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まずは現状把握と参りましょう

伝説の樹の下でも、聖なる誓いを交わす教会でもないけれど、思いがけず集まってしまった五人。

薫り高き白百合が凛と咲くこの場所で会う約束をしたそれぞれの想い人が全員共通の同一人物と知り、その場には何とも言い難い空気が流れたが、一癖も二癖もある面々を虜にするたった一人がいけないのだ、との発言に誰が最初かはわからないが、気付けば皆笑っていた。

そんな場に堂々と、けれど気高く美しく現れたその人に、集った五人は口々に告げた。


「待ちかねたよ、君は罪な女性だね」


「ええ、我らを虜にするなんて、とても罪深い女性だ」


「まったく、よくこれだけの面々を相手に立ち回ろうと思ったものだ」


「一人でも二人でもなく五人なんて、欲張りな御令嬢です」


「これでは己を見て欲しい我々はお嬢様の目を奪うためにより一層の努力が必要ですね」


「「さあ、行きましょう。我々の楽園へ」」


伸ばされた五人の手を彼女は――――。




「誰が逆ハーエンドの結末を話せと言ったのよバカタネ」


パチンとなかなか良い音が鳴って、「きゃんっ」と鼻っ面を叩かれた犬のような声を上げた残念極まりない大馬鹿者を半眼で見据えた。

いい仕事を成し遂げた指をティーカップへと向け、上品な香りを立ち昇らせる琥珀色を口へと運ぶ。

うん、流石公爵家、形式だけのポンコツ男爵家とは紅茶を淹れてくれたメイドも使っている茶葉もその質が雲泥の差だわ。


「ふうう~、いたいよタカネちゃん~」


デコピンによってうっすらと赤みを帯びたきめ細やかな肌を撫でる取り返すのが非常に面倒かつ手のかかる失敗をやらかしてくれたお馬鹿さんを眺めながらカップをソーサーに戻す。


「当然でしょ。痛むように力を込めたのに痛くなかったらあんたの面の皮の厚みを測って確実にダメージを与えられるようにやり直さなくちゃいけないじゃない。痛くて良かったわね」


「うう、タカネちゃんの愛が痛い」


「いますぐ言語が通じるところに戻りなさい。さもなければあんたの脳内に蔓延ってるお花畑に除草剤散布するわよ」


そういえば、根絶やしデストロイヤーとかいうすごいネーミングの除草剤のCMを見たことがあったっけ。

懐かしいわ、なんて思っていたらめそめそと令嬢らしからぬ前傾姿勢を即座に正したカタネがいて、ちょっと呆れる。そんなに必要なのかそのお花畑は。


はあと溜息を吐いたこの場所は、ライリック公爵令嬢であるマルティナに許された学園寮の部屋である。

ああ、ベッドに机などの必要最低限の家具があれば他は何も入らない可愛らしいワンルームなんて規模じゃないのよ、ココ。


どこぞのRPGゲームの魔王に誘拐されて勇者に助けられ将来を誓い合っちゃうお姫様の無駄に広く豪奢なお部屋を是非とも想像して欲しい。

たった一人しか寝ないのにキングサイズの無駄にでかい天蓋付きベッド、何調だかもわからない見事な彫金細工が施された勉学には不必要と思われる華美なアンティーク机とその他諸々。

いま席に着いているテーブルも、使っているティーセットも値段を聞いたら卒倒するような価格だろうから、間違っても問うことはしない。質に入れてそのお金を孤児院に持って行く己を容易に想像出来るもの。


しかも、この明らかに広すぎる一室だけではなく、衣装部屋に専用の浴室、公爵家から連れて来た身の回りの世話をする専属メイドが控える部屋と全部で四部屋の構成だ。ここまでくれば立派な家、これが個人に割り振られた学園寮の一室なのだから驚きである。

とはいえ、こんな特別待遇はほんの一握りの特権階級だけなのだけれど。

因みに男爵令嬢の肩書きを持つ私の学園寮は、決して狭くはないけれど広いとも言えないワンルームで、浴室は共同浴場、衣装部屋なんて必要なほど大量の衣服など無いのでそもそも不要、専属メイドなんて当然いる訳がない。まあ、いても困るし柄じゃないから御免(こうむ)るけれど。


そんな豪華な一室でのんきにティータイムをしているが、この場所にたどり着くのは大変だった。

ええ、もう本当に。何が大変って全部としか言いようがないけれど、強いて言うならば……めくるめく十八禁エロゲーム『監獄の白百合』直行便、鋼鉄製の強制チケットを死が二人を別つまでの誓約によって見事にへし折った乙女ゲーム『看護の白百合』主人公役、男爵令嬢のアンナである(タカネ)を、色々なものが詰まってどろどろした真っ黒な視線で突き刺してくださった攻略対象者五名がいる場から離れること。

ではなく、キラキラした目で私を見つめ続け時折意味もなく「うふふ」とか「えへへ」とか心底嬉しそうに笑う悪役令嬢役、公爵令嬢のマルティナであるカタネを素早く歩かせることであった。


