第六話
夜の屋上は暗黒のように暗かった。
地上170メートルの屋上。少し肌寒さを感じる。
照明も何もなく、銃の取り付け作業に手間取った。
神谷隆一はスコープとサイレンサーポインターを取り付けた。
これで準備はできた。あとは桐原を殺すだけ。
殺害予定時間はあと15分。
桐原は夜の21時に帰宅するためにエネルギーの会社を出る。バス停までの歩く道のりの50メートルが勝負だ。その間に銃殺する。
神谷は組随一の腕前だ。これまで何人もスナイパーとして、ターゲットを暗殺してきた。その人数すでに69人。あと一人で70人殺害という驚異的な殺害率だ。すべてのターゲットは闇に埋もれている人間で警察沙汰になった事はほとんどない。表ざたの人間を狙うのは今回が初めてだ。
神谷は殺しに特別な感情は持たない。命を助けてくれた親方のためにターゲットを確実に殺す。神谷はその事しか考えていない。
まもやく殺害予定時間だ。
神谷は桐原が出てくるのを待った。
「はやくこいよぉ。。俺の獲物ちゃん。」
神谷はスコープで地上を見張った。
会社から一人の人間が出てきた。桐原社長だ。神谷は桐原の顔を鮮明に頭にたたきつけていたから、スコープを通した目でしっかりと確認した。
神谷は銃を構えた。ポインターをつけて桐原に向けた。ポインターの光は耳の上辺りに移っている。
「あばよ。お前にうらみはねぇが親方の頼みだ。あの世でうらむんだな。」
そう言って引き金を引こうとした。
???
・・・どうなってるんだ。
指がうごかねぇ。体もだ。金縛りにあった。やべぇ桐原がバスに乗る。今日中に殺害しないと親玉に害が被ると言っていた。
冷静沈着の神谷は焦っていた。今まで金縛りなんか体感した事がなかった。
体を無理やり動かそうとしてと無駄だ。
その時だった。
「無駄だよ。」
え?誰だ。この屋上は立ち入り禁止で、誰もこれないはずだ。
その時金縛りが解けた。すぐさま後ろを向いた。
一人の学生らしき男が立っていた。
「誰だ貴様!なんでここにいる!!!」
「お父さんは殺せないよ。お父さんは健君に殺させるんだ。」
神谷は頭が混乱した。何言っているんだこいつ。
「健ってあの堅気か。そんなのしらねぇ。」
金縛りが解けた神谷はすぐさま地上で桐原を見た。まだ間に合う。そう思い再び地上に銃を向けたそのときだった。
だめだって。
そう聞こえた時だった。
体が前にのめり込んでいく。何かにひきつけられるというか、体が操られている感じもする。何故だかわからない。どういう現象がおきているのかわからない。前身に血の気が引く。
前に体を支える物はない。落ちる。神谷は死を感じた。
「ばいばい。」
神谷は屋上から転落した。
落下の時、屋上の男はいなかった。
それが最後の思考が働く瞬間だった。
健はパソコンをつけた。昨日の晩に桐原は死んでいるはずだ。それを確認して、ノートを近くの公園で燃やそう。それですべてが終わると信じた。
ニュースサイトのトップにそれは書かれていた。
(暴力団の銃を持った男がマンション屋上から転落。)
暴力団員の神谷隆一(31)が昨晩21時30分、15階立てマンションの屋上から転落死した。遺書は残されておらず、銃を持っていた事から、警察は誰かを殺害するために屋上にいたが、誤って転落したと発表した。
健はニュースを見て絶望を感じた。昨晩殺害に失敗したんだ。なんでだ。神谷は殺害専門のプロだって親方は言っていた。そんなミスを犯す訳がない。屋上で何が起きたんだ?
健はある一つの事が頭によぎった。
まさかな。。
そう考えた時、パソコンでりゅうがログオンして、健にメッセンジャーチャットで問いかけてきた。
りゅう=大変な事になった。
けん=殺害失敗したんだろ。
りゅう=それもそうだが、もう一個やばい知らせがある。
けん=なんだ?
りゅう=親方が死んだ。別の組の奴が乗り込んできて射殺された。組はそいつを蜂の巣にしてすぐさま殺したが、親方は撃たれて死んだ。
けん=本当か?
りゅう=こんな嘘ついてどうするんだ。こっちの組はとんでもない事になってる。どこの組の奴かを突き止めてこれから抗争が始まる。すまないが、けんの用事に付き合ってられない。
けん=そんな馬鹿な。
りゅう=じゃあそう言う事だから、悪い健。
そういってりゅうはログオフした。
健は呆気に取られた。そんな馬鹿な話があるかものか。
親方が死んだって?またしても親しい人間が死んだ。
ある一つの思考がよぎる。
昨日殺害失敗して、桐原は生きている。
今日になり、三日目だ。その犠牲として親方が死んだ。
・・またしても俺のせいで周りの人間が死んだ。
この暗殺が失敗して、会社は桐原社長を匿うだろう。これで桐原を殺すのは絶望的だ。
親方が死んで、組はもう俺に力を貸してくれなくなった。
健は絶望の淵に立たされていた。
なにも力がわいてこない。
もう駄目だ。