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第二回戦と参りましょう

二度目の問い。

同じ言葉が全く違う意味で聞こえるのだから不思議なものだ。



「何よりも優先すべき存在ですわね。あの残念の」


「残念?」


軽く目を伏せて溜息混じりに答えれば、即座に入った疑問系。言葉にしたのはアランだが、ハルベルトも同じ意見のようだ。

何故その表現なのかと問いたそうな様子に覚えるのは、上手にマルティナお嬢様を演じていたんだなという感心だ。どうして私に対する振る舞いとその他に対する態度がああも天と地ほどに差があるのか不思議でならない。


だが、どれだけ疑問に思って解消しようと本人に問うてみても、返ってくるのはお前は何処の宗教狂信者だと突っ込みを入れたくなるようなタカネ語り。

諦める他ない理解の外側、それ以外が才女に相応しくても唯一の汚点と表現したくなる部分。それを残念と言わずに何と言うのか是非とも教えて欲しい。

前世からの未解決事案だ。


「目を放すと碌なことをしないと付ければ理解出来ますか?」


「「……」」


ここで沈黙と互いの目を見る確認が入るとは予想外だ。

おいカタネ、あんたはどれだけ本気でマルティナお嬢様の外面を取り繕った。

絶対に私が見ることが出来ない代物のはずのその様子、今更だが物凄く興味が出て来たよ。ああ、近寄るまいと遠ざけていないで多少は見ておけばよかった。

そうすれば、からかいの種には出来ただろうに……。


すんなり話が通じないことにちょっと思考が逃避した。まさかの最初で躓くとは予想外にも程がある。

きっと私とその他の認識に大きな隔たりがある。間違いない。


「……因みに伺いますが、お二方から見てマルティナ様はどのような方ですか?」


駄目だこれは。必要以上に面倒くさいが認識の差から埋めないとあまりに異なる印象の為に齟齬が生じて話にならない。さっさと終わらせたいのに終わらないなんてとんだ苦行だ。おのれカタネ……。


「見本のような令嬢だな。公爵令嬢の立場が周囲にどれほどの影響を与えるのかを知った上で効果的に振る舞うことが出来る女だ。先を読み、己の利を引き寄せられる才女」


アランの言葉にこくりと頷いたハルベルトが言葉を繋ぐ。


「公爵令嬢の立場で尊大に振る舞うのではなく、正しくあろうとする姿勢で自然に他者を導く力を持っている。彼女を慕うものは多い」


至極当然のことのようにして告げてくれた二人の意見に反さず、薔薇の淑女として華々しく社交界に咲き誇るマルティナ様をお姉様と慕うお嬢様方は確かに多い。

私もよく耳にする。

だから学園で目立ちに目立つ攻略対象者たちへ逆ハー目的で節操なしな粉かけ行為に及んでいても、聞こえる批判は大きくなかった。むしろ「わたくしは○○様を推しますわ」「あら、わたくしは○○様がお似合いだと思います」なんてアラマル、ハルマルなどのカップリングで薄い本でも作られていそうなお嬢様方の熱意がひっそり、けれど堂々と炸裂していた。


まあ、人気があったお陰なのかその反面の不人気側は凄まじく邪悪な空気が漂っておりましたとも。

行き過ぎた行動が何処へたどり着いたかは、カタネが危機感ゼロで語ってくれた最終恋愛イベント時の話を思い返せばわかるだろう。いなくなってしまえばいいのに、なんて生易しいものでは済まない程の醜悪さ。

もしも自分がその立場であったとすれば、なんて逆の立場で物事を考えられる頭をお持ちならそんな愚かな行為には及ばないだろうに。女という生き物はこういう時に恐ろしい。


「気にかかるとすれば、学園に入ってから妙に行動的になったところか」


視線を上へと向けて何かを思い出しているアランの言葉に、頭を押さえていたことで俯き気味になっていた視線を持ち上げる。


「何を狙って動いていたのかが読めなくていろいろ邪推させられた。私とハル、ケルまでは幼少時から面識はあってもそこまで深く話をする仲ではなかったからな。学園入学を機に次代を担うものとして交友を深めるつもりかと思ったが……」


