第三話
「5日目の不幸」
関口高校に向う途中、救急車のサイレンが聞こえた。
嫌な予感がした。
健はふとして時計を見た。0時を回っていた。
そして日付が変更されていた。
日記人物を殺害しないで五日目に突入したのだ。
だから五日目の今日もまた一人が死ぬ。
まさかもう日記の被害者が出たのか。だからさっきのサイレンは。
健は少し思いつめたが、考えすぎだと思考を切り捨てた。
まさかそんな。
落ち着こう。
健は落ち着きを取り戻していた。
今日もまた俺の身の周りの人間が死ぬのだろう。今度は誰が死ぬんだろう。
早く日記の登場人物を殺さない限り怪奇殺人は続く。
健は罪悪感にみまわれた。
ある意味人殺しだ。そしてこれから本当の人殺しを行うんだ。
健は自分を追い詰めてた。
数分後、サイレンを聞いた健の嫌な予感は当たる事になる。
関口高校へ向う中、タクシーの運転手の無線がなる。
「県道258で、交通事故発生。白いVOXYの乗用車が事故。」
無線が鳴り始めた。
「おっと。すいません。事故があったみたいです。少し、大回りになります。」
さっきのサイレンは交通事故か。しかし胸騒ぎがする。
先ほど聞こえた無線の声。健は白いVOXYに物覚えがある。
「すいません。その交通事故現場に行ってください。」
思わず言ってしまった。
そしてタクシーは事故現場へ走り始めた。
タクシーの中で健は複雑な面持ちで外の景色を眺めていた。
どうか違いますように。
しかし、かすかな願いも神は聞かないようだ。
現場に着いた。すぐさま誰が事故を起こしたかがわかった。
白いVOXY。ナンバーまで暗記していた。
「先生!!!!」
タクシーを降りて救急車へ走った。しかし中の様子が見れない。
そして救急車は発進した。野次馬は残された健を見ているようだった。
別に健は目立つ行動をしてない。しかし、同情の目が健を襲う。
かつてこのVOXYには中学時代何回も乗ったことがある。
高校の進学や、将来の事、いろいろと教わった。そして健は先生の母校に入学した。先生がいい高校だと言ったからだ。
教師と生徒ではなく友達とも言えたのだろうか。
仲の良かった春日良一と河合正孝で3人で先生の家に遊びに行った事もあった。
連絡は高校卒業と同時に途絶えたが健は先生を尊敬していたし、好きだった。
これで仲の良かった健の中学での親しい人はみんな死んだ。
まさか先生が。考えられなかった。そして健を絶望が襲った。そして健に変化が訪れた。
もうなんでもいいや。目の前が真っ暗になり、自分をコントロールできなくなったのかも知れない。健に感情がなくなった。
殺してやるよ。生きるためなら殺人だって犯してやる。
「殺害計画最終段階」
健は関口高校へは行かず、ホテルへ向った。
早くも5日目の被害者は出た。だからもう死亡者の心配はない。
もう深夜1時を回ろうとしている。こんな時間に高校に訪れたら不審者だ。
午前中は学校の授業があるだろう。なのでもし杉浦が高校で勤務をしていたらきっと学校にはいる。
もし退職していたら警察を名乗って住所を聞き出す。
17年前の再捜査といえば嫌でも教えてくれるだろう。
もうこの時健は杉浦を殺す事しか頭になかった。
ためらいも否定もなんの感情も起こらない殺人ロボットと化していた。
健は犯行時間を夜の暗くなった時間と考えていた。
まず午前中の11時ぐらいに学校を訪れて、杉浦がいるかを聞く。
もしいたら、また夜に来ると言う。
どういう条件かと聞かれたら、新聞記者を装い、遺言が見つかったとでも言おう。
そういえば嫌でも杉浦は逃げられないだろう。
そしてふたりっきりになって殺害だ。
ニートの自分には良く出来た殺人計画だと健は自画自賛した。
そしてゆっくりとホテルのベットへ横になって目を閉じた。
「偶然にも」
時計は11時を指している。そろそろ行くか。
クロぶちめがねとカツラをつけて、警察手帳も左ポケットに入れた。
運転手に関口高校へ向うよう言った。そしてタクシーは動き出した。
まずは事務局に言って杉浦の事を聞き出すんだ。余計な感情は表に出すな。
事の支障をきたす。冷静になれ。
いろいろと思考をこらしていると学校の前に着いた。
