第四話
「知ることから」
健はつかの間の休息を家で過ごした後、すぐさま青山の犯行の事を考えていた。
健はさっそく青山が住んでいる三河地区に行く事にした。
三河地区までは電車ですぐにいける。タクシーでは時間がかかる。
健はパソコンで三河地区工場の住所を調べた。割と規模の小さい工場だ。
これならすぐにでも青山を見つけられると思った。
まずは状況を把握しなければならなかった。青山という人間がどういうものなのか。
殺す状況まで持っていくにはいろいろと対策が必要なのだ。
親の留守のまに母親専用の引き出しからキャッシュカードを抜き取った。
健専用の口座が作ってあり、暗証番号は0702。健の誕生日だった。おそらく100万以上の金があると思う。
親が大学進学の足しにとためたものだ。
ここ数年ほとんど健に関渉しない親はそんなこと忘れていると健は考えた。
だからカードが無くなっても気づかれないと思った。
健はこの先かなりの金が要るとふんでいた。
少なくとも杉浦を殺すのに、結局使わなかった警察手帳やら、タクシー代やらで結構の額の金を使ったからだ。
キャッシュカードを持ち、駅へ向った。電車に乗るのは小学生依頼だとふと思い出した。
乗り方は一応知っている。そして切符を買い、豊橋方面の電車にのり、三河を目指した。
電車内で青山の事を考えた。これから俺は、青山の生命を絶ちに行く。
青山の家族の事を思った。一家の主が殺されるのだ。
残された子供は同情の目を受けて一生を過ごすだろう。
俺みたいな命と家族を支える命。果たして価値観があるのはどっちだろうか。
別に死んでもいいと少しずつ思い始めたときだった。
前に座っている人の新聞記事が目についた。
「中学生教師、事故死」
そこには先日、健の恩師の記事が書かれていた。
先生・・・
先生は自分のせいで死んだんだよな。
もうこれ以上好きな人を死ぬは見たくない。
引きこもってから人付き合いはほとんどない。
両親にもほとんど見捨てられている。だけど死んで欲しくない。親だから。
俺は好きな人を守るために青山を殺す。
そう思想を凝らしていろんな事を考えていた時、
「まもなく、東岡崎。」
三河地区に到着だ。
健は腰をあげて、電車を降りた。
「青山と言う人間」
安城市、知立市、岡崎市などいくつかの市が集まって出来ているのが三河地区。
健は岡崎市のホテルにチェックインした。
まだ周りの人間が死ぬまで二日あるとはいえ、のんびりとはしていられなかったが、計画もなしにこっちにきて、何をすべきか何も浮かばなかった。
だから今後計画はホテルで立てるつもりだった。
まずは、青山を調べなければならない。
そう思い、少し部屋で休んだあと、不必要なものは部屋に置いてホテルを出た。
そして、青山が勤めている工場へ向うため、タクシーを呼んだ。
タクシーを乗る回数がこの現象によって増えたなとふっとどうでもいいような事を考えた。
「トヨタ三河地区工場現場へお願いします。」
「わかりました。」
そういって、タクシーを発進させた。
30分で工場まで着いた。想像より少しばかり大きく感じた。
工場内を歩き、工場の雰囲気を確かめるかのような動きで探索した。
人が結構いる事に少し抵抗を覚えたが、今の時点何にも怪しい行動はしてない。
大丈夫だと自分に言い聞かせるように歩いた。
そしてある、一枚のボードを発見した。
そのボードは格現場の割り振り表だった。
A班、B班と、別れていて、A班に青山の名前があった。
A班5人の名前が書かれていて、名前の横にプレスと書かれていた。
あたりを見回した。おくのほうでプレスを動かしている人だかりがある。あの中に青山が。
昔、高校の工場体験でプレス打ちを見たことがあったからすぐにわかった。
その人だかりに近づいていった。作業着には名札がしてあった。
いた。青山だ。すぐにわかった。
そのときだった。