ケルとはケルファン、魔法使い殿のことだ。有名プラス高い地位、能力も高いとなれば、次代を担う同世代として幼い頃から交友があるのはよくある話。


「医師見習い殿に従者殿、ですか」


言い澱んだのは彼らの身分と背景にある面倒な事情と後ろ暗い闇成分の為だろう。

貴族からの推薦で学園入りした医師見習いのテオは将来を見越して声をかける目的では良い判断だが、恋情を育む相手としては身分に差があり適さない。

一方雇われ従者のラシェカは裏に暗殺をこなすギルドがくっついてきているので、後ろ暗い目的でもなければ仲良くなる利点が想像出来ないし、恋愛関係などもっての外だ。


ありとあらゆる伝手と情報で現在まで生き抜いてきたアランが、この二人が持っている問題を知らない訳がない。それ故にわからないといった感じだ。

実状はただの攻略対象者だから、なんて伝える訳にはいかない電波な内容となっております。

中身なんてさっぱり無い。ついでに申しますと登場人物としての愛はあっても現実の人間としての愛は皆無です。誠にご愁傷様。弄ばれちゃったねダメンズの皆様。


「ベル…………ア、アンナ……は、彼女の行動の理由を知っているのか?」


これまた随分と呼び辛そうになさったものである。家を含まぬ個人での話をしているのだから名前を呼び捨てろと、この場にルールを設けて強いたアランの言葉もあり、呼び間違えを訂正してどうにか呼んでみたけれど、だ。不承不承、というよりは初々しい印象を受けるのは何故だろうか。


本来ならば近寄ることも勘弁レベル、女性恐怖症にも近いハルベルトの女性不信は、マルティナお嬢様のお陰で多少なり緩和されたのかもしれないな。

不愉快だと顔を歪めて仕方なく私の名を口にする、そんな様子がなかった所為なのか「異性の名前を呼び捨てるなんて恥ずかしい!」と照れる女の子の姿が脳裏を過った。

どうしてくれるんだ騎士見習い。その見目麗しい容姿が遺憾なく威力を発揮する綺麗系の男の娘が一瞬誕生してしまったじゃないか。見られたものではないならともかく、下手な女よりも様になっているとか違う意味でドン引きだよ。


「何だその初心な女みたいな反応は。俺に男色の気はないんだ。そんな余興はいらない」


わかりやすく品のないうげっと表現しないだけで、言っていることと歪めた顔はどう考えてもその様子を表してくださっているハルベルト相手には一人称が俺の我様王子による容赦なしの発言。

まさかの一部同意見に寒気が走る。


「俺にもないぞそんなもの!誰が初心だっ何が余興だ!いちいち人の失敗の揚げ足を取ってないで聞き流せ!」


「それは出来ない相談だ。例外位置に持ってきたマルティナ以外の女など汚物でも見るように扱うお前が、こんなに面白い反応を見せているんだ。からかわない手はない」


「~~~~~~~~っ!」


アンナのたった三文字を言い澱んだ手前、恥ずかしさがあったのか薄く頬に色を乗せて男色発言かましたアランにハルベルトは反論を叫んだ。が、けろりと躱された。それもただ躱すのではなくにやりと笑いをつけ、底意地の悪い発言まで付けてきた。親友だと思っている相手の問題発言に、表情をあまり変えないと言われている御顔が怒りに歪んでいる。

握った拳がぷるぷると御顔の横で震えているのはいろいろなものを耐えているからだろう。


相方が問題児だと大変ね。好意は浮かばなくても親近感は湧いてきたよハルベルト。君にとっての問題児は間違いなく耐え忍んでいる君を見て、にやりと笑っているアランだろう。

ご愁傷様。

まだ素直に謝るカタネの方が可愛いわ。……正しい意味で反省しているのかどうかは疑問だけれど。


「……知りません。それはマルティナ様ご本人にしかわからないことです」


恐らく攻略対象者だからとしか返ってこないだろうが、何を思ってなのかは流石にカタネ本人に問わねばわからない。もしかすると目的があって、なんてこともある可能性は否定出来ない。


「君の意見は?」


今度は名前ではなく二人称で来ましたか。まあ、いまの反応を見る限りあなたにはそれが無難でしょうね。

隣でつまらないとでも言いたげな顔をしている腹黒もいることですし。

さて、真っ直ぐに視線を向けてくるハルベルトにどう答えたものか。私個人の意見となると、どうでもいいの一言に尽きるのだが、そういうことではないからな。


「先を見据えた能力と技能の確保、であれば声をかけるのは妥当でしょう。医師見習い殿は貴族推薦という養子縁組の私とは違うある意味特別枠での入学で、平民であると侮られることのない有能さを示して見せました」


平民でありながらも貴族のお抱えであることでその特別性を見られた医師見習い殿は、平民から貴族になった私とは異なり、注目は浴びても表立って虐められるということがなかった。