お金を払い、学校へ向った。門をくぐり、目的地を探した。
事務局、事務局、、、
どこだろう。結構広い校舎で検討もつかない。
そこへ一人の庭師が目に付いた。その人に聞いてみよう。まずは身元を名乗らないほうがいい。学校の関係者だとも言っておこう。
「すいません。」
健は喋りかけた。
「どちらさまですか?こんな時間に。」
やはり聞いてきた。冷静に。
「あの、事務局の人に決算名簿の集計に来たんですけど、事務局を教えていただけますか?」
疑い浅い言い訳だと思った。てきとうに語句をならべたでたらめだ。
「そうですか。事務局はそこをまっすぐ行くと目の前だ。」
庭師は指をまっすぐ指して場所を示した。
「ありがとうございます。」
そういうと庭師が指を指した場所へ向った。そして職員室らしき部屋が見えてきた。
あれが事務局だ。杉浦を聞き出すんだ。
大丈夫だ。落ち着いて
健はドアをノックした。
コンコン。
ちゃんと喋れるだろうか。頭が回るだろうか。心配している矢先に声がした。
「はい。」
そういうと事務員らしき女がドアを開けた。
「あの、杉浦という先生はこの学校に勤めていますでしょうか。ちょっとお聞きしたい事がありまして。」
「杉浦は教職を退職されて、それからは事務官をしております。」
いた。しかも事務官とは。ツキはこっちに向いてきている。
「あの東京JPH新聞の渡辺ですけど、17年前の事で杉浦さんにお聞きしたいことがありまして。」
すると事務員は戸惑いながらも答えた。
「はぁ。17年前ですか。わかりました。呼んで来ます。」
とうとう杉浦との対面だ。だが、殺害は夜だ。また夜に会うための約束をするのだ。焦るなよ。健は強く自分に言い聞かせた。
「はい。私が杉浦ですが?」
杉浦はこわばった顔をしていた。自分のせいで自殺した生徒の事を新聞記者が聞きに来るなんて。
「あの17年前の事をお聞きしたくて伺いました。」
すると杉浦は強く叫んだ。
「帰ってくれ!話す事は何もない。」
予想していた事だ。ここからが正念場。
「そういわずに。桐原純也君と杉浦先生とのトラブルを起こしたと言う情報を耳にしてね。」
「そのトラブルは自殺と関係あるのではないかと思いました。」
杉浦は目が点になっていた。明らかに焦っていた。
「そんな馬鹿な。」
「詳しい事は後ほど。」
強硬手段に出たと思った。大丈夫だ。台本どおり。それから健は理不尽な理由を杉浦に述べた。
「まだ、あなたを書き立てる材料が見つかっていません。」
健は付け加えた。
「証拠がたりませんからね。ですがあなたの焦りようは明らかに何かを隠しています。夕方、また来ます。そうですね7頃にでも。」
杉浦は警察の恐怖と自己顕示欲にまみれた顔を見せながら健の方をずっと見ている。
「わかった。待ってるから、変な書き込みをしないでくれ。」
そう聞くと健はあと一言を付け加えた。これは無駄な邪魔が入るためのものだ。
「あの、私は新聞記者ですからね。逃げようとしても無駄ですよ。」
「犯罪はいけないことです。容赦なく記事にします。この事は内密にしといたほうが身のためです。私が来たことも内密に。」
「当たり前だ。誰にもいわん。貴様の根拠も無しに記事を書くなよ!」
「わかってます。」
そういうと軽く頭をさげ、健は杉浦から立ち去った。
上手くいった。ここまで上手くいくとは。
達成感の余韻に浸って、行きに止めてあったタクシーに乗った。
そして健はタクシーに告げた。
「漫画喫茶まで。」
夜の待ち合わせの7時まで暇を潰して、杉浦を殺害だ。
「空き地」
漫画は久々の娯楽のように感じた。
健は漫画を読み続けた。嫌な事を無理やり忘れようとしているかのように。
夜の6時半にたとうとしていた。近くにタクシー乗り場があるのは知っている。
漫画喫茶に入るときに確認したからだ。
そろそろ行くか。またいつ漫画が読めるかわからない。
タクシーを読んだ。
「関口高校まで。」
そういうとタクシーに乗り、ドアを強く閉めて高校へタクシーは発進した。
緊張する。健は犯罪の素人だ。いつかは殺害がばれるだろう。しかし、健は別に捕まる事に対して抵抗は持っていなかった。
しかし、日記の人物3人を殺すまでは捕まらないと健は強く思った。