確かに予想出来たらそれはそれで恐い監禁された挙句に甚振られることがご褒美ですなドMへ調教、もしくは過酷な責め苦によって精神破綻からお人形さんに成り果てる二者択一でしか肉体が生き残れない、なんていう想像を絶する未来を選びたくもないのに選ばされている遠くない現実を、方法はどうであれ回避出来たとなれば浮かれもするだろう。

だが、ふわっふわと浮足立った足取りで歩くカタネを引っ張って歩くのは至極面倒でしかなかった。


よくよく考えてみて欲しい。片や逆ハー目指して熱心に攻略対象者といちゃいちゃしていた公爵令嬢、片や攻略対象者と関わるなんて冗談ではないと避けて回って勉学に逃避した男爵令嬢。

身分と家格の関係だけを鑑みても友好関係を築くのは難しいというのに、意図してマルティナを避けていたアンナが親しい訳などあるはずがない。当人同士がそうと認識していたのに周囲が私たちを親しいなんて思うなど当然ありえない。


だというのに、公爵令嬢の手を引いて颯爽と歩く男爵令嬢の図である。

しかも、互いの首には誓約を交わしたばかりの天地の夫婦神の印が刻まれており、釣り目がちな美人の為に何処か高圧的に見えるマルティナが、締まりがないにんまりへらへら幸せ爆発お花畑でルンタッターなご機嫌麗しさで、令嬢ではなく熟練の暗殺者かと見紛うほど鋭い眼光で周囲を警戒しているアンナに手を引かれているのだ。どう考えても目立つしおかしいし異常である。


特に誓約の印なんて政略結婚が当たり前の世界である貴族社会においては骨董品並みの珍しさだ。

恐ろしい程に人目を引き、事実など一切ない捩くれ曲がった噂が新幹線すらも凌駕する勢いで駆け巡ること間違いなし。

今後学院に進まず公爵家にて花嫁修業なんて始めちゃうかもしれないマルティナと違って、治療師エンドを迎えたアンナはこれからも勉学に勤しむ為に学院生活を送る予定なのですよ。今まで以上に高度な就学内容に四苦八苦するだろうところにそんな真実なんて欠片もない噂がくっついてくるなんて冗談ではない。


女性の社会進出がそれなりにあった前世と違ってこの世界の女性というものは、家の中で慎ましく暮らし、お家の為に顔も知らぬ何処かの誰かに嫁がされ、どんな容姿と年齢の旦那様であろうと尽くしてこその貴婦人です、とか顎が外れるだけではなく床の上にころころと転がり落ちる驚愕の男尊女卑仕様である。

勝手気ままに動き回ることなんて出来ない良家のお嬢様方はその鬱憤を晴らすべく、同じ立場の御婦人方とお茶会を開いては噂話に花を咲かせる。

えぇえぇ、咲かせる花の内容が嘘か真実かなんて些末事、話題性と面白味があれば無問題。むしろスキャンダルなんて長続きする話題、美味しくない訳ないでしょう?そういうこと。


現国王の宰相を務めるライリック公爵の長女であり、第一王子アラン殿下の婚約者でもあるマルティナが、稀有な治癒適性持ちとはいえ養子縁組によって平民から男爵令嬢へと成り上がった小娘と誓約を結んだなんてことが話題にならない訳がない。

第一王子の婚約者を誑かして掠め取った浅ましい女狐とか言われそうだ。実際は監禁したマルティナに規制しか入らない色々なことをして悦に入る異常性癖持ちから調子に乗ったお馬鹿さんを慌てて摘み上げて逃走した一応救出者なのに。

褒めろとか讃えろとか言う気はないが、せめて残念な乙女の純潔を守った通りすがりの男爵令嬢Aくらいの扱いに留めて欲しい。ええ、無理だなんてわかりきってますよ畜生。


思考すればするほどに新しい地の底を発見出来そうな重量を伴った溜息が出て来るのを紅茶で流して無理矢理飲み込む。一つ許せば止まらなくなるのは目に見えている。ぼっち環境で鍛えられた鋼の忍耐力よ、出番だ。


ああ、どう考えてもあの場から逃がしてくれそうになかったダメンズ共は、カタネの泣き叫び声と私が発動させた誓約魔法に気が付いて集まってきた野次馬根性逞しいお坊ちゃんお嬢ちゃんによって足止めされている。

元平民の男爵令嬢風情が彼らの注目を集める訳はなく、当然の如く視線を集めたのは身分や顔面偏差値が高い攻略対象者たち。人混みの最前列に集中していたのが噂と綺麗な御顔が大好きなお嬢様方だったのも幸いだ。


「○○様、どうなさいましたの?」とか声をかけられて、周囲への心証を悪くすると後々に響く彼らは無視することも出来ず、しつこく鬱陶しい野次馬共の相手をするしかない。

そんな彼らを尻目にそそくさとカタネを引っ張って退散した私の勝利だ。

不幸過ぎるシナリオなのでせめてそれ以外で良いことあれとでも言いたいのかと毒づかずにはいられない無駄に高い幸運値が役に立っているぞ、製作スタッフ一同。


そんな流れで精神と肉体の危機に曝されていた状況下からどうにか逃走を果たし、人目から逃れることが可能な一応安全地帯であるマルティナの寮室で一息ついているのが現在の状態である。


