依頼成立
お師匠さまはその表情を変えないで、紙とペンをどこからともなく取り出し、さらさらと文字を書いた。固唾を飲んで見守っていた小隊長たちはお師匠さまの行動を凝視し、書いてある文字の意味を理解し少しばかり驚いていた。
その紙には、契約書と書かれていたからだ。
「事情をすべてお話していただいて、そのうえ断るなんてできませんわ。こちらは契約書です。契約するのは私ではなく、この子。詳しい話はこの子からさせていただきますのでまずはあなたがたのサインをいただきたいのですけれど」
そういってお師匠さまは紙を小隊長のほうに渡した。小隊長は渡された紙を見、サインを書いてこちらに戻した。
お師匠さまはそれを見て、かるく頷いた。そして紙に手をかざし、呪文をつぶやいた。すると魔法陣が浮かび上がり、小隊長が書いたサインが宙に浮いた。そのサインは娘の手の甲に張り付き、体の中に入り込むように消えていった。
「ではこれで契約成立ですね。では、さっそく依頼のほうに取り掛かりましょうか」
お師匠さまはそう言うと娘の方に向き合った。そこでお師匠さまはあ、という顔を娘のほうに向けた。
「おや、そういえばこちらの自己紹介がまだでしたね。今回依頼をお受けするのがこちらの娘、セルマです。」
「セア、とお呼びください」
突然お師匠さまから紹介され、勢いよく頭を下げた。娘、セアは自分の名前をほかの人に紹介されるなんてこと、初めてであったので、なんとも恥ずかしいやらこそばゆいような気持ちになった。小隊長が慌てた声で顔をおあげくださいと言ってきた。その言葉に甘えてセアは頭を上げた。
「…では、セア。依頼の報奨など取り決めなどはすべてあなたに任せます。無事に依頼をこなしてきなさい」
「はい、お師匠さま。」
口から出た言葉はそれだけだった。緊張して声が震えていて、みっともないなと一人恥ずかしい思いをしていた。そんな中お師匠さまと目線があった。お師匠さまは真剣な顔で私を見つめ、ふっと、顔をゆるめた。
「そんなに緊張しなくてもいいのですよ。大丈夫、あなたならきっとできますよ。なんたって…」
セアにしか聞こえない声で、そういった。その後の言葉は続かなかった。ただ、言葉の代わりにお師匠さまはセアを安心させるような笑顔を向けた。その顔のおかげで、セアは依頼を任せるといわれたあと初めて息ができたような心地になった。
「では、さっそく依頼に取りかからせていただきたいと思います。ここではなんですから、すこし場所を移したいのですが」
セアはどきどきしながら言葉を紡いだ。お師匠さま以外にこんなに長く話したことはなかった。お師匠さまでさえ、あまりしゃべらせたことがなかったし、自分から話そうとも思わなかったのだ。
「場所の移動はこちらが指定しても構いませんか?」
小隊長は自分の意見をはっきりという性格のようだ。普通この場合こちらに任せるのではないのだろうかと思うのだが。セアはとくに文句も言わず、どうぞ、と声をかけた。
「ありがとうございます。場所は王城でお願いしたいのですが、いかがでしょうか」
小隊長のその言葉にセアは絶句した。なぜ、よりにもよってそこなのだろうかと。王城は魔女と呼ばれる女たちにとってどんな場所か知っているのだろうか、自分にとっても進んでは行きたくないような場所である。
セアの驚きを初め認識できていなかったようで、少し考える素振りを見せた小隊長だったがやがて合点がいったようにああ、とつぶやいた。
主人公の名前がやーっとでました。よかったよかった。