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Helpoort  作者: FA
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アルペンハーゲン

ヘルランドにおける入植活動は地球政府が建設した9つの基地によって始まった。


建設された順番から、《アインス》、《ツヴァイ》、《ドライ》、《フィア》、《フュンフ》、《ゼクス》、《ズィーベン》、《アハト》、《ノイン》という名前が与えられ、後にその名のままヘルヘイム9大エリアと呼ばれるようになった。


 この中でも最初に建設された《アインス》は、人口2000万人を抱えるヘルヘイム最大のコミュニティーとなり都市部は《首都》と定められた。

 アインスはヘルランドにおけるニューマンコミュニティーの中枢として長年、機能し続けた。


だが1年前、反ニューマン思想を掲げる過激派のテロによって都市の防衛システムが破壊され、なだれ込んできた戦鬼の襲撃を受けて壊滅する。

《血の日曜日事件(ブラッディ―・サンデイ)》と呼ばれる史上最悪のテロ災害だ。

一日で半数にあたる1000万人が犠牲となり、その後も被害は拡大をつづけた。


しかし、アインスのエリア内にただ一か所だけ難を免れた場所があった。

《血海》と呼ばれる深紅の海に浮かぶシェーラン島だ。

人口はおよそ200万。島にはヘルランドでも有数の貿易都市アルペンハーゲンがあった。

シェーラン島の北部には赤い巨柱、地球へと通じる門、Helpoortがあり、アルペンハーゲンは地球とアインスエリアとの交易の窓口として栄えていた。


 そのアルペンハーゲンと大陸は地下トンネルによって繋がっており、輸入品や輸出品はそのトンネルを通って、大陸と島にそれぞれ送られていた。トンネルだけが島と大陸を直接行き来できる唯一の手段だったのだ。


アインスが戦鬼の襲撃にあったとき、大勢の民衆がシェーラン島に押し寄せてきた。

島は都市部から近く、海に囲まれているため戦鬼の襲撃を受けにくい場所であった。

当時の島の行政府は逃げ延びてきた民衆の多くを受け入れた。その結果、島内の人口が急激に増加することになる。


300万人は収容可能と言われていた島に800万人にも及ぶ人々が助けを求めてやってきたのだ。人口は1000万人を突破し、島のキャパシティーを大幅に超えてしまった。

そして増えすぎた避難民への対応策を練り終わる前に地球軍がヘルヘイムに進駐を開始。

シェーラン島およびアルペンハーゲンは地球軍の占領下となった。


そして島には地球側の傀儡政権が置かれ、地球政府によるヘルランド監視の拠点となった。

当然、増えすぎた人口問題については先送りされた。


その間に大勢のヘルマン人が飢餓や悪化した衛生環境によって死亡し、島内には死体の腐臭が漂うようになる。

だが、傀儡政権も地球政府もこの人口問題を解決するだけの政治的な指導力を持ち合わせていなかった。



◇◇



「街に戻るのは久しぶりだな」


俺は窓の外に見えてきた巨大な三角形状の建造物を見上げた。

その建造物の名はアルペンハーゲン要塞。

島の中央に位置し、島の全てを取り仕切る中枢だ。現在は地球軍の占領下ということもあり、地球軍のヘルランドにおける最高司令部が置かれていた。俺達、ヘルランド自警軍の司令部も要塞にある。


そして、要塞の巨躯をもってしても覆い切れない巨大な光の柱。

赤々とした禍々しい煌めきを放ちつつ、血海から空にかけて一直線に伸びるそれこそがHelpoort。全ての始まりの根源だ。



トンネルの出口から街の入り口までは地球軍が運行するバスがあった。

バスはトンネルの警備を担当する者と街へ戻る者を入れ替えるために存在する。

今までは地球軍の兵士だけを乗せ、街とトンネルを往復し続けていたが、今日は久しぶりに自警の兵士たちを乗せていた。


「すぅ……すぅ……」


真横から心地よさそうな寝息が聞こえ、視線を向ける。

すると、赤い髪をした少女が俺の肩に小さな頭を預けながら眠りについていた。

マリアだ。

 

