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Helpoort  作者: FA
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髑髏の兵団 Part3

「「襲撃だッ!」」


 という叫び声を聞き、俺は目を見開いた。

 知らず知らずのうちにうたた寝をしていたらしい。

 

「ようやく起きたか、寝坊助大尉」

「まったく、呑気な奴だぜ。あの爆音が聞こえなかったのかよ」


 顔を上げると、既に準備を整え終えていた双子が俺の前に立っていた。

 カシウスとマリアだ。

 

 カシウスはライフルを肩に担ぎながら


「敵襲だぜ、大尉殿。大陸側のゲートが突破されて戦鬼がこっちへ向かってる」

「やれやれだ。ゲート前の地球軍は何をしていたのやら」


 俺は慌てる様子もなく立ち上がり、尻を払う。

 それから直ぐに銃声が聞こえてきた。


「早くもご到着か。さっきの爆音から今の銃声までの時間を考えると、走行タイプのセンキ、《走者》といったところか」

「爆音が聞こえたんならさっさと起きろってのッ!」


 バコッ!とマリアに尻を蹴り上げられた。

 よく見てみれば、部下たちは全員、戦支度を終えていた。

 指揮官が一番、ゆっくりしているなど軍隊ではまず考えられないことだろう。

 でも、俺はこういう性格の指揮官だった。


 それに、走者の襲撃程度でうろたえるのは地球軍の役目だ。


 

◇◇



 暗がりのトンネルを疾走する無数の影があった。

 【走者】、それは名前から分かるように走るセンキだ。血のにじむような赤い肌に、内側からの高熱に肌が爛れ、筋肉がむき出しになり、血と膿を体のあちこちから滴らせている。

 その姿が人と酷似しているのは、彼らがもともと人であったからだ。


 何らかの形でセンキウィルスが死体へと入り込み、センキとして蘇った姿の一つ。

 人だったころの意志や記憶は一切、持たず、本能的な欲求に突き動かされて動く化け物だ。


 センキの中でも動きが俊敏であり、群れで行動する習性を持つため厄介極まりない。

 万が一、壁を突破されれば島は瞬く間に地獄と化す。

 

 故に兵士たちは必死だった。


「撃てッ!撃ちまくれッ!」

「絶対に突破させるなッ!」

「ここで食い止めるんだッ!」


 防壁の上に陣取る地球軍の兵士たちは猛スピードで接近してくる走者達に向かって発砲した。小銃の銃口から7.62mm弾の弾頭がライフリングによる回転と共に射出され、空気を引き裂きながら化け物共の身体に直撃する。

 走者の血と肉が飛び散り、弾はその体を貫通した。命中個所は胸部。人間であれば即死するはずの個所だ。だが死なない。そればかりか怯むことなく疾走を続けていた。


「くそ、効かないかッ!」

「それでもぶち込むんだよッ!どこでもいいからありったけの弾をぶち込めッ!」


 通常弾ではセンキに効果はない。

 物理的に肉体を破壊するまで撃ちこまなければセンキは死なない。


 

 コンクリートの壁の上にずらりと並んだ小銃が眩い閃光と共に火を噴きつづける。

 適当に撃っても走者に弾が命中するぐらい、トンネルの中を大量の走者が疾走していた。

 百人程度の銃撃では捌き切れない。

 走者達は銃撃をものともせずに壁へと到達し、上へ登ろうと壁に張り付く。

 だが垂直に伸びたコンクリート製の壁を登れるはずも無い。

 飛びつき、無理やりにしがみつこうとし、爪が剥がれ、皮膚が破け、血肉を滴らせてでも登ろうとするが上手くいかない。


「くそッ!この醜い化け物共めッ!」

「くたばれッ!くたばっちまえッ!」


 壁の真下でうごめく歪な者達に向かって銃弾の雨を浴びせかける。

 直角に降り注ぐ弾丸を浴びてようやく走者達が死に絶え始めた。

 が、それがいいことかといえばそうでもない。


「ウアァァァァッ!!」


奇声を上げながら疾走してきた走者が死に絶えた走者を踏み台にして飛び上がったのだ。

壁の上にたどり着くにはまだ高さが足りないが、それでも壁の中腹までの高さまで飛び上がった。それもよほどの勢いだったらしく、壁との激突によって走者の四肢がバラバラに千切れとんだ。

そしてまた屍の踏み台が追加される。


そこから悪夢が始まった。

一匹がそれを始めると、他の走者たちが真似を始めたのだ。

コンクリートの壁に向かって飛び上がり、激突し、バラバラに千切れ、屍の踏み台を量産していく。当然、一匹が死ぬごとに奴らの到達する高さは微量だが増えていく。

逆に言ってしまえば、ある一定時間が経過したとき走者は壁の上に手が届くということだ。


「こいつら、仲間の死骸をッ!」

「壁の真下にいる奴らはいいッ!走ってくる奴らを狙えッ!」

「壁を越えられたら島は終わりだぞッ!」



その頃、指揮官のハンザ少尉は地球軍司令部と連絡を取っていた。


「はい、走者の大群です。我らだけでは防ぎきるのは困難かと。至急、援軍を」

 

奴らは壁を超えるために仲間の死骸を利用し始めている。いずれは壁に走者が達して乗り越えてくるだろう。そうなる前に、圧倒的な火力をもって奴らを制圧するしか方法は無かった。


しかし、ハンザ少尉が受けた命令は予想に反するものだった。

 

