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双葉の従士  作者: 日辻
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プロローグ

 ――祖国ペステリア中央の従士養成所に生まれて初めて足を踏み入れたとき、私は自信に満ち溢れていた。八年前のことだけど、忘れるはずもない。夏の木漏れ日がキラキラと万華鏡さながらに白っぽい土の地面を彩っている、広い訓練場の真ん中。そこに、あの子がいた。

 教官曰く、私と同い年。名前と外見から察するに、どうやら男の子。ミルクを入れた紅茶のような色の、ショートカットの髪の毛がフワフワと――宙を舞っていた。まるで宙返りする子リスみたい、それがあの子の第一印象だった。

 そして、その印象は鮮烈に私の中に刻み込まれた。齢七にして、その日が人生初の完全敗北だったのだ。お近付きの印にちょっと徒手で試合でもしてみるか、なんて教官の思いつきが恨めしい。渾身の突きも蹴りも、全てリスのような動きで躱されて、触ることすらできないうちに蹴飛ばされた。剣だって弓矢だって、もちろん徒手格闘だって今まで必死に稽古してきたし、兄はともかく、同い年の男の子になんて負けたことはなかったのに! こんな、今会ったばかりの私より小さくて細っこい男の子に、跳ねたり回ったりするヘンテコな格闘で負けるなんて。しかもあの子は試合の後、悔しさが我慢できなくて泣いていた私に駆け寄ってきて、大真面目な顔でこんなことを言ったのだ。

「ねえ、戦場で泣いたらだめなんだよ!」

 ……絶対忘れてなんか、やるものか。その日から、あの子は私のライバル――いや、正直に白状してしまえば、越えるべき目標になった。


 悔しいことに、あの子は最悪の初対面のことなんかお構いなしに、ヘラヘラと話しかけてきたものだった。稽古や試合のときには冷たそうにさえ見える真剣な表情をしていたくせに、普段はのほほんと間抜け面をしているから、随分面食らったものだ。青にも緑にも見える丸い瞳はいかにも小動物といった風情だし、人懐っこく素直な性格のせいもあって、周囲のお姉さんたちからそれなりに可愛がられているみたいだったから、それが余計癪だった。

 同い年の女の子は初めてだからすごく嬉しい、とあの子ははにかんで言った。当時養成所にいた訓練生は、私たち以外はみんな年上だったし、しかもほとんどが男の子だった。武人の養成所なのだから当然なのだが、だからこそ私は、武術の腕が認められて無試験で入所できた数少ない女である自分を誇っていたのだ。ちなみに、あの子も例のわけのわからない格闘術がすごいだかなんだかで、無試験入所組なのだそうだ。しかも、私よりも入所が一年早いときたものだ。ものの数分で私の鼻をへし折っておいて、あの子ときたら「今教官に聞いたんだけど、剣も弓もすごく上手いんだってね!」と瞳を輝かせていた。少し後で知ったのだが、あの子は体が小さくて腕も細いから、武器の類はからきしだったのだそうだ。確かに、単純な腕力では(武器の腕前だって)今でも私の方が上だ。私の自信はほんの少し回復し、そして余計悔しくなった。何か一つでも、あんな男の子には負けたくなんてなかったのだ。結局のところ、私とあの子がまともに張り合えていたのは座学だけで、それも大体僅差であの子の勝ちなのだった。

 気が付けば、何かにつけて勝手な対抗心を燃やしてしまっていた。周囲も同い年の私たちを宿命のライバル同士かなにかのように扱うので、しかたのないことだったのかもしれない。しかしやはりと言うべきか、あの子はそんなことは気にも留めていない様子で、暑い日も、雪の降る日も、いつでも自分の稽古に一心不乱に取り組んでいた。負けてなんかいられない、とばかりに、私も相当稽古に熱を入れた。いつも一緒にいるのは向こうが勝手に馴れ馴れしく近寄ってくるからで、私はそんなことを望んでなんかいなかった……はずだ。


 養成所に行くのは、本来通っている出身地の学校が長期休暇のときだ。私は東部の都市から、あの子は西部の田舎から、中央部に位置するこの場所を訪れる。夏と冬の年数ヶ月の間、武人の国家資格たる従士を目指す少年少女が集い、しばらく寝食を共にする。……共にしていたはずなのに、どうしてその事実に気付くまで数週間もかかったのだろう。きっかけは、養成所で事務の仕事をしている女性の一言だった。

「二人とも、女の子なのに本当にすごいわよね」

 二人って、私と誰のこと? 怪訝な顔の私の隣で、あの子は相変わらずヘラヘラと締まりのない笑顔を見せていた、気がする。

 つまり、男の子だと思っていた憎いあの子は、私と同じ女の子だったのだ。それを知ったせいで憎さは百倍、その期の訓練は大荒れだった、と未だに周囲からからかわれる。


 あの子は今でも、小さくて細っこい男の子みたいな出で立ちのまま、私の好敵手役でいる。出会って以来、長期休暇が近付く度に、次に会ったら絶対蹴っ飛ばしてやる、と密かに内心に炎を灯すのが習いと化していた。そう、八年経った今でも、養成所であの子と会うことが、私にとっては何よりも腹立たしくて……楽しみなのだ。

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