UFO呼びますか?
大名行列。
この言葉を聞いて思い起こすのは、下に下にと響く掛け声と額ずく平民。
その背中を見ながら悠然と前を過ぎ去るきらびやかな籠と美々しい行列。
みのりは籠にも乗っていないのに、それどころか大名でもないのに、
へへ~っと大勢の人間に額ずかれていた。
みのりは眉を顰めて全員の背中を見渡した。
何故だ。
何故、皆そろって土下座状態でいるのだ。
私がシ虫相手に制裁をかましている間に、謝られるようなことがあったのか。
訳を聞こうにも、誰もみのりと目を合わさない。
みのりの背後を振り返るが、もちろん誰もいない。
やはり、これはみのり自身に土下座をしているのだろう。
チェリーパイがもう売り切れと言うことで、頭を下げているのだろうか。
だが、みのりのチェリーパイごときに村人総出で頭を下げる理由が解らない。
先程、訳の分からないことを言っていたマルフォイを問い詰めたいが、
肝心のマルフォイもみのりと目を合わさない。
それどころか彼は、土下座状態で頭を下げたまま、寿限無の様な呪文を唱えていた。
時折床に伏せた手を揺らしながら、何か歌うように怪しげな文句を呟いているのだ。
それはマルフォイだけでなく、額ずいている村人全員が海に漂う昆布の様に体を揺らし、
みのりを中心にサークルを描くように囲っていることに気が付いた。
みのりの脳裏に一枚の画像がピコンと甦った。
その様子は、以前テレビで見た特集番組。
怪しいUFOおたくの宇宙からの召喚場面にそっくりだった。
あの時、自分には関係ないからとさっさとチャンネルをお笑い番組に変えてしまったので、
求める物体が来たかどうかは解らない。
だが、自分が知らないだけでUFOが現れていたとしたら、
宇宙人に拉致され解剖実験材料に切り刻まれ宇宙のゴミになっているやもしれない。
宇宙人は記憶操作が得意だとⅹファイルでも言っていた。
嬉々として宇宙船を召喚し浚われて宇宙のゴミになった地球人。
みのりには、その行動にも気持ちにも同感できる余地はさっぱりなかった。
そんなにゴミが好きなら、一人で夢の島の管理人になるがいいとさえ思った。
宇宙からはるばるくる暇な宇宙人の世話にならなくても、
ゴミになる手段は幾らもあろうに、本当に残念な人達だ。
そして、みのりには至極関係ない。
そんな宇宙のゴミ希望者と関連を持ちたいとは思わない。
宇宙人もゴミもすべて纏めて無視だ。
たとえ目の前で、やあっと銀ぴか坊主の宇宙人に友好的に声を掛けられても、
全無視するだろう。
縁日で焼きそばを一緒に食べないかと言われても断固断る。
それが正しい処世術と言うものだ。
だが、たまにみのりにも避けられない災難というものも存在ずる。
台風とか地震とかと同じく、強制的に降ってくる、いや落とされた不運だ。
そういう時は、ゆっくり心を落ち着かせて深呼吸して考える。
正しい状況判断を得る為に必要な事柄だ。
そうすると、今の状況がどういうものか、みのりの柔らかな頭脳がはじき出すのだ。
そして、今がまさにその状態。
みのりの状況判断は、テレビとまったく同じだと告げていた。
変な呪文を唱えながら一心不乱に祈るUFOマニアども。
海の中で揺れるワカメのように揺れる手が怪しい、怪しすぎる。
みのりは頭の中で激しく葛藤していた。
動揺するみのりがポンと現れて、脳裏で慌てて鐘を突く。
動:やばい。逃げよう。走ろう。
冷:そうだな。危ないことには近寄っては駄目だ。逃げよう。
耳鳴りがかんかんと響く。
冷静みのりもぽんと現れて動揺みのりの肩を抱いた。
冷静みのりが、さあっ出立と旗を掲げる。勇ましい限りだ。
みのりの本能が脳裏でカンカンカンと警戒サイレンを煩く鳴らしていた。
みのりは本能の警告に従って、その場から逃げる為にくるりと踵を返した。
だが、一歩も進まない内に足を止めた。
みのりのお腹がそれに反旗を翻したのだ。
つまり、ぐぅ~と大きな音をたてたのだ。
怒りにまかせてシ虫退治をして回ったが、そもそも当初の予定では、
チェリーパイをとっくに食べて満喫しているはずの時間であった(みのり予定)。
腹の虫を押えきれず苦心していると、脳裏に欲望に忠実な欲張りみのりが現れた。
三人目だ。
欲:待て待て。ここは予定どおりチェリーパイをもらってドンずらするのがいいと思う。
動:いや、ここでぐずぐずしていて宇宙人が来たらどうする。
欲:しかし、せっかく好物のチェリーパイがすぐそこにあるのだぞ。
腹がへっては戦が出来ぬというではないか。
動:チェリーパイは地球にいればいつでも食べられるけど、
宇宙に連れて行かれたら確実に食べられないだろう。
欲:まだ、UFOがくるときまったわけじゃない!