「悪いな、ガイウス」


後ろの席からひょっこりと顔を覗かせたカシウスがすやすやと眠りについている妹を見る。


「お前だって疲れてるのに、マリアのやつ」

「いや、いいんだ」


マリアの小さな頭の重みはどこか心地よかった。

安心して眠りに就いているその顔を見ていると心が和んだ。

普段は勝ち気で、男勝りなマリアが眠っている時だけは可憐な少女としての顔を覗かせる。

本当に可愛い女の子だった。



◇◇



バスはアルペンハーゲンの郊外に到着し、乗せていた自警軍の兵士たちを降ろした。

兵士たちはこれから各々の居場所へと帰って行く。

家族のところ、恋人のところ、友人のところ。中には居場所のないような者もいる。

でも、少なくともトンネルの向こうに比べればはるかにましな世界が彼らを待っていた。


俺はカシウスとマリアと別れ、帰るべき場所へと歩み始めた。

そこで俺を待つ者は誰もいないのだが。


 

 

アルペンハーゲンは多くの病根を抱えていた。

島内では慢性的な食糧不足に悩まされ、食糧不足は飢餓と貧困を生み、餓死した死体が溢れたことで衛生環境が悪化した。後はそのスパイラルがどこまでも続いていく。

島の中央から離れれば離れるほどその傾向は顕著だった。

 

バスが兵士たちを降ろしたのは街の入り口。

つまり、中央からは遠く離れた場所だ。

俺が足を踏み入れた場所は人が生きる生存圏の中でも最も生活水準の低い地域ということだ。



街に入るとそこは一種のスラムになっており、廃材をかき集めて造られた掘っ立て小屋が並んでいる。そこに住む者たちは揃って悲惨な生活を強いられていた。


「我々に住む場所を与えろッ!!」

「我々に食料を与えろッ!!」

「我々に生きる権利を与えろッ!!」


スラムの広場に集まった人たちが遠方に見えるアルペンハーゲン要塞に向かって声をあげている。

その服装はみすぼらしく、汚れていて、真面な生活を送れていないことがわかる。

でも、彼等がいくら声をあげたところで何も変わらないし、何も変えられない。


ダダダダダッ!!


と、張り裂けるような銃声が鳴り響き、声を上げていた人々が将棋倒しに倒れていく。


「地球軍だッ!」

「逃げろッ!地球軍が来たぞッ!」

 

 広場に地球軍が突入してきて、デモ隊に向かって銃撃を浴びせかける。

 武器を持たない人々は一方的に殺されていくだけだ。


 一人、また一人と銃弾に倒れ、倒れたところをまた撃たれた。

 地球軍はニューマンを撃つとき、倒れた後にもう一度、頭を撃つ。確実に殺すためだ。まるで化け物を殺すかのように。


 人々のみすぼらしい家を破壊しながら装甲車が広場に侵入してきて、あっという間にデモ隊は制圧された。

 そして素直に投降した人々を壁の前に並ばせて、射殺していく。見せしめだ。

 

 俺はそれをただ遠くから見ている事しか出来ない。





スラムを抜けると、そこからは島の中央区になる。

中央区にはアルペンハーゲン要塞があるほか、各種の重要拠点が設置されている。

そしてここから、ようやく一般的な人たちの居住区に入る。


普通の服装をした人たちが、普通の暮らしを送り、普通に生きている。

公園には小さな子供たちが集まり、戯れあい、母親同士はベンチに腰を下ろしながら楽しげに会話をしている。


しかし、この中の殆どが地球人だ。地球軍の兵士の家族が大半だろう。

中央区に入れるニューマンは極めて数が少ない。


その中の1人に、あの男がいた。


アルペンハーゲンの代表にして、傀儡政権のトップに君臨する男。

もとはエリアアインスの財務大臣として権勢をふるい、アインスが壊滅して地球軍が進駐してくると金と人脈の力を屈指して傀儡政権を掌握した、ヘルランド最大の裏切り者。

少なくとも世間ではそう言われている。


ヴィルヘルム・フォン・アーハイム。彼はアルペンハーゲン要塞の最上階に住んでいた。



◇◇



アルペンハーゲン要塞の最上階は島の最高権力者であるアーハイム代表の住居であると同時に、オフィスでもあった。


そのオフィスで今、会議が開かれている。

細長い円卓状のテーブルに5人が着き、1人はガラス張りの壁際に立って夜の街を見下ろしている。

 壁際に立つのは、白髪頭に同色の口髭、青い眼をした初老の男で、皺ひとつない紺色のスーツに身を包んでいる。

 彼こそがアーハイム代表、その人である。

 

一方のテーブルについている5人は軍人だった。

地球軍の将官4人に、自警軍の将官1人。

その中にあのジャッカル大将がいた。

彼はヘルランドに進駐している地球軍の司令官であった。

 