勿論まったくない、なんて奇跡めいたことはない。優劣を競いながら生きている小さいながらも競争社会のその中に、平民なんて底辺の地位が転がり込んでくるのは貴族である彼らにとって面白いことではないのだから。


だが、医療技術などの特殊な技能持ちは優遇されるものだ。健康で長生きしたいのは当然、美しくあり続けたいと望む女性は何処の世でも変わりない。そういうニーズがある故に重宝されて大事にされるのが医師見習い殿のような医療技術に長けた存在だ。

彼の後見は確か男爵だったが、これがもっと高位の貴族であれば生粋の貴族より発言権があったりなんかするなんとも不思議な力関係が出来ることもある。


「従者殿も雇われ従者にしておくには勿体ないとの噂はよく耳にします。能力のあるものを最も適した場所へと派遣する。その為の行為であるとは考えられるでしょう」


失礼ながらまったく目立ちも冴えもしないこれぞモブ、そんな伯爵子息の雇われ従者であった彼の有能さは結構有名だったのだ。ハルベルト以上に顔色も表情も変えない愛想の欠片もない能面でも、容姿がよろしく仕事が早くて手際がいいので、男女問わずに評価されている。短期契約であると知られていたので次の契約を持ちかけるものも多かったと聞く。

……現在はカタネのお陰でライリック公爵家へと短期ではない雇用が決定する様子だがな。

考えたくない案件だ。


「後ろ暗い背景を除去して余りある買い物、といえば否とは言えんな。確かにあの二人の技能は高い。あんな場所に埋もれさせておくには惜しい逸材だ」


さらりと口にされた買い物発言にちょっと引っ掛かりを覚えるが、身分による明確な階段状の優劣が根付いている世界なのでよく聞く言葉だ。

こういう上から目線の言葉は好きにはなれそうにもない。なる気もないが。


「とはいえ、恋情を持たれるほど相手をする必要があったのかは疑問が残るところだ。尤も、これは相手が勝手にマルティナへ恋情を抱いたのだとも言えるために追及も出来ないが」


さっすがトゥルーエンドでは俺だけに溺れてしまえ、俺以外は見る必要も相手をする必要もないと正妃殿下としての公務すらも取り上げて、エロしかない軟禁状態で強制俺様至上主義へ精神と肉体、両方の調教をなさる無自覚ドS。

自分を蔑ろにされるとエロい方向でバイオレンスになる恐ろしい男は一体何をどうやればそこまで自分に自信が持てるのか、マルティナが自分に惚れていると疑わない。ある意味幸せな脳味噌をお持ちで非常に厄介である。


まったく持って頂けない光景が脳裏に浮かんでしまい、虚ろになっている私へとじとりと伺う鬱陶しい視線が張り付く。刺さるんじゃない。路面に張り付いたガム、窓ガラスに残ったガムテープ跡。

そんなべっとりと粘着質に張り付いて除去が困難な類のものであるアランの視線にぞわりと危機を知らせる生理的な身震いが走る。


「最も気にかかるのは君だよアンナ。どうしてマルティナが君を番に迎えたのかがわからない。入学の日以降、共通学科であろうと接点を持たなかったというのに、何処でそんな関係を結べた?どうしてマルティナはあれ程までに感情を表に出して君を見ていたんだアンナ」


「そんなのあのお馬鹿本人に聞いてくださいよ。わかるわけないでしょう」


前半部分は前世故にと続いてしまうので置いておき、後半部分は即答しよう。

聞けば聞く程に大丈夫じゃない発言しか出て来ないタカネ語りに理解をどうやって示せるのか、だ。

冷静に考えるとカタネはどちらかといえば君達ダメンズ寄りの思考な気がするよ。そう考えると、どうして私はそんなとんでもないものに絆されてしまったのかと突っ込みを入れる必要が出て来るが、何処からともなくお告げが聞こえるよ。

知らぬが仏、深く追求してはならないと。


「……お馬鹿」


呆然と才女と認識しているマルティナお嬢様を馬鹿扱いする私を眺めているハルベルトに溜息を吐く。


「頭は確かに冴えてますよ。才女に相応しい立ち居振る舞いも出来れば、こっそり裏から手を回して自分に都合のいい状況を整えられる策士の真似事も出来るでしょう。非の打ちどころがない優秀な令嬢であることは重々承知の上ですが」


力強く言える一点の大問題。


「どうしたわけか私に関することにはお馬鹿としか言い様がないのですからどうしようもないでしょう。聞いたところで理解不能ですよ。極めて大事なものが何処かへとぶっ飛んでいますからね。当事者の私自身が理解を諦めました。どうしても知りたいというのであれば一日の気力を消し飛ばす覚悟で尋ねればよろしいでしょう。後悔しても私は知りませんし責任も取りませんが」


短く、と強調して説明をお願いすればこう返る。



タカネちゃんが タカネちゃんで タカネちゃんだから タカネちゃんなの。



ほら、理解不能だろう?むしろ脳が理解を拒む感じだろう?意味なんてないようにしか見えないだろう?

