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チェリーパイは偉大です。

赤い至宝といっても過言ではない艶々の完熟チェリーが、

名人の手によって、極上のチェリーパイへと生まれ変わった瞬間を私は見た。


今時にしては珍しい程に無骨にして素朴な作りの煉瓦造りの竈。

ログハウスの家には相応しい旧式な竈であったが、

名人は道具に左右されずと言った名言を、今ここで実感している。


フェイの母親にして、あの熊じゃなくてマルフォイの奥さん

(にしておくには惜しい美人)は、まれに見ないほどの腕前を持つ料理人だった。


狭い6畳ほどの小さな居間兼キッチンであろう場所で、

竈を一心不乱に見つめて待つこと一時間。


燦然と輝くチェリーパイが焼きあがった。


完熟のチェリーから丁寧に種を抜き取った後、型崩れしないように甘く似て、

サックサクのパイ生地の上にカスタードクリームとすっきり味のメレンゲが二層。

その上にこれでもかと敷き詰められた艶々甘々チェリーと、

甘みを閉じ込める爽やかな柑橘系の香りがほのかに香るぷるるん生地。


みのりの人生17年。

これほどまでに美味しいチェリーパイを食べたことは、いまだかつてなかった。


口に入れたら甘味と酸味の絶妙なバランスが、脳髄を痺れさせ、

感激みのりがぽんと現れ身悶える。


う・ま・い・ぞーーーー

脳内で感激みのりが声を張り上げながら走り回っていた。


みのりは全身でその美味さを甘受し、心で感動の涙を流しながらも、

無言無表情で黙々とチェリーパイを食べ続けていた。

そんなみのりの目の前には今、当然のごとくに、

天使が金のラッパを吹きながら飛んでいる幻想がふわふわ漂っていた。


「あ、あの、オリ様、いかがでしょうか?」


「おい、マリイ、オリ様を急かすのじゃない」


「で、でも、兄さん。

 あまりにも何も言われないもので、お口に合わなかったのかと、

 つい、不安になって……」


フェイの母親である、マリイが恐る恐るみのりの顔色を窺いつつ聞いてきた。

その横で、彼女を咎めたのは彼女の兄で、この村の村長であるカムイである。


焼き上がりを待つだけの一時間。

その間に、ただみのりはここに座っていただけではなかった。


みのりとしては、出された茶を飲み、かりんとうの様な甘い茶請けを食べ、

座っているだけで何もしなくていい寛ぎまったり時間であったが、

それを暇を持て余していると取ったのか、次から次へと来客が押し寄せた。


まず、助かった村人の家族が当人を連れてお礼に押しかけた。


「有難うございます。聖女様」

「本当に感謝いたします、オリ様」

「あの、私の家は大した稼ぎもないので、これくらいしか差し上げる物が無いのです。

 ですが、どうか受け取ってください」

「うちも今年は作物の出来が悪くて、碌な物がないのですが…」


彼等は思い思いに訪れてはみのりにお礼とばかりに農作物や、可愛い工芸品、

酒やジャムなどの加工食品などいろいろな物を置いて行こうとするが、

みのりはすべて断っていた。


理由は多々あるが、一番の理由は重いからだ。


あの地下通路を通って、山道を下ってバスに乗り電車で帰る。

その間に、こんな重たい物を持って歩きたくない。


木箱2箱以上のかぼちゃやら大根やら蕪やら瓶詰めなど、重たいことこの上ない。

その上渡された木彫りの熊などは、はっきり言って趣味ではない。

北海道かどこかで売ってこいと言いたいくらいのいい出来だが、

みのりには牙をむいた厳つい熊の彫像を愛でる趣味はなかった。


みのりは、一般的女子の平均値なのだ。

そんな重たい物を担いで帰れとか、とんだ罰ゲームだ。


宅配便でもあれば、送っといてというところだが、

文明文化を否定しているであろうこの人達に、それは無理な注文だろうと思った。


だから、あっさり断った。


「いや、いい。お礼なら今からマリイさんのチェリーパイを頂く。

 だから、気持ちだけでいい。

 お礼など気にしないで持って帰ってくれ」


そのみのりの返事に、村長を含むそこに居た村人全員が、

涙目になって、手を取り合ってうんうんと頷き合っていた。


しぶしぶ秘蔵の農作物等を出したが、返されてほっとしたのだろう。

頬を赤く染めて嬉しそうに笑う村人達の生活は本当に苦しいのかもしれない。


断って正解だ。

木彫りの熊は、欲しい人が愛でる方が熊だって幸せに決まっている。


「お優しい心使いに感謝いたします。

 ならば、今からアトラス神に感謝の祈りを捧げ、

 貴方が聖女として請願を成就できるよう願を込めたいと思います」


村長のカムイの言葉に、村人全員が再度、

みのりの目の前で土下座を始めた。


おかしげな呪文を唱えながら、手をワカメの様に揺らす。


またもやUFO召喚の危機か!


