本格始動
いつまでも手を見ているセアをじれったく感じたのか、小隊長は失礼、と声をかけてからさっと手をとった。そのことにびっくりして手を引っ込めようとするが小隊長は力を抜く気がないのか少し強めに引っ張られた。握られた手から伝わる体温が、とても暖かった。
「魔女殿、もうそろそろたっていただきたいのですが…」
困ったような声を出されて、セアはようやく自分のいる場所を認識した。ああ、ここは王城だった。そのことに気がつき、急いで手を借りてたちあがる。セアがたったのを確認して、小隊長はこちらに声をかけた。
「では、我々の会議場までご案内します。とりあえず、改めてご紹介させていただきます。私はイズニア。どうぞイズニアとお呼びください。第一小隊の小隊長を務めています。こっちの背が高くて愛想がないのがリント。副隊長をしてもらってます。なかなかの切れ者で、口喧嘩なんかは勝ったことがないですね。そっちのでかくて顔がいかついのがヘルヴィック。リントと同じ副隊長ですが性格が真反対なのでいつも衝突しています。顔がいかついのが悩みでいつも私に相談してくるんですよ」
くすくすと笑いながらそう紹介していた小隊長の言葉からは信頼と親愛の情が溢れていて、なんだか羨ましくなった。私もこんな境遇でなければ、人からあんなふうに親しまれるのだろうか。憧憬にも似た気持ちが、セアの心を占めた。
「小隊長、無駄話はいいからさっさと行こう」
そういったのはヘルヴィックと呼ばれた人だった。その人から感じた憎悪は、セアが夢見た儚い幻想を打ち壊すほどには強力だった。セアと、魔女と呼ばれる人間と一分一秒でも一緒に居たくないのがわかるくらい嫌悪に満ちた声だった。一瞬にしてセアは現実に戻される。ああ、ここは私がいていい場所ではない。どれほど自分が焦がれようとも、私自身のせいでそれは遠い、手の触れられない場所にあるのだと、感じた。
「ヘルヴィック。王城なんてくることないだろうから緊張してらっしゃるからほぐしてあげようと私は話しているんだよ。決して無駄なことなんかじゃないぞ。」
そう、イズニアさんは言ってくれた。自分を緊張もする普通の人間のような言い方でとても嬉しく思った。この人は、とても優しい。
セアは初めて、他人から気遣いというものをもらった。
「申し訳ありませんね、口が悪いやつで。でも根はいいやつなんですよ、根はね。さて、そろそろ行かないと本当に時間がなくなってしまう。では、我々の会議場に行きましょうか」
なんとなく、手を離すタイミングを失ったまま、イズニアさんに握られた手を引っ張られながら会議場に向かった。その際、ヘルヴィックさんはセアをずっとにらみ続けていた。
会議場に向かっているあいだずっと手を繋いだままでいたがさすがに周りの視線に耐えられなくなり、途中で振りほどいてしまった。そのときイズニアさんはああ、とどこか納得したような声を発し、それ以来離れたままになった。セアはなんだか自分がもったいないことをしたような気持ちになった。
会議場まで、ずっと無言だったかというとそうでもなかった。イズニアさんがセアのほうを気遣ってくれて話しかけていたからだ。いくつか出される質問に、短い返事をしていた。たまにヘルヴィックさんが悪態をつくが、リントさんにたしなめられる。そんなやりとりを何度かしていくうちに、目的地までついたようだった。