「それで、あの五人との関係は現在どうなってるの?」


改めて問い直した私に、ようやく真面目に話をする気になってくれたらしいカタネが口を開いた。

……もう顔に締まりがないのは無視する。面倒くさい。というかカタネのデフォルトはこれだからもうそれでいい。


「アラン様は正妃殿下を暗殺した犯人特定が済んで、後は捕縛された側妃殿下御二方の正式な罪状を待っている状態。非公式な労いは御二方が捕縛された後に陛下から頂戴したけど、罪状が決定すれば公式に何らかの褒賞が下賜される予定になってるよ」


幼い頃に現国王の正室であられた正妃殿下、つまりアラン王子の実母は何者かによって毒殺されており、実行犯が死亡していたことで首謀者が誰であったのか特定することが出来ずに現在まで至っていた。それが、卒業前にあるパーティーイベントで、アラン王子の婚約者であるマルティナが危うく毒殺されそうになり、その毒が正妃殿下を殺した特殊な毒と同じであったことから話は怒涛の展開を見せた。

毒の出所が二人の側妃殿下と判明し、国の頂点に近しかった貴婦人が特権階級から最底辺の牢獄行きとなったのはつい最近の大きな事件だ。

しかし……。


「褒賞?吟遊詩人に語られるほど仲睦まじかった正妃殿下を暗殺した憎くて仕方のない相手を捕縛することを可能にした功労者に、褒賞なの?」


その功労者が宰相の息女で第一王子の婚約者であれば、未来の正室として非公式にでも確定しておくくらいの措置はされてもおかしくないだろうに。

眉根を寄せて訝しむ私の言葉にしなかった疑問に気が付いたのか、カタネは……えへへとやはり締まりがない顔で応じてくれた。


「本当はいつ変わるとも知れない婚約者の立場じゃなくて正式に妻としての立場を与えてはどうかって話はあったんだよ。当然王位が現国王陛下に在る間は非公式になるけど」


「それがどうして褒賞なんてものに変化したのよ」


打診があったのに未来の正妃確定ではなく、態々褒賞なんて明確な立場ではない金銭や名声の類を何故頂くことにしたのか。

金銭は当主が現役宰相のライリック公爵家であることを考えればあまり意味は持たないだろう。

マルティナ個人としての金銭と考えれば意味があるかもしれないが、貴族社会にいる限り女であるマルティナが個人の金銭を必要とすることは少ないため必要性は乏しいと思える。


では名声はどうか。宰相であるライリック公爵の息女、未来の正妃候補である第一王子の婚約者。

その他にも公爵令嬢として社交界に咲き誇る美しき淑女であるマルティナは、毅然とした態度と時折見せる艶やかな笑みが人を惹きつけてやまないことから薔薇の淑女の異名を持っていたりする。

非常にベタではあるが、これだけ目立つ肩書きを持っているのであれば今更名声が一つ増えたところで役に立つことがあるのかどうか。精々未来の正妃に相応しいと臣民に示せる煽り文句が一つ増えた程度の価値で、あって困りはしないがなくても困らない程度だ。


では逆に非公式であるとはいえ第一王子の正室になることで生じる不…つ、ごう……。

まさか、と考え至ったどうかと思う仮定がどう考えても真実な気がして思考から慌てて閉め出したのだが、すでに口に出してしまっている問いは回収出来ない。

そのため、答えは返ってきた。


「お願いしたからだよ」


返ってきてしまった。


「だって、逆ハーエンド目指してるのにアラン様のトゥルーに進んじゃうと失敗しちゃうもの。だから、そういうのは本人同士で話し合いたいですわってやんわり断ったの」


一国の国王相手になんという豪胆な真似をしでかしてくれているのだろうかこのパッパラパーは。

頭を抱えたいのを我慢、ではなく思考から閉め出したはずの仮定話が根性みせるところを盛大に間違えているだろうと突っ込みを入れたい押し売りセールスマンよろしく強引かつ華々しく脳内に戻ってきたことに呆然となり、体が反応してくれない。


「……肝心の王子はどうしたの。逆ハー達成してるからには上手く切り抜けたんでしょうけど」


沈黙してはいけない、会話の主導権を明け渡すと面倒くさいことになる。

そんな考えで再起動した思考は回転率が足りなかったようだ。聞かなくてもきっと大して困らないだろう事象を聞いてしまった。

ん~、なんて記憶をたどる動作を見せたが、締まりがない顔はしぶとかった。


「その月は最終イベント発生が立て続けに起こって忙しかったんだよね。イベント後には事後処理もあるし、そんな話する為の時間を取るなんてことが出来なかったから勝手に流れてくれたよ。ゲームでもこんな感じで皆を袖にしちゃったんだって感心しちゃった」