動:チェリーパイを食べて満足した矢先に宇宙人にさらわれるつもりなのか。
冷:命が欲しければ、ここはチェリーパイを諦めるべきだ。
欲:うぬう。 た、確かに命は惜しい。
だが、宇宙人が現れたとして、私を浚うとは限らないではないか。
冷:確かに。考えてみれば、ここにはこんなに大勢の人がいるのだから、
いざとなれば召喚に参加している本人たちに行ってもらえばいい。
動:いいの?それでいいのか?
欲:いいとも! 宇宙人を呼ぶくらいなら宇宙人が大好きに違いない。
冷:そうだな。適材適所で行ってもらおう。これで解決だ。
動:で、でも、宇宙人が全員連れて言ったら巻き添えになるんじゃない?
欲:あ、いいこと考えた。
チェリーパイ、お持ちかえりすればいいのではないか。
冷:なるほど。 フェイの家にさっさと行って、パイを包んでもらう。
なかなかいい手だ。
欲望みのりと冷静みのりが動揺みのりを押えて同意した。
お互いにっこりと握手する。
決議案は可決された。
みのりの脳内会議が終わり、気が付いたら目の前にフェイが立っていた。
みのりの後をずっとついてきていたフェイにそのまま追突するように、
ご対面状態になっていたのだ。
フェイは他の村人の様に奇妙な伏せ姿勢を取っていなかった。
さて、どうやってチェリーパイをもらってトンずらするかと、
思考を働かせようとしていたら、
その時、みのりのポケットから紫の蔦の葉がはらりと落ちた。
それをハンカチでそっと包むように拾ったフェイが瞳を輝かして言った。
「凄い。 聖樹の葉をお持ちなのですね。
何度か司祭様の聖櫃ごしに遠目から拝見したことはあるけど、
こんな風に無造作にお持ちになっている方は初めてです」
聖樹の葉?
これはただの蔦の葉だと思うが違ったのだろうか。
もしそうなら、いつか誰かに大事な木の葉を千切ったと後で怒られるかもしれない。
よし、この葉っぱは後で誰にも見られてないところで、
こっそり捨てておこう。
「それに、オリ様がお持ちになられているのは聖なる錫杖ですね。
輪が青く大きいと言うことは、上位聖職者の資格をお持ちなのですね。
それほどまで徳が高い方なのですね。素晴らしいです。オリ様」
聖なる錫杖?
何かこの子は盛大に勘違いをしているようだ。
杖と言うからには、おそらくこの虫取り網のことだろう。
青い輪っかはブラスチック製の安物の証なのだが、
この網を何故に錫杖などと呼ぶのか。
昔、みのりの弟子を名乗る虫取り仲間の一人が、
ピカピカに光るアルミ製の大変高価な虫取り網を持っていたことがある。
頑丈でどこにぶつけても網が壊れることなく、
その上、折り畳み式で持ち運びが便利な肩ひも付き。
彼は、大層自慢していた。
みのりは、それをちょっとだけ借りて、ひと夏、いやふた夏だったかな。
沢山の宝石を手に入れたのは、みのりにとって大変いい思い出だ。
あれはみのりの安物の虫とり網よりも断然使い勝手がよかった。
自称みのりの弟子は、みのりが取り上げる度にびえびえと鳴いていたが、
宝石一つあげたら黙認した。
その宝石は言わずと知れた極上アトラスだったのだから、黙認するのは当然だろう。
アトラスは、見事な角に最高にカッコいい背中に、
がっしりとしたカッコいい足先が魅力的なカブトムシだ。
ヘラクレスには負けるが、
相撲をさせたらかなりの勝率を誇る大関横綱大百貫なのだ。
きらりと光る頭の角に子供なら興奮を隠せないだろう。
あの時のアルミ材の素敵網ならば、錫杖と見間違っても可笑しくはないが、
今のみのりの虫とり網では少しお粗末すぎる気がした。
あの、がめつい母が買ってきたのだ。
おそらく、網と篭のセットで1000円以内に違いない。
そして、虫かごの裏には近所のスーパーのシールがくっきりばっちり。
お高い物は何一つおいていない激安スーパーだ。
それを見積もってみても、
どう見ても高そうに見えない虫取り網だと思うのだが、
テレビや電子機器を身近に持たない人々には、
違う虫取り網が存在するのやもしれない。
だが、赤の他人に、虫取り網の定義について、
いちいち講釈を垂れるのも面倒だ。
つまり、細かい事は無視するに限る。
網をなんと呼ぼうが、激安スーパーのシールがべたべた張られていようが、
目の前にいるのはこの場限りにお別れする赤の他人だ。
チェリーパイを食べたら一瞬で見知った他人から、