なのに言った本人は物凄く満足そうに言い切った顔してこっちを見ているんだ。

ちゃんと私答えたよっねえ褒めて褒めて!と、目をキラキラと期待に輝かせ、千切れんばかりに幻の尾を振りまくり、撫でやすい位置に頭を持って来る用意周到振り。まさしく犬だ。それもとびきりお馬鹿な駄犬である。


お手は抱きつき、おかわりはそれなりサイズの胸の上を顔面ローリング、待てなんて言葉は存在しない押せ押せ行け行け暴走こそが売りなんです!そんな残念すらも通り越したキャッチフレーズが付くいっそ天晴れと言いたくなるほどの駄犬、それがカタネ。

言うことをきかないのであれば無意味だろうと躾を諦めたが最後、とんでもない事態が巻き起こる気がしてならない危機感をひしひしと感じさせる取扱い厳重注意の駄犬、それがカタネ。


人間扱い?一応しているとも。本当に犬であれば構ってくれとすり寄って来ても余程大型の犬種でもなければ体格の差があるから所詮出来るのはその程度と無視出来る。

だが、人間である以上無視して放置していると調子に乗っていろいろと悪さをするんだよ。

……本当に、いろいろね。はあ。


私が遠い思考に溜息を吐いていると才女のマルティナお嬢様しか知らない二人は怪訝な顔をする。

ああ、その平和なマルティナお嬢様しか知らない様子がちょっとだけ羨ましくもない。


「……聞きたいことからズレている上に状況が不明すぎて理解に苦しむが、そうまで言い切るアンナから見てのマルティナが気にかかるな。どうしてマルティナへ天の番として申し出た?接点がなかったのではなく、そこまで言えるからこそ避けて通っていた。そう考えられるというのに、どうしてマルティナと二人きりで話をしていたんだ」


口にしないのでわかる訳はないだろうがね、避けていたのは悪役令嬢のマルティナ、そして逆ハー攻略に乗り出した誰とも知らない知識ありの転生者であるマルティナだ。カタネを避けていたわけではない。

むしろカタネであるとあの初対面の時にわかっていれば、逆ハーなんて後に百害しかない馬鹿げた行動に走らせることなど絶対に許さなかった。

さらに言えば第一王子の婚約者としての立場ももっと平和的に後腐れなく粉砕してやっていたとも。

お前のようなド変態に私の大親友をくれてやる気は毛頭ない。


「どうして私が天の番として名乗り出たか、ですか」


そんなのお前らが決定した姦獄回避のためだ。だが、知っているという特殊事情を知る由のない二人が聞きたいのはそんな意味ではない。

逆の立場、攻略対象者の立場で私の行ったことを見たならば、コイツ正気なのかと目も耳も頭も疑うよ。


避けて回って接点を持たないのは好意がないからと取れる。だというのに突然マルティナの前に現れて二人きりでお話しているなんてどういう心境の変化なのか。

さらに一体何処から集団監禁の予定を知ったのか。

それだけでは終わらず、好意のないはずのマルティナが監禁され、そこで何をされていようと自分にはまったく関係ない出来事なのに無視をするのではなく、逆に首を突っ込む意味不明行動。もっと正確に言えば首だけではなく、全身でダイブし突撃してくるなんて愚かの極み。さらにさらに、やり直しの利かない一生に一度の誓約を申し出るなど最早正気の沙汰ではない。


マルティナの公爵令嬢としての地位が目当てなんていう俗物的な考え方であったとしても、喧嘩を売る相手方の身分がまずいにも程がある。それこそマルティナを自分のものに出来るなら何もかもを引き替えにしてもいい、そんな執念めいた愛でもなければ理解不能なくらいに分が悪い。