将来を誓い合えるかもしれない話をそんな話扱いとか嘘だろう。

パーティーからはすでに半月経っていて、いくら実母の仇とはいえ事後処理は王子が采配を取る訳ではないだろう。むしろ愛する妻を殺された夫である国王陛下が取るはずだ。

そうなれば最終恋愛イベントをクリアしている相手であるマルティナを手中に収めるべく行動に出るだろうあの未来の犯罪者は。なんといっても相手は逆ハー目指して王子以外にもいちゃこらして噂が立っているマルティナ様だ。放っておいて手が出せない位置に持って行かれては堪らないし、何より第一王子として権力、名声、富と揃った三拍子にお綺麗な容姿までついてきて、ちやほやされるの当たり前環境で作り上げられたプライドが許さないだろう。


それなのに……それなのに、このお馬鹿ときたら。勝手に流れてくれたとか、袖にして感心するとか、いっそ恋愛には興味ないとばっさり切り捨ててくれた方が健全だ。

乙女ゲーのやり過ぎで恋愛脳が二次元固定されて三次元には働かないようにでもなってしまったのか?それとも元からそういう仕様なのか?

何が恐いって「皆」というこの単語だ。つまるところが、王子以外の四名も最終恋愛イベント後に愛を誓い合うお話を「忙しくって」と放置されて、イベントでいい雰囲気になったのをダムの放水並みの威力でもって押し流されたということ。

袖になんて表現は生温いと思う私は。


どれか一つでもこなしていれば、個別のエンディングを選べて、逆ハーエンドの五人分の地獄より遥かにましな一人分の地獄で済んだかもしれない。さらに頑張りによっては幼少期に起こった同情を禁じ得ない事情による捩くれ曲がった恋愛観と女性不信も、一人分であればどうにか緩和することは可能だったと思う。

まともな恋愛が出来ない水準にあった彼らと恋愛出来ているのだからそこから先は努力である程度は巻き返せるはずだ。

とはいえ、恋情を持って彼らと会話したことがないどころかまともに関わりを持ったこともない私では、所詮空想と妄想の産物でしかないのかもしれない。

それでも、何もせずに一見すると幸せそうに見えるだろう人生のおしまいをおとなしく受け入れる気は更々無いのだから、抗うくらいしないとね。


そして、私はいまからその一人分でも困難であろうことを五人分行う必要がある現実に直面している何処からどう見ても可哀想な立場だ。

何が哀愁を誘うって、ドン引き必至なストーカー共が迫ってくるというのに、その事実を綺麗さっぱり無かったことにして現在一人幸せそうに笑い続けている無自覚で残念かつ哀れな仔羊が私の相方だっていう事実である。

どう考えても必死に駆けずり回らなくてはならないのは私なんだよね。


いや、別に初めからカタネにそれは求めてない。カタネはそれこそ悪役令嬢の名を正しい意味で欲しいままに出来る頭を持っている。自らが動き回るのではなく、手駒を駆使して悠然と情報を操って事を為す策士タイプだ。私はどちらかといえば自分自身があちこち動き回る行動タイプ。

すでにターゲットとして定まっているカタネ自身が策を弄して現状打開する方法もなくはないが、問題になるのはその肝心の相手が「愛しているから監禁するのさ」なんて会話にならない方向へと思考が歪んでいるのだから難しいと言わざるを得ない。

冷静な話し合いが通じないのであれば、自分優位に胡坐をかいている相手の鼻っ柱と意味不明な自尊心を粉砕するくらいの何かが必要だろう。そういうのは口も態度も悪い私向きだ。任せろ。


取りあえず、私に課されている過酷な現実を片づける為に頭の痛い情報収集を続ける。


「権力的に一番面倒くさい王子の現状はわかった。他の四人は?出来れば時系列並べて貰えると助かるんだけど」


極秘にもみ消した、なんてものでなければ学園内で起きた物事は耳に入るし、家が関わるものともなれば貴族社会で生き残るために噂には敏感なお坊ちゃんお嬢ちゃんがあちこちで話しているので嫌でも耳に入る。とはいえ、正確性はどうしても当事者には劣る。

それでは今後の立ち回りに支障が出る可能性があるのでその危険性は早々に潰しておきたい。


「順番でいけば、ケルファン様が一日、十五日のパーティーの開始前にハルベルト様、最中にアラン様、終了後の夜にテオ、二十九日の夜中にラシェカだよ」


「なんなのその十五日のイベント多発は。馬鹿じゃないの?」


思わず突っ込んでしまった。突っ込まずにはいられなかった。そうしてカタネが食いついた。


「でしょ~?大変だったんだよその日は~。ドレスに着替え終えて待機してた控室から騎士候補生に空き部屋に連れて行かれて乱暴されそうになって、普段のストイックな様子じゃなくて、息を乱して“ 無事かっマルティナ嬢! ”って駆け付けて瞬く間に不埒者を叩き伏せちゃうハルベルト様、カッコよかった~。女の子に冷たいハルベルト様が大丈夫かって心配してくれるのを堪能していたかったけどパーティーに出ないとアラン様のイベントが起きないから仕方なく控室に戻って、アラン様のエスコートで会場入りしたの」


