16.再会は口ゲンカで
side アップダウンの激しい教え子
「誰だ!」
私はとっさに腰溜めに身構える。剣はないが、警戒しておくに越したことはあるまい。先生も同じような姿勢をとっている。
「ちょ、ちょっと、いきなり怒鳴らないでよ!」
謎の声の主―――よく聞いてみれば打って響いたような綺麗な声の女性だった―――はこちらの警戒に困惑しているようだが、生憎警戒を解く気はない。
の、だが。
(マテウス!少しは警戒しろ!何者だか判ったものじゃない!)
警戒を解いてしまっているのが一人。いや、正確に言えば、彼は警戒する素振りすら見せない。どちらかといえば呆然としている。彼らしくない油断だ。
しかし、次の彼の一言は、さらに驚かしいものだった。
「なんで・・・お前がここにいるんだよ・・・。」
どういうことだ?
「マテウス、君はあの女性を知っているのか?」
「ああ・・・。」
マテウスの返事は、まだ驚愕の中の力無いものだった。
「なんでって、あんたを助けに来たに決まってるじゃん。」
女性の声は、マテウスとはうって変わって平然としたものだった。
というか待て?今、助けに来たと言ったのか?
「お嬢さん、助けに来たと申したな。」
「あ、うん。そこのバカがボロボロの体で引きずられてくの見ちゃったんで、ね。」
ボロボロのバカ・・・マテウスのことか?
多少失礼なことを考えながら、私はちらりとマテウスの方を見た。
プルプルと震えている。
そして、すぐに爆発した。
「ふ・ざ・け・んなぁーー!」
マテウス、落ち着け、どうどう。
しかしマテウス、一体何が不満なんだ?
side ゼシカ out
side 暴れ馬
俺は今、猛烈に混乱している。
だいたい7年くらい前のことだが、こいつとは幼馴染だった。
俺と兄貴とこいつとの三人で、よくいろんな悪巧みをしたっけ。
でも兄貴がラウス神学校に進学が決まって、下宿のために家を出た。俺もその翌年には衛士学校の推薦が決まって(ぶっちゃけると親父のコネ)、寮に入るために家を出て、俺達は揃ってこいつを置いて行っちゃったわけだ。
1年くらいして、帰省が許された時に親父に聞いたら、こいつは俺が家を出て割とすぐに親御さんと大喧嘩して家出したっきり音沙汰なしだって言うから、俺は「ああ、もう会えないのかな」なんぞと諦めていたわけだ。
それが、今目の前にいる。しかも、鉄格子越しに。
で、当然こうなる。
「だいたいなんでお前がここにいるんだよ!家出してから全然音沙汰なしだったくせに!」
「あんたには関係ないでしょ!だいいち兄弟揃ってあたしを置いてったくせに!」
「しょうがねえだろが、学校行ってたんだから!」
「自分の都合でしょ!だったらあたしが自分の都合で家出したって関係ないじゃん!」
「ざけんな!どれだけ心配したと思って・・・。」
the・口喧嘩。
ああ、何かこの感じ、久しぶり。
「二人ともいい加減にしないか!」
「そうじゃ、ここをどこだと思っておる!」
「外野は黙ってて!」
がるるるるっっ!
「いい加減に・・・。」
ん?おっさん?
「せんかあ~~~っ!!!」
ごちん!
ごちん!
ごちん!
「い、いってぇ~!」
「そ、そらがまわるぅ・・・。」
「な、なんで私まで・・・。」
三人揃ってコブを作る。なんでゼシカも殴られたのかは知らないが。
「冷静にはなったか?」
「あ、ああ、おかげさんで。」
「ご、ごめんなさ~い。」
「先生、私はなんで殴られたんでしょうか?」
さすがに先生だけあってか、この手のケンカを止めるのは慣れたものなんだろうな。おかげでこっちも、多少は冷静になれた。
まあ、なんでゼシカが殴られたのかは知らないが。
「ウム、重畳。では話を進めても良いか?」
「ああ。」
「お願いします。」
「あの、私はなんで・・・。」
おっさんが仕切りなおした。
隣でゼシカがすがってるが、俺はもう気にしないことにした。
「ではお嬢さん、まずお前さんは何モンなんじゃ?察するに小僧の旧知のようじゃが。」
「あ、そういえば自己紹介してなかったっけ。あたしはレビス、『レビス・アルミナ』。そこのバカの幼馴染、になるのかな。」
「いい加減、人をバカで通そうとするのやめろよ・・・。」
「(無視)それで、現在は一応本部の聖歌隊員です。今日は当番で看守詰所の掃除の担当だったんです。」
「なるほど、それでコヤツの連行を目撃したわけじゃな。」
「うん。で、調べてみたら罪状が思ったより重くて、たまらなくなって助けに来ちゃったってところです。」
「お、お前・・・。」
ちょっと待て。さらっと爆弾発言かましてんじゃねえ。
「何?」
「何?じゃねえ!重罪人助けるって、さらっと重罪犯しますって宣言じゃねえか!」
こいつ、理解してないのか?
俺が何をしたのか、レビスは少なくとも見てない。で、罪状を調べたって言ってる。見たのは多分あいつらの書いた書類なんだろうし、ろくなこと書いてないに決まってる。
つまり、俺を助けに来る道理は、普通ない。
だが。
「あんた、重罪人なの?」
「・・・そうなってたんだろ?」
「うーん、証言台での偽証って書いてあったわね。」
「らしいな。」
「やったの?」
「やってねえ。」
俺は胸を張っていった。これだけは確かだ。
それを聞いたレビスは、ニヤリと笑った。
「だろうと思ったわよ。あんたがそんなことできるはずないもんね。
だからあたしはあんたを助けに来たの。それ以上の理由、いる?」
俺は一瞬、言葉を失った。
「小僧ならば、そんな罪を犯さない、と?」
「当たり前でしょ。このバカを何年も横で見てきたんだから。」
レビス、お前・・・
「だって、こいつに偽証なんて知的犯罪できるわけないもん。あなたたちも知ってるでしょ、マテウスがどれだけのバカか。」
ずるうっ!
「理由ってそれかよ!」
「当然じゃない!あんたに出来ないはずの犯罪なんて、冤罪に決まってるんだから。」
「え、えん?」
「冤罪。濡れ衣、要はなすりつけられた無実の罪のことだよ。」
「ああ、そう言う意味か。」
「ホント相変わらずね。7年よ?ちょっとくらいそのバカ直しときなさいよ。」
いや、相変わらずはお前だよ、レビス。
そんな単純な理由だけで、俺を微塵も疑わずにいてくれる。
それが、俺にとってどれだけ嬉しいもんか、わかってんのかね?
昔馴染みと久々に再会し、相手が変わってしまったことを実感すると、なぜか寂しくなるものだと思います。
でも、根っこの部分で変わっていないことを知るだけで、どれだけの変化も安心して受け止められる。
寂しく感じたはずの変化は、いい酒の肴になります。
途中で筆が止まり、悩んでいたところで、
旧友と再会し、酒を飲んで、最初から書き直した話です。
(実際に影響受けたのは話の途中あたりからからですが、無駄とか言わない方向で。)