「え、援軍を送れない。それはどういうことですかッ!」


返ってきた答えは、非情とも、しかしこの状況において最も適切といえる判断だった。

既に大陸側のゲートは陥落し、大量の戦鬼がトンネル内に攻め寄せている。

今、援軍を送っても防ぎきれるかどうかはわからない。

それよりも、ゲートを閉ざして立て籠もり、走者がトンネルより去った後、再び大陸側のゲートを確保する。

それが最も犠牲の少なく済む作戦だった。


そのために、地球軍の歩兵部隊百二十余名は切り捨てる。

それが司令部の下した決定だった。


「どうやら見捨てられたようだな」


と、慰めるような言葉をかけながらガイウスが近づいてくる。

彼の後ろには戦支度を終えた兵士と士官、合わせて百名程が控えていた。


「ええ、そのようです」


対するハンザはあまり動揺する様子はない。

死が実感を帯びてやってきたことが逆に彼を冷静にさせたのかもしれないし、最初から死を恐れていないという可能性もある。それは当の本人にしかわからないことなのだが、少なくともガイウスらが纏っている雰囲気と似たものはあった。

彼らもこの状況に全く恐怖を抱いていない。


「生きて島に入るには走者をせん滅するしかないようです」


(といっても、どうすればいい)


ハンザは考えを凝らすがいいアイディアが浮かんでくるはずも無かった。

 トンネルの中は走者で溢れている。

 壁のおかげで今は持ちこたえられているが、奴らは数に物を言わせてよじ登ってくる。

 地球軍百二十余名、ガイウス指揮下の部隊は百余名。とてもではないが防ぎきれない。


「そのための俺達だ。少尉、壁の防衛は任せたぞ」

「え、何をされるおつもりですか?」

「トンネルの脇に通る緊急用の通路から奴らの側面に回り込む。それまでは何としても壁を守り抜け」

「しかし、大尉。通路の出入り口に壁はおろかバリケードもありません。一体、どうやって奴らと戦うつもりですか?」

「そこはご心配なく」

 

ガイウスはいたって平然としていた。

でも、そこがやはり地球軍と彼らの違いだと痛感させられる。

彼らは髑髏のエンブレムを胸に抱く者たち。


問題は、本当にそれで奴らに勝てるかどうかということだ。


「わかりました。ここはお任せください。くれぐれもお気をつけて」

「そちらこそ」


二人は簡単な敬礼を交わして別れた。


「敵の側面を突く。ついてこい」

「地球軍ッ!壁をなんとしても死守しろッ!」


二つの軍の指揮官がそれぞれに下知を飛ばし、生き残りをかけた兵士たちは一切の疑問を抱くことなく命令に従った。




俺たちが向かったのは、トンネルには必ず設置されている緊急避難用の通路に繋がる扉だった。そこから走者の側面まで移動して打って出るつもりなのだ。

普段は開かずの場所であるため通路に戦鬼がいる可能性は低い。だが、万が一という可能性もある。

慎重に行こうと俺は扉のノブに手を触れかけるが


「ガイウス、お前は下がってろ」


前にカシウスが割り込んできた。


「お前は射撃が致命的に下手くそだ。部隊の中央にいて指揮だけしてろ。前にいられても邪魔なだけだ」


中尉が大尉に向かって言っていい言葉ではなかったがガイウスは気にも留めない。

カシウスの言っていることは正論であり、彼の言った通りにガイウスは部隊の中央へと移動する。


「マリア、お前は前衛に上がれ。俺と先頭だ」

「はぁ?くそ兄貴と前衛かよ」


マリアは不満ありげに舌打ちをするが素直に双子の兄の横にならび、狙撃銃を構える。

ガイウスの部隊は色々とおかしいところがおおい。

部下が上官に命令したり、士官が前衛を務めたり、地球軍では考えられないことだ。


ともあれ、今はそのことに疑問を挟む時ではない。

カシウスがゆっくりと緊急避難通路へとつながる扉を開け、マリアが無音で中に入る。それにカシウスと兵士が続いて最後に俺が入った。



「通路の中にまでは入ってきてないな」

 

スコープを覗きつつマリアが戦鬼の姿を視認でいないことを報告する。

彼女の狙撃銃のスコープに暗がりを視認できる特別な装備があるわけではない。だが、彼女の青い眼には通路の向こうまでの様子が昼間のように鮮明に映っていた。


「よし、進もう」


と、部隊の後ろから俺が指示をだし、カシウス、マリアの双子ペアが先頭を進んだ。

コンクリートの壁の向こうからは化け物の奇声と銃声が絶え間なく聞こえてくる。

壁から離れれば離れるほど化け物の奇声の方が大きくなり、走者がひしめているのがわかる。

その一方で銃声が遠くなり、俺たちは味方の援護を得られる範囲からも抜けつつあることを知る。地球軍に掩護するだけの余裕があればの話だが。


「どこまで進むつもりだ、ガイウス」


先頭を行くカシウスが部隊の中ほどにいる俺に小声で尋ねた。

あまり大きな声を出せば壁の向こうの奴らに気づかれかねない。


「地球軍の銃弾に撃たれないまでだ。下手くその撃った弾で死ぬなんて御免だろ?」


その言葉に小さな笑いが起こる。

走者にそれを聞かれなかったのが唯一の救いだ。


それから更に通路を進み、地球軍の弾丸が届かない位置まで来た。

扉の向こうから聞こええる化け物共の声も先ほどと比べて小さくなった。

どうやら、群れの末尾へとたどり着いたらしい。


とはいっても、無数の化け物がいることには変わりない。

今からそこへ打って出るなど自殺行為にも等しい。

まっとうな神経の持ち主なら拒否して逃げ出していただろう。

だが、彼の兵士たちは平然とした顔をしている。

 

