乙女ゲーム世界の主人公になったので、とりあえずイケメンを堕とそうと思います。
※この作品はジャンル:ホラーです。
初めは浮かれていた。
ここが逃れようのない牢獄だということにも気づかず、無邪気に自身の立場を喜んでいた。
愚かだった。
牢獄の名を、私立碧早原学園高等学校といった。
私は世間からいわゆるオタクと呼称されている人種だった。
アニメも見たし、漫画も読んだ。もちろんゲームもやった。
二次元のイケメンがとにかく大好きだった私は、当然のように乙女ゲームにもハマっていた。
乙女ゲームは様々な美形の男性と恋に落ちることができる素敵なゲームだ。
特に気に入ったゲームなどは、何度も何度も繰り返しプレイした。
キャラクターのセリフなんか、一言一句タイミングや音程すら間違えることなく脳内で再生することができる程にやり込んだ。
いつどこでどんな風に何をすればどんな展開が訪れるのか、その全てを頭に叩き込んだ。
楽しかった。
そして、私は気が付けばそのゲームの中の世界に捕らわれていた。
いや、この表現は実は正しくない。
なぜなら、私の携帯のデータ内に存在するサポートキャラクターがこう言ったからだ。
私がこの世界を創った神なのだ、と。
この世に数多存在するとされる世界というもの。
それを私という全き卑小な存在が新たに作り出し、そしてその世界の主人公という歪な種族として降り立ったのだと言うのだ。
こんな話は馬鹿げている。荒唐無稽だ。
それはいくら愚かに生を過ごしてきた私にだって分かってはいた。
けれどもしかし、この世界は、現状は、私は、全ては、現実でしかありえないのだ。
私の精神が確かだとするのならば、我が思いそれ故に我が在るのだと思うのならば、ここは必ず現実なのだ。
元の世界にいたはずの私がどうなったのかなど、0と1で構成されたたかが架空のデータ存在が知るはずもない。
だが、聞くまでもない。いるはずがない。
私は今、確かにここに存在しているのだから。
私は新たな世界を創った。そして神になった。主人公になった。
それは偶然だったのかもしれないし、必然だったのかもしれない。
もしかすると、もっと大きな何者かの戯れであったのかもしれない。
けれど、それを考え続けることは不毛だった。
当然だ。答えなどどこにも用意されているはずがないのだから。
さて、私が神となったこの世界はとにかく歪だった。
まず、世界と言いながら、ここには私の通う私立碧早原学園しか存在していなかった。
おそらく、元となったゲームの設定が反映されているのだろう。
全てのイベントは学園内で起こり、全てのストーリーは学園内で消化される。
帰宅のコマンドを選べば、直後に次の日の教室へと場面が変わる。
学外にデートに出るなんてこともない。
全てが学園内に始まり学園内に終わる珍しいゲームだった。
当然、校門の外に更なる世界など広がってはいない。
まるで蜃気楼のようにそれらしき映像を映し出してはみせているが、そこには全くの虚無が広がっていた。
門の外へ出てみようと思ったことはない。
当たり前だ。そこに世界など存在していないのだから。
まずそのような意識を持つことすら不可能だ。
いや、ならばなぜ私は学園という世界以外の存在を認識できているのだろう。
神となる前の過去の記憶の残滓はいつも雑音のように私を混濁させる。
もはや何が正しくて何が間違っているのかすら理解できない。
とにかく、私はこの世界に主人公として降り立ち、嬉々として美形のキャラクターたちを攻略していった。
一年が経過してエンドを迎えれば、世界の全てはリセットされて再び攻略が始まった。
それはそれは楽しかった。
天国だと思った。
ずっとこの幸せが続けば良いと思っていた。
一度目で気が付くべきだった。
そう。この世界には終わりがなかった。
それに気が付いたのは全てのキャラクターの全てのエンドを迎えた後だった。
どうしようもなく愚鈍だった。
そして、私は終わりを探して足掻き出した。