刑務所に入っては3人を殺す事は不可能だからである。
タクシーは高校前で止まった。校門に人影が見える。杉浦だ。
健の来るのを待っていたのだ。好都合だと健は思った。
「乗ってください。」
健はタクシーの中で杉浦に向って叫んだ。
杉浦はタクシーに向って歩いてくる。
そして何かを訴えるかのような強い口調で言った。
「どこへ行く気だ。」
それを聞いて冷静に健は答えた。
「任せてください。」
そういうと杉浦はタクシーに乗ってきた。
それを見て、健は住所の書いた紙を運転手に渡した。
紙はある空き地の住所を示している。
その空き地はほぼ無法地帯で住宅が近くにまったく無く人通りも圧倒的に少ない。
叫び声が人に届く事はまず無い。殺人を犯すには絶好の所だ。
この場所は小さい頃よく遊んだ場所だからよく覚えている。
漫画喫茶に来る途中よって場所がまだあるか確認をした。
運転手はなんでこんな所に着たのか不思議に思っていたに違いない。
杉浦と健は無言の会話をしながら、タクシーを走らせて40分。空き地に着いた。
「殺害」
杉浦の第一声が空き地内に響いた。
「どうして17年前の事なんて知っている?」
言葉を跳ね返すように健は答えた。
「何をそんなに驚かれているんですか?もちろん新聞記者ですから調べればわかります。」
杉浦はむきになって答えた。
「俺はあの事件に関係してない!」
「そんなの知りません。現に遺言書がありましたから。」
血相を書いて答えた。
「なんでそんなもの。遺言書はなくなったはずだ。警察がそういっているんだ。」
そして殺人の口実にするセリフを言った。
「でも現にここにありますよ。」
杉浦は目の色を変えて食いついてきた。
「見せてくれ!!」
いよいよ始まる。
「じゃあ見せてやるよ。」
そういうと健はナイフを杉浦の肩辺りに突き刺した。
うわぁ。。。
杉浦は叫んだ。そして倒れてもだえ苦しんでいる。しかし木々に囲まれて、住宅地帯が離れていて、声が人に届く事はまずなかった。
「なにをするんだ。」
健は脅すように恐々しくゆっくりと喋りかける。
「桐原純也の事を詳しく話せ。」
「私は何も知らない。」
そう聞いた健は肩の傷口を足で踏んだ。
杉浦は騒ぎ立てる。しかしその声は無情にも人には届かない。
「やめてくれ。。鮮明にあの頃の事は覚えている。話すから。」
「変な事言ったら殺す。今の俺にはそれを実行できる理由があるんだ。」
「わかったから。」
そういって杉浦は口を動かし始めた。
「純也は落ちこぼれだったよ。無口で、勉強もなんにもできなかった。いじめを受けてても無視したさ。俺も彼を人間的に好かなかったからね。彼に就職も進学も絶望的だって言ったさ。しかしそれが自殺に追い込む事になるとは。」
これを聞いた健は体が熱くなるのを感じた。日記遂行ではなくとも殺意が芽生えるだろうと思った。
そしてもっと詳しい情報が欲しかったため次の質問を問いただした。
「家庭事情とかは?」
杉浦はすぐに答えた。
「父親がエネルギーって電気会社の社長だよ。しかし、その社長から虐待を受けてたんだ。純也は。」
「それも知ってて無視した。社長だしな。口出しできない。母親は5年前に殺されたと思う。」
社長か。有力な手がかりだ。母親はやっぱりこの日記を読んだ誰かが殺したんだな。
それで日記の文面が更新されたんだ。
新たに健は質問をした。
「いじめをしてた奴はどんな奴だ?」
「青山って奴が首班のグループだったと思う。彼には誰も逆らえなかったんだ。」
「これもいじめを見てみぬフリをした理由の一つだ。」
もっとだ。もっと情報を。
「どこに住んでいる?」
「確か結婚して、三河の方に引っ越したんだ。一年前に同窓会であったよ。」
1年前かつい最近だな。
「どこの会社に就職してる?」
「確かトヨタの三河地区工場現場で働いているらしい。。」
杉浦は少し改まって聞いてきた。恐々とした顔をしている
「そんな事を聞いてどうするんだ。」
・・・・
自分がコントロールできなくなった。何だこの感覚は。
体が思うように動かない。思想もなにも働かない。
体をのっとられたような感じだ。
「殺すんだよ。先生。」
え。俺が喋ってるのか?