ここまで異常な脳持ち扱いなのかどうかは知らないが、近いことは考えているのではなかろうか。

だからこそ、私の行動理由を知りたいのだろう。


……一応その場で何処か間抜けなお嬢様のありのままを愛しいと思えると言ってあげたのに、疑い深いことである。同性であることと、思えるという曖昧にも聞こえる言葉のチョイスがまずかったのか、それとも……マルティナが逆ハーレムを達成したが故に、本当に自分を愛してくれているのかとほんの少しでも疑念が生じたのか。

まあなんにせよ、答えるまでいつまでもずぅっと問われ続けるのだろうね、コレ。


「君はマルティナ嬢を愛しているのか?」


ほらこんな感じに。

予測直後のド直球、ハルベルトが真面目な様子で問うてきたのに、微妙な顔をしてしまいそうになるのを堪える。

態々問わずとも質問の意味と返すべきである言葉の意味を分かっているつもりだけれど、一応確認したいなあと心の中で思うのは自由だと思うの。


その愛って当然恋愛の“ 愛 ”なんでしょう?親友としての友愛ではなくて。

通常男と女の間に発生するはずの「君がいなければ駄目なんだ」的な愛ってやつなんでしょう?そういう意味で私がマルティナお嬢様であるカタネを愛して誓約を交わしたのかを問いたいのでしょう。うんうん。ちゃんとわかっているとも。

だがしかし、恋愛なのか友愛なのか、そんな限定条件下で問われてはいないので、愛しているのかいないのかの二択で答えて差し上げよう。


「愛していますよ」


一応ね、と心の中で付け加えて。

だってコイツらにこうこうこんな理由でこうなのよなんて、そんな細かな説明してあげる気はないもの。そんなの当人同士がわかっていればいいだけの話。

愛している女を横から掻っ攫われたのだから諦める為の、納得する為の説明と理由が欲しい、なんて言われても私は無視するよ。人でなしと言われたところで知ったことか。

なんといっても私に出来る説明は、きっと本気で愛している相手には御理解も納得も頂けないものだと思っているから。


ついでに言ってしまえば、本気で愛しているのなら相手の女が選んだ男が例えどれほど人として最低であっても何も言わずに身を引くべきではないのか?

だって、少なくともその男を選んだ女は幸せで満足なんだ。であれば、女の幸せを願うふられた男は黙って消え去るのが女としては万々歳だと思うんだけれどね。

いつまでも女々しく私に縋らないで頂戴とかドぎついことが言える女ならいいかもしれないが、ふったことを申し訳なく思う女ならいつまでも目の前に居続けられては気掛かりで幸せには浸れまい。


とはいえ、これは恋愛など経験もなければする気もないお年頃のはずなのにカッサカサに乾き果てた恋愛観を持っている私の勝手な言い分だ。

実際五人の攻略対象者たちの目の前で、ひょいと軽い動作でマルティナお嬢様を一本釣りした私は、身の危険を感じて常に警戒しなければならない状態になっているのだから。所詮現実なんてこんなものである。


「軽い」


「不満そうに言われても困ります」


さらりと答えたらさらりと返って来た。馬鹿真面目ハルベルトからまさかの突っ込みが入ったのについつい反射で返してしまった。

ボケと突っ込み状態になった笑いのない空気が微妙すぎるのに、返答が不満なのだろうハルベルトはむすっとしている。そんな顔されても困ります。


「ハルに言われるなんて余程だぞアンナ。だが、同意見だ。ハルが言っていなければ私が言っていたところだ。随分軽い愛で誓約を交わしたものだな」


うっわ、絡んできやがったよ腹黒が。しかも何なの軽い愛って鼻で笑うように言ってくれやがってさあ。

重ければいいのかよ重ければ。一歩動けば何処へ行く、視線を逸らせば俺を見ろ、誰かの名前を話題に出せばそいつの息の根止めてやろうか。こんな病んでるとしか言い様がない状態であろうと愛が重ければいいんですってか?寝言も冗談も休み休みでも勘弁願うわ他所へ行け。

そもそも逆ハーでは五人共同で監禁、トゥルーでは個人で監禁か軟禁の閉じ込めルートしかないあんた達ダメンズに、愛の定義を語られる謂れなどないと思いますが私は何か間違えておりますかねえっ!