「我々はこれより敵中に打って出る。同時に発行信号を壁の地球軍に送り、戦い方というものを教えてやれ」


俺の言葉に部下たちは小さな声でトーテンコップ、と返答した。


ここにいる誰もが恐怖を抱いていない。

ただ意味も無く死ぬのは怖いが、戦いで死ぬのであれば恐ろしくはなかった。

そう訓練されてきたからだ。

そして彼らはある行為をするとスイッチが切り替わる。

人から、人を殺すための機械になるスイッチが。

それもまた、地球人類と俺たちとの違いなのかもしれないな。


「全員、《鉄仮面》を装着しろ」


俺の命令と共に、兵士たちは表情の無い鉄仮面を取り出した。

本当に顔の形状に合わせて曲線を描いただけの仮面。視界を確保するための目元の穴が空いているが、その奥にがぎらぎらとした《赤い光》が灯っていた。まるで《戦鬼》のように。


兵士たちは鉄仮面を装着すると、再び銃を構える。

だが、グリップを握りしめる力がいくばくか強まった気がした。

そして部隊は異様なまでの静寂に包まれる。

ガイウスもカシウスも鉄仮面を装着しており、でも、一言も言葉を発しない。


言い様の無い重々しい空気が場を支配した。



その時、俺が手刀を首筋に添え、真横に引いた。

それは首元をナイフで引き裂くときを表現したかのようなジェスチャー。


それは、殺せ、というただそれだけの意味を持ったハンドサインだった。

 

大きな音と共に扉が開かれ、鉄仮面を纏いし髑髏の兵団が出撃する。



◇◇



「おいッ!あれを見ろッ!


壁の上で戦っていた地球軍の兵士たちは走者の群れの末端で起こった出来事に気づいた。


「トンネルの非常通路から人が……」

「あれは髑髏の連中かッ?!」

「あんなところで何してんだッ!」


 髑髏の兵士達が群れの末尾へと打って出て、横一列に展開していた。

走者達は地球軍の方に気を取られており直ぐにはその存在に気づかなかったが展開するときの足音で末尾の走者達は次々と振り返る。


その時、宙を小さな飛翔体が舞った。

丸い筒のような形をした金属製のそれは、カラン、カランと音を立てて群れの中へと落下する。

そして、空気を引き裂くような轟音と共に次々と爆発する。

手榴弾だ。


走者は戦鬼になっても脆さは人の時と変わらない。燃え上がった熱量と強烈な爆風に肉体が焼け焦げ、四肢がバラバラに引きちぎれる。

背後を突かれ、手榴弾による奇襲を受けた走者達が少しだけ浮足立ったように見えた。


彼らに感情というものがあるのかないのかは別にしろ、それで戦いの風向きが僅かだが変わったようにも感じられる。



そこから突撃が始まった。

だが、そのやり方は闇雲な突撃とは違い、高度に組織化された戦いによって行われた。


一列に並ぶ兵士たちだがその役目には大きく分けて二つある。

兵士たちの半分は走者の足を集中的に攻撃した。

彼らの脅威は速度であり、それを生み出すのは足だ。

足の中でも極端に細くなる足首を狙って銃撃し、転倒させていく。

 

残りの兵士たちは倒れた走者を銃撃した。

狙うのは奴らの心臓だ。


だが、通常弾ではセンキに通用しない。

それは地球軍が身を持って知っていた。

その筈だったが……。


彼らの放った弾丸はセンキの肉体を簡単に貫き、撃ち抜かれた胸部に大きな風穴がある。

走者は苦しげなうめき声をあげながら絶命した。


「あれは《ヘルニウム弾》か」


とその光景を見ていた地球軍の兵士のうちの誰かが呟いた。


ヘルニウム弾とは、ヘルヘイムで産出される特殊金属ヘルニウムから造った弾丸だ。センキに対して絶大な効果を発揮する今のところ唯一の金属。髑髏の兵団はそのヘルニウム弾を常時、装備していた。


 髑髏の兵士達は訓練された動きで走者たちを狩っていく。

 いつしか走者達は壁の上の地球軍のことなど忘れ、髑髏の兵団に向かって駆けだしていた。


「凄い……」

「敵の中に飛び込んでいくなんて……」


まっとうな神経では到底、できない。

少なくとも自分たちにはできない。


だが、いくら彼らといえども走者の数が多すぎる。捌ききるのは無理だ。


と、その時、遠くからピカピカと光が見えた。

発行信号だ。


―ノロマドモ サッサト カベカラ オリテ タタカエ―


ちなみに、発行信号を送っていたのは赤毛の女兵士だった。


「俺たちに同じことをしろっていうのか……」

「そんな無茶な……」


だが、そこでハンザの怒号が飛んだ。


「何をしているんだッ!彼らが壁の外で果敢に戦っているのに、我々は壁の上で震えているだけのつもりかッ!総員、壁を降りて戦えッ!突撃だッ!」


ハンザ少尉は自らが銃を手に取り、壁から一人で飛び降りてしまう。

着地点には走者の死骸が積み上がっており、ぐちゃり、という嫌な感触がしたが、それだけだ。むしろ、まだそれを心地悪いと感じられるだけ幸せというもの。なぜなら、まだ生きているから。