みのりはとっさに膝を付こうとする村長カムイの肩を押しとどめ断った。


「止めてくれ」


パイが焼けるまでに一時間。


その間に宇宙人との交信などされては、パイを食べてトンずら計画が破たんする。

それにしても、村長までがUFO召喚をしようとするなんて、

この村はもしかしてUFO信者の集まりだろうか。


文明文化を否定するのもUFO文化を肯定する為か。

これは、さっさと食うもの食べたらドロンしなくては。


みのりは危機感を募らせながら、村人たちの接待をすべて断っていた。


「是日、数日間の逗留を」  却下で。

「感謝の宴を開くので是日参加を」 もちろん却下だ。

「この村の門前にオリ様を模した銅像を」 絶対嫌だ。


全てに首をぶんぶんと横に振った。


銅像だなんて、指名手配犯のポスターよりたちが悪い。

みのりの生徒手帳の写真は、目つきが悪くどこの凶悪犯罪者かと思われる出来だが、

あれが銅像になるなんて考えたくもない。


美味しい消えチェリーパイ以外の賄賂は、

みのりは一切受け取るつもりはなかった。


がやがやと騒いでいた村人は、困惑した表情を隠さないまま、

世間話を始めた。


「聞いたか?これが聖女様だっぺか」

「んだんだ。さすがだんべな」

「めいこいうえに欲さねえとか、嘘みたいだっぺな」


一体どこの方言かと思うほどに訛っている。

村人の多くは気が緩むと方言が出るらしい。


フェイとマルフォイやカムイは訛っていなかったが、

これが田舎ライフ満喫中の人間とそうでない人間の違いなのかもしれない。


標準語使用のみのりには、だんだん意味が解らなくなった。


だが、そこをあえて追求する気はない。

今のみのりには、全てが上の空でしかとらえられない。


なぜなら、竈からぷぅ~んとチェリーパイの大変美味しそうな、

誠にいい匂いが漂ってきたからだ。


チェリーパイがみのりを呼んでいた。

みのりの意識が、一気に竈へと集中する。


みのりは、そのあたりから、村人達の話を右から左へ流すだけという、

必殺『聞いているふり』を実践していた。


これは友人の愚痴や校長の長話、母親の解らない話などに遭遇する時には、

大変有効な技だ。


時折、目線を動かして乾いた目にうるおいを与える為に、

瞼をぱちぱちと動かしたり、首を傾げるだけで、

聞いてくれていると相手は勝手に思ってくれる。


実際は全くと言っていいほどに聞いていないのだが、

現実に有効かつ有益な技だ。 みのりの主観でのみだが。



そんなみのりの態度に、村長を含め村人たちは、


「はああ、立派なもんだなあ」

「なんもいらねえなんて、控えめなんだな」

「尊敬に値するってこのことだっぺ」


影でというか、どうどうとこんな噂話をしていた。


馬の耳に念仏。馬耳東風。

みのりの耳には、一切合財は聞こえてなかった。


そうして過ごすこと一時間。


今、みのりはチェリーパイと、感動の対面を果たしている。


口に入れて、美味さに悶える。


やはりこの村に来てよかったと、

過去の自分の決断に心から感謝した。


偉い、私。


美味しさに涙が出そうだが、みのりの表情は動かない。

そんなみのりに、製作者であるマリイはそわそわと落ち着かない様子を見せていた。


それを見て、みのりは思い出した。


よく、みのりの友人から言われていたのだ。

食べている時くらい、その無表情を何とかしろと。


みのりをよく知る家族や長い付き合いの友人は、

みのりの些細な表情の変化に気が付き、その感情をくみ取ってくれるのだが、

他人はそうはいかないのだと、何度も言われていたのを思い出した。


みのりは、自分が感情を見せていないとは思っていないだけに、

その意見には常々疑問を感じるところだ。

みのりとしては、必要な感情は必要なだけ見せているはずだと思っている。


だが、世の中は流動的で、

人は時と場合により臨機応変を求められると言うことも知っている。


ならば、どちらともとれる無表情が一番楽で面倒がないと思っているだけである。

みのりからしてみると、そもそも何故、

赤の他人に自分の感情を見せ付ける必要があるのかさっぱり解らない。


そんなことをして何になると言うのだ。

