城門
出発の日になり、旅支度をまとめた袋を持って王城へ目指した。黒いローブだけでも目立つのに、全身をすっぽり覆い隠すようにきていたセアはとても目立っていた。
人々の好奇な目線を気にしないようにできるだけ堂々と歩いていたが、目の前で小さな男の子が転んでしまった。さすがに助け起こさないわけにもいかないのでかがもうとしたら男の子はセアを凝視して固まってしまった。正確には髪の色を、だが。
あ、まずい。そう思ったがもう遅い。男の子の目には大粒の涙ができており、今にも泣き出しそうになっていた。
男の子のただならぬ気配に周りの人間も気がついたのか、セアの周りを人々が取り囲んでいく。王のお膝元とも言えるこの街でさえ魔女狩りの禍根というものは色濃く残っていた。いや、王のそばにあるということで周りの街よりもひどい状況なのかもしれなかった。
このままこの子が大声を出して助けを求めたら。その後の結果を想像しセアは身震いをした。別に悪口なんてなれていたが暴力になれているかといったら全然慣れていないのである。痛いのは嫌いだし、争いごとも嫌いだ。しかし、この状況をうまく切り抜けられるほど人生経験は豊富ではなかった。
セアは、早くも正念場を迎えていた。
どう対処すればいいのかわからなくて、こちらも涙目になってしまった。男の子は座り込んだままセアの方を凝視してしたので顔も見られている可能性があった。この、顔を。
うんと小さい子に泣き顔を見られるのは嫌だ、という謎の矜持を心の底からひねり出し、どうにか泣くことはなかったがどっちにしろ切羽詰った状況であるのは変わりがない。
…逃げよう、と決断したのが先かそれとも体が動いたのが先か。周りの人間はセアの行動を見守っていただけなので特に邪魔をされなかったが脱兎のごとく逃げる黒いローブの塊に少々引いた目で見られた。
全力疾走したため、城門への入口を過ぎてしまいそうになった。あの薬草屋から王城までは少し遠いくらいで正直言えば馬など使えばすぐついてしまう距離である。
肩で息をしながら、ゆっくりと城門へ向かった。城門の守りをしている兵士から探るような視線を受け、改めて自分の格好は不審者そのものであったと気づく。
そうか、あの子供はこの格好に怯えていただけかもしれなかったな、と今更ながら自身の格好の異様さに気づくが今あの場所に戻っても意味はないし、今度こそ他の人間たちに捕まってしまうかもと考えた。なんにせよ、自分を好いてくれる人間などいないのだなと少し切なくなりもしたがこの場にいる用事を思い出してセアは兵士に近づいた。
用件を伝えると兵士は疑っているというオーラを隠しもせずセアに待機を命じ自身は城の中に入ってしまった。
よくこの中に入れるものだなと兵士を見つめながら思う。この城は遠くから見ていたときも思っていたが全くもって不自然なものだと感じる。一見すればなにもない普通の城なのだろうけど、その何もなさがセアには不気味に思えた。
私はきっとこの中にひとりで入れない。
そう、思えるほど不気味な建物であった。しかしそれはセアのような特殊な人間だけが感じるもので、普通の人間ならばなにも感じないだろう。逆にここは居心地がいいかもしれない、特に魔術を操るものならば。
そう思考があらぬ方向へ飛んでいっているセアは兵士が舞い戻ってきたとき誰かを連れ立っていることに気がつかなかった。ただ、なんかいるなあで済ませてしまっていたのだ。
「こんにちは、魔女殿。今日はいい天気ですね」
そう脳天気に声をかけられるまでは。