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遂行日記  作者: きよみ
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第七話

組の長が死んで1日がたった。

健は無気力のまま、何にも考えず、何も想像せず、ただ現実から逃げたい。そう思い、ベットで寝続けていた。

もうどうでもいい。何もかも。もう無理なんだ。俺は死ぬ。親もりょうも青山の家族も。全部死ぬんだ。


昼の12時どきになって階段の音が聞こえた。親は普段1階で生活をしていて、2階は健だけしか使わない。ほとんど健が2階を独占状態だった。だから飯を運ぶ時以外は階段の音がしないはずだ。昼飯はさっき運んできた。

だから別の用があって階段を上ってくるのだろう。

健は起き上がって、ドアを見つめていた。


コンコン。


見つめる先の扉からノックの音が響いた。

「なんだよ。」

健が答えると、返答がなかった。

「用がないならノックなんてすんな!下へ行けよ。」

親は口を開いた。

「ご飯美味しかった?」

母親の声がした。くだらない質問だと思った。なんだよ急に。

「どうでもいいだろそんな事。」

強く健が答えると、母親は何かを望んでいるかのような、嬉しそうな声で喋り始めた。

「健が家の外で何かやってるのわかってる。貯金のお金が結構減ってたし、ずいぶん家を留守にしていたみたいだしね。ギャンブルでもいいのよ別に。でも健には外の世界をいろいろと体験して欲しいの。」


外の世界か。外だけでなく、裏や闇やらいろんな世界を体験したさ。お前が一生かかっても言葉の意味はわからんだろうけどな。

そう思うと、健は怒鳴った。

「いまさらなんだよ!親の愛情なんて受けても仕方がないんだよ!俺が苦しい時にお前は何をしたんだよ!お前は俺の何にもわかってない!今まで通りほっといてくれ!」

母親が鼻をすすっている音が聞こえる。泣いているのだと健はすぐにわかった。そして母親は答えた。

「好きでほっといたわけじゃないの。私やお父さんもどれだけ健を心配したかわかる?高校卒業して健が部屋から出てこなくて、

心配で心配で。それで少し私が精神的に参ってきて、カウンセリングを受けたわ。」

初耳だった。

「それでカウンセリングの先生に言われたわ。息子さんは今必死にもがいています。両親からの期待を背負いそれが重圧となり、自分で自分の世界を作っています。それを見届けやってください。ほっといてください。って。私には無理と反論したわ。でもそうしないと息子さんは社会復帰できなくなりますって言われた。息子さんがそとの世界に興味を持ち始めて、自分から部屋を出るまで関渉しないでください。そう言われた時どれだけ悲しかったか。息子を自分の手で助けてやれないこのもどかしさ。悔しさ。苦しかっただろうね。健。助けてやりたかったわ。この手で。」

その言葉を聞くとふと日記の事が頭に浮かんだ。この心配してくれた両親も死ぬんだ。みんな死んじゃうんだ。俺のせいで。

それを思うと何かあふれるものを感じた。

健は布団にうずくまって母親にばれない泣き声でひっそりと泣き始めた。そして泣きながらこう答えた。

「・・・いろいろごめんな。もういいよ。就職先も見つかったんだ。心配かけてごめん。ありがと母さん。」

それを言うと母親は声を出して泣き始めた。

「おめでと、健。これからは健の助けになるから。なんでも話してね。今までごめんね。ほったらかしにして。」

健は少し間を置いて答えた。

「ありがと。もう大丈夫だから。」

「そう。わかったわ。じゃあ母さん1階に行くわ。健も気がむいたら部屋から出てきなさい。」

3年ぶりぐらいに母親から命令口調で言われた。今までの俺なら怒鳴っていただろうけど、今はとても嬉しかった。

「ありがと母さん。」

そういうと母親は階段を折り始めた。母親の泣き声がまだ聞こえる。


ごめんな母さん。もうじき死んじゃうのにな。俺のせいで。こんなに心配かけてたなんて知らなかった。見捨てられてたと思った。ごめんな母さん。ごめんな。


そう思うと、健は立ち上がった。部屋をでて、少し薄暗い階段を下りて、台所に言った。そして母親に一言言った。

「週刊誌を買ってくるよ。250円ちょうだい。」

そういうと母親は嬉しそうにかばんから財布を出した。

「もう社会人になるんだから、漫画ばっか読んでちゃ駄目よ。それにこれからは自分で稼いだお金で本を買いなさいよ。」

健は嬉しくて顔がにやけるのを必死にこらえた。久しぶりの家族の会話だ。

「わかってるって。じゃあ行って来ます。」


そういって母親に見送られながら玄関を出た。


「いってらっしゃい」

それが最後の言葉だった。




この前この道を歩いた時は1週間前の夜だった。

夜でわからなかったが、引きこもっていた3年間で変わった点がいくつもある。小さい頃よく遊んだ空き地に家が建っている。あの大好きだった木がなくなっている。顔見知りのおじさんの家がなくなっている。3年間でいろいろ変化したんだな。その変化を楽しみながら健はコンビニまでの短い距離を歩いた。

そしてふと思った。あの日記を買った店はどこだろう。ほとんど暗かったし、健は場所をよく覚えていなかった。

健は周りを見渡したが見つからなかった。

なんでないんだ?