「おっと、見学社会?」
横の作業員に声を掛けられた。
青山もこっちを見た。
その時瞬時に目が合った。まさか目の前にいる男がこれから命を奪いに来るとは夢にも思わないだろうと思った。
質問にはとっさに
「はい。来春からこの会社でお世話になるつもりです。」
「そのための見学です。ホームページに見学自由と書いてあったので。」
とっさにありきたりな言葉をつなげた。
「そうかそうか。じっくり見ていくといい。こんな工場にも入りたい人がいるんだな。」
中年顔の作業員が笑いながら言った。もちろん健は別にこんな工場に入る気なんかさらさらない。
「しばらく見させていただきます。」
「おう。そこらへんにイスがあるだろ。腰掛けな。」
「ありがとうございます。」
イスに座ってプレスの作業を延々と見ていた。そして青山に喋りかける機会をうかがっていた。
その機会はすぐに来た。
ベルが鳴った。するとプレスは止まり、いっせいに従業員が動き始めた。どうやら休憩らしい。今だと思った。
「すいません。」
青山に喋りかけた。
青山は戸惑いの色を見せたがすぐに返答した。
「おお。どうした?」
「あの、いろいろ聞きたい事あるんですけど、いいですかね?工場の事で。」
「全然いいよ。どんどん聞いてきてくれ。」
青山は明るい性格らしい。馴染めそうだと健は思った。
他人の35歳の男性と喋るなんて行為は前の自分に想定して想像したら、考えられなかった。
ありえなかった。
しかし今は違うんだ。喋れている。
このもっとも愚かで悲惨な状況に、健は自分の事を成長したと思った。
「あの、いつぐらいから会社に勤めてるんですか?」
どうでもいい質問で様子を見ようと健は考えた。
「あぁ、高校卒業のときだから18かな。名古屋に住んでたんだけど、就職を期に引っ越したんだよ。」
「それでこっちで結婚して家庭を持ったよ。」
「そうなんですか。僕も名古屋に住んでるんですよ。奇遇ですね。俺もこっちに来ようか迷ってるんです。」
もちろん青山の状況は杉浦から聞いて把握していた。いつからか健は人をだます演技もこなせるようになっていた。
「そうなの?奇遇だね。すげぇじゃん。お互い同じ境遇に立ちそうだね。都会暮らしだったから、こんな田舎来ると全然生活感が変わっちまうよ。」
同じ境遇か。。俺はお前を殺さなければ自分が死ぬ。ある意味同じ境遇かもな。
よく喋って嬉しそうに話をしている青山に健はある事を言ってみた。
「あの、よろしければ、今後の参考までにいろいろとお話を聞きたいななんて。
明日もこの工場くるつもりなんで。同じ名古屋出身って聞いて嬉しくて。
ずうずうしいんですけど・・・お酒なんかどうですかね。もちろんおごりますんで。」
ちょっと欲がでたか、焦りが出たか、発言してみて少し後悔した。
初対面を飲みに誘う大胆さはかつての健にはなかった。冷静になれ。
「おお。大きく出たね。いいよ。よろこんで!みんなも誘っていい?」
了解を得てしまった。健は驚いた。ツキは向いてきていると思った。
「いいですよもちろん。」
「じゃあ5時に終わるから少し待ってて。」
「はい」
時刻は4時を回っていた。工場を歩いて暇をつぶす事にした。
いろんな機械が置いてあって、なんとなくオーケストラのような機械の音のコラボレーションのように聞こえてきた。
そして働く人を見て、引きこもって、ニートの生活を送っていた自分を重ね合わせるととても悲しく思えた。
工場見学はこんな状況でもかすかに楽しいという感情が芽生えた。あっという間の30分のように感じた。
5時になり、プレス機の近くに戻った。機械が止まっている。仕事は終わったらしい。
「おう。見学者。またせたな。」
プレス機の方から青山がやってきた。
「近くにつまみが美味しい居酒屋があるんだよ。いつもみんなでそこに行くんだ。連れてってやるよ。」