「ジャッカル長官、君はこの島の状況をわかっていっているのかね?」

 

スーツ姿の初老の男、アーハイム代表はジャッカルに尋ねる。


「無論です。それに、この要請は地球政府から出された物であることをご理解ください」

「島では大勢の人々が餓え、病になっても治療すら受けられない状態だ。それなのに、間もなくやってくる地球軍の増援のために食糧や医薬品を供出せよ、とは無茶もいいところだ」


アーハイム代表は地球政府から突き付けられてくる無理難題に嘆息する。

しかし、地球側の人間であるジャッカルからすればニューマンがどれだけ困窮しようともどうでもいい話だった。


「代表、今回の食糧と医薬品の供出は《あれ》を失ったことに対する補償とご理解ください」

「補償、か。あれの輸送は君たち、地球軍の管轄だった筈だ。君たちの失敗の責めを我々が負わなければならんとはな」

「代表、貴方は島の新政府の首長だ。失敗の責は常に最高責任者が負うものと決まっております」

「なるほど。都合のいい時だけ指揮官というわけか」

「もし今の御立場がお気に召さないのであればいつでも仰って下さい。貴方の代わりはいくらでもいるのですから」


ジャッカルは立ち上がり、部下の将官たちに、行くぞ、と声をかける。

だが、彼等を漆黒の深い緑色の軍服に身を包んだ将官が呼び止める。


「ジャッカル長官。地球軍は《あれ》の奪還作戦を行うつもりですかな?」


そう問いかけたのは、ジャッカルに負けず劣らず、屈強そうな顔立ちをした男だった。

不健康そうな蒼白い肌に、角刈りにされた白髪、顔にはいくつもの傷があり、赤い眼の瞳孔は獣のようにとがっていた。


「レイヴン将軍、貴方にそれを教えて何の意味がある?」

「なに、単純な興味の問題だ。地球軍が、いや地球政府がそこまで必死になって持ち帰えろうとする物が何なのか。興味が尽きない」

「なら、貴方のその好奇心が満たされることは無い、とだけ答えておこう。では、失礼」

 

ジャッカルは敬礼をすると部屋を出て行った。

それに続き、地球軍の将官が退出した。

残ったのはアーハイム代表と、レイヴンと呼ばれた自警軍の将軍だけだ。


「ジャッカルめ。白々しい物言いを」


ジャッカルが消えて早々に、レイヴン将軍が厳つい顔をしかめて毒づいた。


「近頃は地球側からの要求も厳しさを増すばかり。奴らからすれば我々はどうなってもいい、使い捨ての駒といったところだろうか」


やれやれ、とアーハイム代表が白い髭を撫でる。

しかし、老齢なその顔は何やら思惑のようなものがあることを匂わせる。


「あの様子だと奪還作戦は近いな」

「代表、いかがなさいますか?」

「秘密裏に動くぐらいなら、今がちょうどいいだろう。地球は今、派閥争いに盛んだ。我々のことなど気にも止めんよ」


地球が戦鬼によって荒廃の一途をたどっている中、政府内部では幾度も政変が起こっていた。人間は呑気にも権力闘争に明け暮れていたのだ。


そして今、地球政府は二つの大きな勢力によって牛耳られている。

《ボルボン派》と《シュトゥルム派》の二大派閥だ。

 

両派閥にはこれといった目標や志があるわけではない。

どちらも地球での実権を握るために、互いに足を引っ張り合っているだけの連中だった。

ただ、二つの派閥はヘルランドとニューマンに対する考え方に大きな違いがあった。


《ボルボン派》は反ニューマン。ニューマンを忌むべき存在と考え、戦鬼と同じ危険な地球外生物と位置づけて排除しようと考えている一派だった。

一方の《シュトゥルム派》は親ニューマン。ニューマンと良好な関係を築こうと考えている一派だった。


《ボルボン派》の上層部には当然のことながらニューマンはいない。また、両親が地球人でもヘルヘイムで産まれた者は派閥に入ることが許されなかった。ボルボン派が主張するのは、汚染を受けていない、生粋の地球人たちで構成される世界だった。

両親が地球人でもヘルヘイムで産まれればその穢れを受けてしまい、もはや地球人ではない、というのが彼等の考えだ。

ちなみに、アルペンハーゲンの地球軍の司令官であるジャッカルは《ボルボン派》に属する軍人であり、その思想を信奉していた。


一方の《シュトゥルム派》の上層部にはニューマンが数は少ないものの名を連ねている。しかし、彼等が生粋のニューマンかというと実はそうではない。彼らの多くは地球へと移住した帰還民であり、巷で呼ばれるところの《亡国人》だった。ガイウスと共にトンネルを防衛したハンザ少尉などとの同類に当たる。