……細かいことは一時的に緊急措置用のゴミ箱に突っ込むことにする。考えるな。突っ込んだら負けだ。

確かに公爵令嬢への毒殺未遂の目立つ話題に隠れてひっそりと女性への乱暴未遂で退学処分になった騎士候補生たちを知っているが、女性ってのはあんただったのかカタネッ。


「アラン様のイベントはタカネちゃんも会場にいたから知ってると思うけど、ゴーセテッド伯爵令嬢が私に渡したドリンクが毒入りってわかって御用。パーティーはそこで中止になって招かれていた各家々の皆様方も学徒の私たちも休みなさいって部屋に押し込められたけど、今度はテオのイベントがあるからおとなしくしている訳にはいかないの」


いや、しとけよ頼むから。婦女暴行未遂に毒殺未遂でもう十分だろう。令嬢らしく「わたくしとてもとても怖かったの」とか震えて泣きながらキングサイズのベッドに埋もれておとなしく寝落ちしろよ。


「テオのイベントは一人で突撃すると最悪バッド直行になっちゃうから、パーティーに招かれて毒殺未遂の采配を取っていらっしゃったリゼンデル公爵へ学園の生徒を巻き込んで違法薬物で盛り上がってる貴族の恥晒しを捕縛する為に騎士をお貸しくださいって直談判して、言い逃れの出来ない状況での現場を押さえる為に証拠用の招待状を持っていた私が潜入して合図致しますわって申し出て、準備万端で突撃」


ねえもうこの子本当にどうしようもない。一日に三度も命を危険に曝してるなんてどうかしてるとしか思えない。頭おかしい。

そこは現役近衛騎士団長である騎士見習いの御父上にお任せして安全地帯にいろよ頼むから。


「危うく薬漬けにされるところだったテオを救出してようやく十五日がおしまいだね。あ、最初のケルファン様は魔法の実験が誰かに細工された所為で失敗して私が怪我するんだよ」


笑って言うことじゃねえだろバカタネ。


「でもアンナちゃんと違ってマルティナは魔法得意じゃないから実験は危険度が低いもので、軽い脳震盪と打ち身で済んだんだよね。後は失敗原因を自分で見つけて誰がどうして魔法陣に細工したのかを突き止めて自分で制裁を加えちゃうから放っておかないとイベントが終わらないんだよケルファン様は」


ああ、耳を塞ぎたくなる単語が聞こえた。知ってる、知ってるよその制裁ってやつ。

何が哀しいかな魔法学科では魔力が高い所為で二人一組の実習時に魔法使い殿と強制的に組まされるんですよわたくし。その避けたくても避けられない接点のお陰で高難易度の魔法実験する時には侯爵令息のお名前をちらつかせて手伝えと言われるんですのよほほほほほっ。


……例え性根が曲がっていても途中でバッキリへし折られて粉砕されて更生しちゃう子とか稀にいるかもしれないじゃない。なのに、あの鬼畜魔法使いが報復用に準備した魔法って、子宝に決して恵まれない呪いなんですよ。それも顔面にその呪いの刻印がでかでかと刻まれて隠しようがない非道さもおまけでついてくる容赦のなさ。俺の逆鱗に触れたお前たちに明日はあっても未来はないってとってもリアルな社会的抹殺宣告なんですよ奥さん。

そんなおっそろしいものを“ 雌雄同体勝手に増殖続けて面倒な実験生物への対処方法 ”と銘打った魔法がうっかり事故って当たっちゃった謝らないけど許さないとどうなるかわかってるよな?と無言の圧力をかけてその場を丸めこんだんです。

私はその傍らで全てを目撃していました。


稀代の魔法使いであるその尊称通り並の魔法使いでは解呪すら出来ない呪いをかけたこの鬼畜、治癒適性を持ち解呪出来るだけの魔力に持ち合わせのある私に解呪を願い出れば、年を経るごとに全身の筋肉が徐々に硬直してやがて死に至る長期の呪いを改めてかけてやると言って脅し、私を呪いの術式強化実験に巻き込んだだけでなく共犯者にまで仕立ててくれやがった。

そんな報復活動に巻き込んでくれたお礼に同じ呪いをお前にかけてやろうかと危ない考えが脳裏を横切ったのは内緒だ。返り討ちにあうのは流石に嫌だ。


その呪われたある意味では自業自得な者たちは、自主退学ですごすごと自身の領地へと引っ込んで泣き寝入りしたと聞く。そりゃ優秀な魔法使いを輩出している侯爵令息で将来は国筆頭の魔法使いがほぼ確定済みの魔法使い殿を敵に回したいと思う家はないだろうよ。

呪われちゃった令息令嬢以外に家を繋ぐための子がいないなら必死に嘆願するかもしれないが、いまのところ長期の呪いに必要であろう術式構築の協力要請を魔法使い殿から受けていないので、恐らく捨て置かれたのだろう。地道に努力し続けて呪いに抗うか、運よく実力者に巡り合うか、頑張るか祈ればいいと思う。

魔法使い殿のやり方はえげつないが、魔法の危険性を考えると反省を促すにはやり過ぎなくらいで丁度いいのだから私はこの件について黙秘を決め込む。私怨については考えない。私は知らない。


思い出された事後処理内容に無言でげっそりしている私を知らず、求めた情報提供を続けるカタネに再び意識を持って行く。でも正直もうお腹いっぱいです。


「ラシェカはね、マルティナが眠ろうとしているところへ殺しに来るの」


だからにこやかに笑って言うことじゃないってのバカタネ!