「そうですか?ありがとうございます。」
青山を見ると辛くなった。いい人じゃないか。この人は。
初対面の見学者を飲みに誘うところなんか、とても陽気でやさしい。
健は心苦しんだ。
青山と並びながら工場を出て、左に曲がったところに駐車場があった。
「乗れよ。」
青山が言ってきた。飲みにいくのに車かと少し疑問をもったが、
潔く車に乗った。車の中には子供臭い、イスのカバーやアニメキャラクターの人形まで後部座席に置いてあるのが目に付いた。
一家の父親って感じがした。
「お子さんおいくつなんですか?」
健が青山に聞いた。
「えっと、小学校2年だから、6歳かな。」
「そうなんですか。さぞかし可愛いんでしょうね。」
「可愛いよ。何しろ俺の娘だからな」
嬉しそうに話す青山の話を聞くと心が少しだけ休まる感じがした。
いい家族なんだろうな。
世間話をしながら車を走らせ、居酒屋の駐車場に車を止めた。
そして居酒屋に入った。生まれて初めて入る居酒屋。少しばかりの緊張を覚えた。
「おお青さん!元気かい?」
「まぁな。」
そういうと青山は健の肩を持った。
「こいつ、来春にうちの工場に来る見学者だ。名前は。。えっと」
「榊原健です。」
「そうそう。健だ。よろしく頼むぜ大将!」
「おっし。わかったよ。よろしく健!」
暖かかった。初対面なのにやさしく接してくれる。
「大将。これ駐車場の料金ね。明日の朝に取りに来るよ」
「へい。」
そういうと青山は大将に千円渡した。
青山はこの駐車場に車を止め居酒屋から駅まであるいて、電車で家に帰るという。
飲む日はいつもそうしていると言う。
居酒屋から駅までは2キロほどあるらしい。その間はふたりきりになるチャンスだ。
それを聞いて、健の頭の中にシナリオが出来た。
犯行は明日行う。そのために今日のふたりきりの時、場所を指定して、待ち合わせの約束をしよう。
明日青山を殺す。殺さなきゃならない。
健は複雑な気持ちで青山達の中に入っていった。
居酒屋では盛り上がった。健が初めての酒だと言うと馬鹿にされたが、みんな笑ってくれてたからよかったと思った。
これから残酷な事が起こる前触れのような、笑い声が響き渡った。
このとき健は本当に楽しんでいて、青山と言う人間を好きになっていた。
そしてみんなが飲み終わり会の終わりを迎えた時に健は
この人を殺したくないと思った。
「殺人予告」
飲み終わり解散したあと、駅まで向う2キロの距離をふたりで歩き始めた。
暗い坂道を並んで歩いている。
青山はいい人だ。明るい家庭を持って、楽しい従業員の仲間がいる。
こんな人の人生を俺がつぶしていいのだろうか。
これまで何度も青山の事を考えたが、今度ばかりはその重圧に耐えれなかった。
「新入り!お前面白い奴だな。俺の家寄ってくか?」
家に誘われた。嬉しかった反面悲しくなった。俺に優しくするなと反発気味の感情を持った。
「いや、今夜はホテルを取ってあるんで帰ります。」
「そうか。いい後輩を持てて俺は嬉しいよ。」
「僕もです。先輩。」
「おお。生意気にいっちゃって。。」
笑いながら話す青山の表情を見て、諦めた。俺はこの人を殺せない。
もうどうなってもいい。この人が俺のぶんまで生きてくれる。そう思ったときだった。
「なあ新入り。自分の命より大切なものって何だと思う?」
え?
「俺はな、どんな人にでも命をささげる勇気がある。」
俺もその勇気はある。だから俺は先輩の代わりに死にます。
「俺が幼い頃、不良で荒れててさ。親とか何もかもうざくて。いじめもしてたんだ。」
・・知ってるよ
「そのいじめでいじめてた奴が自殺したんだ」
うん。
「その自殺を知った時、俺は思った。」
・・・
「どんな酷い奴にでも命ごいされた奴は助けてやる。
たとえ家族を皆殺しにして、自分も死のうとする犯人がいて、その犯人の代わりに自分が死ぬとしても俺はそれを後悔しない。」
え?
