依頼人との出会い
その日はぽかぽかと暖かい日だった。
のんびりとカウンターに肘をついてお客を待っていながらとりとめのないことを考えていた。
あたたかいなあ、いい気持ちだなあと、黒いローブを頭からすっぽりとかぶっている娘は、お客が来ないことをいいことにうつらうつらと船をこいでいた。
本格的に眠気が襲ってきたのでこのまま少し居眠りをしてしまおうと考えた。
どうせここに来るお客はあまりいないし、来るとしても訳ありのお客だけだから。
そうやってお師匠さまから任された店番というお仕事を早々に放り出していた娘は、怒られたらどうしようか、どうせ盗人なんてこないし、来ても盗めるものなんてないんだからとどうでもいい言い訳を考えながら寝始めた。寝始めたと同時に、お客が入ってきたことなど気づかずに。
「あ、あの…すみません?起きてください」
遠慮がちに肩を揺らされた。寝起きのいい娘は少しの振動で半覚醒状態になるが、この人が肩を揺らすリズムが心地よくて知らずに顔が緩んでしまう。
そうしてまた眠気に誘われるように目を閉じようとしたが違和感があった。あれ?誰が私の肩を揺らしているのだろうか?お師匠さまは奥の方にこもっているし、お客だって…?
「う、うわあああああ!?」
がたんと、座っていた椅子が揺れた。娘が突然起き上がったからだ。
そうして娘は現実を正しく認識する。ああ、お客がいる前で私は居眠りをしていたのだ。あまつさえ、そのお客に起こさせてしまったのだ。
お師匠さまに知られたらどんなに怒られるか。しかしこの人が泥棒のたぐいでなくて娘は心底安心した。
娘は悪人という種類の人間に会ったことはなかったが、お師匠さまが繰り返し娘に悪人というものはなんであるかと説いていたから、なんとなくという形ではあるが、自分なりのイメージがあった。
悪人というものは人の善意を逆手にとって自分の都合のいいようにしてしまうものだと。一見すると善意の人のようであるが、その実こちらを蹴落そうとしている人だと。
だから娘は悪人が怖かった。自分は善人と悪人の違いがわからないから、きっとすぐに騙されてしまう。
なぜなら、娘は人付き合いというものをしたことがなかったからだ。人と会うのも、人と別れるのもこの薬草屋の中だけであった。基本的に娘がひとりで依頼を受け持つことはなかった。
ずっと仲介役で、お師匠さまの仕事ぶりをそばで見ていただけだった。まあ、あまりお客が来ることはなかったのでそんなに見たことはなかったが。だから油断していたのだ。
お客は基本的に怖がりながらこの店に入ってくる。これから自分の頼むこと、頼む相手、そしてその方法全てに恐怖を感じているからである。そういう人間は迷いながらこの店に入ってくる。
この店はちょっと特殊な店であるから、そういう人はすぐわかる。だけど、この人は入ってきたなんて全然わからなかった。気づかなくて、居眠りをしてしまうくらい。つまり、この人は相当覚悟をしてきているはずだ。少しの迷いもなく。
依頼人であろうその人は、娘が突然立ち上がったものだから少し、いやだいぶ驚いて引き気味だった。
「あ、あの…?」
娘が何も反応をしないので、その人は不安になったようだ。不安を感じ取った店は娘にやっと依頼人の来訪を告げた。
そのおかげで、娘はぐるぐると渦巻いていた思考をようやく手放し、いささか遅めの歓迎の言葉を紡いだ。
「い、いらっしゃいませ。お客様。御用がおありなのは薬でしょうか、それとも魔女の方でしょうか」