見知らぬ他人に移行するなど大変簡単なことだ。
だから、いちいち反応せずに黙っていることにした。
みのりは、フェイから受け取った葉をポケットの中に仕舞いこみ、
手の中でぐっと丸めた。バラバラにして証拠隠滅がいいかもと思ったからだ。
しかしながら握りこんだその葉に感じる不思議な弾力に、
首を傾げる羽目になった。
手の中でゴムボールの様に、跳ね返ってくる。
蔦の葉の形は小さな楓状なもの。
だが、曲げても折っても伸ばしても、葉先の先までビヨヨ~ンと弾むのだ。
一般的な蔦の葉というものは、こんなに丈夫なものなのか。
これならリラックスボールの代わりに成るかもしれない。
こんな形状のリラックスボールは見たことが無いから、
持って帰って兄相手に売るのもいいかもしれないとまで考えた。
一枚100円、いや300円までならいけるか。
みのりが蔦の葉の存在を感心していると。
フェイはうんうんと頷きながら唸った。
少女はきらきらした目を更に輝かしてみのりを振り返った。
そんなに目を煌めかせると乾燥して眼球が血走るよと言いたいが、
面倒は嫌なので黙っていることにした。
「オリ様。本当に、本当に素晴らしいですわ。
私はこののち貴方にお仕えし、貴方の偉大なる軌跡を、
全ての民に伝える為に御側で語り継ぐ決意を固めました」
「フェイ?」
マルフォイが驚きの声を上げてUFOを呼ぶのをやめた。
どうせなら、そのまま呼ばずにいてくれた方がいい。
「お父ちゃん、私、オリ様のお手伝いがしたいの」
いや、UFO儀式を止めてくれただけで十分だとみのりは首を振った。
「フェイ、お前の気持ちはわからんでもないが、それは駄目だ。
一時の感情に負けて将来を決めるな。オリ様もそう思ってるぞ」
何をどう私が思っているというのかはわからんが、
そもそもフェイの手伝いってなんの手伝いだ。
語り継ぐって、私のシ虫への八つ当たり行為を語り継ぐと言う事だろうか。
みのりは一層厳しく眉を顰めた。
多分縦皺が出来ている。
「フェイ、それは断る」
みのりはフェイをまっすぐ見据え断っていた。
みのりの行為が語り継がれるとなにかと支障が出るかもしれない。主にみのりに。
「私を気遣わないでください。 オリ様、私が望んでいるんです
私も貴方と共に苦労を分かち合いたいのです」
苦労?なんで苦労するんだ。面倒くさい。
みのりは、しなくていい苦労ならあえてしないたちだ。
そんなものは、熱血人だけですればいいとすら思っている。
だから、もっとはっきりと、一刀両断する勢いで断る。
「いや、諦めてくれ。断る。迷惑だ。絶対駄目だ。
それに、私がここにいたことも内緒にしてもらいたい」
大体、事が露見したら面倒ではないか。
ここにいるシ虫は全滅させたが、絶対どこかほかの場所にもシ虫は居るに違いない。
一匹見かけたら100匹はいると覚悟しろと昔から言うではないか。
100匹に増量したシ虫の仲間がみのりに復讐に来たらどうする。
虫歯菌とあれだけ似た要素を持つシ虫だ。
シ虫の遠い親戚に虫歯菌が居てみのりを標的に何万という復讐者を送ったら、
みのりの歯は、総入れ歯仲間入りとなることだろう。
そんな危険は冒せない。
「そ、そんな、オリ様」
「フェイ、諦めろ。
それがお前の為でもあり、我々の為であると仰っているんだ。
もともと聖女様の旅に我らの村に立ち寄る予定はなかったんだ。
おぼえているだろう。
オリ様は、我々の身を案じてこの村に立ち寄って下さったのだ」
まあ、確かに。
夜になるまでの暇つぶしに違いない。みのりは頷いた。
「え、ええ。でも、それが何?」
「おそらく教会が知れば、頭の固い司祭から厳しい沙汰があるやもしれん。
もしくは法外な謝礼を要求されるやもしれん。
それをオリ様は心配しておられるのだ」
ほう、どこの世界も腹黒坊主はいるものだ。
宗教に浸るにも金がないと話しにならんと言ったのはどこの坊主だったか。
そんな面倒な宗教家とも関わり合いたくない。
キチガイと宗教家だけには関わるなと、
どこかのテレビで偉い人が言っていた。賛成だ。
ここは、さっさとトンずらした方がいいかもしれない。
チェリーパイの夢が消えていくが仕方ない。
「オリ様がそうまでおっしゃっているのだ。
そのお心を無下にするな」
「で、でも、じゃあ、お礼はどうすれば」
お礼?