「馬鹿だと思うけど、俺は一度命を捨てたんだ。
どんな幸せをもってたって、その幸せを一瞬でなくせる勇気がある。」
「一個の命の為なら自分の命なんていらないよ。」
青山は続けた。
「ってごめんな。変な話しちまってよ。ばかばかしい。お前見てると自殺した奴のこと思い出しちまった。」
青山は健を桐原純也に重ね合わせてその話を切り出したのだろう。
健は自分の感情がなくなるのを感じた。
不気味だったが、意識ははっきりしていたのに自分じゃないみたいだった。
決心がついた。青山の言葉を聞いて。
坂道の暗闇で健は止まった。
「・・・先輩。」
「なんだ?」
重い口を開いた。
「俺、桐原純也の弟だよ。」
「・・・え?」
嘘だった。
「青山さんを探しに来たんだ。」
「そんな馬鹿な話が。」
そして杉浦にもついた嘘を二回続けて使った。
「遺言があるんだ。青山さんに伝えるための」
「本当か?」
「だから明日の夜10時にここに来て。一人で。あんまりこの事を周りの人に広まらせたくないんだ。
だから秘密に一人で来て。」
健はある公園の住所が書いた紙を青山に渡した。
「・・・わかったよ。行くよ。まさか、お前が弟だったとはな。」
青山は下を向いた。
「俺を恨んでいるか?」
聞かれた。健は首を横に振った。
「もう忘れたよ。」
そういって健は青山に背を向けてホテルへ向った。
ホテルの部屋のベットで大の字になって天井のかすかな染みの一点をずっと見るようにして、心を乙つかせた。
静かだった。何の雑音もない。聞こえるのは自分の鼓動の音だけ。
健は泣いていた。とうとう青山に自分の描いてたシナリオどおりの事を言ってしまった。
明日、いや今日青山を殺すんだ。時刻は12時を回っていた。
健は立ち上がり、イスに座って、頭の整理を始めた。
「殺害準備」
青山には桐原純也の弟だと嘘をついた。それを信じているようだった。
この嘘をつくことはふたりきりになった時に思いついた。
いい案だと自分は考えた。
まさか自分が殺されるとも知らずにこの待ち合わせ場所の公園にくるだろう。
誰にも言わずに。言えるはずがないと思った。いじめで殺した奴の弟と会うなんて。
周りからどんな目で見られるかわからない。
それを思うと言えないはずだ。それに誰にも言うなと口止めもしたし。
だから明日の待ち合わせには障害物は何一つないと思っていた。
ふたりきりになれる。内密に。
そこからどうやって殺すか。
待ち合わせの公園は前回同様周りに住宅がない。
だから悲鳴が誰かに聞こえるとは思えない。
しかし、公園内に夜10時、人がいたらどうするか。
いるはずがないと踏んでいた。この公園は何もないのだ。
ただ公園と呼ばれてるだけで、何もない。
ほとんど暗闇で若いカップルもまず怖がって来たがらないだろう。
いるとしたら変質者かホームレス。そんなものはどうにでもなると思っていた。
変質者には警察手帳。ホームレスは口止めで何とかなる。
それにこの口実は警察に捕まるための時間稼ぎだ。
健はもう警察に捕まる事はなんとも思っていなかった。
とりあえず、遂行が終わるまでに捕まっては、社長を殺すなどと絶望的だ。
一応、カツラとくろぶちめがねと帽子をかぶっていこう。
この殺しに失敗したらもう何もかも終わりだ。失敗は許されない。
だから死ぬ人間になんと思われてもかまわなかった。
あとは、殺す為の道具だけだ。しかし、もうその心配はなかった。
健の最大の武器はパソコン。
実は拳銃が買える裏サイトでサイレンサーの拳銃を30万円で購入したのだ。