「従いたい者だけ私に続けッ!」


ハンザ少尉は振り返ることなく走者達の背後を突きにいく。

その姿に今まで恐怖に震えていた地球軍の兵士たちの顔に生気が溢れ始めた。


「ちくしょうッ!」

「やってやるッ!」

「ニューマンにできて俺たちにできない筈はないッ!」


兵士たちが次から次へと壁から飛び降り、走者達に背後から銃撃を浴びせかける。

それで走者達は背後の地球軍にも気づき、駆け寄ってくる。


「来るぞッ!隊列を崩さず、冷静に戦えッ!」


髑髏の兵団と同じようにできるかはわからない。

でも、やるしかなかった。


「撃ち方、はじめッ!」


狭く、真暗なトンネルの中で、兵士たちの生き残りをかけた戦いが始まった。



◇◇



戦闘が始まってからどれぐらいが経過しただろうか。

人によって時の感じ方は様々だが、ほとんどの兵士たちには長く感じただろう。


髑髏の兵士たちは殺しつくした走者の死骸を見下ろしても一息つくことすらなかった。

防壁の方向からは未だ銃声が続いている。地球軍が死にもの狂いで戦っているのだろう。

ただ、練度の違いと装備の違いで髑髏の兵士達ほどうまく捌けていない。彼らはヘルニウム弾を装備していない。


大なり小なり、被害は出ているだろう。

髑髏の兵団ですら被害を被ったのだから。


深い緑色の戦闘服を纏った兵士たちが和をつくっている。

全員が外側を向き、周囲を警戒していた。

輪の中には横たわった一人の兵士と、それを見下ろす一人の将校。


「大尉……」


鉄仮面を被った、大尉の階級章をつけている将校に横になっている兵士が声をかけた。

彼の首元は大きく抉れている。走者に噛み千切られたのだ。

血がダラダラとあふれ出しており、このままでは出血によりショック死してしまうだろう。

だが、急ぎ手当てしたところで意味はなかった。


傷を中心に血管が異様に浮き上がっていた。皮膚の一部がただれはじめ、筋肉の繊維が剥き出しになっていく。

彼の肉体がセンキウィルスに侵食され始めている証拠だった。

このままいけば彼はセンキへと変化してしまう。


「殺して……ください……私が……私でなくなる……前に……」


このまま死ねば彼はセンキになる。


将校は無言のまま拳銃をホルスターから引き抜き、兵士の額へと狙いを定める。

そして引き金を引いたが


 ぱぁんッ!


弾は兵士の顔の真横に命中し、額を撃ち抜けなかった。

わざと外したのではない。狙って撃ったはずなのに命中しなかった。

すると、青ざめた顔をしている兵士が口元をほころばせる。


「本当にあなたは……射撃が下手だ……」


将校は膝を屈め、銃口を兵士の額に押し付ける。

これでもう絶対に外さない。


 ぱぁんッ!


兵士の脳みそが床に散らばり、将校の鉄仮面も彼の血を浴びた。

だが、これで終わったわけではない。

将校は死んだ兵士のポケットから小さなビンを取り出す。

中に入っているのは可燃性の液体だ。

 

頭を撃ち抜いただけではセンキとして起き上がる可能性がある。最も効果的なのは身体が原型をとどめないぐらいに破壊すること。それが難しいならば全身の筋肉組織を死滅させて絶対に動けない身体にすることだ。


将校は死んだ兵士の死体に手早く液体をまぶすと、ポケットからマッチを取り出した。

それを静かに点火すると、兵士の死体にそっと近づける。


ぼわり、と勢いよく火が灯され、瞬く間に炎に包まれた。

これで兵士の魂は、天界にあるとされる戦士の館へと旅立てるだろう。


カツッ!と将校は立ち上がると同時に敬礼をする。挙手式の敬礼だ。

その手には兵士のドッグタグがぶら下がっていた。 

和をつくる兵士たちも同時に銃を天に向かって構えた。

同胞の魂を送り出す行為だ。




だが、戦いは終わったわけではない。


「アアァ……アアァァァァ……」


トンネルの入り口方向から戦鬼の呻き声が聞こえてくる。

新手か、と和を形作っていた兵士たちは一斉に声のした方向へと展開し、銃を構えた。

そしてそれを見る。


「なんだ、こいつ」

「あの格好は」


仲間の死を前にしても声を発しなかった兵士たちが鉄仮面の裏側から言葉を漏らした。

 

彼らの前に現れたのは、異様に長い四肢を持つ戦鬼だった。身長はゆうに3mを超え、灰色の肌に赤く煌く目を持っていた。

その体は深い緑色の軍服に包まれ、金属製のプロテクターを纏っている。

胸元には《髑髏》のエンブレム。


「悲しいものだな」


と、鉄仮面を外し、兵士たちの前に出てきたのはガイウスだった。


「隊長」

「あれはまさか」

「ああ。センキだ。悲しいことに元同胞が化け物と化してしまったようだ」


 そして彼は……


「報告にあった、猿者だな」


カシウスも鉄仮面を脱ぎ、ガイウスに並んで目の前の化け物を見る。

さらにマリアも鉄仮面を脱いでガイウスの隣に並ぶと、静かに銃を構えた。


「同胞かもしれないが、今は戦鬼だ」


しかし、異様な空気だった。

長い体躯を風になびく布のように揺らめかせながら、ただ茫然と立ち尽くしている。


「総員、撃て」


ガイウスの命令と同時に黒衣の兵士たちは一斉に銃撃を開始する。

射出された弾頭が空気をらせん状に切り裂きながら大きな体躯に向かって突き進んでいく。

 

だが、猿者は瞬時に地面に四つん這いになり、機敏な動きで弾丸を避けた。細長い体躯にもかかわらず、弾が一発も命中しないのだ。

その動きを冷静に追っていたマリアは猿者の動きが止まった一瞬を狙って引き金を引く。

しかし、猿者は上に大きく飛び上がり弾丸を避けた。

偶然ではない。見てから避けたのだ。


「なんて素早い動きだ」


流石のマリアでもそれには驚きを隠せなかった。

猿者はそのまま天井に蜘蛛のように張り付くと、トンネルの奥へと突き進んでいく。


「まずいッ!地球軍の方へ向かったぞッ!」

「追えッ!追うんだッ!」


と兵士たちは猿者を追った。

だがガイウス、カシウス、マリアの3人はその場から動かない。


「まるでゴキブリだな。気持ち悪い」


天井を張り付いて高速に移動する姿がまさに台所の黒い悪魔のそれだった。


「でも、どうすんだ、ガイウス。あの猿者」

「壁を突破されたら面倒だぞ」


カシウスとマリアの言う通り。

もちろん、ガイウスに何も策が無いわけではなかった。むしろ、その逆といえる。


「カシウス、マリア。頼めるか?」

「なるほど」

「いいぜ、ガイウス」


双子は揃って白い歯を覗かせ、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 



その頃、壁ではようやく地球軍が走者達を全て駆逐しようかというところだった。

手際の悪かった地球軍は多くの犠牲を払い、辛うじて走者に勝利しようとしている。

走者の数ももう、疎らだ。


「あと少しだッ!踏ん張れッ!」

 