「チェリーパイを頂いてもいいか?」
つい口が滑った。
俯いていたフェイが、嬉しそうに笑った。
「はい。はい。オリ様」
どうやらチェリーパイを諦めなくてもいいようだ。
みのりの顔が思わず綻んだ。
笑わない聖女だと思っていたマルフォイや村人が、
そのみのりの柔らかな微笑に動揺し、
めったに見れない貴重な笑顔が見れたというような、
奇妙な感動を憶えていた。
そして、誰しもが思った。
この方の力になりたいと。
「オリ様が心配なのは俺も解る。心根の綺麗な方だからな。
だが、聖女の旅には、腕っぷしが強い騎士が付き添うのは基本だと思わんか?
お前だと聖女様を守れんだろう。
王都の俺の知り合いに手紙を書こう。
奴か奴の知り合いの騎士に、オリ様についてもらえるか聞いてみよう」
「そうね。お父ちゃん、それがいいわ」
村人全員がそれがいいと頷いた。
解らないと言った顔をしているのは、もちろんみのりだけである。
起死?岸?
「ねえ、そういえば、隣村の村長の家に、村長の息子の病気の快癒の為、
態々王都からいらした司祭様と騎士様がいらっしゃてるって聞いたわ」
さっきまで腹を抱えて泡を吹きかけていた息子を抱えていた、
中年女性が嬉々とした様子で語った。
フェイも、その周りの女性達も彼女の話に嬉しそうに参加する。
話が姦しく長くなりそうなので、マルフォイと男衆はみのりを連れて、
村に案内すると告げた。
「ミ・オリ様。 本当に有難うございました。
あれだけのお力を使った後です。大層お疲れでしょう。
病の元は治まったようですので、
当初の予定通り我が家に招きたいと思うのですが、いかがでしょうか」
マルフォイの言葉づかいが、最初と違ってやけに丁寧で硬い。
沢山の村人の手前、大人的な対応を心がけているのだろう。
うむ。都合により猫を被るのは世の常である。
みのりだって、時と場合によって大きな猫を被ることもある。
さて、招待と言われてチェリーパイの幻想が甦った。
「行きましょう」
即答である。
みのりは、マルフォイや男性達について村の中心部に向かった。
そんなみのりの後を、
少しずつ遅れながら5人の女性達の姦しい噂話が飛び交っていた。
「ねえねえ、その騎士様ってどんな感じなの?