杉浦犯行の翌日、拳銃を注文し、さっきホテルの従業員が一通の封筒を運んできた。
封筒を開けると、手紙と鍵が入っていた。
「岡崎駅が近くにあるはずだ。コインロッカーに物を取りに行け。」と書いてある。
これで道具はすべてそろった。
後は、精神力だ。好きな青山、そして青山の家庭、そのすべてを壊すだけの強い精神が果たしてあるのだろうか。
気づいたら朝を迎えていた。犯行は今夜の10時。
9時にホテルを出て、町を時間までぶらつこうと思った。
もちろん今日は工場見学には行かない。青山の目が気になるし、何しろあの暖かい空間が健には苦しかった。
知らない町岡崎市。中学の時以外、地元から出た事がなかった。
だから岡崎の町は知らない世界のようだった。
今夜が日記遂行だと言うのに、健は悠長な事ばかり考えていた。
しかし、健は休める時がほとんどなかった。体じゃなく精神のほうが。
いつも殺人の事ばかり考え、普通の精神力の人間では耐えれないだろう。
しかし健は、この奇妙な体験を前にして、大抵の事ではびくつかない精神力を養えていた。
健は漫画喫茶に入った。
そしてパソコンを触り始めた。
杉浦の記事を探した。もし家族や、事務員が杉浦の出社してこない事を気がかりに捜査願いを出し、
死体が発見された場合、絶対的にニュースになる。しかし記事は見つからなかった。
まだ杉浦を殺して二日目だ。そう簡単に事件になるわけがないと改めて考え直した。
しかし杉浦がバレルのは時間の問題だ。
おそらく今週中には家族から捜査願いが出され、死体発見がされる。
そして警察は調べるだろう。重要参考人を。まずは東京の新聞記者だ。
健が偽名を使ったからだ。
それから事務員に取り調べが行き、目撃証言を聞かれるだろう。
茶髪とクロぶちめがねが印象的だ。それをまず警察に言う。
この調子だと、自分に結びつく手がかりは時間がかかると健は考えた。
親は健の事何も関渉しない。だから行方を暗ました事は気にしないのだろう。
しかし、キャッシュカードがなくなった事や、2日も家に帰らない事がわかり、通報でもされたら、
杉浦と結びつくのはあっという間だ。
だからホテルで親には電話を掛けた。
親はやはり健の事は気にしてはいなかった。
それどころか外出していた事も知らなかった。ずっと部屋にいると思っていたらしい。
キャッシュカードを抜き取った事も伝えたが、別にその事も気にしてはいなかった。
家の事は人安心だ。
漫画喫茶で暇をつぶし、レストランで夕食を済ませた頃には夜の8時になろうとしていた。
目的地に行き、人が来ないか見張るために、早めに待ち合わせの公園に向った。
電車で2駅だ。
そして公園に着いた。ほんとに何もない。ベンチが一個あるだけ。
遊具もない。少し離れたところにマンションが建っているのがわかる。
それ以外に住宅らしい住宅はなかった。少し先に林があった。
ほとんど空き地に近かった。なんでこんな所を作ったのか。
人がこんな所に来るはずがなかった。
2時間待っても人ひとりも来なかった。
無駄な心配をしたと思った。
約束の時間まで残り10分。鼓動が高鳴る。本当に来るのか。来て欲しくない。
殺したくないから。
そういう気持ちと、
来るだろうか、早く来てくれ。と言う気持ちが対立しているようだった。
「青山殺害」
10時15分になり、奥から人影が見えた。序所に近づいてくる。
青山だ。健に緊張が走る。
「なんだその格好は。カツラにめがねなんかしちゃってさ。」
