smile magic
「大人なのに子供っぽい笑顔をみたときは、落ちちゃいますよね~」
かわいくため息をつきながら妄想を膨らませているのは、3つ年下のけいちゃん。
ちょっと鈍くさいけれど負けず嫌いな頑張りやの可愛い後輩である。
お昼休み、最近切ったという流行の前下がりボブの彼女のヘアースタイルをぼーっと見ていた私が
へっ?と間抜けな返事をすると、けいちゃんは聞いていたんですか?と呆れたような顔をした。
3つ年下とはいえ、けいちゃんのほうがしっかりしているから、ずぼらな私はよく怒られている。
社歴も関係ないのかとたまに思うけれど、言うのもまた面倒なので黙っちゃいるが。
けいちゃんは私の態度なんて気にもせず、笑顔の魅力について話続けた。
「男性にくしゃって笑われると、ときめいちゃいません?」
「う~ん、例えば?」
あまり思いつかなかったのでそう返すと、けいちゃんは腕を組んで考え始めた。
「う~ん、そうだなぁ。例えば…。」
私はその間にお茶をすすりながら、時計を見て、お昼休みもあと10分か~などと思う。
「例えば、竹井さんとか!」
ふんふん、竹井さんね…竹井さんっ!!?
思わずお茶をぷっと吹き出しそうになる。
「竹井さんの笑顔って素敵じゃないですか?」
あの笑うと顔がくしゃ~っとなるところが可愛いらしいんですよね、とけいちゃんはけらけらと笑う。
私は口から溢れそうになったお茶をなんとかぐいっと飲み込むと、けいちゃんをじっとみつめた。
「けいちゃんって、意外と見てるとこはみてるよね。」
「え?」
「いや、なんでもない。」
そのあとも笑顔の魅力について、お昼休み中話していたような気がするけれど、
私は竹井さんのことばかり考えてしまっていた。
まさか、私以外にも竹井さんの魅力を知っている人がいるとは思わなかった。
竹井さんは、よく笑う。
自分で面白いことを見つけたりすると、いたずらっ子のようににんまりと、
それこそ目を輝かせて笑うのだ。
声が大きいから笑い声もよく響いて、その声が聞こえる度に思わずその方向を見てしまうのは、
もはや私のくせだろう。
でも知っているのは私だけじゃなかった。
それがわかると、なんだか自分の大切な宝物を他の人にとられたようなちょっとほろ苦い心地になり
胸がちょっとだけ苦しくなった。
別に竹井さんは私のものじゃないのに、なんて勝手なんだろうと思うのだが、
どうにもコントロールできない自分の心が歯がゆくて、
邪念を振り払うかのうように、午後は一心不乱に仕事をすることにした。
すると、午後もおやつタイムを過ぎたころ、パテーションをノックする音に顔をあげると、
竹井さんがいつものようにマグカップを片手に立っていた。
「集中しているところ、ごめん。」
「どうしたんですか?」
顔がにやけそうになるのを必死でとめながら話しかけると、はいこれ、と大きな手提げ袋をひとつ手渡される。
「なんですか?これ。」
「出張のお土産。」
よくよく見ると、袋には、名古屋では有名な銘菓のロゴが大きくプリントされている。
だから今日は朝からいなかったのか…。
「これ、そちらの部署に配っといてもらえる?」
「わかりました。」
それだけの会話で背をむける竹井さんにちょっとがっかりしながらも後姿を見送っていると、
ふいにその人が振り向いた。
図らずとも見つめていた自分に気づかれたのかと、おどおどしていると、
竹井さんはつかつかと私のところまで戻ってきた。
「言うの忘れてたんだけれど。」
「はい。」
いつになく真剣な顔の竹井さんに、思わずしりごむ。
「今度、名古屋に出張行ってくれない?」
「は、い?」
唐突もない提案に戸惑う私。
それもそうだ、営業職ではない私が外出することは滅多になく、理由も聞かずおいそれと頷くことはできない。
よくよく話を聞くと、今度の新システム導入に従って、その説明会を支店でしてほしいとのこと。
いや、でもそれって…。
「竹井さんが行けば、すむことじゃないですか!」
そうなんです、全てを知っている彼が行けば済むことであり、わざわざたかが入社6年目の私がしゃしゃりでていくような場面じゃないんです。
そう訴えると、困ったような顔をする竹井さんが言い訳をする。
「ん~そうなんだけれど、やっぱり俺よりも若い子たちに仕事ふって、もっと世界広げてってもらいたいんだよね。」
だからお願いできないかぁと、上目遣いの竹井さんにちょっとほだされそうになりながらも、
首を必死に横にふる私。
もともと表舞台にたつことが嫌いな私にとって、これ以上目立つような行為は避けたいのが事実である。
ただでさえ今の新システム導入委員会に入ってから、胡散くさげな目でみられることが多くなったというのに…。
会社での妬み恨みつらみは、若くか弱き乙女にとって大変な命取りになるんですよ!!
すると竹井さん、じゃぁ、しょうがないか、と呟き、私はその先に続くであろう言葉を期待する。
「わかった、一緒に名古屋に行こう!」
絶句すること数十秒。
そういう問題じゃないでしょ!とすぐきり返せなかったのは、不覚にもちょっといいなって思ってしまったから。
竹井さんと出張?
楽しいにきまってるじゃんか!!!
なんて言えませんとも!
真っ赤になって反論する私に、竹井さんはいつもと同じように笑い、
その笑顔にまた自分の顔の温度が急上昇するのを感じて、どうにもこうにも居たたまれない。
いつかこの気持ちを竹井さんに伝えたら、彼はどう思うんだろう。
小さく芽生えた心の声にふたをしながら、笑顔の魅力、いいや笑顔の魔法に翻弄されて、ちょっとぐったりした一日になったことは言うまでもない。
竹井さん、もしも彼女の気持ちに気づいているのなら、相当な上級者です(笑)