「そろそろ考えねばならん時期が来たのやもしれんな」

「シュトゥルム派からの提案に乗るおつもりですか?」

「向こうからは親善の証として大使を一人、送りたいと言ってきた。彼の両親は地球へと移り住んだ帰還民だそうだ。そして彼は地球で成功を収めてひと財産を築いている」

「ということは、商人ですか」

「実業家、というのだよ。だが、今はそれよりも別の問題がある」

「《あれ》ですか」

「そうだ。君が送った部隊は任務をしくじった。《出来損ない》を使うからこんなことになるんだ」

「申し訳ございません、代表。ですが、よろしいのですか?もしあいつらまで任務をしくじれば我々は破滅です」

「どのみち、同じさ。《あれ》がボルボン派の手に渡ればシュトゥルム派は負ける。そうなれば地球軍がヘルランドに大挙して押し寄せ、新人類である我々は皆殺しにされる」


 とにかく、ボルボン派の息のかかったジャッカルよりも先に《あれ》を手に入れなければならなかった。


「ガイウス・ディクタトル大尉。彼の正体はまだ地球軍に知られていないな?」

「はい。彼には力の使用を禁じておりますので、正体に気づいている者は誰もおりません。しかし、もし彼の姿を見られたら」

「即アウトか。そういえば、彼の部隊にはツインズの双子もいたな」

「はい、カシウスにマリア。どちらも強力な力の持ち主です」


 ガイウス、カシウス、マリア。彼らの素性を知る者はいまとなっては数少ない。

 彼らの過去を記した資料は血の日曜日事件の時に失われた。彼らに携わっていた多くの者達と共に。

 

「ガイウス・ディクタトルを呼べ。危険を冒してまで飼ってきた《猟犬》を使う時が来た。地球軍が御所を大事に守っていた《あれ》が何なのか、我々は知らねばならない」

「かしこまりました、代表」



◇◇



俺の住居は中央区にあった。

アルペンハーゲン要塞の傍に立つ高層ビルの一つ、その中の一室が俺の家だった。

自警軍も他のニューマンからしてみれば地球軍の犬だ。その犬の隊長である俺は中央区に住む権利がある、というわけだ。


もともとは高級ホテルであっただけに部屋の間取りはひろく、家具や調度品はブランド物がそろっている。


「ふぅ……」


疲れた、と部屋の鍵を机の上にほっぽり、乱雑に服を脱ぎ捨てる。

そのまま部屋のバスルームへと入ると、熱いシャワーで体に纏った汗と疲労を洗い流していく。


(また1人、失ったな)


戦いが起こるたびに必ずといっていいほど誰かを失う。

馴染みのある顔が次々と消えてしまう。


昔、自警軍の士官学校を卒業して、新任の少尉として着任した時だった。

先任の上官から言われたことがある。

戦いが起これば部下の誰かが必ず死ぬ。最初は辛いだろうが、いずれは慣れる、と。


でも、いまだに慣れない。

 

(俺が戦えれば)


でも、戦えない。

銃の腕が壊滅的に下手だから戦えないわけじゃない。

もう少し別の理由が俺にはあった。


「出よう」

 

ある程度、体が温まったから俺はシャワーの栓を閉めてバスルームを出る。

ラフな普段着に着替えると、そのままベッドに寝転がった。

だが直ぐに眠りに就くことはできない。

いつ、どこから、死が襲い掛かってくるともわからないからだ。

 

中央区に住む地球人たちはもう長いこと、危機に曝されていない。

だから安心して夜もぐっすりと眠れるし、子供だけで公園に遊びに行かせることもできる。

死と隣り合わせで戦っている俺達からすれば信じられないことだが。


「アルペンハーゲンの街、か」


それは不安定なバランスの上に成り立つ、いびつなユートピアだった。


あまりいいことではないかもしれませんが、差別や迫害によって憎しみが高まっていく描写は好きです。

筆者の性格がゆがんでいるだけかもしれませんが、そういったタブーに近い話題ほど強いメッセージ性を感じてしまいます。

憎しみの果てに狂気へと落ちていく人々という描写は個人的に最高のシチュエーションだと思っています。

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