ハンザ少尉の掛け声のもと、兵士たちはさらに前進を続ける。

走者達の足を破壊し、倒れたところに襲い掛かる。

怯えていた地球軍の兵士たちは、起き上がろうとする走者の胸元を踏みつけ、頭部をぐちゃぐちゃになるまで撃ち続けることができるようになっていた。


だが、彼らの前に新たな敵がやってくる。


「アアァァァァァァァッ!!」


大きな奇声が天井から迫ってきた。


「なんだッ!」


声に反応して銃口と共に視線を持ち上げる地球軍の兵士たち。

すると、異様に四肢の長い戦鬼が張り付いていた天井から飛び降りてくるところだった。

地球軍の兵士たちは迷わず発砲する。

いくら俊敏な猿者といえど、空中にいるときまで身体を動かすことはできない。

 

対空砲火が次々と肉体を貫いていく。

が、もともと急所の存在が確認されていない戦鬼だ。

身体をいくら貫かれようとも平然と落下してきて、地球軍の兵士をそのまま踏みつぶしてしまう。

潰れた死体に齧りつき、じゅるじゅると血を啜っていく。


「こ、この醜い化け物めッ!」

「殺せッ!殺すんだッ!」


だが、地球軍の兵士たちも一種の恐慌状態だった。

極限にまで追い込まれ過ぎたがために恐怖が許容値の限界を突破し、逆に彼らを興奮状態にしていた。

3mもある長い体躯の化け物に向かって銃撃を加えつつ、近づいていくのだ。

 

猿者のか細い体躯が至近距離からの銃撃を受けて血肉と共に引きちぎられる。

ただ、纏っている金属製のプロテクターが膝や肘、胸部を追っているため関節を破壊することができない。


その時、猿者が細長い手を高らかに振り上げる。


「アアアァァァァァァァッ!」


奇声と共に振り下ろされた腕が地球軍の兵士の身体を一刀両断する。

そのまま腰をひねりながらムチのように両手をしならせ、取り囲もうとしていた兵士たちの胴を切断した。


「くそ、化け物めッ!」


部下がただ殺されていく。

ハンザ少尉も自ら前に出て銃撃を加えた。

だが、猿者は機敏な動きで地面に這いつくばると、カサカサと移動して弾を回避する。


「なんて素早さだッ!」


走者など比べ物にならない。

そのうえ、深い緑色の軍服を纏っているというのがまた不気味さを際立たせていた。

 

ここへ来るまでに彼らとも対峙した筈。彼らが全滅したとは考えられない以上、猿者は彼らを避けて地球軍のところまで来たということだ。


「アアアアアァァァァァァッ!」


その時、異様に長い体躯が持ち上がり、ハンザ少尉へと振り下ろされようとした。

瞬間的に、回避は間に合わないと理解できた。

このまま部下たちと同じように、か細い腕から繰り出されているとは思えない怪力によって血肉を抉られる。

 

ならばありったけの弾をぶち込んで死んでやろうと引き金を引きっぱなしにその場を動かなかった。

 

 ダアアァンッ!