女優かアイドルか、テレビコメンテーター志望の人間だけに任せておけばいい。

彼等は好きでやっているのだから、そんなことは望んでいる者だけですればいい。

女優志願でもないみのりには面倒なだけだ。


解る人にだけに解ればいい。必要と思う時だけ見せればいい。

みのりはいつもそう思っていた。


だが、ここには、みのりの事を解る人は一人もいない。

そして、目の前にいるのは一度きりで今後関わることはないと決めた赤の他人。


面倒事を嫌うみのりの常識からみて、ここで感情を見せることに、

まずブレーキがかかるところだ。


だが、みのりの心のシーソーが今はぐらぐらと揺れていた。


原因はこの絶品チェリーパイである。


このチェリーパイ、ここで食べるだけで満足できるかということだ。

人間は贅沢な生き物だ。

一度、最高の物を知ってしまうと、それ以下がどうでもよくなる傾向がある。


欲望みのりと冷静みのりが、みのりの脳内で会議を始めた。


欲:このチェリーパイは絶品だ。

  ぜひ昵懇になり、これからもチェリーパイを貢いでもらうべきだ。

冷:だが、これを食べたらトンずらして赤の他人に戻る予定だっただろう。

欲:予定は未定だ。このチェリーパイは偉大だ。

冷:面倒事は避ける主義だろう。

 これ以上可笑しなことを言う連中の中にいたら、面倒事に巻き込まれるぞ。

欲:巻き込まれたら逃げればいい。チェリーパイは文句なしの美味しさだ。

冷:それはわかるが、聖女やら神やらUFOやら、明らかに怪しいし面倒だ。

欲:怪しくともこのチェリーパイに罪はない。


両者睨みあいの末、決戦は脳内シーソーによって行われる。


最初の位置は二人とも中央位置。そーれの合図で手を離すと、

チェリーパイに舌鼓を打っていた欲望みのりが明らかに重く、

ガタンと床を打ち付ける。欲望みのりの腹は大きく膨れていた。


ふと見ると、手元に残ったチェリーパイは半分以下になっている。

黙々と食べているうちに直径30cm程度のチェリーパイは、

みのりの腹に消えたようだ。

なるほど、これが勝利の決め手というものかと納得した。


欲望みのりの手が勝どきを上げて吠えた。

冷静みのりががっくりと肩を落としてシーソーから転げ落ちた。


勝敗は決したのだ。

みのりは自分の欲望に忠実であった。



ちらちらとこちらを期待するような目で見ているマリイに、

すぐさまみのりはにっこりと笑って答えた。


「美味しいです。 こんなに美味しいチェリーパイを食べたのは初めてです」


みのりの笑顔と感想に、マリイは目を輝かして、

嬉しそうに両手を握りしめて飛び上がった。


「まあ嬉しい。聞いた?兄さん、貴方、フェイ。

 オリ様が美味しいって、笑顔で褒めてくださったわ」


そんなマリイをマルフォイがあっさりと受け止めた。


「当り前だ。何時も言ってるだろ。

 お前のチェリーパイをは王都のそんじょそこらの有名菓子店のよりも旨いって」


「やだ、貴方ったら、言いすぎよ」


「俺は、お前の料理は世界一旨いと思っているから、当然だ」


「うふふ。愛がこもってるもの」


マリイ、貴方、とマリイとマルフォイの二人が二人の世界に入り始めた。

熊と美女の組み合わせだが、目に慣れるとそれはそれという気分になる。



「オリ様、紅茶のおかわりはいかがですか?」


「頂こう」


フェイが新しい紅茶を入れてくれた。

ふわりとしたいい匂いが、チェリーパイの旨みを増長させる。


パイと紅茶。

これは黄金の組み合わせだ。


紅茶を堪能していたら、フェイが棚の奥からパイを取り出した。


「あの、よろしければこちらも召し上がりませんか?」


フェイがさっと出したのは、横に長いリーフ型のパイ。

一般的に見ればいい感じに綺麗に焼けているパイだ。


「この季節のニシンは本当に美味しいのですよ」


みのりの眉間に大きな皺が寄った。

みのりの反応に怯んだフェイを助ける様に、

さっきまでマルフォイといちゃいちゃしていたマリイが横から口出ししてくる。


「この地方では、この時期に産卵の為、ニシンが川を上ってくるのです。

 そのニシンを捕まえて、塩漬けにして、冬の備蓄食料とします。

 ですから、これもこの地方の伝統料理ですわ。

 