「好感度が足りないとここでサクッと殺されちゃうからこのイベントはちょっとドキドキしたな~」


絶対恐怖でドキドキじゃないでしょあんたって子はっ。


「ラシェカはギルドに所属していて、その依頼は所属者には絶対なの。ギルドに暗殺依頼が出ている限りギルドの人たちはマルティナを殺しに来るし、任務期間内の三十日、イベントの次の日までにマルティナを殺せなかったらラシェカは任務失敗でギルドに殺されちゃう。だから、ラシェカに一日だけ猶予期間を貰って公爵令嬢に暗殺依頼を出した命知らずを脅して依頼の取り下げをさせて、マルティナとラシェカ、二人の命の危機を回避。さらにいまの伯爵家従者みたいな一時契約での雇用じゃなくて、正式な雇用契約の為にラシェカにはギルドを抜けて貰って、マルティナの執事としてライリック公爵家で雇う予定」


……ああ、もうこんの愚か極まりない大馬鹿者は。


「いまは公爵家で雇用の手続き中じゃないかな?」


かな?じゃねえよ本気で除草剤散布するぞお花畑めっ。自ら危険人物を招き入れてどうするんだ危機感ゼロの無防備娘っ。あーたーまーいーたーいーっ!

これをどうにかするの?どうにかしなくちゃいけないの?ねえそれはなんて無理ゲーなの?馬鹿なの阿呆なの正真正銘死ぬじゃないの馬鹿っ。


「えーっと、ケルファン様のイベントが起きて、確か十日くらいに魔法学科専攻の子たちが何人か辞めたからおしまいで、ハルベルト様のは実行犯は退学処分で黒幕特定はまだもう少しかかるかな?アラン様も元側妃殿下御二方の刑が確定するのはまだで、はっきりは未定。テオは違法薬物について事情聴取がしばらくあるって言ってたけど、それだけだから事後処理はほとんど終わってると考えていいかも。ラシェカは引き取り中だから今月中には雇用出来るかな?もっと詳しい情報が必要なら調べ直して報告するけどどうすりゅ?」


私は十分過ぎる程に耐えた。だからもうこれ以上耐える必要はきっとない。あったとしても休憩一回分くらい許せよと叫んで押し通す。

今後の無理難題への逃げられない挑戦を考えるに絶対必要な現状把握がこんなにも、こんなにも憤りを覚えるものとは思わなかったよ畜生。予想した最低を遥かに上回る現状に涙が零れて止まらなくなりそうです。

お陰で現在の我が形相は男爵令嬢どころか平民のものとしてもヤバいものだと思われる。

油の切れた機械のようにギシリと表情を軋ませて私を見たカタネの反応がそう物語っている。そして知ったことではない。こんな顔に誰がさせた。


ぷにん、と手入れの行き届いた滑らかな頬の感触を親指と人差し指に感じながら、私は無慈悲なカウントダウンを始めた。

三、二、一。


「この」


零。


「大馬鹿者がああぁあぁぁあぁぁーーーーーーーっっ!!」


「~~~~~~~~~~~~~っっ?!」


たった二本の指に摘まれて押し潰されるだけで生じるお手軽かつ大変痛いもの。

その悲鳴は声にもならずにただの音として部屋中に響いた。


「お嬢様っ?!」


主人の悲鳴に流石に控えていた部屋から慌てて飛び出してきたメイドさんは、ギリギリと音が聞こえそうな圧力によって生じる頬の痛みに見開かれた大きな目から大粒の涙をぽろぽろ零し、丘に釣り上げられた魚の如く意味不明に手をぴちぴち動かすカタネを目撃して虚を衝かれたようで、その場に立ち尽くしている。


「ふんっ!」


「ひゃんっ!?」


僅かばかり力を緩めて頬を摘んだ指を真横に引っ張り、勢いだけで頬から指を外せば、またも犬のような悲鳴を上げたカタネ。同じ痛みを体験したい猛者は洗濯ばさみ、もしくは目玉クリップなどで自分の頬を挟み、そのままの状態で真横へ勢いよく引っ張るとよろしい。バチンッと耳に響く衝撃音と共にただ挟まれただけでは得られない痛みを感じることが出来るだろう。

おかしな扉が開いても私は知らない。自己責任でお願いします。

ん?前世お仕置きと称して頬を摘みまくっていたからカタネはその扉がちょっと開いているのか?だからあんなに命知らずなのか?いやいやきっとそうじゃないだろう、そういうレベルの危険じゃない。