大きな爆音がして猿者の肉体が真横へと吹き飛び、トンネルの壁面に激突する。

その直前、ハンザは自分の目の前を何かが通過したのを見た。

空気をよどめかせる、無色透明な何かが。


「地球軍なのに大した度胸じゃねぇか」


と声がしてハンザが振り向くと、赤毛の少女がこちらに歩いてきているところだった。

その少女は青い目を異様なまでに美しく煌めかせている。

明らかに、人の瞳が発する光度を遥かに超えていた。


その隣には同じく赤い髪をした青年の姿もある。

彼の手にはポンプアクション式のショットガンが握られていた。


「でも、ここからは俺たちに任せてお前たちは邪魔にならないように引っ込んでな」


赤毛の双子が、戦鬼と化した装甲軍の兵士に近づいていく。

猿者相手にたった二人でどう戦おうというのか。


「アアァァッ!アアァァッ!」


だがその猿者は、何かの力に押しつぶされているかのように壁にめり込んだまま動けずにいた。胴体の一部が半球状に潰れ、激しい出血を引き起こしている。


奇声をあげ、赤い眼で必死にカシウスとマリアを見入ってくる様は、なぜ自分を攻撃するのか、と訴えるようでもあった。

確かに元は同じニューマン。でも、片方は人であり、片方は化け物だ。

化け物は駆逐する。


「マリア、久しぶりの獲物だ。一人で殺すなよ」

「わかってるよ、くそ兄貴。でも、万が一、負けそうになっても助けてやらねぇからな」

「言ってろ、くそ生意気な妹め」


双子はこんな時でも笑みを忘れない。

敵を嘲るような不敵な笑みを浮かべつつ猿者に近づいていく。


「アアアァァァァァッ!」


その最中、猿者を拘束していた何かが消え去り、壁にめり込んでいた猿者がとびかかってきた。

奇声と共に長い腕をカシウスめがけて横殴りに払う。

もし命中すれば一たまりもないだろう。


だが


「悪いな、同胞」


ブチリッ!と生々しい音と共に猿者の長い腕がカシウスに命中する直前に引きちぎれた。


「ギャアァァァァッ!!!!」


奇声を上げて、血の吹き出る腕を凝視する猿者。

肘から先がすさまじい力で引きちぎられたように無くなっていた。

そして、その時のカシウスの青い眼も異様に煌めいていた。


「んだよ、くそ兄貴。お前だって腕を引きちぎってんじゃねぇか」

「しょうがねぇだろ?そうしなきゃ俺の胴体が千切られてたぜ」

「その方が俺は清々したんだけどな」

「は?本当に血も涙もない妹だぜ」


などと兄妹同士の下らない会話を繰り返しているうちに猿者は態勢を立て直す。

残っているもう片方の手を今度はマリアの頭部めがけて振り払ったのだ。


「今度は俺か。でも、無駄なことだ」


ばちぃんッ!と猿者の手がマリアの頭部に触れる寸前で何かに弾かれた。

強烈な激突音と共に衝撃派が空気を震撼させる。

それほどまでの何かが猿者の手にぶつかったのだ。


その衝撃で大きく後ろへと態勢が崩れた猿者。その隙を双子は見逃さなかった。


「マリアッ!」


カシウスがマリアに向かってショットガンを投げ渡した。

マリアはそれを受け取りながら走り出し、そのまま猿者の股へと滑り込む。

ザザザと軍服を床に滑らせながら猿者の股を搔潜ると


「おらよッ!」


膝を裏側からショットガンで撃ち抜いた。

正面がいくら金属製のプロテクターに守られていようとも股を潜れば後ろから狙うことができる。


発射と同時に即座に弾薬を再装填。そしてもう一方の膝にも散弾を叩き込む。


「ギャアァァァァァァッ!!!」


そこで猿者が悲痛にも似た声をあげる。

ただでさえ細かった脚部、その膝が散弾に貫かれ今にも千切れそうになっているのだ。


「痛がってる場合じゃないぜッ!」


 と声がして、猿者は気が付いたがもう遅い。カシウスが脇から猿者に迫っていたのだ。


「おらよ、くそ兄貴ッ!」


マリアがカシウスに向かってショットガンを投げ渡す。

それを受け取ったカシウスは銃口を猿者の脇下に滑り込ませると、散弾を叩き込んだのだ。

血肉が脇の下から肩にかけてごっそりと食い破られ、骨も粉砕され、猿者の顔面にも直撃する。


両足の肉が千切れて、前に倒れ伏す猿者。その衝撃で両腕も肩から捥げて、動くとこもできない。と、思った時だった。わずかに残っていた四肢がぶちぶちと引きちぎれ、見えない力に四方へと引きずられた。

猿者を中心に、赤い×が描かれる。


「ギャアァァァァァァッ!!!」


戦鬼とはいえ、痛みは感じるのか、猿者の口からは哀れにすら思えるほどの痛々しい悲鳴が聞こえてくる。


「わるいな、同胞」

「でも、これが俺達の仕事なんだよ」


化け物は殲滅。

そして頭部に向かってカシウスがショットガンの銃口を向けた。

だが、最後の足掻きなのか、哀れみを乞うためなのか、猿者の顔がゆっくりと持ち上がり、赤く染まった眼で二人を見上げてくる。


「それがお前の顔か」


充血して赤々と染まり切った眼に、灰色に変色した肌、唇は爛れて歯茎がむき出しになり、顔を覗かせた歯は黄ばんでいた。腐った頬肉は削げ落ちており、骨がむき出しになっている。


それでも顔の造形は以前の彼の凛々しさを残しており、生きていた頃は立派な兵士であったことを彷彿させる。


「忘れないぜ、お前の顔」

「ああ、忘れない」


カシウスとマリアは近いの言葉を口にし、最後をこう締めくくった。


「「トーテンコップ(髑髏に)」」


散弾の放たれた音が重複してトンネルに響き、今度こそ猿者は動かなくなる。

ただ赤黒い血だけが破壊された頭を中心に広がっていく。


「流石だな、カシウス、マリア。我が隊で随一の実力を誇る《ハイ・ニューマン》だけある」


戦いが終わってからひょっこりと現れたガイウスだが、彼にカシウスもマリアもそのことについては特に言及しなかった。ただ


「お前にそういわれると嫌味にしか聞こえないな」

「ああ、全くだぜ、ガイウス。お前が戦えたら俺達が出る必要もないのによ」


マリアはガイウスの横に並び、軍靴のつま先で彼の脛を軽く小突いてやる。

すると、ガイウスの手がマリアの小さな頭に伸びてきて、ナデナデ、と撫でてやった。


「お前たちのおかげだよ。ありがとう」

「へへへ、わかればいいんだ」


嬉しそうに頬を赤らめて白い歯を覗かせる様は、マリアのあどけない顔立ちをより子供っぽく見せた。

 