ひくりと口の端あたりがひくついたのはそろそろ我慢の限界が近いということかもしれないな。


「外野が軽い重いと勝手な言い分で愛を語られても、当人同士がそれでいいと思っているのであれば余計なお世話ですよね」


スパッと切り込むように飛び出て来た言葉に虚を衝かれた二人。そんな二人の様子を頭の片隅にあるだろう冷静な部分で見た私は、我慢の限界近い発言を撤回するべきだなと思い直しているところである。

そう正しくは、とっくに我慢出来る範囲を超えてるんだね、と。面倒くさい面倒くさいと重ねていた言葉がカウントダウンだったに違いない。


そうと認識してしまえば遠慮はいらない、というかそんなものを考慮する部分の脳回路はストライキを起こして絶賛おサボり中である。繋がっているのは面倒くさいにもういいやの自棄とも取れる直情回路。

後の問題より今のストレス。なぁに言質は取ってある。この場の会話は家も権力も効力外、同じ年の少年少女の語らい事に諍いは付き物さ。


腹が据われば顔つきも変わる。なけなしの表情筋が仕事を辞めてしまえば残るのは、ひどく冷めた攻撃的な御顔である。そんな変化に細く息を呑む音が聞こえた気がしたが、どうでもいい事だろう。

もういい加減にして欲しいのだ。


「大体その軽いとか言われる私に応じたのは貴方方が愛するマルティナ様であって、私に全面的な非があるような言われようをなさられても困ります。他にも選択肢はあると提示した私の手を取ったのは他ならぬマルティナ様でしょう。自分以外、今まで接点のないそれも女の私が選ばれたからと(ひが)まれても私に返せる言葉はどう聞いてもいい意味には取って貰えませんでしょう。良くて皮肉、悪いと際限知らずの被害妄想、真面目に話すだけ時間の無駄。もしも自分を痛めつけたいんだなんて理解を示したくもない被虐趣味をお持ちならばどうぞ私とマルティナ様に関わりのない何処か遠いところで勝手に盛り上がっていてください。これ以上付き合っていられません」


かたりと乱暴とはいかないまでも不快であると示せる程度の音を立てて椅子から立ち上がるが、まだまだ暴言の弾丸には手持ちがありましてね。


「それに、私に問うばかりで肝心な私の問いには回答なしとは随分よろしい性格をしていらっしゃいますね。ですがもう結構、これ以上の拘束は御免被ります。男二人に女一人のどう足掻いても力で敵わぬ逃亡不可の圧迫状況下で、お話なんて聞こえだけしかまともではない強制も大概になさい。“ 個 ”として対峙?これの一体何処が個人なのか教えて欲しい限りです。同じ年齢の少年少女、本当にそうであるならば理想は同列位、それが無理だとおっしゃるのであれば、せめてこの場にあるのは単純な個人の能力差だけであるべきです。生憎、能力だけなら貴方方に私が劣っているとは思いませんし、学園での成績を見ればそれは十分に証明出来るでしょう」


学園なんて所詮は貴族間の伝手づくり、気になる相手の人となりを確認する為の形ばかりの学び舎よ。

とかなんとか思っているのだろう。それなりの成績を各学科で取っているだけの王子殿下に得意分野の学科で優位を譲っても、総合成績で負けた覚えはないんですよ。

まともに私と学科の点数で競い合っていたのは、薬学で医師見習いのテオ、魔法学で魔法使いのケルファンの二人だけだろう。ああ、ハルベルトはそもそも比べようがない騎士学なので圏外で。


「最も、反論があったとしても知りませんがね。結局のところは王子殿下とその護衛。どうやら仲はよろしいようですが、それもまたどうでもよろしい。貴方方の御関係が利害であろうと親友であろうと、私とマルティナ様にはまったくもって関係ない。言葉での回答は得られませんでしたが、その尊大な態度で十分です。軽い愛と誹られた私が愛を語るのは笑えますが、ただ傍にいて笑ってくれるだけで十分なんですよ。自由奔放、コロコロと表情を変えて幸せそうに笑える場所が私の隣にしかないならば、マルティナの隣は私の場所です。他の誰のものでもない。誰であろうと譲らない。あの笑顔を奪うと言うのなら」