「ふぅうえぇえぇ~~っ痛いよタカネちゃん~っ」


「痛いようにやってるんだから痛くて当然でしょうが危機感ゼロ娘っ。あまりの無謀さに頭が痛すぎてやってられるかと医者じゃないけどあんたの顔面に向けて匙をめり込む勢いでぶん投げたい気分だっての!」


はあっと大きく息を吐き出し、これ以上物理的なお仕置きをしないよう指をティーカップへと向けておく。

ついでにちょっと沸き上がっている熱を冷ます為に紅茶を頂こう。冷静になれ自分。カタネの頭の螺子は基本的に緩んでいる。奇行なんてよくあることだからいちいち目くじら立てていてはこちらの頭の血管が持たない。


ふぅと一先ず手を出さなくてもいいところまで落ち着けば、なっさけない顔で子供みたいに泣いているマルティナお嬢様の姿に室内へと踏み込んだ姿でフリーズしているメイドさんを改めて確認出来た。

逆ハー達成の為に奇行を繰り返しただろうお嬢様に付き合わされたらしいので、悪役令嬢役によるゲームの再現とは知らずとも五人の男を侍らそうとしていた節操なし行動についてきた百戦錬磨の公爵家付きメイドも、現在の残念っぷりはどうやら見たことのない姿らしい。


……そういえば誰かがカタネは通常クールビューティーなのに私といると飼い主に構って貰うために必死なわんこになってるとか言ってたな。生憎私が知るカタネは常時締まりがない顔なのだが、お付きのメイドも何処か冷たい微笑を張り付けた薔薇の淑女状態のマルティナお嬢様しか知らないのかもしれない。

まさか自分が世話をしているお嬢様が、砂をトン単位で吐き出しても足りない恋に恋して頭カッとんだ主人公共と、塩をトン単位でぶち撒けても甘ったるい台詞を向けてくる攻略対象者たちが只管いちゃこらしている恋愛乙女ゲームのヘビーユーザーとは知る由もなかろう。


でも確か、ベッタベタな恋愛小説がお嬢様方に人気があると小耳に挟んだことがあるから、そういうのを読み漁っている可能性はあるかもしれないな。なにせカタネは脳内に広大なお花畑を構築、栽培している恋に夢見る頭の持ち主だ。奨められた乙女ゲーはやっても砂吐き袋と投げ塩袋を脳内に完備している私には理解し難い世界だ。というか理解したら何かが終わる気がするので意図的に拒否する。

さて、そろそろボロ泣きがぐずるに落ち着いたのでいいだろう。


「で?どうしてお仕置きされたのかわかるかしらお馬鹿さん?」


冷めても美味しい紅茶を飲み干して、動作だけは丁寧にカップをソーサーへ戻した背後に抑え気味な般若を背負っている私の問いにびくりと震えたカタネ。

別に怯えなくてもいいのに、ねぇ?おかしな回答さえしなければ、なぁんにも痛いことはないのよ?


「わ、わたくしが、我が身の安全を、か、顧みずにきけ、危険な真似を繰り返した、からでしょうかっ?」


どうしたわけかマルティナお嬢様の部分が顔を出しているようだけど……まあ、最低限はクリアしたことにしましょうか。この程度で躓いたらどうしてくれようかと思ったけれど。


「それで?」


少々お行儀が悪いかもしれないが、テーブルの上で組んだ手の上に頬を乗せてにこりと微笑みを浮かべながらさらに問いかける。私が浮かべている笑顔が和やかなどとは到底呼べない代物であることは、あまりのビビり様に薔薇の淑女を装うことも出来ないカタネがよぉく教えてくれている。

なにより愛想笑いすらまともに浮かべない私に柔らかい印象の笑顔など浮かべられる訳がない。


「っじ、事態の収拾の為に、(つがい)になってくださいましたタカネちゃんが、とっとても苦労、するからでしょうか?」


ふむ、間違えてはいない。とてもどころではないけれど、そこはこの際置いてあげよう。


「他」


「他っ?!」


いまのが答えと取ろう。


「嬉々として」


「っひ!」


ゆらりと頬杖を解除して二本の指を示した私に慄くお馬鹿さんへ、目の笑わない笑顔を差し上げよう。


「節操なし行動を語るあんたに反省の色が一切見られないからこうなるのよバカタネ!」


「いひゃいいひゃいいひゃい!」


「いつまでも脳内お花畑で夢見てんじゃないわよ大馬鹿者っ。ここまでは運よく大した怪我もせず、死ぬこともなくやって来れたかもしれないけど、ここからはそうはいかないんだって肝に銘じて刻み付けて眼前にぶら下げてなさい愚か者!」


「うわあぁ~~~~んっごめんなさいタカネちゃ~~ん!」


指の力を抜いて普通に摘んだ頬を解放すれば、いつも通りに泣き出すカタネ。

再起動がかかったメイドさんが泣き叫ぶマルティナお嬢様を見てどうしていいのか視線を彷徨わせているけれど、いいのよ放置で。

逆ハー攻略を手伝わされたならこのお馬鹿がどれだけ危険なことをしてきたのかも知っているでしょう。

恐らく苦言を呈したとて、マルティナお嬢様しか知らないメイドさんの言葉をこの大馬鹿者は聞きやしなかっただろう。だから、カタネを知る私が改めて、今後の為に厳しく言い聞かせておく。