でも、和やかな雰囲気はここまでだ。

ガイウスにはガイウスの指揮官としての務めがある。


「さて、彼も弔ってやらないとな。だがその前に装備品を回収しよう。それとドッグタグも」


ガイウスの命令を受け、カシウスとマリアは死んだ兵士の死体から装備品を剥ぎ取っていく。といっても、使えそうなものは殆ど無い。

纏っている金属製のプロテクターはカシウスとマリアの銃撃によって破壊されているし、胴体部分の方は地球軍の弾丸を受け続けたせいでボロボロだ。

雀の涙程度にしかならない僅かな弾倉と、ドッグタグぐらいしか取れるものはなかった。


他に何かないもんだろうか、とカシウスとマリアは死体漁りを続けた。すると


「ん?これは何だ?」


カシウスはあるものを発見した。


「ボイスレコーダーか」


壊れてしまっているが、ボイスレコーダーを発見した。

だが、記憶媒体であるテープは無事だ。

プラスチック製のケースは血で汚れているが問題なく再生できるはず。


「ガイウス、これを見ろ」


 マリアも小さなペンダントのような物を見つけ、ガイウスに手渡してくる。

 中を開いてみると、そこには紫色の髪をした美しい少女の写真が収まっていた。


「おいッ!嘘だろッ!」

「しっかりしろッ!」

「ちくしょうッ!」


死体を漁っていた3人に地球軍の方から声が聞こえてきた。

彼らは戦いが終わると急いで負傷した仲間の手当に当たっていたのだがその殆どは助からない状況だった。

なぜなら、走者や猿者の攻撃で負傷した。つまり、感染し、戦鬼になりかけているということだ。


横たわっている仲間たちを前に、傷を負っていない兵士たちは泣き崩れていた。


「いいんだ……」

「殺してくれ……」

「家族に……愛していると伝えてくれ……」


だが、できるはずも無い。

化け物を殺すならまだやりようはいくらでもあっただろう。だが、生きた人を、仲間を殺すなどそう簡単にできることではなかった。


そんな彼らに代わって銃を手にしたのは指揮官であるハンザ少尉だった。

ゆっくりと近づき、なるべく苦しまないよう狙いを定める。


「隊長……」

「ありがとうございます……」

「いつまでも……お元気で……」

「ああ、君達もね」


ダン、ダン、ダン、と機械的に銃声が鳴り響き、その度に地球軍の兵士たちの泣き叫ぶ声が聞こえた。

しかし、それで終わったわけではない。

彼らの死体を焼かなければ結局、戦鬼として起き上がる。だが、彼らは可燃性の液体を持っていなかった。


ハンザは仲間の返り血を浴びた状態でガイウスたちの所にやってくると


「申し訳ありませんが、何か燃えるものを分けていただけないでしょうか。部下たちを戦鬼にしたくはないのです」


ハンザの瞳は真っすぐとしていて、涙にぬれていない。

彼は今、上官としての責務を果たすべく行動しているのだ。


「勿論だ。みんな、必要な量を地球軍に」


黒衣の兵士たちはポケットから可燃性の液体が詰まったビンを取り出すと、ハンザに渡していく。


「どうも」


彼はそれを手に仲間の所へと戻ると、魂が救われるように亡骸に火を灯した。

そして敬礼する。

地球軍の兵士たちもそれに倣って敬礼した。

戦友の魂を見送るのだ。



「カシウス」

「なんだ、ガイウス」

「あれでも地球軍は臆病者ばかりか?」

「そうだな。少し認識を改めるよ。今、あそこにいる連中は臆病者じゃない」


それから程なくして地球軍の援軍がやってきた。

戦いが集結したことを見越してやってきたのだ。

トンネルにいる兵士たちの誰もが血で汚れているというのに、新たにやってきた兵士たちの服装は洗いたてのように清潔だった。


「よしッ!生き残った者達は全員、ここへ集まり検閲を受けよッ!感染していないことが証明されない限り、中には入れんぞッ!」


援軍を率いてきた指揮官らしき男。階級は少佐だった。

戦い抜いた兵士たちに労いの言葉をかけることもなく、太々しくその場を指揮しようとしていた。

しかし、検閲の必要性は疑うべくもない。この中の誰かが感染しているのに、気づかずに中に入れてしまえば島は瞬く間に化け物の巣窟だ。


ガイウスは地球軍による検閲を拒否するつもりもない。

ただ、マリアは女性だ。同じ女性に検閲してもらうよう求めるつもりである。


「検閲を受けるぞ」


 と部下を振り返った時だった。

 何かを抉るような音が聞こえて、男性の醜い呻き声が聞こえてくる。


「き、貴様……上官に向かって……」


正面を振り向き直ると、先ほどの太々しい少佐が地面に倒れ、晴れ上がった頬を押さえていた。

その前に立つのはハンザ少尉。

肩で息をしながら、拳が震えるほど強く握りしめている。


「なにが検閲だッ!俺たちを見捨てやがったくせに……お前たちのせいで何人が死んだと思ってるッ!」


温厚そうなハンザ少尉は今や鬼のように険しい表情で少佐に怒鳴り散らしていた。

百二十余近かった地球軍の数は半数以下にまで減っている。

もし地球軍が追加で援軍を送っていてくれれば彼らは壁の外に出る必要すらなかったかもしれない。

だが、地球軍の判断は正しい。

ガイウスはそう考えていた。

しかし、切り捨てられた側はそう思っていない。


「そうだ……お前たちのせいだッ!」

「お前らがさっさと助けにきやがらないからだッ!」

「この臆病者共めッ!」


ハンザ少尉に呼応するかのように地球軍の兵士たちが次々と少佐を取り囲んでいく。

彼が率いてきた部隊は常軌を逸したような目をする兵士たちを前にタジタジとなり、少佐を守ることもできない。


「ちょっとやばいんじゃないか?」


耳元でマリアが囁いてくる。


「確かに、やばいかもな」


このままでは少佐を撲殺しかねない勢いだ。

一歩間違えば地球軍同士で殺し合いをしかねない。


「でも、別に俺たちには関係ない」


というのが俺の考えだった。

地球軍同士が殺し合いたいなら好きにすればいい。

俺たちには関係の無いことだ。


「だけどよ、早く終わってくれないとシャワーが浴びられないぜ」


カシウスは返り血をシャワーで洗い流したいらしく、早く余計なもめ事が終わって欲しいと願っていた。

ゲートの入り口で揉められていては戻るに戻れない。



 と、その時だった。


 だぁんッ!