怒涛の勢いで語り続けた丁寧なようで無礼でしかない一方的な叩きつけ会話が途切れたのは、仕事を半ば放棄していた表情筋が気まぐれを起こしたからだ。

蔑み見下す物理的にも精神的にも上から目線の瞳にギラリと光る刃物の鋭さを宿し、持ち上げられた口角が綺麗な弧を描いて形作る笑みは寒気がするほどに酷薄なもの。

それは極悪非道、人を人とも思わぬ所業、冷酷無比な殺人犯がやさしいと思える程に冷たく浮かべる笑みに、似ていたのかもしれない。


誰一人として知る由もない話だけれど、私はこの世界で一度“ ない ”と認識した。

いつだって近くにあって、手の届くところに存在して、決して失われることはないなんて……そんなことあり得る訳もないのに、ずっとずっと共にあれると何処かで思っていた。

けれど、なかった。この世界には私しか、いなかった。

目撃者の御父上殿曰く、半狂乱に泣いて叫んだらしいカタネと比べれば、私のそれは随分と控えめでおとなしい反応だ。暴れることも泣き叫ぶこともなく、静かにその場に立ち尽くした。

自分の隣、誰もいないその空白の場所を見つめて……ただ、静かに。

胸に穴が開いたかのようなあの空虚な喪失感は忘れようにも忘れられないものだ。

いると知った今では過去のことと苦笑くらいは出来るけれど、もう一度あの感覚を味わうのはとても許容出来そうにない。


だから、私は残酷な笑みを浮かべる。


「全身全霊をもってお相手致しましょう」


どうしてもマルティナ様であるカタネを欲しいと言うのならば、私の屍を越えて行け。

とはいえ、実際に私を屍になんてしては欲しくて欲しくて必死になったマルティナお嬢様も一緒に連れて逝ってしまいますけれどね。ほほほほほ。


さて、ふざけるのは後にしましょう。私に歯向かえばどうなるのかわかってるだろうな、と結構本気で脅しをかけた効果が出て、息を呑んでおとなしくなった面倒くさい上にまったく身にならない会話を強制してきた愚か者二人を放置して行くとしよう。

我に返られても困るので可能な限り静かに音を立てないように鍵がかけられているこの部屋唯一の出入り口へと歩を進めたのだが、魑魅魍魎の巣窟育ちはしぶとかった。


「王とは支えがあって立つものだ。一人で存在することは出来ない」


一応ダメージが与えられたらしく、やや強張ったその表情に余裕はいない。

が、どうして知らせることをしなかったのか、何が目的だったのかではない言葉の始まりで、何を訴えるつもりなのかな好感度が地の底絶賛抉り中の王子殿下。


「だが、象徴であり絶対の施政者である為には唯人であるわけにはいかない。威厳のない王の言葉を誰が信じる?誰が従ってくれる?王族であること故に傲慢であると言われたならば、それは私にだってどうにもならない負うべき業だ。第一王子として、いずれ王位を受け継ぐものとして、持ち続けねばならないものだ」


確かに、敬われない王に王たる資格はないだろう。人望であれ、力であれ、人を引き寄せ従わせる、そんなカリスマ性は人の上に立つ存在にはきっと必要なものだと思っている。それにより傅かれることをよしとする他ない、というのは理解は出来なくても非難するほどではない。


「私が王子である以上、どうにもならないことを咎めるのか」


でも、違う。どうにも論点がズレているんだよこの王子は。

脅しの圧力に屈しなかった気概は褒めてもいいかもしれないが、一体何を勘違いしているのでしょうかね。

強張りを残した様子はそのままに、強い目を向けて来る王子を一応見返しながら、はあと溜息を吐いた。


「いいえ、例えどうにもならないことであってもそれを必死に覆そうとしない、その性根にこそ問題があると言っているんですよ。最善ではあるがそれを失う訳にはいかない、だから足掻く、なんてことをなさらないでしょう。マルティナの替え玉を準備するでもなく、毒見役をつけるでもない。守る存在を傍らに配置することすらもしなかった。失ったらそれまで、犠牲は出たがことは上手く進んだので良策だったと納得出来る。そんな考え方が気に食わないと言っているんですよ、私は」


私がこの腹黒我様王子に言っているのは、本人が望まなくても押し付けられるやむを得ずではなく、その立場に胡坐をかいて当前とふんぞり返っているその悪辣とも取れる態度のことだ。

気合を入れて性根を根本から叩き直さなければどうにもならないだろうとすでに出されてしまっている残念極まりない結論に気が付いてくれませんかね。


「では、アンナならどうしたと?」


ああ、ほんの少しでも期待した私が馬鹿でしたよこん畜生。王族としてえっらそうに椅子に座ってふんぞり返っているつもりなら、元平民風情に意見なんて求めるな。面倒くさい。

