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Helpoort  作者: FA
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髑髏の兵団 Part1

1920年 ヘルヘイム星 シェーラン島 アルペンハーゲン



「おい、寝坊助大尉。さっさと起きろ」


 耳元でそう呼ばれ、体を揺すられる。

 女の子の声だったらすぐにでも飛び起きるんだが男か………。

 と、起きるのが怠くなる今日、この頃であった。


 目を開けると、赤毛のショートヘアに、青色の瞳をした青年が俺の顔を覗き込んでいた。年齢は10代後半か20代前半といった感じで、細身な体を深い緑色の軍服で包み込んでいる。


「ようやく起きやがったか、この寝坊助大尉ッ!もうすぐ輸送部隊が到着する時刻だ。時間に遅れると地球軍の奴らに何を言われるか知れたもんじゃねえぞッ!」


地球軍……言われてみればそんな奴がこの世界にはいたような、いないような。

寝起きだとどうも頭が回らない。

まるで靄がかかっているみたいに物事を瞬時に思い出すことが出来なかった。


(ていうか、《寝坊助》ってなんだよ……)


 と、そこだけはしっかり気づけるのが地獄耳という奴か。

 

「おい、ガイウス。ガイウス・ディクタトル大尉ッ!早く起きろって言ってんだろッ!」


 赤毛の青年はもたもたしている俺に苛立ったようにその語気を強め、肩を掴んで、揺すってきた。


「わかった、わかったから」


 と、肩を揺すってくる手を振り払った。耳元で男の声を永遠と聞かされるのは堪えがたい。


「やっと起きやがったか。とっと準備しやがれってんだ」

「カシウス、それが上官に対する態度か?」


その青年はカシウスという。階級は中尉。

濃い緑色の戦闘服に身を包み、ピストルベルトを装着したうえで肩にはストラップ付のボルトアクション式ライフルを下げている。

ライフルの名称はハイリングフィールド1903。地球軍で現在も使用され続けている正式装備だ。


 そして彼の軍服の胸元と腕の部分には《髑髏》のエンブレムがあった。


「上官ぶる前に、起床時間をきちんと守れってんだ。寝坊助大尉」

「はぁ……」


 カシウスは上官である俺に対して全く敬意が足りない。

 まあ、同い年で昔からの顔なじみである俺に対しての親しみだと思っておこう。


「低血圧なんだから朝が弱いのも仕方がないだろ」


 といったところでカシウスは許してくれない。


「それにしても、地球軍はなにをこの街に運び込むつもりなんだ?」 


 俺は質の悪いベッドから起き上がると、部屋に備え付けの洗面台へと歩く。

 鏡の前に立って歯を磨いて、汗でベトっとしている顔を水で濯いだ。


「そんなの俺が知るかよ。地球軍の連中に訊けばいいだろ?」

「そんな簡単に教えてくれるなら俺だって苦労しない」


顔を洗い終わるとカシウスが差しだしてきたタオルで顔を拭き、鏡に映った自分の顔を見る。

そこには見慣れた俺の顔がある。


(冴えない顔だよな)


 と笑ってしまいたくなる風貌がそこにあった。


 鏡に映っていたのは、二十代前半の青年の顔。

 その全身はカシウスと同じ深い緑色の戦闘服に包まれていた。

 肩と襟元に真っ黒な生地が使われているため、深い緑色の軍服の中でも階級章が映えて見える。

 また、足元を包み込む黒革のブーツも俺たちの戦闘服の特徴だろう。

 

 胸元と腕の部分に髑髏の紋章、階級章は大尉になっている。


 それから俺は部屋のロッカーを開け、ピストルベルトを装着し、1903を持つ。


「準備は出来たか、寝坊助大尉?」

「ああ、準備完了だ。それに寝坊助大尉はやめろ。もう目は冴えてる」


 といって俺は窓一つない、鉄板に覆われたような飾り気のない部屋を見回した。


 ベッドに、ロッカーに、洗面台に、ユニットバスがあるだけの簡素な部屋。

 ふかふかのベッドで寝たのはもう何日前のことだったかも思い出せない。


「たまには自分の家に帰りたいもんだな」

「地球軍に頼んでみろよ」

「無理だとわかってていちいち言うな」


 俺は部下であるカシウスを伴って、兵舎の自室を後にする。

 


