6.冒険者組合で一悶着しています
ともあれ3人は冒険者組合にやってきた。
「やっぱりでかいなぁ」
冒険者組合は街の中有数の巨大な施設である。昔はたくさんの冒険者で賑わっていたと聞くが、今は冒険者なんてニッチな職業。何十年か前に事業収縮を余儀なくされた。
そこでなんと、いや本当になんで昔より大きな規模で運営できているかというと、お食事処、酒場、遊戯場、銭湯、釣堀にイベント会場がある大規模な総合レジャー施設へとその佇まいを変えたからだ。
「ミーからはぐれるなッ!」
スゾーンがまるで死地に赴くような緊迫した声を上げる。
今日は休日、しかも昼時。どこの施設も様々な種族で満員御礼。だてに休日は家族で冒険者組合と言われているのは嘘でないようだ。
「冒険者組合って奥だよな?」
スイイが隣にいたセンリッカに質問をする。
「あれ。センリッカ?」
スイイが辺りを見渡す。
しかしこの人ごみの中、さらに言えばオークがでかいせいでセンリッカが見つからない。
「スゾーン!センリッカがいないぞー!」
スイイの声は周りの騒音で虚しくかき消されてしまった。
「スゾーンもいないのか、あいつ先に行きやがったな! どいつもこいつも自分勝手だな、くそ!」
一先ず今日の目的である冒険者の宿と呼ばれる施設に向かった。
スイイにはこんな中やすやすと目的地に行けるのか不安があった。
だが、施設に近づくにつれて道は空き、気がつけばもう目の前にあった。
初めて訪れたそこは、寂れたというか、年季の入ったというか、古臭い。往年の大衆酒場のように木造で、ところどころ補修がしてある。
積まれた樽は腐食して穴だらけ、早く捨てろと言いたくなる。
極め付けは入り口のすぐそばにある掲示板だ。今じゃあまりお目にかかれない羊毛紙に書かれたクエストが貼られていると思いきや、その内容が、
『ここで冒険者になろう! 報酬はライセンスだ!』
冒険者自体が衰退するのも無理はない、スイイは深く頷いた。
いざ安っぽい木でできた扉を開けようとするも、立て付けが悪いのかなかなか開かない。イラついてきたから思いっきりガチャガチャしていると小さな張り紙に気づいた。
『スライドドア』
スイイがこの施設に殺意が湧いてきたのは言うまでもない。
「やっと来たか、ボーイはチャイルドか? ミーからはぐれるなって言ったじゃないか」
「本当ですよ。センパイが急にいなくなるからびっくりしちゃいました」
スイイから見て2人がはぐれたのなら、2人から見てスイイははぐれていた。
だからこの問題はどっちも悪くなくて、どっちも悪い。議論すれば不毛になるのは目に見えている。
「はあ、ボーイはもしかしたらフロンティア向いてないかもしれないな。注意力が欠けているよ」
「もしかして、おてては繋いだ方が良かったですか?」
スイイは耐えた。争いは何も生まない。
「そんなので社会のギアだったとは……無職になるのも納得したよ」
「たまには自分以外にも目を向けた方がいいですよ」
スイイの限界が近づいているというのにまだ言う。これでもかと言う。
多数決でスゾーンたちが優勢なだけあって省みることを知らないだろう。
それに2人はクズなだけあって暴言のレパートリーは無限にある。なにせ、過去に言われたことを言うだけだ。最後のなんて特に、自分が言われたことに違いない。
「あっ、センリッカじゃなぁい、こんなところにどぉしたの?」
スイイが耐えきれなくなったまさにその瞬間、世の男性を虜にしそうなほどグラマラスなエルフが間に割って入ってきた。
彼女こそ、A級看板娘、そしてセンリッカの姉のミミナである。
「あ、あの野暮用で……」
あれだけ威勢がよかったセンリッカから信じられないほど弱気な言葉が出る。
今日の嫌がり方も中々のものだったし、本当に姉の事が苦手なんだろう。
「もしかして冒険者になるって野暮用かしら?」
「まあ、そんな感じ……です」
「えっ、でもパン屋で働いていなかったかしら?お姉ちゃん、まだ行けてないのに……辞めちゃったの?」
ミミナは察しがいい、次々とセンリッカの隠し事を当てていく。
きっと昔っから隠し事はできなかったんだろう、それじゃあ苦手になるのも無理はない。
「いや、辞めたというか……辞めさせられたんです」
「あらまあ! それは然るべきところに報告しなきゃいけないわ!」
「あ、あ、ソウデスネ」
「ちょっちょっ、ミミナさん。店は潰れたんです。辞めさせられたこととか、そんなんじゃありません」
「あら、それなら良かったわ」
そして過保護、察しが良すぎるあまり先手先手で物事を解決しようとする癖がある模様。危うく店長に言われなき罪が被されるところであった。
誤解が解ける、スイイはミミナに状況を説明した。
みんなが無職であること。
ハイコムギのこと。
みんなで冒険者になること。
この事が決まったのは昨日の話とか、そういう余計な部分は省いて簡潔に。
「ぐすっ、そんなことがあったなんて……。いいわ、何個でもライセンスを持ってきなさい」
まったく感動する部分が見当たらない話なのにミミナは号泣、ハンカチが涙でくしゃくしゃになっていた。
「その代わりお姉さんと一つ約束よ。パン屋が再建した時、一番に食べさせてね……ぐすっ」
かくして3人はライセンスを入手する事ができたのであった。