俺の人生を狂わした忌まわしき本屋。今頃どこで何をしているんだ。



そんな事を考えながら歩いているとコンビニが見えて来た。

早歩きでコンビニへ向かい、週刊誌を買った。その帰りにジュースを買い、飲みながら家に向って歩いた。


ふっと思い出した。杉浦ってどうなったんだろう。1週間たった今も杉浦のニュースを見ない。まだ捜査願いが出されていないのだろうか。結局杉浦の命が無駄になってしまう。その事が健に激しい罪圧感を襲った。

手を合わせて、謝りに行こう。

そう思い、家とは逆の方向へ歩き始めた。中川区の杉浦が埋まっている空き地までは歩いて1時間ぐらい。健は3年間の有り余った元気をぶつけたがっているかのように、そして歩ける喜びをかみしめながら歩いた。


30分ぐらい歩いたが、目的地まではまだ距離がある。

近くの公園でベンチに座って休憩する事にした。

そしてベンチに座っていると、激しい音が近づいているのがわかる。消防車の音だ。

そして消防車は健の座っている公園の前を通り、音を残しながら去っていった。

健は激しく嫌な予感がした。

今日は4日目だ。また今日誰か死ぬ。

まさか、そんなはずはない。その時タクシーが通り過ぎるのが目に付いた。

「タクシー!!!」

そう叫びながら、タクシーを追うとタクシーは止まった。

「お急ぎですね。どこですか?」

運転手が聞いてきたので健はあわてて答えた。

「あの消防車の後を追ってください。」

「わかりました。急ぎます。」

そういうとタクシーが発進した。

健が歩いてきた広い道をタクシーが家に向って走っているように思えた。現に、家に向って走っている。しばらくして黒い煙が見えてきた。家の方向から上がっている。

「あちゃぁ、やばいねこりゃ。」

運転手がつぶやいた。


母さん。生きててくれお願いだ。

そう手を握りながら強く思い続けた。


しかしその願いも神には届かなかった。

これで中学の恩師が死んだ時の神頼みと2回続けて叶わなかった。健は神を疑った。お前は何様だ?どれだけ俺をねじ伏せれば気が済むんだ?


家が赤々と燃えて、黒い煙が高く燃え上がっている。隣の家にも火が移っている。となりの家の住人は自分の家を見ながら叫んでいる。

そして一つの思いが再びよみがえった。となりの住人なんてどうでもいい。母さん。母さんはどこだ!

近くにいた消防員に聞いた。

「母さんは無事なんですか?」

急に聞かれて消防員も驚いただろう。しかしその事も健はお構い無しだ。

「お母さん?なんか、誰か一人残されてる見たいだけど。」


それを聞くと燃え上がる家に走っていった。

「こら君!危ないから!!!止まりなさい!!!」

そういって消防員たちは健を取り押さえた。


母さん!!!母さん!!!


健は叫び続けた。のどがかれるまで。そして消防員が日を消し終わるまでの2時間。ずっと泣きさけんで、同情の目を受け続けた。




「お客さん。もう店閉めるから出てって。」

肩を揺すられ起こされた。店員が偏見の目で健を見てる。

「はいはい。」

店員が疑問を抱きながら聞いてきた。

「お勘定高いよ?こんなに払えるの?」

「・・・金はある。払うから店の外まで肩を貸してくれ。」

そういうと10万円を店員に払った。

「おつりはいらないから肩を貸せって。」

「はいはい。お客さん若いのに、自暴自棄になったら駄目だよ。」

健は黙った。店員がドアを開け、健を払った。

「じゃあまた来てくださいね。」

そういうと、ドアを勢いよく閉めた。

健はふらつきながら歩く。つい最近まで酒も飲んだ事なかったのに、なんでこんなに飲んでしまったのだろうか。

吐き気がする。吐きそうだ。

健は道路わきの溝までふらふらした足で歩いていき、勢いよく吐いた。

嘔吐するのは何年ぶりだろうか。そんなくだらない事を考えた。

これからどこへ行こう。もう酒はいい。一生分飲んだ。

家は燃えて帰る所がない。死ぬ前にホームレスの気持ちでも感じてみるか。

そういうと、左脇にあった公園の中に入って、ベンチに倒れこんだ。


そして健は目を閉じた。

暗闇だ。真っ暗だ。

母さん、ごめんな母さん。焼け死んじゃうなんてな。俺、母さんに何にも親孝行してやれなかった。

青山もな、お前はいい奴だったよ。一緒に働きたかった。

先生、恩をあだで返す事になっちゃった。

健の中でいろんな悲しい思い出がよみがえっていた。

涙が左目から流れた。


ふと目が覚めた。

ここは公園か。

頭痛が激しい。

時計が3を指していた。夜中の3時20分


健は酔いがさめていた。ぼーっとはするが、意識ははっきりしている。そして、ある考えが頭によぎる。

刑務所に行こう。そして杉浦と青山を殺した罪を償う。そして刑務所の中で命を引き取ろう。


その考えが浮かんでから20分公園のベンチに座り、今までの人生を振り返っていた。



小学生の時、恵美ちゃんに告白して振られたっけ。読書感想文がコンクールで優秀賞を取ったときは嬉しかったな。

中学生になって、先生の家に遊びにいったり、河合たちと成年誌を夜中に買いに行ったな。

高校はあんまりいい思い出がないや。でもとなりの席の人が教科書を見せてくれたな。

母さんとは一緒に英語の参考書を買いに行った帰り、ハンバーガーを食べたっけ。

父さんと映画に行った時、父さんは感動して泣いてたな。


まだ生きたかった。楽しみたかった。人生これからって時に死ぬなんて。まだ結婚していない。童貞だし、子供の事も当分先だと思っていた。俺の子供ってどんな子だろうな。


健は泣いた。悔やんだ。一冊の日記に俺の人生が終わろうとしている。人生の最後は刑務所だなんて。でもそれが一番いいんだ。杉浦と青山の報いだ。しょうがない。筋は通そう。


結局、自分の部屋でほとんどをすごし、終わりも刑務所の部屋で過ごすのか。俺は一生引きこもりだな。


そう無理に笑い声を上げて警察署の方面へ歩き始めた。日記は公園のベンチにおいていった

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