 今が旬のチェリーパイもおいしいですが、

 こちらもニシンの身が濃厚で食べごたえがあって、

 特に一部の若い人達を中心に大変好まれますのよ」


フェイがこくこくと頷きながらも後を紡ぐ。


「若い人って言っても、それは味の問題ではなくて、

 ニシンにはもう一つ言い伝えがあって、独身の男女が食べると恋に落ちるとか、

 子供を授からない夫婦に子宝を授けるという言い伝えがあるのです。

 それに滋養にもよくて、子供に食べさせると病気をしないとか健康になるとか。

 とにかく縁起がいい事で喜ばれるパイなのです。

 だから、祭りの時とかの定番料理なんですよ」


だからぜひこのパイを食べてくれとフェイは言いたいようだ。

だが、みのりの眉の皺は消えない。


何故なら、そのパイの上に、シ虫が座っていたからだ。

それも、大量に。正に蟻が群がるか如くに、ニシンのパイとやらに群がっていた。


「いや、結構だ」


だが、フェイは紫に染まったニシンのパイとやらを、小さく切って皿に乗せ、

みのりに勧めてくる。


パイの上のシ虫は、今までのシ虫よりもサイズはもっと小さいが、

全身紫色の体に黄色の縞々パンツのミニチュア版。

全長5㎜から1㎝程しかない大きさだが、小さいくせに立派な紫色の息を吐いている。


「シャ~シャシャ」


小さいくせに笑い声は今までのシ虫と同じ。

それらの幾つかは笑いながら、パイの全面に手に持った武器で小さな穴をあけていた。

持っている武器は槍ではなくてクロスボウの様なものだが、

道路の突貫工事の様にクロスボウの柄を突き立て、

ほいさほいさと手際よく穴をパイの表面に模様を描くようにあけていく。


「シャ~シャシャシャ~シャ~シャ」


鼻歌だ。


鼻歌を歌いながら、小さなシ虫達が協力して重いバケツの様な物を持ってきて、

セメントを流し込むように、紫色の液体をどろどろと穴に流し込む。


流し込む度に、パイの表面がジュッと焦げる様な、いや、腐る様な匂いがした。

穴の奥から紫色の煙が立ち、ふわりと消えた。


こんな毒素満タンなパイを食べろとは、嫌がらせにしてはダイハード顔負けだ。

こんなもの食べたら死ぬだろう。

せめて定番らしく靴に画びょうくらいにしてほしい。


思わずフェイの顔を見返したら、きょとんとした何も知らない顔をする。

悪意など全く感じられない顔だ。

美人顔だ。マリイに似たのだろう。よかったね。


何度かフェイの顔とニシンのパイを見て、ふと思い出した。


そういえば、シ虫の姿はフェイには見えないのだったと。


ということは、本当にフェイには悪意はなく、

ただ単に他のパイを勧めただけということだろう。


すこし、胸をなでおろした。私は繊細なのだ。


そんな、私の傷つきやすい心の葛藤を嘲笑うかの如くに、

ニシンのパイの上で、出来たとばかりに旗を立てるシ虫。


「シャ~シャ!フオゥ」


大変満足そうな声を上げて、腰振りダンス。

マイケルに弟子入りできるくらいに、腰のキレがいい。

決して手を叩いて褒めはしないが、実に楽しそうだ。


私に害がないならば、そのまま傍観していてもいいと思うくらいには、

そのダンスは見ごたえがあった。


だから、ニシンのパイには手を付けず、

ずっと私はチェリーパイのみを黙々と食べていた。