◇◇



「今日も相変わらず、赤黒い空だ」


 兵舎を出るとひんやりとした冷たい空気が肌を刺してくる。

 コンクリートの地面を踏みしめながら俺は《ヘルランド》の空を見あげた。


 黒い夜空を血のような赤い靄が薄らと覆う不気味な空。

 星々はどれも赤々とした煌めきを放ち、美しさとは無縁の、禍々とした天の川が横たわっている。


「地球の空とは全く違うな」


 地球の空は美しかった。

 静かな夜空に蒼白い星々が輝き、月という惑星が神秘的な空の世界を作り出していた。

 あの空を見たのはもう何年も前のことだ。


「ガイウスさんよ。空なんか見あげたっていい女は見つけられないぞ」

「そういうお前はいつも女を探して下ばかり見てるな。そんな男に女は寄り付かないぞ」

「お、ようやくいつものガイウス節が出たな。ま、おっしゃる通りだがよ」


 ニシシ、と白い歯を覗かせるカシウス。

 しょうがない奴だ、と俺も思わず口元が綻ぶ。


「にしても、最近、地球軍のやつら頻繁に出入りを繰り返しているな。一体、《壁》の外で何をしてるんだか」

「全くだ。ゲートを開ける度に街が危険に曝される。でも、地球軍の奴らはお構いなしだ。俺たちの方が、数が少ないのをいいことに調子に乗りやがって」


 近頃、地球軍は頻繁に壁を超えて外の世界へと出張っていく。

 普段は壁の内側に籠って微動だにしないのに変わったこともあるものだ。


 それから俺達は階段を使って地下へと降りた。

 《ゲート》へは地下からでないと辿りつけないようになっている。


円筒状をしたただのトンネル、足元はクレーチング、それ以外は土がむき出しの状態の粗末な通路を取ってさらに奥へと進んでいく。

 トンネルは一直線ではなく、ところどこに横穴がある。

 複数のトンネルが離合集散を繰り返してちょっとした迷路のようになっていた。


「ちくしょう……いつになったら地球に帰れるんだ………」


 横穴の一つからそんな声が聞こえてきて俺たちは足を止める。

 迷彩柄の軍服を着た二人の男が並んで道に置かれていた木箱の上に腰かけていた。


「いつ、ね。さあ、いつだかな」


 片方の軍服姿の男が怯えたように身震いをし、その横に座っているもう一人の軍服姿の男が酒を呷りながら言葉を受け流している。

 まるでもう何度も聞いてきたかのように。


「あと2か月で兵役を終えられるって時に、なんだってヘルヘイム送りになるんだ……。俺が何したってんだよ……。俺はこんな薄汚い星で死にたくない……」

「なら、なんとかしないとな」

「なんとかって……どうすりゃいんだよ……。今週だけで何人、死んだと思ってんだ……。俺はもうあんな化け物共で溢れかえってる街に戻るなんて御免だぞ……」

「なら、ジャッカルに掛け合ってみろよ。運が良ければ銃殺、悪ければ島の外の地獄にほっぽりだされてめでたく奴らの仲間にしてもらえるぜ」

「ちくしょう……」


 頭を抱えて恐怖に震えている兵士。

 その脇で、慰めるような、それでいて突き放すような言葉をかけるもう一人の兵士。

 そこでちょうど、冷たい物言いであしらっていた兵士と俺は目が合った。

だがその目は、敵意と軽蔑に満ちている。


「いいことを思いついたぞ。髑髏の奴らに戦ってもらえばいい。《宇宙人》同士で殺しあってくれれば俺たちが戦う手間も省けるってものだ」


 その言葉に頭を抱えていた兵士が顔をあげ、俺を見上げてくる。

 赤く腫れあがった目元を向けながら、瞳の奥にはやはり敵意が滲んでいた。


「いくぞ、ガイウス」


 と、カシウスに声をかけられて俺は歩き出した。


 トンネルには大勢の人がいた。

 絶え間なく話し声がきこえてくる。

 ほとんどはヒソヒソ声だが俺たちが通ると、口を閉じ、射抜くような視線で睨みつけてくる。

 その目はまるで敵を見るようだった。


(やれやれ、だな)