「別に何でもいいじゃん。」
やはり健の衣服に青山は注目した。
しかし別に対それたことにはならなかった。
「まあいいけどな。」
そういうと少し悲しそうな表情を出しながら横を向いた。
「お前、純也の弟なんだろ?何か兄貴死ぬ前に何か言ってたか?」
「黙っていなくなって、遺言書が置いてあっただけ。」
少し黙り込んで青山は言った。
「悪かったな。」
桐原と青山の関係に自分は関係ないことだが、他人事のように思えなかった。
「もう良いってそのことは。」
それから桐原は意外な質問を聞いてきた。
「榊原健ってのも嘘で工場に来るってのも嘘なんだろ?純也の弟って事は、結構歳いってるはずだからな。
何しろ17年前だから。」
健は最大のミスを犯した。
歳のことをすっかり忘れていた。血の気が引く。しかし意外な反応を見せた。
「別に歳のこととかどうでもいいんだ。お前が嘘をつこうがつかないが俺には関係ない。
俺が今日来たのは遺言を見に来たんだ。それだけだ。」
意外な反応を見せた青山に健はこうつぶやく。
「遺言か。それならないよ。」
青山は唖然とした。
「どういうことだよ。」
疑問を抱くように聞いてきた。
健は決意した。そして、殺人を実行する時がきた。
健は青山にサイレンサーの銃を向けた。
「どういうことだ?」
青山は落ち着いている。なんでこの局面に立たされて、冷静でいられるのか不思議だった。
「俺はあんたを殺しに来たんだ。」
青山は青ざめるように健を見つめていた。
「俺があんたを殺す理由は別にある。桐原純也は関係ない。」
「なんでまた。」
「俺はあんたを殺さなきゃいけない理由があるんだ。」
そういうと健はゆっくり引き金を引いた。辛かった。今にも涙がこぼれそうだった。
青山がつぶやいた。
「殺せよ。」
え?
「早く殺せよ。」
疑問が頭をよぎる。混乱した。
「俺はもう別に命の未練なんかないんだよ。純也とお前が俺が死んで助かるなら本望なんだよ。」
「なにいってんだよ。」
急に殺意がなくなった。何がなんだかわかんなくなった。
「俺はもう純也の事を後悔しながら生きて行くのは少し疲れたんだ。俺はお前が好きだよ。いい後輩だと思う。
まだ知り合って2日だけど、何かを感じるんだよな。
俺が死ななきゃお前は苦しむんだろ?」
それを聞いてこみ上げてくるものがあった。拳銃を床に落とした。限界だ。
「俺には無理だ。青山さんが俺の代わりに生きてくれ。」
そういい残すと、公園を出ようと青山に背を向けて歩き出した。
ゆっくり歩き出した。
そのときだった。
「弟!」
呼ばれて振り向いたら衝撃の現場を目にした。
青山は自分の頭に拳銃をつきたてていた。
「なにやってんだよ。」
健は愕然とした。
「俺は純也のためなら死ねる覚悟があるんだよ。」
健は懸命に言い張る。
「だから純也は関係ない。俺は弟でもない。あんたを殺すための口実だ。」
一生懸命説得をした。さっきで殺人を犯そうとした人の発言とは思えなかった。
「そんな事知ってるよ!」
そうつぶやいた。
「純也に弟なんていないよ。」
え。。最初から知っていたのか?ならなんでここに来たんだ?その答えはすぐに出た。
「お前が思いつめてるのは一瞬でわかった。最初からな。
相談に乗ろうとしたが、純也の事が出たから、何かあるんだと思ったよ。
だから来て見たらこれだ。」
ありえないシナリオが待ち受けていた。
やめろ!!!そう叫んだ時だった。また操られる感じがよみがえる。
駄目だ!助けてくれ!俺の体をもてあそぶな!