素敵なハンサム?背は高い?」
フェイと同じ年の焦げ茶色の三つ編みの女の子、ジルが、
中年女性、カーノを正面から問い詰める。
「三日前に行商から帰ってきた旦那の言うには、
一人は背が高くて逞しくて、剣の腕もめっぽう強い美丈夫らしいわ。
もう一人は、司祭付の騎士様に相応しく大変見目麗しいきらきらした人ですって」
その言葉に女性達が奇声を上げる。
「きゃ~、素敵。物語の中みたい。
それで?それで?」
「二人もいらしているのね。見てみたいわ」
その声に煽られるようにカーノが鼻高々に知っている情報を話す。
「そのうちの一人は爵位持ちらしいよ。
隣村の独身女性が頬染めてそわそわと村長の家の周りをうろついているらしいのさ」
ジルが合いの手とばかりに自分の知っている情報を皆に披露する。
「へえ、そうなんだ。私だって傍に居たら同じことしてるかもね。
そういえば、隣村の村長の息子って王都の貴族の血を引いているんだよね」
ジルの隣に居た、フェイの隣人のハッカが顔を間に突っ込むようにして、
体ごと話に割り込む。
「そうそう、男爵様の血筋だって威張ってたの。いけ好かない奴よ」
大人しい小さな子持ちのラトーヤですら、小さな子供の手を引いて、
話に参加してくる。
「隣村は裕福だし、だからすぐに司祭様なんてこられるのね。
うちの村とは大違いだわ」
不安そうに母親を見上げていた小さなラトーヤの子供の頭を撫でながら、
フェイが応えた。
「私達の村は、コネも伝手もないし、オリ様が来られなければ、
正直、どうなっていたことか。本当に私達は運がいいわ」
全員がそうよねっと頷いた。
「街道向うの村は、同じ病で全滅したって聞いたわ」
「やだ。恐ろしいわ」
恐ろしさに震えるジルとハッカの背中をフェイがバンッと叩いた。
「私たちは大丈夫よ。だって、聖女様の癒しを受けたのですもの」
全員が、嬉しそうに頷いていた。
「聖女オリ様は力と言い、お心と言い、本当に聖女に相応しいと思うわ。
だって、お礼は要らないなんておっしゃるのよ。
実際、私をさっさと直したら、すぐに立ち去ろうとされたの。
父と私が必死でとどめて、せめてお茶だけでもとお願いして、
やっとこの村に来てくれたの」
フェイが夢見る様な瞳で皆に語る。
「でも、もしかしたら、オリ様は解っておられたのかもしれないわ。
私達の村に病気の人がいるって。
だって、立ち去ろうと向かった方向は私達の村の方向だったもの」
「そうなんだ。本当にあの人聖女様なんだね」
ジルがぽつりと呟いた。
「何言ってるのジル。あんた助けてもらったじゃない。
そんなことをいうと罰が当たるよ」
カーノがジルを叱咤する。
「だ、だって、聖女様って、
キラキラしてふわふわした妖精のような人だって思ってたもの」
ラトーヤが、それに反論する。
「あら、オリ様だって、どことなく気品はあるし、
落ち着いていて頭がよさそうで、物怖じなされないし、
浮ついたところのない誠実な人柄じゃない。
本当に立派な人ってああいう人のことをいうのね。
それに、人を助けると言うことに信念をもっていらっしゃると私は思うわ」
フェイが目を輝かしてラトーヤの言に乗る。
「そうよね。だって、あれだけ力を使ったのに、
不平不満を一言も口にされなかったわ。
私がお仕えしたいって言った時も、私の為を思って断って下さったの」
カーノが更に助長させるように、言葉を重ねた。
「私達の事を思って、誰にも私達を助けたことを言うなって言ってたもんね。
あんなにお若いのにしっかりした考えを持っていらして、
私達の身になって考えてくださる。 本当に大したもんだよ。
神様に選ばれた聖女って言うのは、神様に似ているのかもしれないね」
全員がみのりに助けられた経験者。
よって、フェイの妄想というか想像にしか過ぎなかった話は、どんどん加速する。
もしみのりがその場にいたら、チェリーパイなどさっさと捨て置いて、
踵を返して逃げ出していただろう。
みのりの知らない内に、どんどんみのりの印象が株が上がっている。
今までのみのりにない最高値だ。
恐ろしい現象が起きていた。
だが、女性達が村の中心部で立ち止まって話を膨らましていた時、
みのりはその頃、すでにマルフォイの家にいた。
フェイが助かったことを知って喜びに涙する母親を宥めて、
やっと本日のチェリーパイを作ってもらい、
焼きあがるのを竈の前でまだかまだかと待っていた。
みのりは何も知らず、また生来の鈍感さも加わって、
皆の噂のネタになっていることなどさっぱり知らなかったし、
プウ~ンと漂ってくる美味しそうな匂いにただ目を細めていただけだった。
だが、更に同時刻、予想外に助かった隔離場所から帰った家族を迎え、
聖女の奇跡に浮かれていた村人達が村長の家の扉を叩いた。
薬と薬師を頼む為に、隣村に何度目かの鳩を飛ばしていた村長が、
これで問題ないと安堵のため息を落とした。
そして、駄目だと返事を渋っていた隣村の村長に、
薬師の派遣はもういらない、我々には聖女の加護があると、
鼻高々に書いた手紙を送って、密かに胸を張っていた。
そのことすらみのりはさっぱり知らなかった。
みのりは鈍感です。
本人もそれは解っているので、面倒事は極力避けます。