問いを無視して早急に立ち去りたいが、ここで何も答えずに出て行くと答えられないから逃げたと勘違いされそうで腹が立つ。だからもう少しだけ我慢する。


「……どうしても囮としてマルティナに役割を与えなくてはならないのであれば、持ち得る技術、全ての伝手を使い、傷一つ付けることを許さない策を取ります。もしくは……」


「もしくは?」


「ターゲットを自分にすり替えさせる為、より派手に動く。自分が狙われているならば誰かを守るよりも対処は気が楽です。それで万が一死んだとしても後のことを確実に行ってくれる相手に頼んでおけば片は付き、死んだ自分が甘かったと諦めもつきます」


……残して逝くことで誰かを泣かせるのだけは、悔いますけれどね。


「それが君の守り方、なのか」


護衛として傍らにあり続けるハルベルトが少しばかり興味を示すように私を見るのに眉根を寄せる。


「一例でしょう。貴方方は誰よりも位の高い王族と公爵の立場を持っていることで人に命令を下す側にいる。なのに平民上がり風情が考え付くことすら思いつかないと?そんな体たらくを万民が支持すると思ったら大間違いなんですよ。今の内に死に物狂いで改善なさるのがご自身の為です。では、今度こそお暇させて頂きます」


「あ」


ドアノブに手をかければ、ぱちりと施錠者の魔力反応ではないと開錠を拒んだ力がやや強めの静電気ほどの痛みを掌に与えてくれたが、それがどうした。私の我慢はとっくの昔に切れている。今更この程度の抵抗で、我が行く道は阻まれるものではないわ!


苛立ちでまともな部分が振り切れている状態で握ったドアノブへと物理的な力と共に魔力を流し込む。

施錠者ではないと抵抗する識別魔法を侵食するように魔力を流し、施錠者であるハルベルトが残した魔力の痕跡を上塗りして強引に施錠したのが私であると認識させ直す。

その光景は魔法を得手としていない主従二人には異様な光景に見えただろう。

暴言吐き連ねて逃亡しようとしているのを黙って見ているのがその証拠だ。


ガチャンと鍵が私の書き換えに屈して音を立てて開けば、室内に展開されていた防音の魔法も停止へと移行する。それを確認してドアノブを押し開けば、先程の抵抗が嘘のように素直に廊下へと続く道を開いてくれた。

ようやく開かれた道に満足して、肩越しに呆然とこちらを眺め間抜けな顔を晒している王子と騎士見習いのコンビへ、にっこりと愛想笑いを叩きつける。


「では、御免遊ばせ」


悠々とドアを一人で潜り抜け、ぱたりと閉じる。内側からの施錠にしか反応しないようになっているので二人は出ようと思えばいつでも出て行くことが出来る。

外から物理的に鍵をかければ内側の魔法も反応して強制監禁も出来るが、一応ここは学園内の勉強用の個室だ。鍵を管理しているのは学園の長とこの棟の管理教員なので私が彼らをこの場に閉じ込めるのはちょっと無理がある。……不可能とは、言わないが。


「はあぁ……ったく、面倒極まりない輩に捕まったわ」


貴族の淑女らしく淑やかに美しく歩きなさいと怒られること間違いないが、変な緊張とおかしな行動抑止の為に凝り固まった肩の筋肉をもみもみと労わりながら足早に学園寮へと戻るために歩を進める。


「なんの身にもならない損失のみ、時間の無駄。こんなとき時間を巻き戻せたり二倍に出来たりすればいいなと都合よく思うのは贅沢なことかしらね」


「過ぎた時間で得た経験を無駄にせず巻き戻せるのであれば便利だろうが、流石に時間魔法は俺やあんたの手には余るな。一朝一夕で出来る魔法じゃない」


はあ、と吐き出しかけた吐息が止まったのは、廊下の角を曲がった瞬間。

卒業翌日の人気のない学園、その中でもさらに人の気配が遠ざかる自習学習棟であるこの場所には、室内に残してきた二人のダメンズと私以外誰もいないはず。

なのに、聞こえてきた幻聴ではない覚えのあるよろしくないお声に、吐息だけでなく踏み出しかけていた足まで止まった。


「まあ、研究時間が取れれば手を出そうと思っているものではあるからな。暇が出来たら少しずつ考えてみるか。提言者としてあんたも手伝えよ、アンナ・ベルフォード」


ギチギチと油の切れたロボットよろしく無理矢理首を回して声の発生源へと視線を向ければ、キラキラ輝く目立つ容姿のダメンズが一人。


「返事はどうした男爵令嬢?」


浮かべられた嫌味全開の笑みに叫んだ私は間違えていない。

どうしてお前がここにいるんだ魔法使い!!

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