第八話
「だから、杉浦を殺したのか?少し矛盾しているぞ。正直に話さないと一生牢から出られないぞ。」
刑事の怒鳴り声が部屋中に響き渡る。
「嘘は言ってません。金銭関係でトラブルがあって、公園まで呼んで殺しました。」
「だけど、最重要人物の事務室に訪れた人は茶髪にめがねをしていたと事務員が言っているんだ。お前はそんな特徴ないではないか。」
たしかにそうだ。わざわざ人目を気にして、そんな小細工までしたのに、まさかその小細工が自分を苦しめるなんて。
「あれはカツラとだてめがねです。アリバイ工作のためにつけました。」
「しかしだねぇ。。」
そういうと刑事は黙り込んだ。
「また明日話は聞くから、君は少し留置所で待機してなさい。明後日にはちゃんとした判決がでるから。あと裁判はもっと先になる。それまではここの署にいてもらう。」
「わかりました。」
そういうと健は肘をつかまれ、連れて行かれた。
「ふぅ。。」
刑事がため息をついている。
「何でわざわざ自分がやったって深夜に言いにくるんだ?時間を考えろってなぁ。」
「そうですね。」
刑事に疲労と眠気が漂った顔をしている。
「完全に今のところ、榊原健が殺人をしたって根拠と動機が矛盾している。完璧なアリバイ工作と完璧な計画殺人なんだろうな。彼は頭がいい。」
「そうですね。」
そういうと刑事は手を組んだ。
「それにしてもこんな完璧な殺人までして、自供してくるなんてなぁ。。」
「そうですねぇ。」
部屋は暗かった。トイレが真横にある。異臭が漂っている。早く刑務所に行きたい。早く俺を処理してくれ。
そう健は願い続けた。親しい人が死ぬ報告は受けたくない。
留置所のすみで耳をふさぎながら、おびえていた。
「起きろ榊原。」
大声で起こされた。激しい眠気が襲う。
「お前は北原刑務所に移動だ。さぁ出るんだ。」
健は寝起きでなにがなんだかわからなかったが、部屋の外へ出た時、警官が手に手錠をかけた。
そして、健は警官に連れられ、警察署の外へ出て、パトカーに乗せられた。
「こちらは死体が埋めてあったとされる公園です。報道陣が凄い数です。周りの住民もこの人通りの少ない空き地でまさかこのような殺人事件がおきているとは思いもしなかった事でしょう。犯人は無職の榊原健23歳。榊原は家が全焼し、帰る所がなかったため自供したとの模様です。なぜこのような悪質な殺害を23歳のまだ若い榊原が思いついたのか。榊原は金銭トラブルが犯行の目的だと言っているそうです。しかしまったく榊原と被害者の接点はないそうです。金銭トラブルの事件が後を絶ちません。」
杉浦殺害は大きく事件に取り上げられていた。健の親しい人間はこの事をどう思うのだろう。まさか健が。そう思うに違いない。
健が自分たちの為に殺人まで犯してくれたことなんか、知る由もないだろう。そして一生知ることのないまま死んでいくのだ。
健は薄暗い部屋の中で、青山の家族の事を考えた。俺が母さんが死んで悲しんでいるように、青山の娘も相当悲しんだだろうな。
それを考えるとほっとした。この苦しみや悲しみも青山の償いだ。
そして、何時間がたったある日、警察が健の前で止まった。
「お前の親や、親戚やらいろんな人達がお前のために著名運動をしてる所を暴力団に全員拉致られたらしい。通報がすぐにあったが、足がまったくつかめない。それから行方不明だ。おそらくは全員。。。」
そういうと警察は黙りこんだ。そして再び口を開いた。
「お前はここから出る事ができない。残念だったな。これもお前の罪を償う機会として、しっかり罪の重さを感じるんだ。」
健は無言だった。それを見て警官は舌を鳴らし、どこかへ行った。
そうか。とうとう明日か。俺が死ぬのは。
何時間がたっただろう。
外の光が入らない刑務所では極まれに、今が夜なのか朝なのか昼なのかが時間がたつにつれてわからなくなると聞いた事がある。
その通りだと思った。
自分がいつここに入り、いつまでここにいるのか。そして、今何時なのか。昼なのか朝なのか夜なのか。まったくわからなかった。
自分の部屋で生活していた引きこもりの時期とよく似ていた。ただ闇雲にパソコンへ向い、チャットと掲示板を回る日々。なんの目的もなしに生きていた3年間。その状況に今が似ていると健は思い込んだ。
死ぬ事に抵抗はなかった。怖くもない。早く死にたい。殺してくれ。
今まで死んだ人間は、事故死、殺害、拉致暴行、火事、自殺などでいろんな理由がある。自分はどうやって死ぬのか。ある意味見ものだった。
小学校の教師の言葉を思い出した。
「命は大切にしなさい。」
今考えるとばかばかしい。あまりに周りの人間が死にすぎた。生きるってなんだ。死ぬってなんだ。命ってなんだ。
なんで命は大切なんだ?そんなに大切なら神様はなんで俺の大切な人の命を助けてくれなかった?
命が大切。そんなの嘘っぱちだ。神なんていない。いるのは俺を殺そうとしている桐原純也という自殺で死んだ化け物だけだ。
そんな事を考え始めたらきりがない。健は横になった。
そして日記の事を考えた。
桐原純也か。どんな奴なんだろう。俺の命をもて遊び、殺人まで犯させた悪魔だ。
・・・早く俺を殺せ。
健がそうつぶやいた時だった。
「健君。」
後ろから声がした。とうとう来たな化け物。しかし怒る気にはなれなかった。複数の命を健から奪ったこの青年を。
「お前が純也か。」
「そうだよ。」
健は笑顔でこういった。
「お前のせいで俺の人生めちゃくちゃだよ。」
「ごめん。でも友達が欲しくてさ。僕いつも一人なんだ。」
そう聞くと健は答えた。
「俺も、お前の日記を読むまでは一人だったさ。引きこもりのニートオタクだ。だけどな、この日記を読んで、殺人を遂行しに、たった7日間だけ、外へ出たんだ。そしていろんな恐怖体験をして、俺は変われたんだ。もうニートなんかじゃない。」
純也は無言だった。
「だからお前も変わる努力をすれば絶対に変われたんだ。それを人のせいにしてさ。自殺をしたお前が悪い。」
純也はむっとした。
「だまれ!!!お前に何がわかる。ひとりぼっちの寂しさを!」
健は、それに答えるように強く言った
「わかるさ。お前の苦しみは青山に聞いた。青山はお前を思って自殺したんだ。辛かっただろうなだってよ。。だけど逃げたのはお前なんだよ。お前が悪い。それを認めないとお前は一生変われない。」
純也はまたしても無言のままだ。そしてゆっくり口を開いた。
「青山がそんなことを言ってたのか。」
「そうだ。今では青山はお前を友達だったと思ってるはずだよ。」
純也はやさしそうな顔をした。
「友達か。いい響きだな。」
「そうだ。俺もお前の友達だ。」
「本当?」
純也は嬉しそうに答えた。
「ああ。だからお前も変わる努力をするんだ。こんな殺人を犯すのはおかしい。自殺した自分の責任なんだ。お前ならやれる。」
純也は最高の笑顔を作り健を見てこういった。
「ありがと。僕も変わるよ。健はこの世界で生きて。僕は青山と杉浦先生に好かれるようにちゃんとした人間になるよ。」
そう言って純也は消えた。
終わったのか?殺されなかったのか?助かった。
健はしゃがみこんで、つぶやいた。
「助かったよ。みんな。みんなの分まで生きるよ。」