そう強く思っても体や口が勝手に動く。
「青山。。」
健の雰囲気が一瞬で変わった事に青山は気がついた。
「どうした?」
「俺、純也だよ。あんたにいじめられた。
あんたにされた事は鮮明に覚えてるんだ。教室でカッターナイフで体を刻まれた。
図工の時間だといって。先生は止めなかった。杉浦は殺したよ。次はお前だ。」
青山は驚愕の表情をしている。
「なにいってんだ。お前がなんでその事知っている?」
健の体を借りた桐原純也は喋り始める。
「俺が健の体を借りているんだ。」
信じられないと言う顔をしている。
「そんなばかな。。。でもそうしか考えられない。」
桐原はさらに追い討ちをかけた。
「さぁ死ねよ。」
青山は死を覚悟する顔になった。開き直ったように。
「それでお前の気が住むならな。最後に一言だけ言わせてくれ。」
青山がつぶやいた。最後の言葉だ。
「ごめんな。純也。」
そういうと青山は引き金を引いた。
・・・・呪縛が解けたんだ。
目の前には青山の死体が転がっていた。
また、前と同じ状況だ。勝手に俺の体を借りて勝手に殺した。
お前はいったいなんだんだ。俺の中に入ってくるなよ。。
健は泣き叫んだ。人に響く事のない孤独な叫び声を。
青山の一生をも終わらせた。
公園を後にし、駅に向った。切符を買い、電車に乗り込み、ホテルへ向った。
この明るい電車内で健一人が別世界にいるようだった。
下を向き、絶望に浸る。
なんで俺は生きてるんだ。死ぬってなんだ。もう良くないか。疲れたよ。。
電車に揺られながら、気づいたらホテル前の駅に付いていた。
ゆっくりした面持ちで電車を折り、駅を出て、ホテルへ歩き始めた。ほとんどこれらの行動が無意識だろう。
何にも感情がわいてこない。そして健がふっと気づいたらホテルの前に立っていた。
ホテルで鍵をもらい、暗闇に包まれる部屋へ入った。
暗闇は日記遂行が始まってから好ましくなかった。
引きこもっていた時とは逆に、部屋を明るくし続けていた。
健はゆっくりとベットの上に腰を下ろした。
・・・公園から帰ってきたんだよな。実感がわかない。今もあの公園にいるようだ。
健は自分の手をゆっくり見た。手は少し血の跡があった。
こみ上げてくるものがあった。段々と現実に引き戻されていくようだった。
涙が出てきた。止まらない。
何で殺してしまったんだ。あの青山の家族はどうなるんだ。
なんで操られるんだ。桐原純也っていったい何者なんだ。
なんで俺の体に入ってくるんだ。なんで俺だけこんな仕打ちを受けるんだ。
別に悪い事は何一つしてなかったじゃないか。
ニートが悪いのか。神が与えた罰なのか。別に仕事をしなくてもいいじゃないか。自分の勝手じゃないのか。
・・・仕事もする。大学にも行く。親にも迷惑をかけない。だから俺を助けてくれ。。。
悲痛の心の叫びを健は訴えていた。誰にも言えない。相談も何も出来ない。一人で抱え込むしかない。
孤独だ。
「無意識」
健は何も行動せず、何も考えず、ベットの上で座り続けた。
人形のようにほとんど動かなかった。
気づいたら1時を回っていた。ホテルに帰ってきて、3時間近くほとんど無意識の状態だった。腰が痛かった。涙がひいていた。
思考回路が回復したようだ。感情も並行に保ててる。
健はゆっくりとだが、今日起きた出来事を考え始めた。
青山は殺した。あとは桐原社長を殺せば呪縛は説ける。青山は予想外の事に自殺をした。
警察も即座に、自殺か他殺かの区別はつくはずだ。だから青山の死亡に付いては、別に問題はないと思った。
それより、杉浦や青山の前で起きた現象はいったいなんだ。
急に体が言う事をきかなくなって、勝手に喋り始める。
健が思いもしない事を。
そして段々と意識が遠のいていくんだ。まるで何者かによって乗っ取られるかのように。
桐原純也の霊が恨みをもって、自分の中に入ってくるのだろうか。
そんな霊とか、おばけとか、今まではまったく健は信じていなかった。
幽霊はプラズマだって証明できる事も知っていた。
しかし、実際に桐原純也の霊が自分の中に入ってくるのを体験し、
嘘とは思いたいけれどもこういう事が実際にあると認めるほかなかった。
何とかしなければ。そう考えながら健はベットに入った。
眠かった。体も心もつかれきっていた。人生で一番悲しい日だった。
部屋ですやすやと眠る過去の自分を思い出すと情けなく感じてきた。
これからの事は明日決めよう。早く現実から逃れたい・・・・
健が眠りにつく頃には2時を回っていた