シ虫がふうっと息を吐いて、腰をとんとんと叩いた。お疲れのようだ。

まあ、あれだけ踊れば、満足だろう。


黙々と穴あをしていたけシ虫に至っては、

いい仕事したぜとばかりに額の汗を拭いている。

パイの上に落ちた汗も、パイの表面をどす黒く変色させていた。


これがシ虫でなければ、お疲れ様と労わりの言葉を述べてもいいかもしれないが、

相手はミニチュアとはいえ、シ虫の一員。

即ち、腹痛の原因がこいつらであることは間違いないだろうとみのりは推測した。


厄介なことに、奴らは、一仕事終えたというのに実に働き者のようだ。


なんと、今度は、みのりの目の前のチェリーパイに目を向けたのである。

これにはみのりはぎょっとした。


みのりのチェリーパイを指さして、何やら話し込んでいた。


嫌な予感しかしない。

こいつら、私のこの極上チェリーパイをあの紫毒の餌食にするつもりか。


シ虫は、チェリーパイを指さし、あれこれと何やら深刻な顔で話しこんでいる。

そして、パイの上からこちらに移動しようと動き始めた。


私のチェリーパイに近づくなど全く持って言語道断だ。


みのりはそうはさせじとチェリーパイをシ虫が届かない空中に、

皿ごと持ち上げて抱え込み、残ったチェリーパイを一気に口に入れた。


このチェリーパイは私の物だ。

シ虫ごときに与えてなるものか。


シ虫は何やら言っているが、知ったことではない。

世の中、早い者勝ちなのだ。


口の中が乾いてもごもごするが、結果よければすべてよしだ。

ごくりとすべて飲み込んだ。


すべてのパイがみのりの腹に消えた。

正義はここにありだ。実に満足した。


みのりの極上チェリーパイに手を出すなど、許されざる所業である。

アイツらこそUFOの餌食にすべきである。

今度、UFOに遭遇する羽目になったら、ぜひ推薦状をしたためようと思った。


みのりがチェリーパイをすべて食べてしまった上、

最後の一切れを一気に頬張ったため、

フェイ達はみのりがよほど腹がすいているようだと思ったようだ。


再度、フェイが先程断ったニシンのパイを勧めてきた。


「これは、私が作ったのです。昨夜、私も食べました。

 母の腕前には遠く及びませんが、なかなか良い出来なのですよ」


村長のカムイの前に一皿。

自分様にフェイも一皿。


そして、フェイはフォークで自分の口に運ぼうとしたところをみのりが止めた。


フェイがそれを食べてまた、大シ虫が発生し、

床を痛みで転がったら面倒だと思ったからだ。


「フェイ、待て」


「え?」


フェイの視線がフォークの先に集まる。

パイの上には、食べろ食べろとシ虫がエールを送っていた。


「そのパイは危ない」


シ虫は、フェイの止まった手にキーキーと反論しているが、

みのりには、どこ吹く風である。

悔しかったら人の言葉を話してみろ。


フェイはまだ、何事か解っていない様子で目を見開いていた。

いち早くみのりの言いたいことに気が付いたのは父親であるマルフォイだ。


「フェイ、口に入れるな」


マルフォイがフェイのフォークごと弾き飛ばした。

フォークは床に落ちてカラランと音をたてて床を滑った。


パイは宙を舞い、暖炉の火の中で見事にダイブした。

パイの上でダンスを踊っていたミニシ虫が、

