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彼の耳はうさぎの耳

柴犬先輩の尻尾

作者: 香坂 みや

「彼の耳はうざぎの耳」の続編です。

 授業が終わり、掃除も終わったら、帰宅部のあたしたちには学校に残っている理由はない。今日は委員会の仕事もないし、奈々と美弥子と一緒に学校を出た。

 あたしの学校は、生徒玄関を出てすぐの向かいに校庭がある。その校庭のまん中が芝生になっていて、そこではサッカー部員たちが練習に励んでいるのが見えるのだ。


「サッカー部練習してる。ね。せっかくだし、ちょっと見てく?」

「いいね!悠真くん!目の保養!」

「えー」

「はい、若葉も行くよー。アンタもイケメン好きでしょ?」

「まぁ、嫌いじゃないけど……!」

「でしょ?」


 奈々の何気ない申し出に美弥子が即答で頷いて、あたしの返答を聞く前に二人はサッカー部が練習している方へ歩き出す。確かにイケメンが好きか嫌いか、と聞かれて嫌いと言う人はそうそういないだろう。あたしだって嫌いじゃない。むしろ、イケメンを見るのは当然ながら大好きですよ?でも、それがサッカー部となるとあたしにとっては色々と微妙な事態になってくるのである。

 サッカー部、というと美弥子が名前を出したように我がクラス一、いや我が学校一のイケメンと言っても過言ではない悠真くんが所属している部活だ。それは良いんだけど、悠真くんには人前であまり接触しないように言われてるしなぁ、なんて考えているうちに二人に引き摺られるように見学エリアまで辿り着いていた。

 サッカー部は我が学校の一番人気と言っても過言ではないということもあって、サッカー部のドリンクなどが置いてある日陰の傍にはすでに女子たちが集まっている。その集団にあたしたちも加わって、サッカー部の練習を眺める。コーンを置いて、あっちからそっちに走り回って、マラソン嫌いのあたしにとっては想像もできない運動量だ。というか、あんなに走ったら動けないどころか吐いてしまいそうだなとぼんやりと思う。


「……あれ?」

「どうしたの」

「いや、何でもないんだけど……。あの、一番前で走ってるのって」


 ふいにたくさんいるサッカー部の集団の中の一人に目が留まる。そんなあたしに気付いて、美弥子が不思議そうに聞いてきた。確かに先ほどまで興味のない素振りをしていたのに、急にサッカー部を注視しているのだから不思議に思うのも無理はない。

 だけど、今はそんなことよりもである。


「芝山先輩じゃない?」

「ああ。三年の?いっつも元気でなんかかわいいよね」


 目の良い美弥子がかの人の名前を教えてくれた。運動量の多いサッカー部の中でも、一際元気に走り回っている人は三年の芝山と言うらしい。奈々にかわいいと言わしめさせる先輩は遠目から見ても、一生懸命で応援したくなるような雰囲気がある。

 だが、あたしが注目しているのはそれが理由ではない。元気に走り回る彼の尾てい骨部分、そこには走りながら揺れるくるんと丸まった尻尾があったのである。豊かな毛並みに包まれている、よく街で見かける日本犬のそれにそっくりなあれだ。


「……芝山先輩のお尻……」

「ん?そういえば土付いてるね。スライディングでもしたんじゃない?」


 それがあたしにしか見えていないのかどうかと悩んだ末に搾り出した声だったのだが、それに対して奈々が事もなさげに返事を返した。確かに彼のハーフパンツには土汚れのようなものが見えているが、あたしが言いたいのはそこではない。


「若葉のえっちー!どこ見てるのよー?」

「そ、そんなんじゃないもん!芝山先輩に――っ!」


 からかう調子に声が変わった美弥子に言い返そうとしたが、あたしの口が最後まで言葉を発することはなかった。なぜならあたしの口が言葉を発する前にそれが誰かの手によって塞がれたからである。後ろからあたしの口を塞ぐその人を見ようと振り返るよりも先に、声のトーンが一つ上がった目の前の肉食女子たちを見てその人が分かる。そしてそれと同時にあたしは自分が何を言おうとしたのかということに気付いて青ざめた。


「あ!悠真くん!お疲れ様ー。超かっこよかった!」

「うん、うん。格好良かったよー」

「美弥子さん、奈々さん、ありがとう」

「もご!もご!」

「え?何?向こうで人が呼んでる?じゃあ、案内してもらおうか。若葉さん?」

「若葉、あたしたちここで待ってるねー」

「もごーッ!」


 そしてあたしは人気のない、校庭の端にある水飲み場まで拉致されたのであった。水飲み場の傍には学校のシンボルツリーでもある樹齢ウン十年だとかいう大きな木が生えていて、それは見事にあたしたちの姿を人の目から隠している。


「――それで?若葉さんは奈々さんたちに何を話そうとしたわけ?」

「えーと、それは、そのー……ね?」

「ね?じゃないでしょ。若葉さん、約束したよね?俺と。それとも聞こえないとでも思った?」

「すみません!ついうっかり口が滑りそうになりました!」


 何とか誤魔化せないかと言葉を濁そうとしたが、それも早々に無駄と分かる。悠真くんの冷たい温度の声にたじろいで、速攻で全力謝罪へ方向転換をする。土下座もオプションで付けた方がいいかな、と思ってる頃合で悠真くんが大きくため息を吐いた。


「ついうっかりじゃないよ。……ったく。俺は耳がいいから若葉さんが話してるの、全部聞こえてるからね」

「え。耳、触っていいの!」

「……って、まだいいって言ってない!わー!もう、すぐそうやって人の耳を触って……!ちょ!若葉さん!」


 ぴょこぴょこと動く悠真くんの耳から許可が出たような気がしたので、遠慮なく触らせてもらっているとあたしたちの背後からがさりと草を踏む音がした。


「おーい、悠真。練習始まるぞー……って、お前ら何してんだ」

「わっ、芝山先輩!」

「芝山先輩?わぁ、やっぱり!素敵な尻尾!」

「……尻尾?」


 訝しげな顔で眉を顰めた先輩と満面の笑みのあたし。そして青ざめる悠真。本当の時間はほんの数秒ほどのことだったと思うのだけれど、後に悠真は数時間にも感じたと話していましたとさ。

 だって考えてもみて欲しい。目の前にはですよ?くるんと可愛らしく丸まった茶色と白の毛で包まれた、柴犬のお尻に付いているあの尻尾があるのだ。それを見て、触らずに居られるのなら、きっとそれは普通の人です。はい。


「すいません!かくかくしかじかで尻尾触らせて下さい!」

「は?え!お前まさか見えて……ぎゃっ!」

「若葉!お前俺の耳が一番とか言ってただろ!」


 というわけで、芝山先輩の尻尾を襲うあたしとそれを回収する悠真くんという阿鼻叫喚の一こまがあったのも懐かしい話です。え?懐かしくないって?

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