依頼人たち
奥の扉を開けると、人一人分通るくらいの廊下が続いていた。
廊下は決して暗くはなかったが明るいとも言い難いものであった。足音が自分しか聞こえないので、娘はとても怖かった。
依頼人の連れは何人なのか結局確認し忘れてしまい、今何人で移動しているのかわからなかった。恐怖を覚えて、自然と娘は呼吸を浅くしていた。
人に恐れられ、侮蔑の対象とされている魔女の見習いであるはずの彼女は依頼人たちが怖くて仕方なかったのである。ぐるぐると謎の恐怖心にとらわれすぎていて、お師匠さまが待っているであろう扉を通り過ぎそうになった。
慌てて、依頼人たちに気取られないように自然と扉を開く
「この奥に、お師匠さまがいらっしゃいます。ご依頼の内容はそこでお伺いいたしますので、このままお進みください」
そういって、自身は依頼人たちに配るためのお茶を持ってこようとその場を離れる。その際、下を向いて足の数を確認した。
ざっと見たところ、三人であるようだった。そのことだけでもわかってほっとはしたが、この人数でも自分の足音しか聞こえなかったということはかなりの衝撃だった。本当に、この人たちが悪人でなくてよかったと、心から思った。
紅茶が入っているポットをもって、お師匠さまたちが待っているだろう部屋に向かった。茶器はちゃんと人数分持ってきたし何も忘れたものはなかったはず。何回もリビングで確認をしていたから間違えはない、はず。断言ができないのは娘の性分であった。
「お茶を、持ってまいりました」
すでに、お師匠さまと依頼人たちは話し込んでいた。一人は椅子に、もう二人は左右に控えていた。思えば、こんな人数を相手にしたことはなかった。
そう考えただけで、不安が生じた。いつも、依頼人は多くても二人で三人なんていなかったし、自分を含めて五人というものは娘にとっては大人数のような気がしてならなかった。
「ああ、ありがとう。お客人たちにまず入れて差し上げて」
お師匠さまの柔らかな声が響く。その声にほっとしながら、依頼人たちが囲んでいるテーブルにポットなどを置いてカップにお茶を注ぐ。
正直娘にはお茶をおいしく淹れるコツなんて知らなかったが依頼人たちは緊張のあまり味なんて覚えてられないというものが普通なのでこれ幸いと適当に淹れていた。
「では、この子もきたところですし。ご依頼の内容をお聞きいたしましょう」
おや、と娘は珍しがった。いつもは自分がいなくてもさくさくと話を進めてしまうのに。
お師匠さまは娘の方をちらっとみて、ふふふと上品そうに笑った。
いつもと同じ笑顔なのに娘にはなんだか恐ろしげに見えた。依頼人は少し不思議そうな感じを出していたが少しして意を決したように口を開いた。
「まず、我々の身分から明かしたほうが依頼もお受けされやすいと思いますのでご説明いたしますね。我々はこの国、リート国騎士団所属、第一小隊小隊長イズニアと申します。両脇に控えておりますのは副隊長のリントとヘルヴィックです。リントは右の背の高い方、ヘルヴィックは左のがっしりとした方です」
「あらあら、随分お年が若いのに小隊長なの。とてもしっかりした方なのね」
依頼人、いや小隊長たちは若いらしい。娘は少し気になった。自分と年が近いのではないだろうか、どんな方なのだろうと。
不躾を承知で思い切ってフードを少し上にずらした。なるほど、若い。としか感想が出てこなかった。もう少し思うところがあってもいいと思うが、娘は他人を褒める術を知らなかった。いつも他人からもらっていたのは罵声か恨み、恐怖の声だけだった。
お師匠さまや、昔の記憶にある父親にだけしか、褒められたことはなかった。娘の無遠慮な視線に耐えられなかったのか、小隊長は少し気まずそうに口を開いた。
「すみません、そちらの方は?できれば部外者にはあまりお聞かせできない内容なのですが」
やっと人物の名前が少し出てきました。未だに主人公の名前が出てこないのは、まあ…気長にお待ちください