火の中でジャアアアアと声を上げて燃えた。

同時に紫の煙もジュッと音を上げて、燃えつくされた。


素晴らしい。やはり火は浄化で間違いないようだ。


「フェイ、そのパイをすべて火にくべろ。

 オリ様は病の原因はそれだと言っておられるのだ」


マルフォイは、残っていたパイをすぐに取り上げて、

暖炉の火の中にくべた。


みのりの耳にミニシ虫の断末魔が聞こえる。

ふん、私のチェリーパイを狙った罰だ。


アディオス!成仏しろよ。


そうこうしているうちに、マルフォイとマリイがどこからか瓶を持ってきた。


ゴトリと置かれた頭二つ分くらいの大きさの瓶が5つ。

中は、醗酵したニシンである。


「オリ様、こちらを見ていただけますか。

 先週、塩漬けや酢漬けにしたばかりのニシンです。

 我らのこの冬の貴重な保存食なのです」


ぱかっと開いた瓶の中は、糠床沢庵のような醸されている匂いがした。

そして、うじゃうじゃと沸いているミニシ虫の大群。

一個中隊、いや大軍の一角と言っても過言ではない量のシ虫が居た。


これが1匹見かけたら100匹の所以か。


みのりは、眉に寄せた皺が深くなるのを感じた。


「病の原因はこれでしょうか?」


マリイの言葉に、みのりは大きく頷く。

チェリーパイを狙う輩はすべて抹殺すべきである。


「間違いなく」


マルフォイはみのりのその言葉に頷き、すぐにマリイとフェイに言った。


「マリイ、火で全て確実に焼いてしまおう。

 カムイ、フェイ、もうじき夕食の時間になる。

 病の原因はニシンだ。村中にニシンを食べるなと伝えるんだ」


フェイとカムイが急いで立ち上がり部屋を出て行った。

マルフォイが庭先に穴を掘って、そこに乾いた葉と木切れを乗せ、

暖炉の火から火種を映して、マリイがニシンを火の中に放り込んだ。


煙がまっすぐ空に立ち登る。


最初はマルフォイの家の庭からのみ。

だが、一つ二つ三つと同じような煙が立ち上った。


最終的には、村中からシ虫の断末魔がみのりには聞こえた。

それはみのりにとって邪魔者が居なくなった、勝利の雄叫びにしか聞こえなかった。


これで、この村からシ虫は絶滅したに違いない。

勧善懲悪万歳、正義は我にあり。 これで一安心だ。


みのりのチェリーパイを狙うシ虫は、

さっさと退場してもらわないとみのりの今後の計画の妨げになる。


みのりの計画。

それは、あの絶品チェリーパイをとりあえずお持ち帰りしようと決めたことだった。

もちろん、決めたのは先程前からだが、

食べた後は、その思いがどんどん強くなっていた。


さて、どうやってお土産をねだるかと思案していたら、

作業を終えたマリイが、みのりに言った。


「病の原因を教えてくださって有難うございます。

 オリ様、お礼と言うのもおこがましいのですが、

 私のチェリーパイを気に入っていただけたとのこと。

 今日仕込みして、明日朝いちばんにまた焼きますので、

 今夜は我が家に泊まって明日焼き立てを旅のお供にお持ちください」


みのりは反射的に頷いていた。


昆虫夜中捕獲作戦は、明日に持越しとなることとなった。



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