「みんな殺すよ。僕をいじめた奴らみんな。」
健は恐怖を覚えた。体が動かない事、勝手に思考とは逆に物を話す事、理由はいろいろあるが、一番はその言葉の内容に恐怖を覚えている。
「仕返しさ。先生。いろいろありがと。」
やめろ!!!!!
・・・・
あ、体が動く。思想も口も動く。
「あ、あ、い、う」
言葉もでる。
呪縛から解かれたと安心した瞬間杉浦の死体が目の前にあった。
うわぁぁぁ
健は叫んだ。
「生き延びてやる」
1989.7.2 杉浦先生・死
「先生ならなんで僕の事助けてくれなかったのさ。」
「苦しかったのに。大学も行きたかったよ。勉強も頑張ったのに。なのに就職も大学進学もできないなんて酷いよ。」
「罰を受けるべきだよ。次生まれ変わったらいい先生になってね。」
日記が書き換えられていた。
それを見ても、もはやなんとも思わなかった。
殺すとは意気込んでたものの、実際に死体を見て、激しい後悔と無念を感じた。
この死体をどうしようか考えた。この空き地には誰も来ない。
しかし、事務官が何日も学校に来ないとなると、すぐさま捜査が入る。
第一に疑われるのは東京JPH新聞の渡辺だ。
健は実際に存在する人物を犯行の偽名に使った。
健への結びつきの時間を遅らせるためだ。健は諦めていた。
刑務所に入っても仕方ないと思った。
しかし日記を完全に遂行させるまでは刑務所に入るわけには行かなかった。
死体は空き地の奥にある木々の土を掘り起こして入れた。
スコップは空き地の倉庫を壊して手に入れた。
死体発見を遅らせるために深く掘り死体を隠した。
これで当分は死体は見つからない。当分は健への結びつきは遠ざかるのではないかと思った。
しかし死体を埋めると先ほどとは逆に気持ちにゆとりが出てきた。。
これで二日間の休息が得れる。
三日目からはまた周辺の人間が一人ずつ死んでいくが、
それまでに青山と桐山社長の詳細を突き止めて殺せれば問題はない。
そしてつかの間の安らぎを得るために家に帰った。
落ち着ける空間のはずの自分の部屋に入ってもちっとも安らいだ気持ちにはならなかった。
気を落ち着かせようと何度も深呼吸をしてみたりしたが、生まれて初めて見る死体や、
体を乗っ取られた恐怖を体験し、安らぎを求めるはずの2日間はとてもじゃないけどそんなものは求められないと改めて実感した。
パソコンの前に座り、頭の整理を始めた。
今日杉浦を殺して、三日連続で身の回りの人間が死ぬ怪奇現象はストップするはずだ。
しかし三日後にはまた新たに周りの人間が死んでいく。
その三日後に誰かが死ぬ前に青山か桐原の親父を殺しておきたいものだと健は考えていた。
青山は三河のトヨタの地域工場現場で働いているんだよな。
それならすぐに場所はつかめる。
問題はもう一人だ。桐原の親父はエネルギーの社長。エネルギーはかなりの大手企業だ。
そんな社長を殺すなどと無理難題極まりないと思った。
しかし殺すしかないのだ。もう親しい人間が死ぬのは嫌だしまだ死にたくない。
なんとしてでも生き延びてやる。