後の一言が妙に引っかかった。
(シビル……)
聞き覚えのない名前だ。でも、何かが俺の中で尾を引いて、頭から離れてくれない。
そう考え込むあまり俺はマリアの存在を完全に忘れてしまう。
本末転倒とはまさに俺の事だな。
◇◇
(またなんか考えてるな……)
身体をぴったりと寄せているのにガイウスは床の一点を集中した眼差しで見ている。
彼は一つのことに集中しやすいタイプだ。周りが見えなくなるタイプともえいる。
(でも、俺にはガイウスが何を見ているのかはわからない)
ガイウスはいつもどこか遠くを見つめている。彼と同じ物を見ようといくら足掻いても、彼と同じ目線に立つことは叶わなかった。
だからマリアは、ただ、彼の横顔を見守り続けると決めた。
彼の示す道を信じて進み続けると誓った。
(だから、何かするって決めたらちゃんと言えよ)
それまではただ、待ち続ける。
マリアは込み上げてきた睡魔に身を委ね、ガイウスに身体を寄せながらゆっくりと瞼を閉じていった。
個人的に俺っ娘、僕っ娘が大好きです。
可愛い女の子が男口調で話すそのギャップがたまらない。
見た目が可愛い女の子がただ男口調で喋ってくれるだけでいいです。
あと、双子も個人的に大好きです。双子で顔立ちは似てるんだけど性格が違っていたりするのがまたギャップで可愛い。