一発の銃声が鳴り響き、燃え上がっていた怒りの炎が一時的に沈下させられる。


「そこまでだ」


ゲートから新たに地球軍の軍人が入ってくる。

迷彩柄の軍服に、肩には大将の階級章をつけていた。

サングラスに、いかつい顔、大柄な体つき、まさに将軍という言葉が似あう男だ。

手にはピストルを持っており、混乱した場を沈めるために発砲したのが彼であるのは間違いない。


「ジャッカル閣下」


と地球軍の誰かが口ずさんだ。

 

アレハンドロ・ジャッカル大将。地球軍の将軍で、ヘルランドに進駐してきた軍のトップだ。

普段は地球軍本部で指揮を執り、前線にやってくることは滅多にない。


「少尉。君は怒りの矛先を向ける相手を間違っている。復讐がしたいなら、私にすることだ。君達を見捨て、援軍を送らないよう決断したのはこの私なのだからな」


ジャッカルは何一つ悪びれる様子も無く、ただ淡々と事実だけを口にした。


「閣下が我々を見捨てると決めたのですか」

「そうだ。君達を見捨て、島を生かす決断をした」

「ですが、我々は守り抜いた。援軍を送ってくれれば犠牲はもっと少なかった」

「それは結果論にすぎん。君達が走者をせん滅できる可能性はあの時、限りなく0に近かった。指揮官としてリスクの高い決断をすることはできない」


ジャッカルの言うことは正しい。

ガイウスは心の中で彼に賛同していた。

指揮官とは常に非情な選択を迫られるものだ。それに対して理解が得られなくても致し方がないこと。


「とにかく、よくやった、少尉。少佐の部隊がこれから壁の警備に当たる。君達は休みたまえ」


ハンザ少尉は返答も敬礼もしないままジャッカルの脇を通って島へと戻っていった。

検閲も受けないまま。

それに続いて地球軍の兵士たちも続々とゲートを潜っていく。

その後に髑髏の兵団が続こうとした時だった。


「待て」


ジャッカルに呼び止められ、地球軍の兵士たちが銃を構えてくる。


「お前たちは検閲を受けてもらう」

「は?なんで俺たちだけだ?」


とカシウスがさっそく噛みつく。同じ地球軍はよくて自分たちがダメな理由が理解できない。


「嫌なら未来永劫、壁の外にいろ。お前たちと議論するつもりもない。少佐、無理に押し入ろうとしたら構わん、撃ち殺せ」

「了解しました」


ジャッカルはそう命令してさっさと島の中へと戻ってしまう。

残されたのは血に塗れた髑髏の兵団と、綺麗な服装をした地球軍だけ。


「さっさと服を脱げ。検閲だ」


と、銃口を向けられ、服を脱ぐようせっつかれる。

全くもって理不尽な話だった。

 

「こちらには女性もいる。女性の検閲は女性にしてもらいたい」


マリアのことを言っている。

すると、少佐は部隊の女性兵士にマリアを別の場所に連れて行き、検閲するよう命じた。

マリアはしぶしぶ部隊から離れ、男性の目につかない場所で服を脱ぐ。


「全員、服を脱げ」


という命令に部下たち素直に衣服を剥ぎ取っていく。

裸になり、隅々まで調べられる。

同じ血に塗れた戦った戦友にチェックされるならまだしも、走者の大群を前に仲間を見殺しにするような奴らに見下されながらされるのは屈辱の極みだった。


だが、ガイウスは常に冷静に物事を考える。

ここで争っても地球軍には勝てない。

今は素直に従うしかない。

 

 

◇◇



今から200年前、人類が戦いに明け暮れていたある日、北極に突如として異空間通路《Helpoort》が出現し、異形の化け物《戦鬼(センキ)》が地球へと押し寄せてきた。


人類は半世紀をかけ、甚大な犠牲を払い、センキを通路の向こう側へと押し込めることに成功する。

そして人類は通路の向こう側へと進軍し、見たことも無い未知の惑星ヘルヘイムを発見した。


そして100年前、劣悪な環境に適応した《新人類ニューマン》が誕生する。

彼らは遺伝子の構造に戦鬼と多くの共通点を持ち、人ならざる者として差別と迫害の対象とされた。


 ニューマンはヘルランドに建設された9つの基地に強制移住させられ、地球人としての権利を剥奪された。

 だが、地球で産まれるニューマンの数は一向に減らず、植え続けるニューマンは地獄の星であるヘルランドで巨大なコミュニティーを形成しようとしていた。

 それはもはや、一つの国家、一つの人種、ヘルランド人だ。



そして1年前、反ニューマン思想の過激派はニューマンの首都として機能していたアインスでテロ行為に及ぶ。都市を守る防壁を破壊し、戦鬼を招きいれた。

アインスは壊滅し、数えきれない人々が犠牲となった。


そして、《血の日曜日事件》と呼ばれたこの日を境に、ニューマンと地球人類との確執は決定的なものとなり、新旧人類の間には深い憎悪が横たわる。


ニューマンの反乱を襲えた地球政府は地球とヘルヘイムとの玄関口であるシェーラン島に軍を派遣。島内最大の都市であるアルペンハーゲンを占領し、ヘルランドの監視拠点とした。



俺たち、ヘルランド入植自警軍(略称:自警)は強制的に地球軍の指揮下へと組み込まれ、捨て駒同然としての日々を送る羽目になった。

《髑髏の紋章》は、地球政府のために死ぬまで戦え、という理不尽な奉仕を強制させられている証。《武装化髑髏兵団(トーテンコップ・バタリオン)》。それが俺たちの影の呼び名だ。


今回で髑髏の兵団は終わりです。

ゲーム化するならここまでをチュートリアルにして武器とかの使い方を学ぶ部分にしたいですね~。


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