故に、邪魔なんぞすれば相応の返しがあると思うがいい、公爵家のメイドさん。


「っ?!」


おや、お嬢様と違って身の危険をちゃんと察知出来るのね。流石公爵家のメイド、素晴らしいわ。

……その察知能力を爪の先程でもいいからお嬢様に埋め込んでくれていれば、もっと素晴らしかったのに。


「まったく……、ちゃんと理解しなさい。いま在るこの時間、この場所、この世界こそが私たちが現在生きている現実なのよ。頬を摘まれて痛くて泣いているいまのあんたのように、怪我もすれば病気にもかかる。それが元で死んでしまうこともあれば、理不尽に殺されることだってあるの」


アンナの両親が強盗に襲われて殺されてしまったように、ね。


「それがあんたにも、私にも、突然降りかかることはあるのよ」


「やだっ!!」


甲高く上がったその声は、頬を摘んで散々泣かせてきた私ですら聞いたことがない悲痛な叫びだった。

涙を零す濡れた目が、怯えと恐怖に彩られているのに気が付いて面食らう。

どうしたの、カタネ?


「やだやだやだっ!タカネちゃんは私の傍にいるのっ何処にも行かせないんだからっ離れるなんてっ死ぬなんて絶対に、絶対に許さないんだからっ!!」


鬼気迫る。そんな必死さで私の手を軋ませるほど力を込めて握るカタネの手は小刻みに震えていて、尋常ではない怯え方に狼狽えてしまう。


「カタネ」


「許さない…っ例え、タカネちゃんでも、許さないんだからっ……」


握り締めた私の手に額を当てて、テーブルに突っ伏して泣く……いや、祈り懇願するようにして泣きじゃくるカタネの姿はひどく痛ましい。


「カタネ」


「や……っ、やらぁ………ひっく……やらよぉ~~………っ」


いかん、本格的に泣きが入った。それもどうしてこんなに泣かれる羽目になったのかがわからないなんて大変よろしくない事態だ。どうする、タカネ。


まずは無難に情報整理をしよう。頬を摘んで泣くところまではいつも通りだ。

おかしくなったのはここが『看護の白百合』なんて乙女ゲームの世界ではなくて、ちゃんと現実なんだって言い聞かせ始めてから。

正確には、私もカタネもこの世界で死ぬことがあるのだと言ってから。

で、自分のことには全く触れずに私が死ぬのは許さん、離れるのも許さんときた。傍にいろ何処にも行かせんとか、普通ならなに無茶苦茶ぬかしてんだヒステリー起こすなしばくぞ、とさらに頬を摘み伸ばすところだが、


「もうとっくに運命共同体なんだから離れも一人寂しく死に逝くことも出来ないんですけどね、地の番(カタネ)


現在はむしろそれこそが無理なお話なのだから笑える。


「ふえ?」


おっと、折角の美人が涙とかでびっしょびしょ。案外この顔見せたらあの攻略対象者共も……駄目か、啼かせて悦ぶ変態共だものね。逆効果だ。

握り締められていた手が緩んだから、片方の手を抜き取って、その残念になった御顔を取り出したハンカチで拭ってあげよう。ああほらおとなしくしていなさい。


「この世界の創造神に誓い奉った解除不能の誓約よ?別れることも、離れることも、裏切ることも許さない、魂を縛る究極の束縛。それが一生に一度限りの誓約魔法、死が二人を別つまで」


私の首には天のイフェルダートの蔦模様。カタネの首には地のオルフェンナの花模様。

夫婦神の加護を受けた証たる、決して消せない二つの印。


「忘れるには早すぎるでしょうお馬鹿さん」


表情は情けないままだけれど、綺麗な御顔を取り戻したカタネの額を指先でこつりと弾く。

ぽかんとしているその顔が、情けなさを倍増させていてよりおかしい。


「それとも、あんたはこの私を袖にしてあの問題しかない男共の手を取るのかしら?」


「っタカネちゃんがいい!タカネちゃん以外はいらないよ!私が欲しいのはいつだってタカネちゃんだけなんだからっ!」


ぎゅうっと再び手を痛いくらい握り締めて痛切に叫ぶその必死さに、新しく頬を伝う涙を指先でそっと掬い取る。


「はいはい、もうあんただけのものだから安心なさい。私はカタネの傍にいて、何処にもいかないわよ。ずっと一緒にいてあげる」


それこそ死ぬときだって、一緒だ。


「ぅふえぇ……タカネちゃ~~んっ」


「本当に泣き虫よね、あんたは」


くすくすと零れた私の笑い声と、新しい涙を落とし続けるカタネの泣き声に混じって、ぐすっと鼻を啜る音がしたのは気の所為にしておく。

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