元のゲームにないことをしてみればどうかと、キャラクターを攻略せずに全く関係の無いクラスメイトを恋人にしてみた。
駄目だった。いつも通り一年が経過する頃には全てがリセットされた。
念のため学校中のキャラクターで試してみた。
駄目だった。誰とどのようにエンドを迎えてみても全てはリセットされた。
様々なキャラクターと同時に付き合ってみるのはどうかと手を変え相手を変え何パターンも試してみた。
駄目だった。やはり全てはリセットされた。
ちなみに学園の生徒数は約三百人である。
すでにリセットを繰り返した回数など覚えているはずもなかった。
とっくに私の中の何かは壊れていた。
どうして世界を創った神様が世界を終わらせることができないのだろうと不思議でならなかった。
良い世界は死んだ世界だけだ。良い世界は死んだ世界だけだ。良い世界は死んだ世界だけだ。
自殺してみた。飛び降りだ。案外簡単だった。
駄目だった。ただ一年待たずにまた全てがリセットされるだけだった。
次にありとあらゆる手法で自殺を試みてみた。首を裂き手首を落とし腹を切り時に水に溺れ火に焼かれ飢え首を吊りガスを吸い粉々に吹き飛ばされ脳を潰し毒を飲み他にも素人ながら考え付く限りの方法を実行に移してみた。
駄目だった。全てはリセットされた。
ならばと今度は他殺されてみた。これもあらゆる殺され方を試した。
駄目だった。いつ誰が相手でもどう殺されても即座に同じ一年は始まった。
人の目に触れないことで自身の存在を曖昧にしようと、世界全ての人間から隠れて一年間を過ごしてみた。
駄目だった。私と言う存在は他人を必要とせず、しかし他人は全て私と言う存在の為に存在しているらしかった。
人間であるならば自己の存在証明に他人の存在は必要不可欠だと思っていたが、そういえば私は神だったのだ。
なぜか笑いが止まらなかった。
この辺りで私はさらにおかしくなった。
何をするにも冷静な自分がいた。
いや、冷静というより冷徹かとやはり冷静に思考する自分がひどく滑稽だった。
たかだか自殺ひとつに脅えていた昔が懐かしい。
建物を破壊してまわった。
駄目だった。破壊された箇所はそのままに何事もなく一年は過ぎ去った。
主要キャラクターを壊してみた。手を変え相手を変え時を変え壊し続けた。
駄目だった。一年が過ぎれば彼らは再び何事も無かったかのように微笑んだ。
一欠けらでも存在が残っているのがいけないのかも知れないと思い、壊した後に全てを飲み込んでみることにした。
駄目だった。腹の中に収めたはずの美男たちはいつものように私を囲んだ。
その時私は確かに恐怖を感じたはずなのだけれど、はたして恐怖とは一体なんであったのかはもう覚えていなかった。
私以外の全てを壊してみた。
駄目だった。あちこちから生徒の生えた瓦礫の山も、黒く燃やし尽くした草木も全ては元通り美しく蘇った。
私を含めて全てを壊してみた。
駄目だった。それでも私は諦められなかった。
もはや自分が何をしたかったのかすら忘れてしまったのに、それでも私はその何か分からないものを諦めることができなかった。
またいつもの一年が始まる。
またいつもの一年が終わる。
全てがリセットされるはずの世界に、私の記憶だけが蓄積されていく。
私の苦しみだけが蓄積されていく私の焦燥だけが蓄積されていく私の憎悪だけが蓄積されていく私の憂鬱だけが苦渋だけが狂気だけが懇願だけが嫉妬だけが嗚咽だけが絶望だけが悲観だけが幻滅だけが蓄積され蓄積され蓄積され蓄積され蓄積され蓄積され蓄積され蓄積され蓄積され蓄積され蓄積され蓄積され……。
プツリ、と何かの音が聞こえた気がした。
私は、ある日。ふと、思った。
あぁ、そうだ。主要キャラクターたちを攻略しよう。
これは良い考えだ。こんな簡単なこと、どうして考え付かなかったのだろう。
そう思った。
視界がパッと開けたようだった。
まだまだ希望は潰えていなかったのだ。
私は微笑んだ。
見目麗しい男子生徒はすぐ傍まで来ていた。