彼女について
状況が一切掴めない。頭の整理が全くできない。
トラックに轢かれて、俺は多分死んだ……はず。そして俺が今いるのはかつて高校生活を過ごした教室。なぜ?
トラックに轢かれるところも含めてこれは夢なのか? それか俺が過ごしてきた高校生活以降の人生が夢だったのか、それかここがあの世というやつなのか。
夢というのはあまり現実味がない、さっきまで俺はちゃんと覚醒していた。トラックに轢かれるところまで完璧に記憶してる。じゃあここはあの世か? あの世ってのは人生をやり直す場所なのか?
どれが答えだったとしても結局俺にそれを確かめる術があるわけでもなかった。
結局あの後後藤は「あなたなんて知りませんけど?」と特に悪気もなさそうに言ってのけた、実際悪気はないんだろう、もし夢にしてもあの世にしても今起きているこのタイムスリップ的現象に従うなら彼女にとって俺は初対面のはずだ。
まあタイムスリップなどしていなくても彼女は卒業して一週間もしないうちに俺のことなど忘れそうなものだ、話した回数なんて片手で数えられるほどだった。
その中でも殆どが事務的な会話だったけれど一度だけはまともにコミュニケーションをとれた。
そのときの彼女は妙だった。転校してきて二日目ぐらいのことだったと思う。帰りのホームルームが始まるとやたらそわそわしていた。担任がそんなときに限って誰も興味を持たないような八十年代の映画の無駄話を始めるものだから彼女は目に見えてイライラし始めていた。
担任の話など聞いていてもつまらなかったから俺はそのとき初めて彼女に話しかけたのだ。
「このあと何かあるの?」
彼女は急に話しかけられて少し驚いたようにしてしかめっ面を解いてすぐにいつもの無愛想顔になった。ただ。
「好きな漫画の発売日なんです」
目だけは輝いていた。カブトムシを見つけた小学生のようだった。
聞いてみればその漫画は俺も好きな漫画だった。その漫画について俺と彼女が話し始めると間が悪いことに担任は話を切り上げた。
彼女は話が終わるなり手にかけていた鞄を迅速に背負い教室を出る構えを取った。そして挨拶が終わると同時に陸上部顔負けの美しいフォームで走り去っていった。あの後ろ姿が目に焼き付いて離れない。
ただ、彼女はそんな高速駆動の間隙に俺に小さく「また明日話そう」と告げたのだ。
今の話で彼女が少し変な人かもしれないと感じた人はいるかもしれない、その人はきっと俺と気が合うだろう。
そしてそんな妙な彼女に、彼女が颯爽と駆け抜けていく後ろ姿に。
俺は惚れたのである。
大して中身の無い人生を送り挙句トラックに轢かれ訳の分からない状況に置かれた今となってもそれが何故なのかよくわからない。
そんな六年前と同じく俺の席の隣に居る彼女。
今も昔も、いや昔も昔もか。全く変わらず無愛想な顔をしているがやはり目は輝いていた、明日の漫画がよほど楽しみなのだろう。
何が何だか分からない状況だがこれはチャンスではないだろうか。
理由なんて探しても見つからない状況なんだから楽しんじゃえ。脳は楽な方向に既にシフトしていた。
彼女とゴールインしてみせようじゃないか、ついでに頑張って親友と呼べる人を見つけてみよう。
何をどうすればそれが達成できるかは六年先を生きても分からないままだったけれど、ひとまずは明日の彼女との会話を楽しんでみよう。
ただいまの日付は六月二九日。青春の夏を迎えてみせよう。