出立の準備
薬草屋に帰り、早速支度をする。自室に黒いローブを脱ぎ捨て、店の裏側に位置する森へと入っていった。
勝手知ったるなんとやら、といった感じでセアは迷うことなく進んでいく。法衣のような白い服は魔女と呼ばれている自分には似つかわしくないのかもしれないが、本来の自分ならばこれ以上の服はないと思っている。さながら神殿に務める神官のように歩いていた。
やがて、泉まで辿りつくとおもむろに靴を脱いだ。靴を泉のほとりにある岩の近くに置くと素足を泉の中にいれた。
まだ春になって間もない。水の中は冷たかった。しかし、それも一瞬のことですぐに冷たさになれた。そうして両足を水の中にいれて冷たさになれるまでじっと待った。
やがて、歩けるくらいまでになれたところで、服が濡れるのも厭わずに泉の中心に向かって歩き始めた。
歩き続けるとやがて足がつかなくなるほどに泉は深くなる。しかしそんなことセアにとっては大事ではないのだ。普通の人ならば足場がなくて沈んでしまうけれど、セアは特別だから足場が自然とできるのだ。
やがて中心にたどり着くと祈るような体勢をとった。手を胸の前に組み、膝立ちをして聖女のように祈った。まるでそこは神殿のようにセアは祈り続けた。
セアの体が薄く発光し始めた。月の光を浴びたかのような優しい光に身を包まれ、目を開ける。そうして元来た道を戻っていった。
「セア、泉にいっていたの?」
店の扉を開けるとお師匠さまがカウンターに座っていた。否定する理由もなく、ただ頷いた。
「救えるといいわね」
お師匠さまの横を通り過ぎる瞬間、そう言われた。セアは必ず、とごく小さな声で返事を返した。その返事が聞こえたかどうかは定かではないがお師匠さまはセアを優しい目で見つめ、大変になったら呼びなさいとだけ伝えた。
自室に帰ると途端に頭の中で声が聞こえた。
『おやめなさい、大変なことになります』
声は男とも女とも言えぬ声であったがセアは慣れ親しんだように特に気にせず頭の中で返事をした。
『大丈夫。きっとうまくいく』
『傷つくのはあなただけだ』
なおも頭の声は反対する。心配性だなあと思いながらセアは安心させるように言葉を思い描いた。
『傷つかないよ。今までだって傷つかなかった。だから平気』
『そういう問題では…』
『そーいう問題だよ、安心してほしい』
頭の中の声は小言を言い続けている。もっと自分を大事にしろとか、私はあなたが傷つくのを見ていられないとか。
『姫、あなたの決断は尊重する。だけど無理はしないでほしい。私はあなたと一心同体、あなたの心は手に取るようにわかる。だが私はあなたが呼んでくれるまでそこにいけない。だから決して、危ないことをしないように』
私の手の届かないところで傷つかないでほしい、そういってから頭の中の声はやんだ。
全く、誰も彼も心配性だとセアは感じていたがそれもこそばゆくて嬉しくなった。今日はいろんなことがあったものだとしみじみ思いながら旅の支度をしていた。
多分どんな服か伝わらなかったと思うので補足。イメージ的にはカトリック系な感じです。