と、その時、迷彩柄の戦闘服を着た数人の兵士たちとすれ違う。

だがやはり、彼等も髑髏のエンブレムを怪訝そうな目で一瞥するだけで真面に挨拶すらしてくれない。


 それが今の、俺達の立場だ。


 俺たちは地球人(奴ら)とは違う存在。 

 元は同じ人類だったが今はもう違う。それ故に俺達は差別され、そしてこれからも敵として彼らの目に映り続ける。


 それが俺たち、新人類(ニューマン)と呼ばれる存在だった。



◇◇



暫くすすむとトンネルは終わり、広い空間に出る。

見た目は今まで通ってきたトンネルとはほとんど変わらない、土壁が剥き出しで床はクレーチング。同時に、銃声が俺たちの耳に届いてきた。

 そこはいわゆる射撃場だった。

 迷彩柄の戦闘服を着た兵士達が標的を相手に銃を撃っている。


「お、誰かと思えばガイウスとカシウスのお二人さんじゃないか。今日も熱いね」


と、通路を抜けて目と鼻の先にある武器庫の主がからかってきた。

黒髪に黒い口髭、少しだけ褐色気味の肌をした中年の男である。


「うるせぇぞ、マリーニ。人をからかってないで恋人の銃と戯れてろ」

「相変わらず酷い言い方だな、カシウス。この牢獄に捕らわれた老いぼれを哀れに思う気持ちは無いのか?」


 武器庫は金網と鉄板によって強固に守られており、外から見れば確かに檻に閉じ込められているように見えなくもない。


「無いね。それよりも俺とガイウスの分の弾を出しな。これから輸送部隊の出迎えに行くんだからな」

「やれやれ、最近の若い者は年寄を平気でこき使う。わかったから、少しそこで待っててくれ」


 髭面の男、マリーニはそう言って牢獄と称した武器庫の中へと消えていった。

 金網と鉄板に守れた向こうには大量の武器が並んでいるのが見える。

 マニーはこの武器庫の責任者であり、武器、弾薬の管理を任されている言わば番人だ。ちなみに、彼は《地球人》だ。

 彼に頼んで初めて弾薬を手に入れることができる。


しばらくしてマリーニが戻り、その両手には弾を持っていた。


「ほ~らお嬢ちゃんたち。君たちに素敵なプレゼントだ」


 僅かに金網が開かれた口の部分から弾薬を差しだしてくる。

 ガイウスとカシウスはそれを受け取り、ピストルベルトに仕舞った。


「ああ、あと忘れてたがガイウスとカシウスは当直が終わり次第、弾作りの手伝いだ」

「はぁ?またかよッ!前にも手伝ってやっただろ?」

「私だって連日、壁の警備にあたってる君たちにこんな仕事を押し付けたくはない。だが、地球軍からの命令なんだ。この老いぼれにはどうしようもできん」


 すると、どこからともなく嘲笑するような笑い声が聞こえてきた。

 ついさっきまで射撃訓練を行っていた迷彩服の兵士たちだ。

 

「髑髏野郎にはぴったりの仕事だな」

「まったくだぜ」


 所詮、俺たちは奴らの仲間ではない。

 同じ人型をしていても、遺伝子の配列が違うだけでこの扱いだ。


「ったく、酷い話だぜ」


 カシウスはつまらなそうに舌打ちをして歩き出す。

 その後ろを俺が追った。



◇◇



「はぁ……はぁ……ちくしょう……ちくしょう……」


一人の兵士が息を荒くしながら、死に絶えた都市の中を歩いていた。

黒衣の軍服に身を包み、全身を金属のプロテクターで覆っている。

胸元には《髑髏》のエンブレムが月の明りを反射して、白銀に輝いていた。


「もう少しだっていうのに……ちくしょう……」


ポタ、ポタ、と兵士が歩く度に血が大地に滴った。

彼の片方の手が脇腹を覆っていた。プロテクターの隙間から血が溢れており、手で必死に止血を行っていた。


ただ、既に相当量の血が流れだしており、兵士の目元にはクマができ、顔色も悪かった。

案の定、兵士は体力が限界を迎えたかのようにガクリと膝を付く。


彼の命の灯は確実に消えようとしていた。


「アァ……ウァアァ……」


と、唐突に聞こえてきた呻き声に兵士は軽く舌打ちする。


「血の匂いに釣られてきやがったか……戦鬼どもめ」


振り返ると闇の中に蠢く無数の影があった。

赤く煌く無数の眼が兵士に向かって進んでくる。


「ついてないよな……まったくよ……」


本当ならばここで自らの頭部を撃ち抜いて自殺すべきだろう。

そうしたところで奴らにはなってしまうのかもしれないが、少なくとも楽には死ねる。

でも、万が一、そういう死に方をして奴らにならなかったら、それはそれで大問題だった。


「英雄になんてなろうとするもんじゃないな……シビル……」


兵士は軍服の中に仕舞っていたペンダントを取り出して、中を開いた。

すると、紫がかった白髪の美しい少女の写真が顔を覗かせる。


「大丈夫だ、シビル。絶対に助けを呼んでやるからそれまで耐えるんだぞ」


兵士はペンダントに通るチェーンを首にかけると再び歩き出す。

彼の臨む先には洋上の巨大都市が煌々とした光を放って輝いていた。



◇◇



「何度来ても嫌な場所だな」


 カシウスはどんよりとした空気を肌に感じで顔を顰める。


鋼鉄製の扉を抜けるとそこは闇が支配する半円状の筒の中。トンネルだ。

所々に照明が設置されているが闇を全て払拭できるほどの量はなく、何かがそこに潜んでいても気づくとは難しいだろう。


「俺は嫌いじゃない。まあ、ずっといたいとも思わないが」


 俺はカシウスほどトンネルを嫌ってはいなかった。

 なぜなら、トンネルの中だけが静寂を謳歌できる場所だからだ。

 このトンネルの向こうには地獄が広がっている。

 しかし、このトンネルの裏には俺たちに優しくない世界が広がっている。


 何もない、ただコンクリートに覆われた筒状の空間だけが俺に静寂と安息をもたらしてくれる。


 

 そのトンネルは二重の防壁に守られている。

 島とトンネルの境界には鋼鉄製の電動ゲートがあり、島の内側からしか操作できないようになっている。

 普段は閉ざされているが人や物を行き来させる時だけ開かれる。

 俺たちもこのゲートをくぐってトンネルに入った。


 そして俺たちが今いるのが第二の防壁。高さが2.5mある同じくコンクリート製の壁だ。

 第一の防壁との違いは、壁の上に陣取れる通路があることだ。梯子を上り、城壁の上に陣取って監視する。敵が攻め寄せてくれば城壁の上から攻撃する。

 古典的で、現代戦ではあまり通用しなくなった戦法だが《戦鬼》を相手にするには有効だ。


 その壁の内側で、深い緑色の戦闘服に身を包んだ軍人たちが屯していた。

 壁の上には迷彩柄の戦闘服を着た兵士たちの姿もある。


「ディクタトル大尉」


 緑色の軍服を纏った兵士がゲートをくぐってやってきた俺の存在に気づいた。


「隊長だ。全員気を付けッ!」


 カツッと軍靴の踵をつけ、挙手式の敬礼を行う兵士たち。

 俺たちの敬礼は地球政府の軍隊とは異なり、この形での敬礼が義務付けられていた。

 理由は簡単だ。地球軍のやつらが俺たちに同じ敬礼を使われるのが嫌だから、という。

 東洋の諺に、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、という言葉がある。

 嫌いな俺たちが同じ敬礼をしだしたら、向こうも自分たちの敬礼が嫌いになりそうだからやめろ、ということらしい。意味の分からない話だが、その結果、俺たちは挙手式の敬礼をせざるをえなくなった。

 発言したくて手を上げる子供みたいで俺は好きじゃないが、致し方ない。

 


 その数はざっとみても百人程度。

 機敏な動きからして相当の訓練を受けてきた者たちだとわかるが、防壁の上にいる地球軍の兵士たちは怪訝な眼差しでその姿を一瞥する。


「来たぜ」

「髑髏の大将だ」

「ニューマン共め」


 ひそひそと陰口を叩き、好意的とは言えない眼差しで俺を見てくる。

 だが今となっては慣れたものだ。全く気にも留めない。


「休め」


 その一言で百名あまりの兵士が一斉に挙げていた手を下ろした。

 整列している兵士たちの前をゆっくりと歩きながら部下たちの顔色を観察する。

 どの顔も若く、そして顔には疲労の色が滲んでいた。


「間もなく、地球軍の輸送部隊が帰還する。連日の警備で疲れているだろうが万が一のことを想定し、気を引き締めて任務に取り組んでくれ」

「「トーテンコップッ!!」」


 と、若き兵士たちは右腕を掲げる。俺はその返礼として小さく右手を挙げた。上官の返礼はこれと決まっていた。普通の敬礼の方が楽でいいんだが。


 その様を、地球軍の兵士たちは城壁の上から怪訝な眼差しで睨んでいた。


「髑髏野郎」

「忌まわしい《呪われた子供たち》め」

 

 


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